金剛型宇宙戦艦――西暦2171年に一番艦金剛が就役して以降、世界中で数多くの同型艦が建造された。しかし、金剛型というのはあくまで極東管区(主に旧日本国領)での呼び名であって、その他の地域では違った呼称であったことはあまり知られていない。これはガミラス戦役後の世界の中心が極東に移ったことも一因であるだろうが、我々は少しでも記憶しておかなければならない。歴史の狭間に埋もれてしまった者達が、一体どのように戦い、そして散っていったのかを。私はジェームズ・リーランド少佐、地球防衛軍情報部第七〇七情報隊所属、歴史を未来に伝える者である。
私は今、アイルランド島にあるベルファストという街に来ている。ここは港街ということもあって、一昨年のアクエリアス危機(ディンギル戦役)の影響が色濃く残っている地域である。ガミラス戦役後この街は地球防衛海軍の軍港となったが、それ以外には特に何もないさびれた街である。ガミラス戦役以前は何かあったのかもしれないが、遊星爆弾で全てが吹き飛んでしまった今となっては知る由もない。しかし、ガミラス戦役以前のこの街を知っている者が一人、郊外の家で一人寂しく漁業を営んでいた。彼の名はロイ・キャメロン、とても65才には見えない屈強な体付きの男であり、かつては我らがロイヤル・スペース・ネイビーの一員だった漢であった。
「私が軍に居たのは、もうかなり前のことです。おそらく皆さんが一番興味をお持ちであろうガミラス戦役の時、私は既に第一線を退いていました。そのような私に話せることはあまりありませんが、それでもよろしいのですか?」キャメロン氏は、私と玄関で挨拶を交わし、最低限の家具しか置かれていない小さなリビングに私を招いた直後、そう私に尋ねて来た。
「構いません。私が求めているのは、むしろそのような話ですから。」そう私はキャメロン氏に自らの好奇心をありのまま伝えた。この時の私は、この文章を読む読者よりも彼の話に興味があったのかもしれない。
分かりました。それでは、少しばかり老人の長話に付き合ってもらいましょう。まず初めに、私が乗っていた艦の話をさせていただきたいと思います。私が乗艦していたのは、ウォースパイト級戦艦一番艦ウォースパイト。西暦2177年に就役した当時最新鋭の戦艦でした。
ウォースパイト級と名乗ってはいますが、実はこれ我が国・・・いえ、旧英連邦だけの呼称であったのです。あの戦艦の正式な名称は“国連宇宙海軍第三世代型主力戦艦”という、何とも味気無い名前でした。そこで各国は、この戦艦に独自の艦級名を付けていったのです。名前は国によってまちまちでした。今この戦艦を呼ぶときは、その活躍度から極東管区の“金剛型(コンゴウ・クラス)”という呼び名が一般的ではありますが、それ以外にも色々な名前がありました。
例えば、同じ極東管区でも当時中国と呼ばれていた国は、この戦艦を“火竜級(ファイヤードラゴン・クラス)”と呼称していました。この火竜級を中国は合計で16隻建造したらしいです。次に、今は北米管区となっている旧アメリカ合衆国、こちらでは“ヴァージニア級”と呼称されていました。こちらは細かな改修を重ねながら合計で20隻建造され、このクラスでは最大の建造数を誇ったらしいです。その他にも、旧ドイツ連邦共和国の“リュッツオウ級”、旧フランス共和国の“ノルマンディー級”、旧イタリア共和国の“カイオ・デュイリオ級”、旧ロシア連邦共和国の“アルハンゲリスク級”、旧インドの“ヴィクラント級”、旧ブラジル連邦共和国の“リオ・グランデ級”、など世界中で様々な呼称がありました。全ての同型艦を合わせたら70隻くらいは居たと思います。最も、これらの同型艦全てが一堂に会する機会は遂に訪れなかったのですが。もし70隻が同じ場所に集結したら、それはさぞ圧巻であったのでしょうね。
すみません。話がそれました。ともかく、私は戦艦ウォースパイトに栄光ある第一期生として乗り組んだのです。当時私は機関科に所属していましたので、当然ですがウォースパイトの機関室に配属されました。この搭載してある新型核融合炉がまた癖がありましてね、配備された直後はとても苦労したものです。でも最新鋭のエンジンに触れられるというだけでも、当時の私はすごく興奮しました。
やがてウォースパイトに配備されてから3年の月日が流れ、やっとエンジンの扱いにも慣れてきたころ、恐れていたことが遂に現実となりました。そうです、第二次内惑星戦争が始まったのです。少し前から多くのマスメディアが「地球と火星、数年以内に再び開戦か!」などと煽っていましたから、この事を聞いても私は「なんだ、また始まったのか。」と思うばかりでした。実に拍子抜けな言葉ですが、当時の私には戦争という言葉は誇大すぎたのです。
やがて私の初陣がやってきました。地球圏に侵入してきた火星軍を撃滅すべく、月面基地から次々と艦艇が飛び立っていきました。旧英連邦も、保有する4隻のウォースパイト級以下28隻(これは英連邦が保有する艦艇の7割弱に相当しました)の艦艇を出撃させました。もちろん、その中には私の乗るウォースパイトも含まれていました。そして艦隊は出撃してから二日後に火星軍と接触、後に“月軌道会戦”と呼ばれる戦いが勃発しました。
戦いの経緯としては、地球軍と火星軍は互いをほぼ同時に探知、しかる後に同航戦に突入。結果地球軍が圧勝したそうです。というのも実は、私は機関士ですから戦闘中は基本的に機関室に籠っています。戦闘が始まった途端に駄々をこねだすエンジンと向き合わなければならず、気が付いたら戦闘が終わってしまっていたのです。戦闘後、周りは「火星野郎の艦を何隻撃沈した。」だの、「俺の操舵で攻撃をギリギリのところで回避した。」だの会話が弾んでいましたが、私はその会話に加わることが出来ませんでした。それが悔しかった私は、次の戦いの時はこっそり機関室を抜け出して戦闘を見に行こうとさえ思いました。
そして月軌道会戦から数ヶ月後、軍令部である作戦が立案されました。少数の精鋭部隊をもってして火星沖に突入、当時地球に甚大な被害をもたらしていた遊星爆弾(ガミラスの物みたいに放射能が発生するわけではなく、火星軍のやつは単なる隕石です。)の発射基地を破壊する。というものでした。この作戦を聞いた瞬間、我々は飛び上がるように喜びました。何せ今までは地球に襲来する火星軍や隕石の迎撃ばかりを行っていた我々が、初めて攻めに転ずることが出来るのですから。この喜びは兵隊になった者にしかわからないでしょう。
早速、作戦は具体的なものへとなっていきました。火星沖に突入する部隊の指揮官には、極東方面軍所属の提督が任命されました。提督は国連宇宙海軍内で行われる合同演習の際、実に見事な戦法で自軍の三倍以上の敵に勝利したことがありました。それを見た北米方面軍の指揮官は当初「まぐれだ。次はああ上手くはいかんさ。」などと余裕の表情で発言したそうです。最もその自信も、次の演習で彼の部隊が提督の艦隊に全滅判定を叩き出されるまででしたが。このようなこともあって、上層部は彼の能力を高く評価していたらしいです。実際、先の月軌道会戦で一番戦功を挙げたのは彼の艦隊でしたからね。これは余談ですが、彼が旗艦としていた戦艦コンゴウの当時の艦長が、かの有名なアドミラル・オキタだったそうです。オキタの艦長としての能力の高さが、提督にあのような戦法を取らせることを可能にしたのだと思います。
そして我らがウォースパイト号が、栄えある突撃隊に参加することが決定したのです。この事を聞いた瞬間、私の中ではある思いが膨らみました。先ほど申し上げた「戦闘をこの目で見てみたい。」というものです。歴史の一ページに確実に書き込まれるであろう戦いに参加できるのです。どうせなら、特等席で見たいと思うのも自然な気持ちであると思います。
月軌道会戦より四ヶ月後、突撃隊が多くの人に見送られながら月面基地を離陸して行きました。戦艦4隻、巡洋艦12隻、駆逐艦16隻、計32隻の艦隊の姿はとても壮観でありました。突撃隊は月面上空にて艦隊陣形を組んだ後、火星へと進路を向けました。今ならここで敵前へのワープを行うところなのですが、当時はワープ航法など存在しなかったので、突撃隊は進路を欺瞞しつつ火星に接近しました。やがて我々は、火星側にその存在を知られることなく火星宙域に到着することが出来ました。完全なる奇襲でした。そして提督は次のような通信文を全軍宛てに発信しました。「我ラハ来タリ、ソシテ見タリ、誓ッテ共ニ勝タン。全軍突撃セヨ!」
火星宙域には、目標となるべき物が大きく分けて三つありました。一つ目は火星本星、火星政府の中枢は本星にありましたからこれは重要な戦略目標と言えました。二つ目は軌道上に浮かぶコロニー群、これらに居住しているのはほとんどが民間人でしたが、中には軍用ステーションも混じっていました。三つ目は火星の衛星フォボス、ここは火星軍が要塞を築き上げており、火星軍のほぼ全ての部隊がここに集結していました。またフォボスのマスドライバー基地が、地球に向けてあの忌まわしき遊星爆弾の雨を降らせていたのです。当然ながら、提督は三つ目の衛星フォボスを目標としていました。火星本星はいずれ叩かなければいけない目標とはいえ、早急に攻略する必要はありませんでした。コロニー群への攻撃は、民間人を戦闘に巻き込む可能性があったので攻撃目標から除外されました。いくら敵国人とはいえ民間人を戦闘に巻き込むべきではない。戦争に関して、提督はどちらかというと古いタイプの考えを持っている軍人でした。その点において、彼は国連宇宙海軍の善き部分を体現していた人間でした。それに、わざわざ敵が決戦の地を用意してくれているのにも関わらず、それを避けるかのような行為は武人である提督にとっては到底容認できなかったのでしょう。そして我々の主目標もまた、決戦の地にあったのですから。
かくして、後に“フォボス沖海戦”と呼ばれる戦いが勃発しました。旗艦コンゴウ以下、突撃隊は衛星フォボスに向けて突撃を開始しました。当然、艦のエンジンは常に最大出力で運転し続けなければならず、我々機関士は相当苦労させられました。外では両軍の砲火が飛び交い、いくつもの閃光がきらめく中、我々は必死にエンジンと格闘していたのです。
やがて戦闘も半ばにさしかかった時、それまでは何とか運転し続けていたエンジンに故障が発生したのです。とは言っても、その故障はどの艦でも日常茶飯事で起きているようなもので、平時であれば無視していても問題ないほどの小さなものでした。しかし、ここで私の耳に悪魔が囁いたのです。私は戦闘中なのにも関わらず、機関長に「交換用の部品を持ってくる。」と一言告げた後に、勝手に持ち場を離れて見張り所へと向かったのです。
見張り所から私が見た光景は、それまでエンジンに囲まれていた私からしてみれば幻想的にすら思えました。主砲から放たれたエメラルドグリーンのビームが、赤く塗装された火星軍の戦艦をまるで風船を割るかのように一撃で粉砕していました。ガミラス戦役時の記録映像をさんざん見せられた人にはとても信じられないかもしれませんが、当時、高圧増幅光線砲は「4発以上命中すれば撃沈確実。」と言われるくらい強力な兵装だったのです。また、我らがロイヤル・スペース・ネイビーのE級突撃宇宙駆逐艦が、敵の戦闘衛星に肉薄雷撃を行い撃破する様子も見ることが出来ました。ムラサメ型宇宙巡洋艦とヨーク級宇宙巡洋艦が統制砲撃を行い、フォボスの表面に設置された電磁加速砲を破壊する光景も見ました。
ですが、私の中で一番印象に残っている光景は、コンゴウとウォースパイトとの連携攻撃です。一方が攻撃を行っている最中、もう一方は常に反対側を警戒し続け火星軍の接近を許しません。更に二艦の機動も凄まじく、僚艦が随伴できないことがしばしばありました。本当にこの二艦のコンビネーションには圧倒されました。開いた口が塞がらないとは正にあのようなことを言うのだなぁ、などと思ったりもしました。そして私は、このような戦いぶりを見せられる艦の乗組員であることに改めて誇りを感じたものでした。やがて突撃隊はマスドライバー基地に到達すると、保有する全火力をマスドライバー基地に向かって叩き込みました。幾条もの光線やミサイルが降り注ぎました。装甲など無きに等しいマスドライバーが、この攻撃に耐えられる道理はありませんでした。攻撃は数分間続き、その後にマスドライバーは跡形もなく崩壊していきました。我々はその光景を見て歓喜しました。「これで戦争が終わるぞ!」「もう怯えながら空を見つめる必要はないんだ!」そのような歓声が艦内各所から聞こえてきました。私も彼らと同じ気持ちでした。しかし、現実は非情でした。この戦いには、まだ余興が残っていたのです。
火星宙域に、突撃隊より遅れて本隊が到着しました。到着してから直ぐに、本隊旗艦のヴァージニアから一通の電文が突撃隊全艦に向けて発信されました。その内容は次のようなものでした。「突撃隊ノ見事ナル奮戦ニ感謝ス、後ノ任務ハ我々ガ実施スル、諸君ラハ引キ続キ静観サレタシ。」これに疑問を抱いた人間はいませんでした。突撃隊の各艦は既に弾薬を消耗しつくしており、到底次の戦闘を行えるような状態ではなかったからです。しかし、この後に本隊が行ったことを鑑みると、私にはこの通信も我々にくぎを刺したように聞こえるのです。いや、彼らとしてはそのつもりだったのでしょう。彼らが行った行為は、常人なら後ろめたさを感じる程度では済まないことでしたから。
本隊の連中は、我々があれほど戒めた軌道上のコロニー群への攻撃を開始したのです。それも軍用ステーションだけではなく、民間ステーションへも攻撃を行ったのです。私は当初、彼らが何を行っているのか理解できませんでした。何故彼らは民間人を攻撃・・・・いや、虐殺しているのか?その答えは、母なる星地球にありました。当時、地球は火星からの遊星爆弾攻撃に晒されており、多くの市民が地下シェルター(後の地下都市)への避難を余儀なくされていました。鬱蒼とした地下での生活の中、地球市民は怒りの矛先を自然と火星人へ向けていました。そのような状況下、市民の感情は遂に爆発し、一部の人間は火星人の抹殺を唱えるまでになりました。これは地球の血塗られた歴史の再現でした。宇宙に進出するようになってもなお、人類の精神構造は何ら変化を見せていなかったのです。ガトランティスは全生命の抹殺を唱えていたらしいですが、果たしてそれとこれとはどう違うのでしょうか?ただ対象が小さくなっただけではないでしょうか?根本的にやっていることは変わらないと私は思います。
このような経緯があり、国連宇宙海軍は火星への虐殺的な攻撃を自国民と政府に後押しされる形で半ば強引に決定したのです。彼らが行った攻撃は、正に“虐殺”とか“過剰攻撃”などという言葉が似あったものでした。一部の軍用ステーションが僅かな抵抗を行っていましたが、ほとんどが無抵抗のまま爆発に呑まれていきました。後に彼らは「我々は抵抗者を攻撃しただけだ。降伏した者には寛大な処置を与えている。」と発言していました。詭弁もはなただしいものです。私はこの目でしっかりと見ました。火星の民間商船が、白旗を掲げた瞬間に高圧増幅光線砲に撃ち抜かれたところを。無防備都市宣言を出したコロニーが、隊列を組んだ艦隊によって完膚なきまでに破壊される姿を。しかし、本隊の人間全員がこの虐殺的攻撃を行っていたわけではありませんでした。中には攻撃命令を拒否した部隊もあったのです。そしてその中には、ウォースパイトの同型艦であるマレーヤ、バーラム、ヴァリアントの3隻も含まれていました。私は、偉大なるロイヤル・スペース・ネイビーとウォースパイト級が、この非人道的行為に参加していないことがせめてもの救いでした。
――国連宇宙海軍はコロニー群を壊滅させた後に火星本星への攻撃を慣行、首都であるアルカディアシティには無数の弾丸が降り注いだ。特に火星の玄関口との称されたアルカディアポートは徹底的に攻撃され、優雅なデザインの宇宙港は瓦礫へと変わった。準備射撃が終了した後、上空に待機していた強襲揚陸艦より空間騎兵隊が降下、ほぼ廃墟と化したアルカディアシティを占領した。火星政府首脳陣は、半数が砲撃で死亡し残りは降下してきた空間騎兵隊によって確保された。かくして、第二次内惑星戦争は終結したのである――
そう、歴史の教科書には書いてあります。ですが、あなたがたには是非とも知ってもらいたい。この光景を見ていた我々がどう感じ、どう思ったかを。
まず、あの後私は営倉にぶち込まれることを覚悟していました。当然です。戦闘中に無断で持ち場を離れたのですから。ですが、いつまでたっても何も起こりませんでした。不思議に思った私は、いつも営倉替わりに使われている空き部屋へと向かいました。(艦内スペースに余裕がないウォースパイトには、専用の営倉を設置する余裕はありませんでした。)するとそこには、本来であれば私をここに連れて来るはずであった機関長が居たのです。どうやら機関長は、コロニー群への攻撃をやめさせようとエンジンを緊急停止させ、それから機関室内に立てこもったらしいのです。隣の部屋に居た砲雷長も、似たような理由でここに入れられているようでした。「正直、あの時俺は本気で奴らを撃沈しようと思ったよ。」そう砲雷長は営倉内から私に話しかけてきました。砲雷長は、残存している火器を使用し、ウォースパイトの傍でコロニー群への攻撃を行っていた中国艦を撃沈しようとしたらしいのです。無論、実際に砲弾が放たれることはありませんでした。艦長が実力で止めにかかったからだそうです。「でさ、艦長が『お前の気持ちは十分に分かる。皆も同じ気持ちだ。だからと言って、皆が勝手な行動をとり始めたらおしまいだ。俺はどうなっても良い。だが、お前らには輝かしい未来があるだろう?』なんて言っちゃってさ。そう言われちゃったら、俺もおとなしくなるしかないじゃないか。畜生め!」そう砲雷長は壁の向こう側に向かって激昂していました。そしてこの次に機関長が言った言葉を、私は永遠に忘れることはないでしょう。「狂ってる。敵も味方も、皆狂ってる。」この言葉が、今の状況全てを表しているのではないかと当時の私は思いました。
第二次内惑星戦争後、私は退役しました。もう戦いはこりごりでした。ガミラス戦役の際には軍に戻らないかとのお誘いも受けました。あの時は人類が一丸となって戦っていたので、正直後ろめたさもありました。でも私は断りました。代わりに私は、戦闘以外で人類に貢献しようとしました。そういうわけで、ガミラス戦役時は地下都市に電気を供給する核融合炉の管理を行っていました。ウォースパイトの核融合炉を扱っていたくらいですから、民間の核融合炉を扱うなど造作もないことでした。ガミラス戦役後もしばらくは核融合炉をいじっていたのですが、やがて私の技術を次の世代に伝えることに専念していきました。その方がより良いと気が付いたのです。そして今から四年前、この街に移り住んで来ました。それからはずっとこの調子です。
「私の話はこれで終わりです。」そう言って、キャメロン氏は立ち上がった。そして彼は窓に近づいた。窓の外には、海岸線とそれに続く大海原が広がっている。既に日はだいぶ傾いており、夕焼けの光が窓から差し込んでいた。窓から差し込んでいる温かい光が、キャメロン氏の体を包み込んでいる。「ウォースパイト、実に良い艦でした。私のような軍人の最期を飾るには余りにも立派すぎる。でもそんな彼女も、第一次火星沖海戦で星の海へと還りました。その後、彼女の名前を継ぐ艦が誕生しましたが、私にとっては彼女こそが・・・・いえ、今もなお火星沖で眠っている彼女だけがウォースパイトなのです。」やがて日は沈み、辺りは漆黒に染まった。私はキャメロン氏にお礼を告げ、彼の家から立ち去った。漆黒の闇に浮かぶさびれた家には、時代の波に呑まれ、そして消えゆく老人がただ一人佇んでいた。
西暦2210年10月20日 J・L
第一章 初陣
西暦2180年時 国連宇宙軍欧州方面軍所属 ロイ・キャメロン中尉(当時)の回想
私は今、アイルランド島にあるベルファストという街に来ている。ここは港街ということもあって、一昨年のアクエリアス危機(ディンギル戦役)の影響が色濃く残っている地域である。ガミラス戦役後この街は地球防衛海軍の軍港となったが、それ以外には特に何もないさびれた街である。ガミラス戦役以前は何かあったのかもしれないが、遊星爆弾で全てが吹き飛んでしまった今となっては知る由もない。しかし、ガミラス戦役以前のこの街を知っている者が一人、郊外の家で一人寂しく漁業を営んでいた。彼の名はロイ・キャメロン、とても65才には見えない屈強な体付きの男であり、かつては我らがロイヤル・スペース・ネイビーの一員だった漢であった。
「私が軍に居たのは、もうかなり前のことです。おそらく皆さんが一番興味をお持ちであろうガミラス戦役の時、私は既に第一線を退いていました。そのような私に話せることはあまりありませんが、それでもよろしいのですか?」キャメロン氏は、私と玄関で挨拶を交わし、最低限の家具しか置かれていない小さなリビングに私を招いた直後、そう私に尋ねて来た。
「構いません。私が求めているのは、むしろそのような話ですから。」そう私はキャメロン氏に自らの好奇心をありのまま伝えた。この時の私は、この文章を読む読者よりも彼の話に興味があったのかもしれない。
分かりました。それでは、少しばかり老人の長話に付き合ってもらいましょう。まず初めに、私が乗っていた艦の話をさせていただきたいと思います。私が乗艦していたのは、ウォースパイト級戦艦一番艦ウォースパイト。西暦2177年に就役した当時最新鋭の戦艦でした。
ウォースパイト級と名乗ってはいますが、実はこれ我が国・・・いえ、旧英連邦だけの呼称であったのです。あの戦艦の正式な名称は“国連宇宙海軍第三世代型主力戦艦”という、何とも味気無い名前でした。そこで各国は、この戦艦に独自の艦級名を付けていったのです。名前は国によってまちまちでした。今この戦艦を呼ぶときは、その活躍度から極東管区の“金剛型(コンゴウ・クラス)”という呼び名が一般的ではありますが、それ以外にも色々な名前がありました。
例えば、同じ極東管区でも当時中国と呼ばれていた国は、この戦艦を“火竜級(ファイヤードラゴン・クラス)”と呼称していました。この火竜級を中国は合計で16隻建造したらしいです。次に、今は北米管区となっている旧アメリカ合衆国、こちらでは“ヴァージニア級”と呼称されていました。こちらは細かな改修を重ねながら合計で20隻建造され、このクラスでは最大の建造数を誇ったらしいです。その他にも、旧ドイツ連邦共和国の“リュッツオウ級”、旧フランス共和国の“ノルマンディー級”、旧イタリア共和国の“カイオ・デュイリオ級”、旧ロシア連邦共和国の“アルハンゲリスク級”、旧インドの“ヴィクラント級”、旧ブラジル連邦共和国の“リオ・グランデ級”、など世界中で様々な呼称がありました。全ての同型艦を合わせたら70隻くらいは居たと思います。最も、これらの同型艦全てが一堂に会する機会は遂に訪れなかったのですが。もし70隻が同じ場所に集結したら、それはさぞ圧巻であったのでしょうね。
すみません。話がそれました。ともかく、私は戦艦ウォースパイトに栄光ある第一期生として乗り組んだのです。当時私は機関科に所属していましたので、当然ですがウォースパイトの機関室に配属されました。この搭載してある新型核融合炉がまた癖がありましてね、配備された直後はとても苦労したものです。でも最新鋭のエンジンに触れられるというだけでも、当時の私はすごく興奮しました。
やがてウォースパイトに配備されてから3年の月日が流れ、やっとエンジンの扱いにも慣れてきたころ、恐れていたことが遂に現実となりました。そうです、第二次内惑星戦争が始まったのです。少し前から多くのマスメディアが「地球と火星、数年以内に再び開戦か!」などと煽っていましたから、この事を聞いても私は「なんだ、また始まったのか。」と思うばかりでした。実に拍子抜けな言葉ですが、当時の私には戦争という言葉は誇大すぎたのです。
やがて私の初陣がやってきました。地球圏に侵入してきた火星軍を撃滅すべく、月面基地から次々と艦艇が飛び立っていきました。旧英連邦も、保有する4隻のウォースパイト級以下28隻(これは英連邦が保有する艦艇の7割弱に相当しました)の艦艇を出撃させました。もちろん、その中には私の乗るウォースパイトも含まれていました。そして艦隊は出撃してから二日後に火星軍と接触、後に“月軌道会戦”と呼ばれる戦いが勃発しました。
戦いの経緯としては、地球軍と火星軍は互いをほぼ同時に探知、しかる後に同航戦に突入。結果地球軍が圧勝したそうです。というのも実は、私は機関士ですから戦闘中は基本的に機関室に籠っています。戦闘が始まった途端に駄々をこねだすエンジンと向き合わなければならず、気が付いたら戦闘が終わってしまっていたのです。戦闘後、周りは「火星野郎の艦を何隻撃沈した。」だの、「俺の操舵で攻撃をギリギリのところで回避した。」だの会話が弾んでいましたが、私はその会話に加わることが出来ませんでした。それが悔しかった私は、次の戦いの時はこっそり機関室を抜け出して戦闘を見に行こうとさえ思いました。
そして月軌道会戦から数ヶ月後、軍令部である作戦が立案されました。少数の精鋭部隊をもってして火星沖に突入、当時地球に甚大な被害をもたらしていた遊星爆弾(ガミラスの物みたいに放射能が発生するわけではなく、火星軍のやつは単なる隕石です。)の発射基地を破壊する。というものでした。この作戦を聞いた瞬間、我々は飛び上がるように喜びました。何せ今までは地球に襲来する火星軍や隕石の迎撃ばかりを行っていた我々が、初めて攻めに転ずることが出来るのですから。この喜びは兵隊になった者にしかわからないでしょう。
早速、作戦は具体的なものへとなっていきました。火星沖に突入する部隊の指揮官には、極東方面軍所属の提督が任命されました。提督は国連宇宙海軍内で行われる合同演習の際、実に見事な戦法で自軍の三倍以上の敵に勝利したことがありました。それを見た北米方面軍の指揮官は当初「まぐれだ。次はああ上手くはいかんさ。」などと余裕の表情で発言したそうです。最もその自信も、次の演習で彼の部隊が提督の艦隊に全滅判定を叩き出されるまででしたが。このようなこともあって、上層部は彼の能力を高く評価していたらしいです。実際、先の月軌道会戦で一番戦功を挙げたのは彼の艦隊でしたからね。これは余談ですが、彼が旗艦としていた戦艦コンゴウの当時の艦長が、かの有名なアドミラル・オキタだったそうです。オキタの艦長としての能力の高さが、提督にあのような戦法を取らせることを可能にしたのだと思います。
そして我らがウォースパイト号が、栄えある突撃隊に参加することが決定したのです。この事を聞いた瞬間、私の中ではある思いが膨らみました。先ほど申し上げた「戦闘をこの目で見てみたい。」というものです。歴史の一ページに確実に書き込まれるであろう戦いに参加できるのです。どうせなら、特等席で見たいと思うのも自然な気持ちであると思います。
月軌道会戦より四ヶ月後、突撃隊が多くの人に見送られながら月面基地を離陸して行きました。戦艦4隻、巡洋艦12隻、駆逐艦16隻、計32隻の艦隊の姿はとても壮観でありました。突撃隊は月面上空にて艦隊陣形を組んだ後、火星へと進路を向けました。今ならここで敵前へのワープを行うところなのですが、当時はワープ航法など存在しなかったので、突撃隊は進路を欺瞞しつつ火星に接近しました。やがて我々は、火星側にその存在を知られることなく火星宙域に到着することが出来ました。完全なる奇襲でした。そして提督は次のような通信文を全軍宛てに発信しました。「我ラハ来タリ、ソシテ見タリ、誓ッテ共ニ勝タン。全軍突撃セヨ!」
火星宙域には、目標となるべき物が大きく分けて三つありました。一つ目は火星本星、火星政府の中枢は本星にありましたからこれは重要な戦略目標と言えました。二つ目は軌道上に浮かぶコロニー群、これらに居住しているのはほとんどが民間人でしたが、中には軍用ステーションも混じっていました。三つ目は火星の衛星フォボス、ここは火星軍が要塞を築き上げており、火星軍のほぼ全ての部隊がここに集結していました。またフォボスのマスドライバー基地が、地球に向けてあの忌まわしき遊星爆弾の雨を降らせていたのです。当然ながら、提督は三つ目の衛星フォボスを目標としていました。火星本星はいずれ叩かなければいけない目標とはいえ、早急に攻略する必要はありませんでした。コロニー群への攻撃は、民間人を戦闘に巻き込む可能性があったので攻撃目標から除外されました。いくら敵国人とはいえ民間人を戦闘に巻き込むべきではない。戦争に関して、提督はどちらかというと古いタイプの考えを持っている軍人でした。その点において、彼は国連宇宙海軍の善き部分を体現していた人間でした。それに、わざわざ敵が決戦の地を用意してくれているのにも関わらず、それを避けるかのような行為は武人である提督にとっては到底容認できなかったのでしょう。そして我々の主目標もまた、決戦の地にあったのですから。
かくして、後に“フォボス沖海戦”と呼ばれる戦いが勃発しました。旗艦コンゴウ以下、突撃隊は衛星フォボスに向けて突撃を開始しました。当然、艦のエンジンは常に最大出力で運転し続けなければならず、我々機関士は相当苦労させられました。外では両軍の砲火が飛び交い、いくつもの閃光がきらめく中、我々は必死にエンジンと格闘していたのです。
やがて戦闘も半ばにさしかかった時、それまでは何とか運転し続けていたエンジンに故障が発生したのです。とは言っても、その故障はどの艦でも日常茶飯事で起きているようなもので、平時であれば無視していても問題ないほどの小さなものでした。しかし、ここで私の耳に悪魔が囁いたのです。私は戦闘中なのにも関わらず、機関長に「交換用の部品を持ってくる。」と一言告げた後に、勝手に持ち場を離れて見張り所へと向かったのです。
見張り所から私が見た光景は、それまでエンジンに囲まれていた私からしてみれば幻想的にすら思えました。主砲から放たれたエメラルドグリーンのビームが、赤く塗装された火星軍の戦艦をまるで風船を割るかのように一撃で粉砕していました。ガミラス戦役時の記録映像をさんざん見せられた人にはとても信じられないかもしれませんが、当時、高圧増幅光線砲は「4発以上命中すれば撃沈確実。」と言われるくらい強力な兵装だったのです。また、我らがロイヤル・スペース・ネイビーのE級突撃宇宙駆逐艦が、敵の戦闘衛星に肉薄雷撃を行い撃破する様子も見ることが出来ました。ムラサメ型宇宙巡洋艦とヨーク級宇宙巡洋艦が統制砲撃を行い、フォボスの表面に設置された電磁加速砲を破壊する光景も見ました。
ですが、私の中で一番印象に残っている光景は、コンゴウとウォースパイトとの連携攻撃です。一方が攻撃を行っている最中、もう一方は常に反対側を警戒し続け火星軍の接近を許しません。更に二艦の機動も凄まじく、僚艦が随伴できないことがしばしばありました。本当にこの二艦のコンビネーションには圧倒されました。開いた口が塞がらないとは正にあのようなことを言うのだなぁ、などと思ったりもしました。そして私は、このような戦いぶりを見せられる艦の乗組員であることに改めて誇りを感じたものでした。やがて突撃隊はマスドライバー基地に到達すると、保有する全火力をマスドライバー基地に向かって叩き込みました。幾条もの光線やミサイルが降り注ぎました。装甲など無きに等しいマスドライバーが、この攻撃に耐えられる道理はありませんでした。攻撃は数分間続き、その後にマスドライバーは跡形もなく崩壊していきました。我々はその光景を見て歓喜しました。「これで戦争が終わるぞ!」「もう怯えながら空を見つめる必要はないんだ!」そのような歓声が艦内各所から聞こえてきました。私も彼らと同じ気持ちでした。しかし、現実は非情でした。この戦いには、まだ余興が残っていたのです。
火星宙域に、突撃隊より遅れて本隊が到着しました。到着してから直ぐに、本隊旗艦のヴァージニアから一通の電文が突撃隊全艦に向けて発信されました。その内容は次のようなものでした。「突撃隊ノ見事ナル奮戦ニ感謝ス、後ノ任務ハ我々ガ実施スル、諸君ラハ引キ続キ静観サレタシ。」これに疑問を抱いた人間はいませんでした。突撃隊の各艦は既に弾薬を消耗しつくしており、到底次の戦闘を行えるような状態ではなかったからです。しかし、この後に本隊が行ったことを鑑みると、私にはこの通信も我々にくぎを刺したように聞こえるのです。いや、彼らとしてはそのつもりだったのでしょう。彼らが行った行為は、常人なら後ろめたさを感じる程度では済まないことでしたから。
本隊の連中は、我々があれほど戒めた軌道上のコロニー群への攻撃を開始したのです。それも軍用ステーションだけではなく、民間ステーションへも攻撃を行ったのです。私は当初、彼らが何を行っているのか理解できませんでした。何故彼らは民間人を攻撃・・・・いや、虐殺しているのか?その答えは、母なる星地球にありました。当時、地球は火星からの遊星爆弾攻撃に晒されており、多くの市民が地下シェルター(後の地下都市)への避難を余儀なくされていました。鬱蒼とした地下での生活の中、地球市民は怒りの矛先を自然と火星人へ向けていました。そのような状況下、市民の感情は遂に爆発し、一部の人間は火星人の抹殺を唱えるまでになりました。これは地球の血塗られた歴史の再現でした。宇宙に進出するようになってもなお、人類の精神構造は何ら変化を見せていなかったのです。ガトランティスは全生命の抹殺を唱えていたらしいですが、果たしてそれとこれとはどう違うのでしょうか?ただ対象が小さくなっただけではないでしょうか?根本的にやっていることは変わらないと私は思います。
このような経緯があり、国連宇宙海軍は火星への虐殺的な攻撃を自国民と政府に後押しされる形で半ば強引に決定したのです。彼らが行った攻撃は、正に“虐殺”とか“過剰攻撃”などという言葉が似あったものでした。一部の軍用ステーションが僅かな抵抗を行っていましたが、ほとんどが無抵抗のまま爆発に呑まれていきました。後に彼らは「我々は抵抗者を攻撃しただけだ。降伏した者には寛大な処置を与えている。」と発言していました。詭弁もはなただしいものです。私はこの目でしっかりと見ました。火星の民間商船が、白旗を掲げた瞬間に高圧増幅光線砲に撃ち抜かれたところを。無防備都市宣言を出したコロニーが、隊列を組んだ艦隊によって完膚なきまでに破壊される姿を。しかし、本隊の人間全員がこの虐殺的攻撃を行っていたわけではありませんでした。中には攻撃命令を拒否した部隊もあったのです。そしてその中には、ウォースパイトの同型艦であるマレーヤ、バーラム、ヴァリアントの3隻も含まれていました。私は、偉大なるロイヤル・スペース・ネイビーとウォースパイト級が、この非人道的行為に参加していないことがせめてもの救いでした。
――国連宇宙海軍はコロニー群を壊滅させた後に火星本星への攻撃を慣行、首都であるアルカディアシティには無数の弾丸が降り注いだ。特に火星の玄関口との称されたアルカディアポートは徹底的に攻撃され、優雅なデザインの宇宙港は瓦礫へと変わった。準備射撃が終了した後、上空に待機していた強襲揚陸艦より空間騎兵隊が降下、ほぼ廃墟と化したアルカディアシティを占領した。火星政府首脳陣は、半数が砲撃で死亡し残りは降下してきた空間騎兵隊によって確保された。かくして、第二次内惑星戦争は終結したのである――
そう、歴史の教科書には書いてあります。ですが、あなたがたには是非とも知ってもらいたい。この光景を見ていた我々がどう感じ、どう思ったかを。
まず、あの後私は営倉にぶち込まれることを覚悟していました。当然です。戦闘中に無断で持ち場を離れたのですから。ですが、いつまでたっても何も起こりませんでした。不思議に思った私は、いつも営倉替わりに使われている空き部屋へと向かいました。(艦内スペースに余裕がないウォースパイトには、専用の営倉を設置する余裕はありませんでした。)するとそこには、本来であれば私をここに連れて来るはずであった機関長が居たのです。どうやら機関長は、コロニー群への攻撃をやめさせようとエンジンを緊急停止させ、それから機関室内に立てこもったらしいのです。隣の部屋に居た砲雷長も、似たような理由でここに入れられているようでした。「正直、あの時俺は本気で奴らを撃沈しようと思ったよ。」そう砲雷長は営倉内から私に話しかけてきました。砲雷長は、残存している火器を使用し、ウォースパイトの傍でコロニー群への攻撃を行っていた中国艦を撃沈しようとしたらしいのです。無論、実際に砲弾が放たれることはありませんでした。艦長が実力で止めにかかったからだそうです。「でさ、艦長が『お前の気持ちは十分に分かる。皆も同じ気持ちだ。だからと言って、皆が勝手な行動をとり始めたらおしまいだ。俺はどうなっても良い。だが、お前らには輝かしい未来があるだろう?』なんて言っちゃってさ。そう言われちゃったら、俺もおとなしくなるしかないじゃないか。畜生め!」そう砲雷長は壁の向こう側に向かって激昂していました。そしてこの次に機関長が言った言葉を、私は永遠に忘れることはないでしょう。「狂ってる。敵も味方も、皆狂ってる。」この言葉が、今の状況全てを表しているのではないかと当時の私は思いました。
第二次内惑星戦争後、私は退役しました。もう戦いはこりごりでした。ガミラス戦役の際には軍に戻らないかとのお誘いも受けました。あの時は人類が一丸となって戦っていたので、正直後ろめたさもありました。でも私は断りました。代わりに私は、戦闘以外で人類に貢献しようとしました。そういうわけで、ガミラス戦役時は地下都市に電気を供給する核融合炉の管理を行っていました。ウォースパイトの核融合炉を扱っていたくらいですから、民間の核融合炉を扱うなど造作もないことでした。ガミラス戦役後もしばらくは核融合炉をいじっていたのですが、やがて私の技術を次の世代に伝えることに専念していきました。その方がより良いと気が付いたのです。そして今から四年前、この街に移り住んで来ました。それからはずっとこの調子です。
「私の話はこれで終わりです。」そう言って、キャメロン氏は立ち上がった。そして彼は窓に近づいた。窓の外には、海岸線とそれに続く大海原が広がっている。既に日はだいぶ傾いており、夕焼けの光が窓から差し込んでいた。窓から差し込んでいる温かい光が、キャメロン氏の体を包み込んでいる。「ウォースパイト、実に良い艦でした。私のような軍人の最期を飾るには余りにも立派すぎる。でもそんな彼女も、第一次火星沖海戦で星の海へと還りました。その後、彼女の名前を継ぐ艦が誕生しましたが、私にとっては彼女こそが・・・・いえ、今もなお火星沖で眠っている彼女だけがウォースパイトなのです。」やがて日は沈み、辺りは漆黒に染まった。私はキャメロン氏にお礼を告げ、彼の家から立ち去った。漆黒の闇に浮かぶさびれた家には、時代の波に呑まれ、そして消えゆく老人がただ一人佇んでいた。