「砲雷長」
 「は、はい」

 堀田に声をかけられて、林は振り向いた。

 「君は主砲の射撃に専念してくれ。悪いが、対空機銃と魚雷のスイッチはこちらが貰うよ」
 「了解しました、お願いします」

 「神風」には、メ号作戦で「ゆきかぜ」が使用した新型の空間魚雷が配備されていた。しかし今回は訓練ということで実弾は発射管4門にそれぞれ1発ずつしか搭載されておらず、かつこの魚雷自体が貴重品なので使わないに越したことはない。
 また、雷撃戦を得意とするガミラス艦に対しては、その魚雷を破壊するための対空機銃も重要な兵器だ。しかし「神風」は駆逐艦のため対空兵装は貧弱で使いどころが難しい。この戦いは「神風」にとって初陣であるから、この二つは堀田が扱ったほうが確かによかったろう。

 「操艦は航海長が航海士に指示を。船務長、敵が主砲の射程に入る一分前に砲雷長へ伝達。射程は今までの艦より長い、十分に注意してくれ」
 「「わかりました」」

 三木と沢野が答えると、堀田は敵艦が映し出されたモニターを再度確認した。

 (ガミラスの巡洋艦か。戦艦級ならともかく、この相手ならば)

 「神風」が搭載する4門の15.5cm陽電子衝撃砲でも対処は可能なはずだ。少なくとも計算上は、だが。

 「有効射程まで、あと一分」
 「了解!」

 沢野の声に林が答える。緊張が感じられるが、無理もないことである。彼女は戦場の経験はあるとはいえ、ショックカノンを撃つのは初めてなのだから。

 「落ち着け、砲雷長。いつも通りに狙って撃てばそれでいい」
 「はいっ」

 堀田が声をかけてやると、林もいくらか落ち着いたようだ。

 「敵艦、射程に入った。砲撃準備よし」
 「撃ちー方ー始めっ!」

 堀田の号令一下、林が主砲の引き金を弾く。「神風」の艦首上下に取り付けられた連装砲塔2基から青白いエネルギー流が4本生じ、敵艦へと向かっていった。

 「照準修正。砲雷長、次は君のタイミングで撃て」
 「了解!」

 その直後、最初の一斉射が敵巡洋艦を直撃。艦首が爆発して砕け散り、速力が一気に低下した。

 (全弾当てたか、いい腕をしている)

 内心、そう堀田は林を称賛したが、当の彼女や他の乗組員たちは驚いていた。今まで自分たちが乗って見てきた、あるいは話に聞いていた限り、これほど簡単にガミラス艦に打撃を与える艦など存在すら信じられなかったからである。何しろ彼ら彼女たちは「ヤマト」を知らないのだから。

 「砲雷長、一気に沈めてくれ」
 「はっ、はい!」

 我に返った林が照準を修正、今度は「自分のタイミングで撃て」と言われている。

 「主砲、発射!」

 再び4本のエネルギー流が敵巡洋艦を襲う。また全弾命中、ガミラス巡洋艦はたちまち爆発四散した。
 その光景を見た艦橋の乗員たちは、堀田を除いて呆然としていた。三木ですら唖然としている。今までのガミラス艦への常識からすれば、駆逐艦どころか巡洋艦級など絶望的な相手であったはずなのに、駆逐艦である「神風」はたった主砲二斉射で、相手に何もさせずに沈めてしまった。自分たちの乗っている艦がこのような威力を発揮するなど、実は表向き冷静さを保っているように見える堀田ですら驚きを禁じ得なかった。

 (これが、波動機関の威力か)

 しかし、驚いてばかりはいられない。まだ戦闘は終わっていないのだ。

 「右舷の駆逐艦、発砲!」

 沢野の声を聞き、三木が初島に指示を出す。

 「航海士、面舵30」
 「お、面舵30、よーそろ!」

 これも波動機関の威力なのだろう、これまでの磯風型駆逐艦すら上回る速度で「神風」は右舷から迫る敵駆逐艦に艦首を向ける。その船体ぎりぎりを、敵の砲撃がすり抜けていった。

 「主砲二番、テーッ!」

 堀田が指示し、林が撃つ。今度は軽快な駆逐艦が相手だったからか回避されたが、この回避運動は堀田と林の双方が計算していた。

 「一番、テーッ!」

 今度の砲撃は敵駆逐艦を捉え、爆散させる。残るは一隻だ。

 「後方、魚雷迫るっ!」
 「当たらないよ、進路そのまま」
 「わかりました」

 沢野の報告に、堀田と三木は慌てることなく応じる。すると、確かに発射された敵の魚雷四本は「神風」の両舷を通過していった。

 「前進、第一戦速!」
 「了解。航海士、速度を上げつつ進路反転180度」
 「よ、よーそろ。増速、反転180!」

 「神風」は敵駆逐艦を振り切るかのように速度を上げる。何せ主兵装が艦首に集中している「神風」だから、いったん敵を振り切って艦首を向け直さないと反撃ができない。そして幸いなことに「神風」の急加速を敵は予測していなかったようで、一気に距離が開いた。
 しかし、敵もさるもの。再び装填したらしい魚雷を発射、今度は正確に「神風」を捕捉していた。

 「砲雷長、主砲で魚雷を撃ち落とせ」
 「え、えっ?」
 「聞こえなかったのか、君ならできるはずだ!」
 「わ、わかりましたっ」

 主砲塔二基が左舷に急旋回し、突き進む魚雷を照準器が捉える。

 「撃てっ!」

 一番砲塔、僅かに遅れて二番砲塔が射撃する。林の腕は確かだったようで、四本の魚雷のうち三本はこれで破壊できた。しかし、一本は撃ち漏らしている。

 「魚雷、回避できませんっ!」
 「……」

 沢野が悲鳴のような声を上げたが、堀田はこの時は何も指示しなかった。

 「魚雷、命中まであと200っ!」
 「対空防御、始め!」

 ようやく堀田が対空パルスレーザー砲の発射ボタンを押す。限界まで引き付けていたこともあって「神風」の貧弱な対空砲火だったが見事に魚雷を撃破した。
 そして、程なく「神風」は敵駆逐艦に艦首を向け切っていたが、敵は先ほどの魚雷攻撃を機に砲撃戦へと持ち込むつもりだったのだろう。加速して正面から突っ込んできた。

 「機関長」

 機関室の来島を、堀田は呼び出した。

 「機関全力、まだ行けるか?」
 「今のところは大丈夫でしょうが、あんまり無茶させないで下さいよ。まだ先があるんでしょう?」
 「あと一回だけだ、頼む」
 「しゃーないですな、了解です」
 「すまない」

 マイクを置くと、今度は林に声をかける。

 「砲雷長、すまないが主砲も貰うぞ。航海士は舵を航海長へ頼む」
 「「は、はいっ」」
 「両舷全速、舵そのままで敵艦正面へ突撃! 船務長、敵との相対距離をこちらに送ってくれ」
 「了解しました!」

 「神風」は再び加速し、しばらくして全速に達する。一方で敵艦も全速で正面から挑んでくるらしく、程なく砲撃を開始する。しかし、それを初島から舵を受け継いだ三木が絶妙の操艦で回避していく。

 「距離、千五百!」

 沢野の声が響いた。

 「主砲二番、撃て!」

 船体下部の二番主砲が発射されるが、敵は急上昇でこの射撃を回避する。しかし、堀田はこの瞬間を待っていた。

 「主砲一番、最大仰角……撃てっ!」

 一気に敵艦の下方に飛び込んだ「神風」が上方へ主砲一閃。これが敵駆逐艦の下部中央を貫通して大爆発。その爆炎の中を「神風」は全速で駆け抜けていた。

 「……敵艦隊、全滅を確認」

 レーダーを見届けていた沢野が、呟くように報告した。

 「よし。各部、被害状況を報告せよ」

 堀田が指示すると、程なくして「被害なし」という知らせが入った。

 「ふう……」

 三木がため息をついた。他の乗員たちも安心したような表情を見せる。完成して最初の航海が戦闘になるとは誰も思っていなかったから、こうなるのは致し方ない部分ではあったろう。

 「こら」

 強い口調ではないが、堀田が口を開いた。

 「一度の戦闘が終わったからといって、そんなにほっとされても困るぞ。船務長、再度周囲に敵影がないか、確認してくれ」
 「は、はいっ」

 沢野が再びレーダー画面を確認し、一分後に言った。

 「レーダー探知圏内に、本艦以外の艦影は認められません」
 「そうか」

 ここでようやく、堀田も軽く深呼吸する。そしてマイクを手に取り、艦橋に居る要員を含めた全乗員に声をかける。

 「皆、よくやってくれた。本艦は初陣を飾り、その威力がガミラス軍に対抗できることを証明した。しかし、本当の戦いはこれからだ。厳しいものになるだろうから、覚悟しておいてほしい」

 そう重めの口調で言ってから、今度は少しだけ軽めに付け加えた。

 「だが、とにかくみんなよくやった。これより各部の点検のためいったん地球に帰還する。通信長、その旨を本部に打電してくれ。それと、手の空いている者は少し楽にしてよろしい」
 「はい」

 河西が通信を送り終わったところで静かになった艦橋が、しかし次の瞬間、突然騒がしくなった。

 「艦長、艦長!」

 声の主が、凄い勢いで艦橋に飛び込んできた。その声の主を見たとき、堀田は「ああ、来たか」と思った。

 「何つー無茶してくれやがるんですか! こちとら完成したばかりの艦であれこれ調整が大変だってのに、何かあったらどうしてくれたんですか、いったい!?」
 「……すまない」

 一言だけ、堀田は謝った。相手は技術長の菅井貴也二尉。今度の航海では「神風」の機器に異常が発生しないように目を配るのが仕事だったが、その最初の航海でいきなり戦闘を始めるなど、確かに無茶もいいところである。
 しかもこの菅井という人物、技術科に身を置いているのにも関わらず、妙に口調が荒く上官に対しても遠慮がないのだ。もっとも技術者としての腕はヤマトの副長でもある真田志郎が認めるほどであり、何より彼を見込んで自分の艦に引っ張り込んだのは堀田なのだ。それだけに素直に謝るしかない。

 「まあ、でも戦闘でこの艦の威力を発揮できたのは上出来だったし、何より君のおかげもあって艦に異常もない。ここはまず、それでよしとしよう」
 「言ってくれますね……まあ、いいですけど」

 菅井はぶっきらぼうに答えたが、上官にはこうでも同僚や部下にはざっくばらんで気取らない性格で人望はあるし、堀田も彼を見込んだのはそうした面があるからでもあった。

 「とりあえず、念のために重要箇所だけもう一度点検を頼む。細かいところは地球に戻ってからやろう」
 「へいへい、わかりましたよ。あ、でも一つだけちょっと見てもらいたいもんあるんで、ちょいといいですかい?」
 「わかった。副長、しばらくここを頼む」
 「わかりました」

 堀田と菅井が艦橋を出ていくと、三木が口を開いた。

 「どうしたんだ? みんなぼんやりしているようだが」
 「……」

 確かにこの場の全員が驚いていた。これまでの核融合反応機関とは全く違う、波動機関とそれによって汎用兵器に変貌を遂げた陽電子衝撃砲に。だが、三木を除いたメンバーの驚きはそれだけではなかった。

 「あの……」

 林がおずおずと口を開いた。

 「艦長は宙雷が専門とお聞きしていましたが、魚雷を一発も使わないでここまで冷静に戦われるとは……正直、驚きです。あれなら最初から艦長が全ておやりになったほうがよかったような、その」

 林は砲術が専門だけに、その驚きは大きかったようだ。その疑問に、三木は静かに答える。

 「それが堀田さんという人だよ。一度部下とした人間には、最後の責任を背負って任せてくれる。そして、及ばないところがあれば手助けしてくれる。私も士官学校時代、あの人にどれだけお世話になったか知れない」
 「……」
 「だから、任せてもらった分だけ頑張って報いればいい。艦長は特にそうやって、君たち若い者が成長するのを見るのを楽しむ人だからね」

 自分も顔はともかく、そんなに歳は食っていないはずだがな……と三木は思ったが、口にはしなかった。

 「だからみんな、これは先任士官としての私からのお願いだが、あの艦長は盛り立ててあげて欲しい。これから苦しい戦いだろうが、あの人とならきっと乗り越えられるはずだから」
 「「はいっ!」」

 「神風」の若い艦橋要員たちは声を揃えた。今の戦闘は自艦がガミラス軍艦艇に引けを取らないことを証明したのも収穫だったが、若い艦長がそれ以上に若い乗組員たちから信頼を勝ち得たのが一番大きかったのではないか。そう、堀田を第一に補佐するべき立場の三木は心から思ったのだった。


 「神風」はいったん出撃した坊の岬沖のドックへと戻り、再度各部の総点検を行う。異常がないことが判明した翌日、堀田は技術長の菅井と機関長の来島とドック内の一室で話していた。

 「そうか……そこまで長くは持たない、ということだな」

 堀田の声は重い。あまりいい話ではなさそうだった。

 「はい、まあ何せ扱ったことのないもんですから確実に言い切れはしませんが、あんまり無茶を続けると波動コアが駄目になる、というのは間違いないでしょうな」
 「だーから、初陣からあんな無茶をしちゃいかんと言ったんですよ……と言いたいところですがあれは大して関係ないようですね。ですが、今後はそこらのことを踏まえて艦を動かしてもらわないとならんわけです」

 来島と菅井が言う。彼らの話題は「神風」が搭載しているガミラスから鹵獲した波動機関のことについてだった。
 元々、ガミラス艦の波動コアはイスカンダルから送られヤマトに搭載された本格的なものより簡略化されていたから、条件さえ整えば地球でも一定数のコピーを行い、それで波動機関を製造することは可能という目途は立っていた。しかし、冥王星基地がまだ存在していたつい先日までは、必要な物資収集を行おうにも警戒は厳重で不可能だったし、何より絶望的に何もかも足りていない現在の地球では、当然ながら物資を集めるための船舶もそれを護衛する軍艦も、多くは整備不良で動かせるものは不足を極めていた。

 それ故にこそ「神風」建造が強行されたわけだが、そこは敵から鹵獲した機関の転用である。調査の結果、搭載されているガミラス製波動機関の波動コアは、来島と菅井の見るところ「あと数度の出撃で寿命が尽きる可能性がある」という状態のようだった。
 この報告を受け、仕方なく堀田は宇宙空間での「神風」の訓練を断念し、今は各々が航行中の状況を見立てて艦内で訓練をしている。しかし、このような状況が長く続けば、せっかく初陣の勝利で高まった乗員たちの士気にも悪影響は免れない。

 (調査船団の護衛、それが本艦の任務だが……司令部からは未だに何も言ってこない。船や乗員が集まらないのかもしれないが、このままぐずぐずしていては)

 何しろ、敵はもう「神風」の存在を知っているのだ。極端な話、その「神風」を脅威として太陽系に残っているガミラス艦が一斉に地球に押し寄せてきても不思議ではないから、調査船団を編成して出撃するなら早いに越したことはない。

 「艦長」

 そこへ三木がやってきた。

 「本部から命令を伝達しに、連絡要員の一尉が参りました。艦長に直接、命令書を手渡したいとのことです」
 「わかった、すぐに行こう」

 席を立った堀田だが、このとき、これから会う相手が自分に少なからず関わりのある人間であるということを、もちろん夢にも思ってはいなかった。