安全圏に離脱した『薩摩』は、不安定な主機を騙し騙し動かしながら木星ガニメデ基地へと向かっていたが、その途中、思いもよらない事態に遭遇した。

 「早瀬機、帰還しました。着艦の許可を求めていますっ!」

 報告に、堀田は驚いた。戦場を離脱する際、敵旗艦を偵察するために出撃させた早瀬機には艦載機用の小型無線を用いて『本艦は戦闘不能、戦場を離脱するので着艦は他艦もしくは土星鎮守府へ行うように』と指示を出していたのだが、何故か許容範囲を超える飛行時間を費やしてまで『薩摩』を追いかけてきたのである。

 早瀬機を着艦させてから、堀田ら主だった乗員は格納庫でこれを出迎える。疲労の極に達していたのだろう、早瀬は立ち上がれない様子であったし、後方銃座の偵察員に至っては意識を失っているようだった。

 「早瀬君、無理をさせてすまなかった。しかし、何故本艦を追いかけてきたのか?」

 堀田が聞くと、早瀬は息も絶え絶えに答えた。

 「……どうしても、艦長に報告せねばならないことがありまして。私の口からよりも、これを」

 偵察機用の映像媒体のユニットを堀田に手渡すと、早瀬はそこで気絶してしまう。堀田は偵察員共々彼らを病室へと運ぶように命じた後、その媒体の内容を幹部乗組員全員で確認することにした。


 「何てことだ……」

 映し出された映像を見終えた『薩摩』幹部乗組員たちは、言葉を失った。

 確かに、地球防衛軍連合艦隊は敵艦隊を全滅させた。白色彗星のガス体を、拡散波動砲の一斉射撃で取り払うことにも成功した。
 しかし、そのガス体が消えたところから現れたのは、ガトランティス帝国の本拠と思われる都市要塞だった。そして、その猛攻によって連合艦隊は壊滅。タイタン鎮守府の地上施設も破壊され、果たして戦場から離脱できた味方艦艇がどれだけいるか、いや、そもそもそのような艦が存在するのかすらわからない状況だった。

 何より『薩摩』幹部乗員、そして堀田に衝撃を与えたのは、総旗艦『アンドロメダ』の最後だった。

 『アンドロメダ』は敵都市要塞に砲撃を繰り返していたが、艦橋への被弾により恐らく操舵不能になったのだろう、そのまま都市要塞の外縁に激突して爆発、沈没したのである。映像を見る限り、脱出した乗員は一人もいなかった。

 「かん……」

 三木が言いかけて、しかし黙ってしまった。堀田にとって『アンドロメダ』に座乗していた土方司令長官がどういう存在か、彼のみならず『薩摩』乗員で知らないものはいない。その土方の壮絶な最期に言葉を失ってしまった堀田に対して、誰かが何か声をかけることなど、できるはずもなかったのである。

 「……大丈夫だ」

 堀田が呟くように言ったが、何が大丈夫なのか、本人にすらわかっていなかった。

 「副長、本艦は予定通りガニメデ基地へ向かってくれ。本艦が沈んでいない限り、まだ戦いが終わったわけではない。今は連絡を取ることができないが、離脱した味方艦や第十一、第十六艦隊も残っているだろう。とにかく、今は本艦を戦える状態に戻すことだ」
 「りょ、了解しました」
 「頼む。……二十分だけ、時間を貰いたい。その間の指揮は任せる」

 そう命じて自室に引き取った堀田だったが、泣かなかった。泣けるわけがない。地球と人類の運命はこれからの自分たちの戦いにかかっているのだ。今、涙など見せたらあの世の土方に会わせる顔などない。
 だが、それでも忸怩たる思いを消すことは出来ないのである。土方を連合艦隊司令長官にしたのは、間違いなく自分なのだから。

 (私は、恩師を死に追いやってしまったのか……)

 軍人である以上、こういうことが起こらないと限らないのは事実である。しかし、後悔がないと言えば嘘になるのも確かなのだ。
 だが、ここで心を折るわけにはいかないのだ。堀田はこの時、映像に紛れていた土方の最後の通信を思い出していた。

 「生きているなら……最後まで、戦え。そして、未来を……掴め」

 それは、自分に向けられた言葉でもあるような気がする。少なくとも堀田はそう思っていたのである。


 ガニメデ基地へ何とか到着した『薩摩』だったが、艦の主要部である中枢コンピュータが大きく破損してしまっていたため、修理には相応の時間が必要とされた。
 堀田は修理の指示を出しつつ艦内を一通り見て回ったが、乗員たちの士気は一見すると高いように見受けられる。まだ諦めていない、それが本心からであることも事実だろうが、同時に別のことも感じ取っていた。

 (無理もないことだが……恐怖で腰が引けてしまっている)

 『薩摩』乗員が表に出さないその雰囲気を、堀田は敏感に感じ取っていた。既に連合艦隊が壊滅したことは乗員たち全員に知らせてあったから、ここで『薩摩』一隻が復旧できたところで何ができるのか? 恐らく、乗員たちはそれが疑問なのであろう。無理からぬことではあったが。

 ところが、修理を開始してから数時間後、再び思わぬ事態が生じることになる。

 「か、艦長っ!」

 艦橋にいた堀田のところへ、艦外で作業していた乗員が駆け込んできた。

 「どうした、何かあったか?」
 「は、はい。外を、すぐに外を見てくださいっ!」

 言われて堀田が外を見てみると、そこには見慣れた、そして今の状況においてはこれ以上なく心強い艦の姿があった。

 「ヤマト……無事だったのか!」

 後に聞くこととなる話だが、ヤマトは土星会戦の中途にワープアウトしてきた白色彗星の衝撃波で艦の各部に大損害を受け『薩摩』と同様に戦場を離脱していた。ガニメデ基地に比較的近い宙域に吹き飛ばされたのが幸いして、こうして修理のため基地にたどり着くことができたのだという。

 (ヤマトが無事なら、まだ戦って勝つ見込みはある)

 量産艦である『薩摩』ならともかく、ヤマトはイスカンダルへの航海でただ一隻でガミラスの妨害を振り払った武勲艦だ。それと共に戦えるのであれば、少なくとも『薩摩』一隻で戦うより遥かに勝算は高く見積もれるはずだ。そして、内心で腰が引けている乗員たちにとっても大きな勇気となるに違いない。
 ともかく、ヤマトは今後どうするつもりなのか、それを確かめなければならない。既に地球防衛艦隊の指揮系統は壊滅しており、むやみに地球へ通信を送るのが危険である以上、誰に指示を仰げる状況でもないからだ。

 まずはヤマト乗組員たちの意志を確かめようと、堀田は一人でヤマトを訪れた。

 「堀田艦長! ご無事でしたか」

 出迎えた古代がそう言ってくれた。しかし、古代にとっても土方は恩師である。その死が堪えていないはずはない。

 「……ああ、生き残ってしまったよ。だが、だからこそまだ諦めるわけにはいかない」
 「はい、自分も同じ想いです」
 「艦内を見せてもらったが、さすがにイスカンダル帰りの乗員たちだ。誰も諦めている様子はなかったし、うちの若い乗員たちのように腰が引けた様子もない。正直、心強いよ」
 「先程、乗員たちを集めて意見を纏めました。本艦、ヤマトは都市要塞に対して徹底抗戦を決めました。艦長『薩摩』はどうするおつもりですか?」
 「……頼ってしまって申し訳ないが、言ったようにうちの若い乗員たちは意気込みはあるが内心で腰が引けている者も多い。『ヤマトがいるから勝てる』と言わせてもらうしかないが、許してもらえるだろうか」
 「共に戦っていただけるのでしたら、ヤマトでお役に立てるのなら是非」
 「すまない、これからよろしく頼むよ」

 古代の敬礼を受けて『薩摩』に戻るや、堀田は全乗員を講堂に集めた。士気を阻喪しているとは言えないまでも、やはり青ざめている者が少なからず見受けられた。

 「艦長に敬礼っ!」

 三木の声と共に敬礼を交わし、堀田は全員を着席させてから口を開いた。

 「先に通達した通り、連合艦隊は壊滅し、ガトランティス都市要塞は地球に向かっている。諸氏もそれぞれ思うところがあるだろうが、本艦の艦長として、私は徹底抗戦を主張したい」
 「……」

 乗員たちは沈黙を保ち、堀田の次の言葉を待った。

 「無論、戦うのは我々だけではないという点で勝算があってのことだ。ここにヤマトがいる。連絡は取れていないが第十一、第十六艦隊や土星会戦を生き残った艦もいるからだ。もちろん高い勝算とは決して言えない。だが、今度の敵は降伏して許されるような相手ではない。戦うしかないと覚悟してもらいたい」

 これには根拠があった。この戦役の序盤、第十一番惑星に駐屯していた小規模の警備艦隊がガトランティス艦隊と交戦した際、あまりに一方的な戦いに艦隊司令は降伏を申し出た。だが、ガトランティス側からは信じられない回答があった。

 「降伏? 降伏とは何だ? 戦いを終わらせたければ戦って死ね」

 そして、警備艦隊は一艦残らず沈められたのである。偶然に近い形でヤマトが救援に向かっていなければ、地上部隊も恐らく最後の一兵まで殺され尽くしていただろう。今回の敵、ガトランティスには「降伏」という行動が通じないのである。だからこそ負けるわけにはいかないと、土方以下土星に集結した将兵たちは承知していたのだが……。

 ここで、堀田は軽く深呼吸した。

 「……ただ、もう戦いたくないと思っている者もこの中にいたとして、私はそれを責めはしない。勝算はあると言ったが、藁にも縋るようなものでしかないと私も承知しているからだ。ここで終わりにしたいという者は、この部屋から退室してもらいたい。ヤマトの修理が完了次第、本艦はヤマトと共に出撃する。往くも残るも、諸氏の自由だ」

 言い終えて、黙然と立ったまま目の前の乗員たちを見つめる。そのまま5分ほどが経過したが、退室したものは誰もいなかった。

 三木が立ち上がった。

 「……艦長。本艦の副長として申し上げます。艦長が私の命を預かって下さる以上、私も艦長にこの身を預けるのみと覚悟を決めています。これからの戦い、最後までお供させていただきます」

 この言葉につられたかのように『薩摩』の乗員たちは続々と立ち上がり『戦います!』『やりましょう、最後まで』『地球を、人類を救いましょう!』と大声を上げ始めた。

 その乗員たちの姿に、堀田はただ帽子を取って、静かに頭を下げる。そして、改めて命じた。

 「では、残る修理作業を至急、進めてくれ。先に述べたように、本艦はヤマトの修理が完了次第、共に地球に向けて出撃する。……相手は強大だが、諦めることは許されない。最後まで、共に戦い抜こう!」
 「オーッ!」

 握りこぶしを突き上げて、堀田の言葉に応える『薩摩』乗員たちであった。


 それから数時間後、ヤマトの修理が完了したのを受けて、同艦と『薩摩』はガニメデ基地を出撃した。

 (範さん……第十一、第十六艦隊は無事だろうか)

 当然のことながら、今は自主的に無線封止をしなければならない地球側である。奇襲効果を最大限に生かしてこそ、あの強大な都市要塞との戦いを僅かでも有利にできるからだ。そのため、両艦隊が現在どうなっているかなど知る由もなく、共同して戦いに臨めるかどうかすらわかったものではない。
 しかし、降伏を許さない相手にもはやそんなことは言っていられない。それに地球の一般市民に被害が及ぶことは何としても避けなければならない以上、もうこの両艦隊をあてにすることは出来ないと言ってもよいのである。

 (後は、ガニメデでまだ修理中の艦がどれだけ間に合うか……)

 都市要塞が地球に迫っているため置き去りにしてしまったが、ヤマトと『薩摩』の修理中に、土星会戦を生き残った艦が数隻、ガニメデ基地に不時着していた。彼らも修理完了と同時に出撃、合流する予定だったから、微々たるものだが戦力として期待できる面もあろう。

 そんな僅かな期待を堀田は持っていたのだが、しかしそれを覆してしまうような事態がここで生じた。

 「艦長、後方……ガニメデ基地の更に外縁に敵艦隊ですっ!」
 「何だとっ!」

 沢野の報告に、堀田は愕然とした。このガトランティス艦隊がガニメデ基地を攻撃してきたら、地球は唯一といっていい艦艇の修理ができる外惑星基地を失うことになる。そうなれば現在この基地で修理を行っている艦が失われるのはもちろん、第十一番惑星から急行しているはずの第十一、十六艦隊も補給基地を喪失することになる。
 そして何より、ガニメデには基地要員はもちろん、土星などから避難してきた民間人も残っているのである。このままこの敵艦隊を無視すれば、必然、彼らを見殺しにすることになってしまう。

 (どうする……しかし、これから先の戦いをヤマト一隻では)

 ガニメデに迫る敵艦隊に対処するとしたら、拡散波動砲を装備する『薩摩』のほうが適任であろう。しかし、そうなれば当然ここからガニメデに引き返すことになるし、悪くすれば都市要塞との戦いに間に合わない恐れがある。そうなれば地球はどうなってしまうのか。ここはガニメデを犠牲にしてでも、ヤマトと行動を共にし続けるべきではないか?

 (『味方を見捨てる戦いは、地球防衛軍にはない』)

 かつて、自分はそう口にした。だが、それを口にした時とはあまりに状況が違い過ぎる。このとき、堀田の心に大きな迷いが生じていた。

 「艦長、ヤマトから通信です」

 はっとしてスクリーンを見上げると、そこには古代の顔があった。

 「堀田艦長、ガニメデ基地に向かっている敵艦隊は?」
 「……探知している。しかし」
 「わかりました。……艦長、いえ教官」

 古代が、僅かに表情を緩めたように見受けられた。

 「都市要塞への攻撃は、まずヤマトが行います。『薩摩』は敵艦隊を排除した後、至急ヤマトに合流してください」
 「……しかし」
 「『味方を見捨てる戦いは、国連宇宙軍にはない』ですよね。教官」
 「……っ!」

 確かに教官時代、古代たち生徒にそう教えたのは間違いない。しかし今の苦境においても、古代はその通りにしろというのである。
 それは無謀だ、と言いかけて、しかし堀田はやめた。ここまで成長した教え子なら、甘えるようで申し訳ないが地球を救った武勲艦なら、遅れを最小限にすれば何とかしてくれると信じられるように思えたのだ。

 「……すまない、古代艦長代理。至急、敵艦隊を殲滅し、援軍を集めてこちらも地球に向かう。それまでの戦い、申し訳ないが任せる」
 「了解しました、教官もどうかご無事で」
 「そちらもな、頼んだぞ」

 古代の顔がスクリーンから消えると同時に、堀田は澄んだ声で命令を下した。

 「これより本艦は、ガニメデ基地に向かう敵艦隊を迎撃、これを撃滅する。反転180度、最大戦速!」
 「了解っ」

 航海長の初島が応じると同時に『薩摩』は反転してガニメデ基地を狙う敵艦隊へと向かう。地球と人類の危機、それが収束する目途は、未だ全く見えるところのない状況であった。