「敵艦隊に空母、並びに惑星破壊大型ミサイル搭載艦の存在を確認せず」

 カイパーベルトの小惑星帯から外に出て、レーダーの最大探知距離から敵艦隊の構成を確認していた「和泉」「クアルト」の両警備艇、並びに「ドレッドノート(Ⅱ)」から発進した偵察機(「コスモタイガーⅡ」三ニ型偵察仕様)の報告により、第3警備艦隊は戦端を開く前にこの事実を知ることができた。

 (やはり、敵は空母が不足しているようだ)

 堀田提督は考える。第1、第2主力艦隊をヤマトとの交戦で失っていたボラー連邦は、シャルバート星攻撃に大規模な空母部隊を投入したと聞くが、その空母艦隊がガルマン・ガミラス帝国のデスラー総統直属艦隊に全滅させられたという。そうなれば、ボラー連邦ほどの大国でも空母、それ以上に艦載機の搭乗員が不足することは免れまい。
 しかし、空母はいなくともボラー連邦の戦艦にも数は少ないが、艦載機を搭載するものがいるのも事実である。

 (とはいえ、会敵直後の航空戦となると、いささかこちらは苦しいが)

 「ドレッドノート(Ⅱ)」偵察機から「敵艦隊より艦載機の発進を確認」と報告が入り、第3警備艦隊も第11番惑星基地の戦闘機隊に全力出撃を要請する。
 程なく、11番惑星基地から28機の戦闘機隊が発進し「薩摩」偵察機の誘導で戦場に向かったと報告が入ったが、発進地点からかなり距離のある空間での交戦になったため、基地航空隊は対艦攻撃用のミサイルを搭載できず、全てのハードポイントに増槽を装備しての出撃となった。そして、それでも戦場宙域に留まれるのは30分程度と見込まれており、まず戦場到着自体にも同程度の時間がかかる。

 彼我の艦載機の性能差を考えれば、恐らく80機程度と判明した敵艦載機が相手としても、30機弱のコスモタイガーⅡで十分に対抗できる。これはよいとして、問題はその戦闘機隊到着までにどうやって制空権を維持するか……でもなかった。

 (何より重要なのは「その時」までに、どれだけ味方艦の存在を敵に露呈しないかだ)

 もちろん、そのための作戦を堀田提督は立案し、それを第3警備艦隊司令部と各艦は敵艦隊到着までの僅かな時間に超特急で準備した。元から冗談交じりで「幕僚殺し」などと呼ばれるほど、状況が許せば事前の「仕込み」を念入りに行う指揮官だが、その知将としての緻密さとそれを裏打ちする実戦経験が、彼をして前線の将兵から信頼を得ている所以でもある。

 15分後、ボラー艦隊の艦載機にカイパーベルトの内側で陣取った第3警備艦隊の一部が捕捉された。しかし、恐らく敵の搭乗員たちは面食らったはずである。
 彼らの目に映ったのは、これまで見たこともない大型艦が5隻だけ。前衛に2隻の戦艦らしき艦、うち1隻は通信を発し続けているため旗艦と推測され、若干離れた後衛には、一見すると船体規模の割に弱武装と映る、白い塗装が印象的な3隻の艦が並列していた。これまでこの宙域の戦闘で確認されていたA型戦艦やA型巡洋艦が存在しない艦隊に違和感はあったはずだが、旗艦らしき艦を確認できたことにボラー艦載機隊の隊長は満足したようだった。

 「まず旗艦から仕留めるぞ、一斉攻撃だ!」

 この敵航空隊の通信を傍受した、と報告を受けたとき「薩摩」の指揮席に座った堀田提督はその静かな表情を崩さなかった。

 敵が見た「5隻の大型艦」の正体は、後衛の3隻はC1型駆逐艦で編成された第63駆逐隊だったが、前衛の「旗艦と思われる艦」とその同型を合わせての2隻は、実は艦艇ではなかった。
 これらの正体は「薩摩」「ドレッドノート(Ⅱ)」に搭載されていた、大口径衝撃波砲の射撃訓練に用いる艦艇型のバルーンデコイだった。今回の第3警備艦隊の出撃が元々訓練のためであり、そしてその訓練で最も重要視されていたのは、新規に編入された第63駆逐隊の主砲射撃訓練であったため、耐久力の高い大型デコイが準備されていたのだ。
 そのデコイのうち、一つに「救援要請などもっともらしい平文の通信を適宜送る」機構を装備して旗艦に偽装し、これに当面の攻撃を集中させる。これが堀田提督の最初に準備した「罠」だった。

 では、第3警備艦隊の他の艦艇はどこにいたのか。

 第63駆逐隊とデコイが居座る宙域は、回廊とはいかずとも正面は小惑星や氷塊がやや少なめで、両側には比較的大きな小惑星や氷塊が密集している場所だった。その「類似回廊」とでも言うべき空間の左側に「ドレッドノート(Ⅱ)」と第29巡洋艦戦隊の4隻、右側に旗艦である「薩摩」と第44駆逐隊の5隻が、小惑星や氷塊を徹底的に利用してその存在を秘匿しつつ布陣していた。
 警備艇2隻は敵艦隊の構成を確認し終えると、いずれも敵に捕捉されない距離を保ちつつ「クアルト」はそのまま偵察活動を続けながら「薩摩」率いる部隊への合流を目指し「和泉」は敵艦隊の後方へ回り込む運動を始めた。「和泉」と現状見当たらない第52駆逐隊には重要な任務があったが、それに触れるのは後にしたい。



 「くそっ、なぜこいつは沈まん!」

 第63駆逐隊の司令駆逐艦「春月」から戦場の状況が報告されたとき「薩摩」艦橋にいた各員は敵航空隊の指揮官のそんな声が聞こえたような気がした。
 当初の狙い通り、ボラー艦載機隊は旗艦に偽装させたデコイに集中攻撃を加えていた。しかし、比較的高火力を持つボラー連邦の艦載機とはいえ、大口径衝撃波砲のデコイとして準備されたものをそう簡単に破壊できるはずがない。

 (だが、この偽装もそろそろ限界だな)

 少なくとも堀田提督はそう思っていた。囮作戦は成功したものの、その「種」がデコイである以上、敵航空機に対して何ら反撃の手段を持ち合わせていない。延々と攻撃を続けているのに反撃すらしてこないことに、敵が不審を持たないほうがおかしいのだ。

 「基地航空隊の到着まであと何分か?」

 作戦参謀から「あと15分ほどで到着します」と返され、堀田提督は「そろそろだな……」と小声で呟いてから、この戦闘で初めてよく通る声で命令を下した。

 「第63駆逐隊に命令。敵艦載機隊への対空戦闘を許可する、防空駆逐艦としての力量を存分に発揮すべし!」

 これを受けて、待ちかねたとばかりに第63駆逐隊は火災を起こし始めていたデコイ付近まで接近、近接対空戦闘を開始した。そして、そのC1型駆逐艦群の対空戦闘に、ボラー艦載機隊は戦慄したはずである。
 主砲は今後の作戦のためにと堀田提督から使用を制限されていたものの、C1型駆逐艦とは元々、波動砲搭載戦艦の護衛を主任務として設計された「防空駆逐艦」なのだ。その両舷に装備された速射性を極限まで高めたパルスレーザー砲と空対空改良型短魚雷、そして艦橋前面の箱型パルスレーザーランチャーによる激烈な対空砲火に「運動性に難がある」とされるボラー艦載機隊はたちまち戦力を撃ち減らされていった。

 ここで罠と気づいたか、ボラー艦載機隊は退却を開始する。だが、その判断は遅かった。
 「薩摩」偵察機に誘導された11番惑星基地戦闘機隊が戦場に到着、空戦に突入した。元から護衛戦闘機ですらコスモタイガーⅡに性能で大幅に劣るボラー艦載機が後ろを取られた状態で攻撃されればどうなるか、もう目に見えていた。

 「今後の作戦のため、敵艦載機の撃滅を切に願う」

 11番惑星基地に航空隊の全力出撃を要請する際、堀田提督はこう付け加えていた。そのため戦闘機隊の攻撃は執拗を極め、30分という滞空時間ぎりぎりまで戦闘を続けた結果、第63駆逐隊との共同でボラー艦載機隊を文字通り全滅させたのである。



 ここまでは、第3警備艦隊司令部が想定した通りに事態が推移していた。敵が先手を取るために送り込んできたはずの艦載機隊を全滅させたことで、相手にいくらか残存機があろうともそれほど大きな脅威になるとは考えにくかったからだ。
 だが、戦場とは文字通り生き物である。これで戦線は膠着するだろうと判断した第3警備艦隊司令部要員の多くが、数分後、それが誤りだったと知ることになる。

 「ボラー艦隊主力、陣形を保ちつつ前進してきます!」

 偵察活動を続行中の「クアルト」からの報告は司令部を驚かせた。敵も囮を務めるために行動していると彼らは想定していたし、艦載機による先制攻撃も、自分たちが空母を持たないことを知っている敵側にとって一方的な攻勢が行える唯一の手段だったはずだから、これも予想できた。
 その敵の攻勢を排除した以上、囮としては戦局の膠着を望んでも、ほぼ全力で攻勢に出てくるはずはない。第3警備艦隊の司令部要員たちの大半がそう思っていたのだ。

 直後、今度は地球防衛軍司令部から驚くべき通信が入った。

 「太陽周辺宙域で、ヤマト及びガルマン・ガミラス帝国艦隊とボラー連邦艦隊、並びに機動要塞が交戦中。なお、ガルマン帝国のデスラー総統、ボラー連邦のベムラーゼ首相が参戦の模様」

 これを聞いた堀田提督は、すぐに自分の誤りに気付いた。

 「敵の必死さを見誤った。囮であることは間違いないが、国家元首自らが出てきた作戦でこのまま逃げ帰れば、恐らく敵の指揮官の命はない。ボラー連邦とはそういう国だろうからな……」

 ガルマン・ガミラス帝国からの情報が大半を占めるためいささか誇張されていると見るべき点はあるが、ボラー連邦という国がベムラーゼ首相による極めて強権的な独裁国家であることは、この時期の防衛軍でもよく知られていた。実際、ヤマトが第二の地球探査で立ち寄ったバース星ではその首相から極めて無理な要求を突き付けられ、交戦状態になったあげく味方が駐留しているバース星そのものを、ベムラーゼ首相は「殆ど個人的な気分による命令で」破壊したという事実があるのだ。

 「どうしますか? このままでは薄い小惑星帯を突破されて第63駆逐隊が危険ですが」

 参謀長に問われ、一瞬、堀田は思案する。そして「薩摩」の通信士に声をかけた。

 「来援艦から、最後のワープを開始すると連絡が入ったのは何分前か?」
 「3分前です」
 「そうか」

 短く答えた瞬間、堀田は自分の頭の中で作戦をわずかに切り替えた。

 「各艦に伝達『敵艦隊が小惑星帯に入る前に攻勢に出る。全艦、突撃準備』」
 「て、提督?」

 作戦参謀が驚いたように声を上げたが、堀田は構わず続けた。

 「敵が数に任せて押してくれば、もはや遅滞戦術は通じない。ならば、こちらも敵の殲滅を狙うしかない。そのための『プランE』でもあるのだ。ここは我々のみならず、地球の正念場と覚悟して戦おう」

 同時に、第63駆逐隊にも打電する。

 「これより、貴駆逐隊の主砲射撃制限を解除する。敵との適切な距離を保ちつつ、その火力を発揮することを期待する」

 大型艦とはいえ、所詮は駆逐艦であるC1型駆逐艦で構成され、かつ練度も低い第63駆逐隊に敵の大攻勢を粘り切るだけの能力はない。そして中央に布陣するこの部隊が突破されれば、現在は存在を隠蔽している自分たちが遊兵と化して敵が太陽系内に乱入し、戦略的敗北は免れない。極めて危険な戦いにはなるだろうが、ここは打って出るしかないと決断したのである。

 (来援艦のワープ終了から戦場到着、チャージ完了まで……恐らく20分と少し。それまでどう支えるか、それだけだ)

 膠着するはずだった戦況が、一気に動き出した。