第一次火星沖海戦、国連宇宙海軍が計画したオペレーション・マルス(カ号作戦)に基づき火星を絶対防衛線と設定。火星沖に集結した国連宇宙軍連合艦隊と、侵攻してきたガミラス帝国艦隊の間にて発生した戦闘である。結果は知っての通り、参加した兵力の八割を失った国連宇宙海軍の敗北に終わった。
この戦いにおいて、ウォースパイト級は六番艦のレパルスを残して全艦が沈没した。我々は、幸運にも彼女らの最期を看取った者と接触、そしてインタビューを行うことに成功した。彼女らは一体、どのように戦い、そして沈んでいったのか。それらの謎を解き明かす貴重な証言を得られたことに感謝する。

西暦2210年11月10日 J・L

西暦2193年 国連宇宙海軍 極東方面軍所属 イズミ・カオル一佐(当時)

はあ、私に話せることでしょうか?私よりも、他の方をあたった方がよろしいかと思います。何せあの艦は欧州方面空間戦闘群の所属ですし、私はあの艦の最期の瞬間を看取っただけで、それ以外のことはよう知らんのですが?えっ、それでも構わないって。分かりました。では話をさせてもらいましょう。
第一次火星沖海戦、この呼び名が広まったのはガミラス戦後です。ですから、当時の私どもはあの戦いを“カ号作戦”と呼んでおりました。そちらでは“オペレーション・マルス”なんていう名前で呼んでいたらしいですね。まあ、名前なんかどうでもいいんです。我々があの戦いで負けたという事実は変わりませんですから。
あの戦いは、正に総力戦でした。使える艦を片っ端からかき集めて、それに若造を乗せて火星に送り込んだっていう話ですから。まだ士官学校を卒業したばかりの奴らですよ?ですが、この時はまだ志願者だけだった分、まだ戦争末期よりはましだったのかもしれませんね。メ号作戦の時なんか、普通の大学生を「学徒動員だ!」って言って軍隊に引っ張って行ったらしいですから。そうやって連れていかれた若者は皆死んでいきました。生き残ったのはほんの一握りです。ですが、この時の地球はこうせざるを得ないほどに追い詰められていたのです。地球が崖っぷちに追い詰められたのは、ガミラスが遊星爆弾を地球に落とし始めるようになってからだという人がいますがあれは間違いです。2193年の時点で、地球は既に崖っぷちに立たされていたのです。
外惑星でガミラスとの圧倒的な力の差を見せつけられた国連宇宙海軍は、もはやなりふり構ってはいられない状態でした。そのため通常では考えられないような戦術を採用したのです。それは“徹底的な持久戦”でした。そしてそれは即ち大規模な消耗戦に陥ることを意味していました。でもそうするしか無かったのです。ガミラスと当時の地球との戦いぶりは、正に神様と虫けらの戦いでした。虫けらが神様に勝てる方法はただ一つ。大勢の仲間を集めてきて、たとえ仲間が何人死のうとも、神様があきれて返るまで戦いをやめないことでした。
味方が五隻沈んでも、敵を一隻沈められればそれでいい。たとえ全ての武器弾薬を消耗し、国連宇宙海軍の将兵全員が火星に墓標を立てることになっても、ガミラス軍を倒せればそれでいい。ガミラス軍に対して我々が唯一優っていた“数”という利点を最大限に生かした戦い方でした。これで来年度の予算がゼロになっても構わない。この戦いに負ければ、我々は来年度を迎えることすらできないのだから。国連宇宙海軍は本気で、この戦いで全戦力をすりつぶす気でした。
そしてカ号作戦が始まりました。手始めに、火星沖に500隻以上の艦艇が集結しました。開戦以降に就役した艦艇こそ少数でしたが、第二次内惑星戦争後予備役となり保管されていた艦艇が月面基地より大挙して出撃していきました。その中には、当時私が艦長を務めていた巡洋艦利根の姿もありました。
村雨型宇宙巡洋艦利根、二度の内惑星戦争を受けて大量建造された村雨型ですが、第二次内惑星戦争終結後は多数が予備役となりました。それらは地球を含む各惑星及び衛星、小惑星に置かれている基地にて保管されました。中でも一番保管数が多かったのが月面基地でした。月には地球と比較的近いという利点がありました。加えて大気が無いので艦体が錆びることもありません。そういった理由で、月面基地には200隻以上の艦艇が保管されていました。利根もその中の一艦でした。こうして私は、実に十三年ぶりに利根の艦長に就任した人間となったのです。
冥王星での攻防戦にて、私の乗艦が旗艦の比叡と共にガミラス軍に大損害を与えたことが評価されて、カ号作戦の直前には一佐に昇進することが出来ました。まあ、司令官の土方宙将を左遷してしまいましたから、せめて配下にて戦った者には良い思いをさせてやりたいみたいな上層部の思惑なのでしょうけど。その時は、こんな私でも一佐になれたことに感謝していました。一佐になれば普通は戦艦の艦長に就任するのですが、あの頃は戦艦なんてほとんど残っておりませんでしたから、私は艦長兼戦隊司令官ということで利根に配属されました。こうして、最低限の訓練を月面沖にて済ませた後に、私どもは三隻の僚艦を従えて火星沖へと向かいました。
あの時火星沖には、実に500隻以上の艦艇が集結していました。あれを見た時は心底驚きましたね。「一体地球圏のどこにこんな大艦隊が眠っていたんだ?」と。それに、集結した艦艇も選りすぐりの艦ばかりでした。戦艦だけでも、北米方面空間戦闘群所属のヴァージニア級五隻、極東方面空間戦闘群所属の金剛型二隻と火竜型四隻、欧州方面空間戦闘群所属のウォースパイト級三隻とリュッツオウ級三番艦アドミラル・グラーフ・シュペー、ノルマンディー級二番艦のリシュリュー、カイオ・デュイリオ級一番艦カイオ・デュイリオ。他にも南米とか南亜方面の空間戦闘群の戦艦もおりましたから、全部合わせたら二十隻くらい居たと思いますね。それに加えて200隻以上の巡洋艦と、300隻近い突撃駆逐艦。もう負ける気がしなかったですよ。
そちらのウォースパイト級であの戦いに参加したのは、確かウォースパイト、レナウン、レパルスの三隻だったかと思います。バーラムとマレーヤは天王星で、ヴァリアントは冥王星でそれぞれ沈んでいましたからね。でも、あの戦いまでで半数も残っていたら上出来だと思いますよ。他なんて軒並み二割から三割くらいしか残っておりませんでしたから。酷いところだと、初戦で艦隊が全滅していましたから。そうして全軍の配置が終了し、いつでも戦闘に入れる準備が整ったところにガミラス軍はやって来たのです。
とは言っても、私どもは最初から戦闘には参加しませんでした。別にさぼっていた訳じゃないんです。私どもはいわゆる“予備兵力”というやつでした。カ号作戦において、国連宇宙海軍の方針は徹底的な持久戦でした。敵を撃退するまで何日も戦うつもりでした。ですが、兵士もまた人間ですから、24時間戦いっぱなしというわけにはいきません。食事だってとらなきゃいけないし、睡眠だって必要です。そこで、三~四割程度の戦力を常に後方に待機させておき、ある程度時間が経過したら前線の艦と交代させる。前線で戦っていた艦は後方で簡単な修理と整備、それから乗員の休憩などを取ってから、また前線へと赴く。ローテーションってやつです。そうやって常に前線にいる艦の状態を最善に保ちつつ、攻撃の手を絶やさないようにしたわけですな。本当は前線にいる艦と後方にいる艦の比率を逆にした方がより良いのですが、何せ我々とガミラス軍の間には圧倒的な力の差がありましたからねぇ。ちょっとでも多くの艦を前線に張り付けておかないと気が気でなかったんでしょう。
とにかく、私どもは火星の衛星フォボスの宇宙港(第二次内惑星戦争時に建設された火星軍のフォボス要塞の跡地を転用したもの)にて、戦局を艦内に設置されたテレビの前で見守っていました。無論、命令があればすぐに出撃できるようにしていたのは言うまでもありません。最初の攻撃はガミラス軍からのものでした。まるで生き物のような姿をしている緑色の艦から幾つものビームが放たれました。しかし、紅色のビームは全て手前のデブリ帯にて青白い光を放って消滅しました。直前に展開が完了したばかりのビーム攪乱膜の効果が早速発揮されていたのです。これを見た私どもは皆歓喜し、艦内は歓声で溢れかえりました。当然の反応でした。今まで数多くの仲間を死地に追いやって来たビームが、今こうして自分の目の前にてその無力さをさらけ出しているのですから。ガミラス艦がビームを放てば放つほど、私どもの歓声はより大きくなっていきました。
しかしこれで終わりではなかったのです。業を煮やした何隻かのガミラス艦が、デブリ帯を突破しようと試みて来たのです。ですがその目論見は、デブリ帯内で待ち構えていた航空隊と宙雷戦隊によってあっけなく潰えました。艦内テレビに流れていた映像には、その決定的な瞬間がバッチリと映っていました。中継映像の視点が、後方に待機している巡洋艦のものから、デブリ帯内に潜んでいる突撃駆逐艦のものへと変わりました。そしてそこには、デブリの山を掻き分けて接近してくるガミラス艦が映っていました。彼らは、その鋭い牙をむいて敵に襲い掛かりました。
まず航空隊の攻撃機がガミラス艦に対して対艦ミサイルによる攻撃を行いました。しかし、航空機に搭載可能な大きさのミサイルでは、敵艦をひるませることはできても、沈めることはできません。ですが勇猛果敢な宙雷屋達が、この一瞬の隙を見逃すはずがありませんでした。突如デブリの陰から何隻もの駆逐艦が飛び出し、ガミラス艦に対して砲弾や魚雷を次々と叩き込んでいきました。撮影していた艦もその突撃に加わり、敵の駆逐艦に対して二発の砲弾と三発の魚雷を一斉に発射しました。砲弾が敵艦に吸い込まれ、敵艦の姿勢が崩れた直後に、そのどてっぱらに散発の魚雷が直撃しました。更に行きかけの駄賃と言わんばかりに、すれ違いざまに上下の高圧増幅光線砲を駆逐艦の艦橋部に撃ち込みました。その後敵駆逐艦はカメラの範囲外となってしまいましたが、轟沈とまではいかないにしても、あれだけの砲雷撃を受けた駆逐艦が無傷であるとは思えませんでした。そして後続艦から「敵駆逐艦一大破。」との報告が入り、それがテレビ前に居る私どもの耳に入った瞬間、私どもはこれまでにないほど歓声を上げました。あちこちで万歳三唱が唱えられ、感激のあまり泣きながら抱き合っている者もいました。たった一隻の駆逐艦、それも撃沈したわけじゃないのにも関わらず、艦内はまるでお祭り騒ぎのようでした。
こうして、私どもの間には早くも厭戦ムードが漂っていました。「行ける!これは勝てるぞ!」なんていうのはまだ序の口で、ひどい者だと「勝った!俺達は遂に勝ったぞ!」と、もうすでに敵に勝利したと勘違いしていたりしました。ですが、そう思いたい気持ちもわからなくはなかったですし、何より当の私ですらそのムードに飲み込まれつつあったのです。しかし、この時の私どもはまだ知らなかったのです。真の絶望、そして本当の敗北が差し迫っているということを。
突如、ガミラス艦隊の背後に、何十個もの紫色の光点が風車状に出現したのです。そしてその光点の中から、見たこともない形式のガミラス艦が次々と湧き出てきました。あれがワープアウトというものだというのは、この戦いの後に知りました。当時はただ、何もないところから敵艦が次々と現れているくらいにしか思っていませんでした。ですが、そのくらいの認識でも今私どもに差し迫っている脅威を理解するには十分でした。見たこともない形式(おそらく新型艦でしょう)が多数出現する。軍事知識が少しでもある者なら、敵の増援(それも数や艦隊の構成的にこちらが主力部隊)が到着したのだと考えるでしょう。この考えに至った時、私どもは先ほどまで高揚していた気分を、一気に奈落の底にまで叩き落されました。自分達があれだけ苦労して戦っていた奴らは、実は敵の一部でしかなかった。その一部ですらあれだけ脅威なのに、あんなに沢山の敵が一斉に攻撃して来たら、自分達は一体どうなってしまうのだろう?そう思ったその時、私どもは今自分達が何をすべきかに思い当たったのです。
私は全艦に警報を発し、直ちに全乗組員を配置につかせました。そして艦内各部のチェックを慌ただしく終えると、すぐに艦を出港させました。司令部から命令は出ていませんでしたが、命令を待っている余裕はありませんでした。何より、当の司令部も混乱の極みにあったのでまともな命令を下せない状態でした。私の乗艦である利根は、同じように慌ただしく出港して来た僚艦の最上、三隈、熊野の三艦と単縦陣を組んでから戦闘宙域へと急行しました。当時フォボスは戦闘宙域とは正反対の位置にありましたが、全速力で航行すれば三十分ほどで到着するはずでした。しかし私どもが戦闘宙域に到着した頃には、既に前線の艦隊は壊滅寸前でした。艦隊総旗艦のヴァージニアは沈み、各艦は個別にガミラス軍と戦闘を行っていましたが、それもガミラス軍の圧倒的な力によって殲滅されていきました。そのような状況の中、戦場に到着したばかりの私どもに悲劇が襲い掛かって来ました。
私どもは、同じように前線に向かいつつある艦同士で臨時に艦隊を組んでいました。とは言っても、別に統一された指揮系統があるわけではなく、ただ艦が集まっているだけでしたが。それでも味方と一緒に航行しているというのは、とても心強かったです。ですが、それは敵にとって格好の標的でした。
最初は、前方を航行していたピケット艦(確か艦名は白雪だったかと思います。)が「前方ニ敵艦見ユ。」との通信して来たのを最後に、通信が途絶したのが始まりでした。その報告から数十秒後、光学観測にて前方から接近してくるガミラス艦を捉えました。運が悪いことに利根の電探は故障していて、上手く敵艦を捕捉できなかったようです。利根が敵艦を捉えた時には、先に電探にて敵艦を捕捉していた艦が既に迎撃準備の為移動を開始していました。ですが各艦が勝手に移動している為、陣形は思うように変更できずに、ただ崩れていくばかりでした。そこにガミラス軍は襲い掛かって来たのです。
ガミラス軍が最初に狙いを定めたのは、艦隊の最前列にて航行していた中国軍の戦艦遼寧でした。遼寧は接近中のガミラス艦に対して、僚艦の蘭州級巡洋艦と共に猛烈な砲雷撃を浴びせました。しかし、ガミラス艦はそれをものともせずに接近し、すれ違いざまに陽電子ビームを遼寧に叩き込んだのです。遼寧の艦腹は赤黒く切り裂かれ、次の瞬間には艦体が風船のように膨らみ、そして周囲一帯に大量の破片をまき散らしながら破裂しました。そして遼寧の後に引っ付いていた四隻の蘭州級巡洋艦にもガミラス艦は容赦なかったのです。大量の空間魚雷を浴びせられた四隻の蘭州級巡洋艦の艦体は、瞬く間にくの字状に折れ曲がって爆発しました。私どもは丁度中国艦隊の右側を航行していましたから、中国艦隊の惨状はよく見えました。あれに襲われたら自分達もこうなる。そう悟った艦は次々と艦隊から離脱していきました。もはや秩序も何もあったものではありませんでした。そこに、ガミラス艦がまた襲い掛かって来たのです。
今度狙われたのは私どもの戦隊でした。私は無駄だと分かっていながら各艦に応戦と回避行動を取る様に下令しました。そして、接近中の敵巡洋艦に対して主砲による牽制射撃を行い、同時に四発の魚雷も放ちました。案の定、主砲は命中した全弾が敵艦の装甲にはじき返されてしまいましたが、幸運にも魚雷の方は一発も迎撃されることなく全弾が命中しました。これによって、ガミラス艦は大きく体制を崩しました。私はその一瞬を見逃さず、艦を敵陽電子砲の死角に滑り込ませました。
ガミラス艦といえども無敵ではありません。彼らが使用している無砲身砲塔には、ある重大な欠陥がありました。それは一切仰角や俯角が取れないことでした。これが戦艦型だと側面の砲身付き陽電子砲がある程度死角をカバーしているのですが、そういった装備がない巡洋艦型なら比較的死角に潜り込むことは容易でした。あの時敵は五隻ほどの艦隊を組んで互いの死角を減らすよう心掛けていたようでしたが、それでも完全に死角が消えたわけではありませんでした。利根は敵艦隊の死角を上手くついて、見事に敵艦隊を突破することに成功したのでした。
しかし、僚艦は利根ほど幸運ではありませんでした。まずは隊列を離れ、戦場から離脱しようとして大きく回頭していた巡洋艦最上が、陽電子ビームに艦尾を撃ち抜かれました。最上は一切の推力を失って宇宙を漂い始めました。しかし最上が漂って行った先には、同じ戦隊の巡洋艦三隈がおりました。二隻の乗組員は、おそらく最後の一秒まで衝突を回避しようと努力したのでしょう。しかしその努力も虚しく両艦は衝突、そこを陽電子ビームが串刺しにして二隻とも轟沈しました。艦列の最後尾でその光景を見ていた巡洋艦熊野の艦長が、果たしてあの時何を思ったのかは分かりません。ですが、彼が取った行動は実に日本人らしい行動でした。彼は乗艦である熊野の艦首を敵艦に向けると、そのまま全速力で突っ込んだのです。熊野の艦体には何発もの陽電子ビームが直撃し、たちまち火だるまと化しました。普通ならもう沈んでいてもおかしくないのにも関わらず、熊野はまるで乗組員の執念が宿ったかのように動き続け、そして敵艦に体当たりしました。いくらガミラス艦の装甲が強固とはいえ、150メートルもの金属の塊にぶつかられて耐えられる道理はありませんでした。熊野とガミラス艦の艦体を閃光が覆い隠し、続いて両艦は爆炎に飲み込まれました。こういった特攻や自爆攻撃を美化しているわけではないのですが、熊野の行動には一種の尊ささえ感じられました。そして私の頬には一筋の涙が走っていました。
こうして、利根に随伴していた全ての僚艦が沈みました。一隻戦場に取り残され途方に暮れていましたが、次の任務はすぐに見つかりました。味方艦からの援護要請があったのです。「こちらはHMSユリシーズ、敵駆逐艦が陣形内に侵入した。誰でもいい。誰か迎撃してくれ!」勿論すぐに急行しました。加えて要請があった宙域は私どもがいる宙域の隣でしたから、数分で要請宙域に到達出来ました。しかし、私どもが到着した頃には、既に敵駆逐艦はある艦への砲口を向けようとしているところでした。そして敵駆逐艦が砲口を向けていた艦というのが、あの戦艦ウォースパイトだったのです。
それにしても、敵駆逐艦の操艦は実に見事でした。思わず「あれなら私の部下としてもやっていけるのではないだろうか?」と思ってしまいました。しかし今こちらに向かって突撃している駆逐艦は味方ではなく敵でした。私は勇敢な敵駆逐艦を葬り去らなければなりませんでした。私は敵駆逐艦への砲撃を命令しましたが、部下は発砲しようとしません。「何故撃たん?」「今撃てばウォースパイトに当たります。」そう、射線上にウォースパイトが居たため、この瞬間に撃てば敵駆逐艦ではなくウォースパイトに当たる可能性があったのです。一瞬私は躊躇いましたが、すぐに迷いを吹っ切りました。「構わん、向こうは戦艦だ。」そう言った後、私は撃てと部下に命令しました。利根の主砲から緑色の光線が敵駆逐艦に向かって放たれます。しかし、光線が向かった先には既に敵駆逐艦はおらず、光線はただ虚空を切り裂くに終わったのです。そして利根の攻撃をよけた敵駆逐艦はウォースパイトに狙いを定めると、そのどてっぱらに陽電子ビームを叩き込んだのです。ウォースパイトの艦腹はショートケーキのように簡単に切り裂かれ、やがて破孔から炎が噴き出しました。炎はウォースパイトの全身を這いずり回り全てを焼き尽くしました。私どもは、その光景をただじっと眺めているしかなかったのです。
ウォースパイトが撃沈されてもなお戦闘は続きました。司令部(あの時まだそんなものが残っていたどうかは分かりませんが、話がややこしくなるのでここではこう呼びます)からの命令に従い、私どもはこの宙域から撤退しなければなりませんでした。逃げるだけなら簡単だと思われるかもしれませんが、実は戦闘で一番被害が大きいのは撤退戦なんです。秩序を失って逃走する軍隊というのは、それだけ脆いものなのです。こうして私どもの悲惨な撤退戦が始まりました。
最初はまず、利根に通信をくれた巡洋艦ユリシーズと合流しました。ユリシーズの艦体には若干の損傷が見られたものの、特に戦闘行動に支障はないようでした。この時はまだ名も無き普通の巡洋艦であったユリシーズですが、後にガミラス戦役時の三大幸運艦の一隻に数えられるだけのことはありますね。その幸運は、既にこのころから付きまわっていたのでしょう。そして利根とユリシーズの周りには次々と味方艦が集まって来ました。艦体に幾つもの破孔がある黄金色の戦艦、見事に艦橋を撃ち抜かれている紅白色の巡洋艦、装甲翼が半分欠けている赤白黄三色の突撃駆逐艦、集まって来た艦は皆どこかしら損傷していました。そして集まった十数隻の艦艇に、帰るべき基地を失った数十機の航空機が加わって、敗走艦隊の編成が完了しました。後は一目散にここから逃げるだけです。そう思ったその時でした、ガミラス艦隊がこちらに向かってきたのは。
分かっていたことではあるのですが、ガミラス軍がこのような格好の獲物をみすみす見逃してくれるわけがありませんでした。しかも敵艦隊の先頭には、今回の戦闘で初めて確認された敵の超弩級戦艦がいました。そいつの右隣にも同じ型の艦がおり、左隣には冥王星や天王星にて私どもを散々苦しめてきたあの超弩級戦艦がいました。ざっと見ただけでも超弩級戦艦が三隻、戦艦が十隻以上、巡洋艦と駆逐艦は合わせて約五十隻、到底勝てる相手ではありませんでした。この時私の脳裏には、ある一つの考えが浮かんでいました。それは「この利根を生贄として差し出せば、他の艦は逃げられるのではないか?」というものでした。無論、利根の乗組員全員を望まない英雄にはしたくありませんでした。しかし、どうせ誰かが死ぬのであれば、死ぬ者はより多くを生かす為に死ぬべきではないでしょうか?私はそう思い迷った挙句、乗組員に自分の考えを伝えようとしたその時でした。
突如、利根の右舷側を航行していた手負いの黄金色の戦艦が、急に敵艦隊に向かって行ったのです。その艦こそが、ウォースパイト級戦艦五番艦のレナウンでした。レナウンの艦長は、きっと私と同じ事を考えていたのでしょう。そして迷わず乗組員にその意思を伝え、行動に移したのでしょう。レナウンがやろうとしていたことは明白でした。しかし、私どもがそれに続くわけにはいきません。今ここで私どもが後に続けば、彼らの意思を踏みにじることになってしまいます。死ぬのは自分達だけで十分だ。そう思ったからこそ彼らは動いたのです。決して、他の仲間まで死地に引きずり込みたいわけではありません。この意志は他の如何なることよりも尊重されなければならないほど尊いものでした。
しかし、そんな彼らの意思に背いた一団がいました。艦隊の周りを飛んでいた航空隊の面々です。この戦いが終わった後に、私は無粋にもレナウンに付き従わず生還した搭乗員に「何故彼らは突撃したのか?そして何故君達はそれに加わらなかったのか?」と尋ねました。その言葉を耳にした搭乗員は、目に怒りの涙をにじませ、時々嗚咽を漏らしながら答えました。「あいつらの機体には燃料がもう無かったんだ。だからどうせ地球に帰る途中で死ぬのであれば、せめて敵に一矢報いて死にたい。そう思ったんだ。自分達だって突撃したかった。でも隊長がそれを許さなかった。隊長は生きろと言った。それは命令だった。隊長の命令は絶対だ。だから自分達は生きなければならない。どんな恥をかき、どんな屈辱にまみれても、自分達は生き延びなければならない。それが死んでいった戦友達への供養であり、最後の頼みでもあるのだから。栄光に呑まれて死んでいくのは、あの人達だけでもう十分だ。」その言葉を聞いた私は、何も言い返すことが出来ませんでした。
こうして、第一次火星沖海戦最後の地球側の攻撃が始まりました。七十隻近い敵艦隊に対し、突撃するのは満身創痍の戦艦一隻と、弾薬の尽きた航空機が約十機、傍から見れば自殺行為にしか思えなかったでしょう。でも彼らはやり遂げました。レナウンは見事、敵の超弩級戦艦に突入し、自身の質量と核融合炉の誘爆によって敵艦を呑み込みました。航空機も、何機かは敵艦への体当たりに成功した模様です。私どもは彼らとの距離を増しながら、それを遠くからじっと眺めていることしかできませんでした。せっかく彼らが生かしてくれた命です。自分達だけが生き残ってしまった悔しさはありましたが、これで私どもは何としてでもこの戦争を生き残らなければならなくなりました。
思えば私は、迷いによって生き残れたはずの命を見殺しにし、もうとっくに散っていたはずの命を生き残らせていたのかもしれません。私が迷わずに撃っていれば、ウォースパイトは救われたのかもしれない。私が迷わず突撃していれば、あの時死んでいたのは利根の乗組員だったかもしれない。歴史に“もしも”はありませんが、いつもそういうことを考えてしまうのです。でもそれが人間だと私は思います。人間は誰もが迷い、そして間違えます。でもそれは人間だからこそなんです。人間が迷うことをやめた時、それは自分達が人間であることを止めた時です。私どもは機械ではありません。機械には“意志”というものはありませんが、人間にはあります。そして人間は、死んでいった者達の“意志”を受け継ぐことができ、またそうする義務があります。過去にしか生きられなかった者達の“意思”を未来へと受け継ぐことが、生き残った人間の使命なのですから。


あとがき
初めまして、筆者の八八艦隊です。女王陛下のウォースパイト号シリーズも遂に三章まで終了いたしました。第二次内惑星戦争、天王星沖海戦、そして第一次火星沖海戦と、本編に一切描写がない戦闘ばかり扱ってきた本シリーズですが、ブログ主さん曰く結構好評らしいので、私としてはとても嬉しい限りです。この小説をブログに載せてもらったことに対して、改めてブログ主ことA-140さんに感謝の意を述べたいと思います。そして読者の皆様、今後とも私の作品をよろしくお願いいたします。