西暦2191年、外宇宙より飛来したガミラス帝国の艦船と、国連宇宙海軍の艦船が天王星沖にて初めて接触した。最初は友好的な関係を築けるものと期待されていたが、結果として交渉は決裂、両国は戦争状態に突入した。後に“ガミラス戦役”や“ガミラス戦争”などと呼ばれる戦争の開幕である。
当初、国連宇宙海軍上層部は太陽系内に侵入してきたガミラス軍など簡単に撃滅できると信じていた。敵の数は、多く見積もっても50隻。一方、我の兵力はすぐ戦線に投入可能な艦だけでも300隻(これは第二次内惑星戦争後、各地でゲリラ戦を行っている火星軍残党を討伐するため、一時的に多くの艦が現役とされていたのが大きい)6倍の戦力差というのは、通常の戦争では必勝を確信できるほど圧倒的な差である。
直ちに、国連宇宙海軍は討伐軍を派遣した。討伐軍の主戦力となるのは、当時の二大強国であった米国と中国である。彼らの艦隊だけで、討伐軍の6割を占めた。投入される艦艇は、火星軍残党の地球襲撃を警戒し月面基地及び地球各所に配備されていた艦艇群である。戦闘艦艇だけでも160隻、更に今回は史上初めての外惑星系への大規模遠征であった為、補給艦や病院船といった補助艦艇も存分に付けられた。かくして、総数200隻を超える大艦隊が、天王星へ向けてはるばる遠征を開始したのであった。
しかし、旅路は順調であるとは言い難かった。地球圏出発後も解決されていなかった問題として「誰がこの遠征軍の指揮を執るのか?」というものがあった。というのも総司令官として、北米方面軍のジョージ・パストーレ中将と、極東方面軍のハン・チューリン中将が共に立候補したからである。更に問題だったのが、遠征軍に所属する米中艦艇の数がほぼ同数だったことであった。指揮下の艦艇数が多い方が全軍をも指揮するというわけにはいかなかったのである。そして、両者の指揮能力はほぼ同等と言われていた。
結局、遠征軍は能力や政治的公平性を鑑みて、総司令官を極東方面軍のジューゾウ・オキタ宙将、副司令官をパストーレ中将及びハン中将に定めたが、両者の確執は完全になくなったわけではなく、むしろより深くなってさえいた。
この戦いは、地球側の完全敗北としてよく知られている。だが、その一言を聞いただけでこの戦いの全てを知った気になるのはあまりにも傲慢である。このような無様な戦いでも、自らの誇りを忘れずに敵に立ち向かった勇敢な艦がいるのだ。そして、我らが偉大なるウォースパイト号もその内の一艦だった。

西暦2210年10月24日 J・L

西暦2191年 国連宇宙海軍 欧州方面軍所属 ジャック・オブライエン少尉(当時)

初めに
オブライエン氏は二年前のディンギル戦役において、乗艦である戦艦ロイヤル・オークと運命を共にされています。しかし、生前にオブライエン氏が遺していた音声データがこの度提供されました。この場において、このような貴重な証言を残してくださっていたオブライエン氏と、それを提供して下さったオブライエン氏の奥様であるエリザベス氏に、改めて感謝の意を述べたいと思います。

私はジャック・オブライエン、現在の階級は大尉だ。これから、私が経験したとある戦いについて話していきたいと思う。何故急にこんなことを始めたかって?年を取ってからというもの、自分がいつ死ぬか分かったもんじゃないのでね。こうして記録を残そうと思ったわけさ。これを見ている私以外の人間に言っとくが、このデータは私が死んでから公開するものだからな。決して、私が生きているうちに公開するんじゃないぞ。さて、では話を始めよう。
今回私が話すのは、私にとっての初めての戦いである天王星沖海戦についてだ。あの戦いは文字通り悲惨だった。だってそうだろ。人類史上、敵の三倍以上の戦力を投入して完敗した戦いがあるか?しかも相手には一隻も沈没艦が出ていないんだ。だがそんな戦いでも、私の乗艦であったウォースパイトは実に勇敢だった。乗っていたのが彼女でなかったら、私は今頃この世にはいなかっただろう。
さて、あの戦いで敗因と呼ばれているものはいくつかある。過度な慢心?司令部と前線指揮官の対立?不適切な艦隊運用?どれも私に言わせれば違うな。私が「天王星沖海戦での敗因は何だ?」と聞かれたらこう答えるね。“技術力の差”と。
今の地球防衛軍しか知らない奴には信じられないかもしれないが、当時は敵を傷つけることすら困難だったんだ。私は何度も見て来たよ。こっちの主砲が全弾命中して喜んでいたら、向こうは無傷でそれどころか反撃の砲火を放って来てるって場面をね。そんな光景を何度見ても生き残ってるのは、やっぱり運ってやつなんだろうな。まあ、その運も流石に底をついていそうだが。正直、ガミラスさんとの戦いでは一生分の運を使い果たした気がするね。
あの戦いに、我がロイヤル・スペース・ネイビーは保有するほぼ全ての戦力を投入していた。おそらく、政府のお偉いさん方はこの機に英国の実力を世界に見せつけようとしていたのだろう。今思えば実に馬鹿な話だった。そして偶然にも、我が軍は二ヶ月後に控えていた新国王即位式に乗じて行う予定だった観艦式の為、ちょうどモスポール保管されていた艦艇を引っ張り出していたところだった。だから、6隻のウォースパイト級と6隻のヨーク級を主力とするも、当然全艦が出撃可能だった。
圧巻だったよ。第二次内惑星戦争で活躍したウォースパイト、マレーヤ、バーラム、ヴァリアント、戦後に追加建造されたレナウン、レパルス。計6隻ものウォースパイト級が共に航行してる姿なんて、二度と見れないと思ったね。まあ、本来これは観艦式で見れるものだったのだろうけど。そうして、総数200隻に達する大艦隊は、野蛮な宇宙人を撃滅するために意気揚々と出撃していったってわけさ。考えが甘かったよ。外宇宙から飛来した宇宙人が、未だ太陽系すら制覇できていない人類よりも技術力が低いと思っていたなんてね。
この戦いは、まず序盤から躓いていった。最後まで宇宙人との開戦に反対していた、遠征軍指揮官のジューゾウ・オキタ提督が解任されたんだ。司令部が戦闘行動中(実際、領宙警備行動は発令されていた訳だし、こう言っても良いだろう)に前線指揮官を解任するなんて前代未聞だったよ。そして、これが原因で今まで鳴りを潜めていた米中軍のわだかまりが一気に沸騰したんだ。彼らは互いに相手の指揮下に入ることを承諾しなかった。これを抑え統率していたオキタ提督は、本当に素晴らしい人物だったと思うよ。で、米中両軍は、先遣艦のムラサメが敵の攻撃によって撃沈されたと知った瞬間、我先にと突撃していったよ。まだオキタ提督の後任の司令官も決まっていないのに。彼らは、物量の神話を未だ信じていたのだろう。多少強引な戦い方でも、物量で押しつぶせば勝てるってね。
でも実際はそうじゃなかった。敵?ガミラス帝国軍は、突撃して来た奴らから正確に旗艦だけを見抜いたんだ。そして奴らは、たった一航過で30隻以上の艦艇を血祭りに上げたよ。その中には、米宇宙海軍旗艦のニューヨークと、中国宇宙海軍旗艦のペキンも含まれていた。当然、遠征軍は大混乱に陥った。いくら第二次内惑星戦争を生き延びた精鋭が集まっているとはいえ、総司令官が解任された直後に副指令が戦死するなんて出来事に対処することはできなかった。結局、我々は戦力を分断され、奴らに各個撃破されていった。戦隊レベルで統制を回復していた部隊もあったようだが、その程度では圧倒的な力を誇る奴らには勝てなかった。そして、混乱する遠征軍をまとめ上げるべく新たな指揮官が任命された。それが、我らがウォースパイトに乗艦されていたロドニー・カニンガム中将だったというわけさ。とは言っても、混乱している部隊をまとめるのはとても困難だった。
まずカニンガム提督は、個人的な親交もあった極東方面軍第二空間護衛隊群司令官のオキタ提督(彼は全軍の指揮権こそ剥奪されたものの、自らが直接指揮している護衛隊群の指揮権は未だ有していた。)と共同し、二人が指揮していた王立宇宙海軍、航宙自衛隊、及び比較的損害が少なかった南亜方面軍、南米方面軍を中心に部隊を再編した。とは言っても、戦闘中にやっていることだからまともな再編成なんてできやしなかった。ただ、これは戦力を集中させるという意味合いが強かったから、その点では成功していた。
完全ではなかったが、生き残っていた艦艇のほとんどが集結したのを確認したカニンガム提督は、全艦に撤退命令を発令した。「ここで戦っても犬死にするだけだ。ならば今日の屈辱には耐え、明日勝利の芽を掴み取ろう。」そうカニンガム提督が言っていた。当然、多くの戦友が殺されているのにも関わらず、何の成果も得られないまま撤退することに関しては批判の声もあったよ。特に戦闘序盤で損害が大きかった米中軍に多かったかな?でも、そんな奴らに構っている暇はなかった。そうこうしているうちにも、味方の数はどんどん減り続けていたからだ。結局、カニンガム提督は撤退を頑なに拒む連中を放置し、そのまま撤退を開始したんだ。これに関しては、私は正しい選択だったと思う。というより、あの状況ではこれ以外の選択を取りようがなかったんだ。こうして、悲惨な撤退戦が始まった。因みに、この時点で半数以上の艦が宇宙の藻屑と化していた。
さて、ここに一枚のメモリーカードがある。これには一体、何が入ってると思う?実はこれにはな、天王星沖でのあの悲惨な撤退戦の通信記録が入ってるんだ。今からこれを流そうかと思う。こいつはまだ誰にも聞かせちゃいない。暇な時間を見つけては、ずっとこいつの解析ばっかりやっていた。その努力が実ったのか、ようやくテープの一部分が再生できるようになった。何でこんなものを持っているかって?私は通信兵でね。あの戦いではウォースパイトに通信士として乗り組んでいた。怒号、罵声、悲鳴、断末魔、色々聞いたよ。それを聞いていて、私は彼らの声を後世に伝えてやりたいと思ったんだ。こんな価値の低いデータなんて、帰還したら真っ先に削除されるに決まってる。そう思って、私は通信機からメモリーカードを抜き出そうとしたその時だった。ウォースパイトの艦橋付近をかすめた陽電子砲弾が、弾の表面から艦橋内部に向けてプラズマ流を放ってきた。それが直撃して、私の前に鎮座していた通信機は火花と破片を噴き出した。私はそれをもろに浴びてしまった。私の体には、今も多数の傷や火傷の痕が残っている。幸運にも顔だけはヘルメットをかぶっていたので無事だったがね。
もちろん、そのような大怪我を負えば後方へ移送されることは確実だった。そのことを十分理解していた私は、被弾のどさくさに紛れて黒焦げになった通信機からメモリーカードを回収したのさ。当然だが、外がまる焼けになっているのに中身は無事・・・なんてことにはなってなかった。中身もきちんと焼き上がっていたさ。でも、私はあきらめなかった。ここであきらめてしまうのは、あの戦いで死んでいった者達に申し訳が立たなかったから。あの怪我のおかげで、私は今まで生き残ってしまった。本当なら、私は火星沖で死ぬはずだったのに。ただ一人、私だけが生き残ってしまった。ふん、何だかこう言っていると、まるで私が死に場所を求めているようだな。安心しろ。私はまだ死ぬつもりはない。
前置きが長くなってしまったな。では再生するとしよう。死者達の遺言を。
【------ちら、北米方面空間戦------暫定旗艦、USSアーカンソー。現在敵艦隊と交戦中。我が方の被------大。救援を、救援を------------ガッデム!どう見ても全部当たってただろ!お前ら卑怯だ-----------にたくない、俺はまだ死にたくないんだよぉぉぉぉ!畜生めぇぇぇぇっ------------らはHMSバーラム。本艦は機関に重大な損傷を負い、地球への帰還が不可能となった。よって我々はこの宙域にとどまり、最後まで友軍の撤退を援護する。どうか地球で待っている人達にこう伝えてほしい。戦艦バーラムは最後まで勇敢に戦ったと・・・地球連邦万歳!英国万歳!神よ国王陛下を守り給え!------------ん、ばあちゃん。ごめん。俺今からそっちに行くわ------------そっ、------の救助は完了------------はい、見える限りは全員収------した!よしっ!機関始------大船速!早急に現宙域を離脱す------------えっ、広東が沈んだ・・・山東に天津も・・・残っているのは俺達だけか・・・------------ううっ・・・クレア・・・愛し・・・て・・・るぞ------------うおぉぉぉぉっ!生き延びてやる!絶対に、俺は生き延びてやるぞぉぉぉぉ------------こちら、JMS雪風。生存者はいませんか?誰か生きている人はいませんか?応答してください!誰か、誰か!------------】

天王星沖海戦、あの戦いでは実に多くの兵士が命を落としていった。だが、もはや彼らのことを覚えている人間はほんの一握りだ。そう、私のような者くらいだ。だからせめて、彼らのことを記憶の片隅にとどめていて欲しい。忘れても構わん。忘れたらまたこれを聞いて思い出してくれれば良い。どうか彼らの戦いを覚えていて欲しい。彼らの戦いを語り継ぐこと、それがこの私の最期の使命なのだ。
さて、では私はもう行かなければならない。何でも新造された戦艦に配属される新兵の教官をやって欲しいそうだ。この老兵に与えられた最後の仕事だ。今まで死んでいった者達の分まで、しっかりと働いてくるさ。ではまた、今後この音声がより多くの人の耳に届かんことを願う。

オブライエン氏の音声はここで終了していますが、最後に彼の最期について少しだけ述べたいと思います。
オブライエン氏はその後、再編された第一艦隊の戦艦ロイヤル・オークに配備され、新兵の教育を行っていました。ロイヤル・オークはデザリアム戦役の戦訓から有人化が推し進められており、何よりも乗組員の練度を高める必要があったからです。
そして、ディンギル帝国の艦隊が太陽系に電撃的に侵攻してきました。当時、主力艦隊は銀河中心部で発生した“異変”を調査すべく外宇宙へと赴いており、太陽系内で即応可能な戦力は再編中の第一艦隊だけでした。直ちに第一艦隊は、土星宙域に進軍中のディンギル帝国軍を迎撃すべく出撃して行きました。まだ乗組員の訓練が終了していなかったのに。その後第一艦隊は土星沖にて接敵、自艦隊の練度不足を懸念していた司令官は通常砲戦を断念、艦隊各艦に装備されていた拡大波動砲による先制攻撃で一気に殲滅しようと試みたのです。拡大波動砲の充填時間は波動砲チャージャーを接続すれば約6秒。絶対に回避できない攻撃のはずでした。
しかし、不幸にも拡大波動砲の発射するタイミングと、敵艦がワープするタイミングが一致してしまっていました。そして拡大波動砲発射直後で身動きの取れない第一艦隊に、計500隻以上の宙雷艇が襲い掛かったのです。正に“飽和攻撃”でした。しかし第一艦隊にはこれを防ぐことはできませんでした。第一艦隊には人員不足が原因で防空駆逐艦が定数の六割程度しか配備されておらず、更にその半数が月面基地で整備中だったからです。また肝心の防空戦闘でも、練度不足が原因で効果的な迎撃戦が行えませんでした。結局、第一艦隊は七割以上の艦艇を撃破され壊滅しました。
オブライエン氏の乗艦である戦艦ロイヤル・オークの最期は、随伴艦である巡洋艦バーミンガムが記録しています。最後に、バーミンガムの戦闘録を掲載して本稿を終わりにしたいと思います。

ロイヤル・オークに命中したハイパー放射ミサイルは三発であった。一発目は左舷中央部に命中した。しかし、これは中央部のバルジ状の部分が爆発を吸収したのか艦体にはそれほど損傷は見られなかった。続いて二発目が左舷対空砲群を直撃。この攻撃によって左舷対空砲群は全滅した模様である。更に三発目が艦橋中央部に着弾。この被弾でロイヤル・オークは戦闘能力を完全に消失した。この時点で艦内では、生き残った最上級士官が総員退艦を発令していた模様である。この光景を見て我々も乗組員救助の為に急行した。しかし我々は、ほとんどの人間を助けることが出来なかった。ロイヤル・オーク乗組員で救助出来たのはウィリアム・ライナー少尉以下46名であった。 

バーミンガム戦闘禄より一部抜粋