「前進中のボラー艦隊、およそ150隻。なお、後方に敵旗艦を中心とする打撃部隊を確認」

 「ドレッドノート(Ⅱ)」から発進した偵察機の敵情偵察は、燃料の関係でこれで最後になったが、堀田提督が必要としていた情報はこれで十分だった。

 (さすがに、敵も旗艦を先頭に立てては来ないか)

 ボラー連邦独特の軍人気質故か、それとも旗艦の重装甲を頼んでなのかは不明だが、ボラー艦隊はこれまで多くの戦闘で「旗艦が先頭集団にいる」ことが多かった。だが、地球防衛軍やガルマン・ガミラス軍との戦いではそれが裏目に出て、第1主力艦隊やゴルサコフ艦隊は旗艦が早期に撃沈されることで指揮系統が大混乱をきたし、その後はほぼ掃討戦という一方的な敗北を喫していたのだ。
 今回の敵指揮官は、どうやらそのあたりは心得ているようであった。しかし、国家元首が自ら出撃した戦いでこうした消極的とも取れる陣形を採って、かつ負けたらどうなるか。先に述べたとおり、生きて帰れてもその指揮官の将来は知れている。相当に覚悟はしているはずだ。

 それに何より、敵旗艦が後方にいるということは、これに集中攻撃を加えて指揮系統を乱す作戦が使えないということである。これは第3警備艦隊に不利なはずだが、堀田提督もそこまでは計算済みだった。

 (賭けではある、だが成算はあるはずだ)

 敵艦隊のカイパーベルト小惑星帯突入まであと10分、と報告されたところで、堀田は命令を下した。

 「全艦、小惑星帯より外に出て敵艦隊の進撃を阻止する。今後の行動は各々の艦長に委任する。ただし、何があっても決して足を止めるな! 動きを止めれば最後、沈められると覚悟せよ!」

 命令一下、左右両翼から「薩摩」「ドレッドノート(Ⅱ)」をそれぞれ中核とする小部隊が突撃を開始し、第63駆逐隊も使用許可の下りた主砲を用いて戦闘を開始した。
 ボラー艦隊としては、もちろん小惑星帯に伏兵がいるなど先刻承知している。それをあぶり出すための全艦突撃でもあったから、面食らうことは何もなかったはずだ。しかし、彼らは直後の別の出来事に驚くことになる。

 正面の第63駆逐隊、C1型駆逐艦3隻から繰り出される弾幕が予想外の凄まじさだったのである。およそ3秒に2発間隔で発射される、しかもこれまで対戦した地球防衛軍の戦闘艦より貫通力に優れたエネルギー弾は、重装甲を自慢とするボラー艦隊の先鋒隊をじわじわと削り取っていった。
 これはC1型駆逐艦が搭載していた「一式三型40cm衝撃波砲」に理由があった。本来は防空駆逐艦として20cmクラスの新型砲を採用予定だったが、開発が間に合わなかったため、旧来の「一式一型40cm衝撃波砲(A型戦艦が完成時に搭載していた主砲)」の発射速度を極限まで高め、そして散布界問題が解決できず貫通力低下を忍んで初速を落としていたこの砲を、射撃時の相互干渉を防ぐためA型戦艦の三連装砲塔とほぼ同じ大きさの連装砲塔で搭載し、散布界問題を解決したのが「一式三型40cm衝撃波砲」の正体だった。
 そして、原型となった「一式一型40cm衝撃波砲」は、長射程と高貫通力をひたすら追求した砲であり、それはボラー連邦の重装甲艦にも十分に通用したのである。

 更に、両翼から打って出た小部隊の機動もまた、ボラー艦隊から見れば常軌を逸していた。それぞれの旗艦とおぼしき戦艦を先頭に単縦陣を組み、片舷全力射撃で味方の側面を狙い撃ちしてくる。こちらが対処しようと艦首を敵に向けようとすれば、まるで慣性ドリフトとでも言うべき機動で艦首を向け、続けざまに衝撃波砲と魚雷を乱射してくる。それはボラー艦隊側も想定していた「時間稼ぎ」とはまるで縁のない、数の差から言えば自暴自棄とも言える戦い方としか、彼らには思えないものだった。

 この第3警備艦隊の猛攻に一時的な混乱を見せたボラー艦隊だったが、そこは戦力差で10倍近い優位を保っているという安心感からか、程なく陣形を整え始めた。敵は少数なのだから、包囲されたとしてもいずれ敵は削り切れる。そう判断したのか、ボラー側の指揮官は、戦力を正面、右翼、左翼の三つに分けて包囲を目論むと思われる第3警備艦隊の各艦を迎撃させる陣形を選択したようだった。

 「ここが踏ん張りどころだ! 全艦、エネルギーもミサイルも使い果たすつもりで撃ち続けろ!」

 通信用のマイクを握ったまま叱咤する堀田に、いよいよ待ち焦がれていた連絡が入ったのはその数秒後だった。

 「戦艦『マサチューセッツ』より通信。ワープを完了し戦場に急行中、あと10分で波動砲射程圏内に到着とのことです!」

 戦艦「マサチューセッツ」。それはA型戦艦に続く主力戦艦として整備が決まったものの、太陽系からの移住計画が持ち上がったため移民船建造に労力を取られ、現状2隻しか完成していない新型戦艦「B型戦艦」の2番艦で、この戦闘が開始される前は天王星軌道でテスト航海を行っていた。そして、第3警備艦隊の来援要請に同艦の艦長が独断で応じ、連続ワープでこの戦場に急行してきたのである。
 同艦には、これまでスカラゲック海峡星団で撃沈された「アリゾナ」がボラー艦隊に一度だけ発射した新型波動砲が搭載されていた。そして、実はボラー連邦はこの新型波動砲に「アリゾナが発射したものとは別のモード」が存在し「その前身は『薩摩』『ドレッドノート(Ⅱ)』にも搭載されている」ことも、これまでの地球防衛軍との交戦で知る機会がなかった。

 (もう少し、もう少しだ)

 内心で自らを落ち着かせるように言い聞かせると、堀田は通信士に「マサチューセッツ」への打電を命じた。

 「貴艦の来援に感謝する。波動砲射程圏内に到着後、エネルギーの最大充填を行い、こちらの合図で射撃することを要請する」

 速射性にも優れた新型波動砲だが「エネルギーの最大充填」となると、さすがに数分の時間は要する。ただでさえ数の少ない第3警備艦隊がその終了まで持ちこたえられるかわかったものではないが、ここで焦って敵を撃ち漏らしては意味がない。堀田はあくまで「マサチューセッツ」の一撃にこの戦いの成否を賭けていた。

 だが、陣形を整えたボラー艦隊の反撃は激烈を極め、これまで各艦の艦長たちの必死の回避行動で致命傷を避けられてはいたが「マサチューセッツ」の準備完了までの時間、果たして持ちこたえられるのか。

 「司令官、波動防壁を使いましょう」

 参謀の誰かが声を上げたが、堀田はそれに対し、普段の温厚さに似合わない大声を返した。

 「馬鹿もん! 防壁を張れば本艦は無事でも、味方駆逐艦に攻撃が集中するぞ。敵の砲撃を引き付ける囮という役目があることを忘れるな!」

 怒鳴られた参謀は困ったように「薩摩」艦長の顔を見たが、こちらは平然としたままである。そして、艦長は堀田のほうへ振り向いて言った。

 「提督、もう少し艦を前に出しますか?」
 「すまない、よろしく頼む」

 「薩摩」は半速ながら前進を開始し、敵艦隊の砲撃も徐々に集中してきているようだった。しかし、これなら麾下の第44駆逐隊は仕事がしやすいはずだ。元来、堀田は水雷屋なのだ。

 しかし「マサチューセッツ」のエネルギー充填中、ほぼ体勢を立て直したボラー艦隊は凄まじい猛攻を加えてきた。
 まず、左翼部隊の第29巡洋艦戦隊の巡洋艦「ローン」が突出したところで集中砲火を受けて沈没、脱出できたのは10数名だった。同じ部隊の「サンディエゴ」も機関に被弾して戦列を離脱。残る「ドレッドノート(Ⅱ)」と「ヨーク」だけでは5分も持つまい。
 堀田が自ら指揮する右翼部隊も駆逐艦「ブレストーズ」が爆沈し、こちらは生存者がいなかった。同じく「ホットスパー」も大破、航行不能に陥り、僚艦「ホプキンス」が危険を冒して横づけし乗員を収容しているところであった。また「薩摩」も敵の集中砲火で2番主砲塔を破壊され、他にも被弾多数で乗員にかなりの被害が生じている、極めて危険な状況だった。
 第63駆逐隊はこれら左右の味方を掩護すべく、左翼に「春月」「花月」、右翼に「夏月」が急行していた。だが、恐らく間に合うまい。これはむしろ「来るべき時のための回避運動」と言うべきだった。

 いよいよ駄目か、という言葉が脳裏をかすめそうになった堀田に「マサチューセッツ」から連絡が入った。

 「『爆雷波動砲』エネルギー最大充填にて発射準備完了!」

 聞くや、もう一度ボラー艦隊の陣形を確認する。今は「薩摩」から見てカタカナの「コ」を逆にしたような密集状態になっていた。

 (頃はよし)

 内心で呟いて、堀田は艦隊各艦と「マサチューセッツ」に命を下す。

 「各艦『プランE』に従って退避運動。爆雷波動砲、発射10秒前! 9.8.7.6……」

 10秒という時間が、異様に長く感じられた。

 「3.2.1……テーッ!」

 その直後だった。

 それまでの集束、拡散波動砲いずれとも異なる長く伸びた弾道の波動エネルギーが、疑似回廊を形成していた小惑星帯を吹き飛ばして通過。近くにいた新兵が多くを占める第63駆逐隊の乗員たちは、恐らく驚いただろう。

 そして、そのエネルギーの帯はボラー艦隊の前衛部隊の直前で「傘を開くように広く拡散」した。

 制式名称「二式タキオン波動集束可変砲」。先に「アリゾナ」が発射した「拡大モード」はエネルギーを一点に集中し、代わりに速射が可能な集束波動砲の強化モード。そして今回「マサチューセッツ」が発射した「爆雷モード」。こちらは拡散波動砲を強化したモードで、従来の拡散波動砲を上回る破壊力と効果範囲を誇る、現在の地球防衛軍が大きな期待を寄せる、ハイブリッド型の新型波動砲であった。
 そして、これまでB型戦艦と交戦経験がなく、同時に拡散波動砲という兵器を「偶然にも知る機会を得なかった」ボラー艦隊にとって、自分たちの密集陣形がここでは完全に命取りになるなど、全く知る由もなかったのである。

 「レーダー手、状況を報告せよ」
 「は、はいっ」

 堀田に促され、目の前の光景に唖然としていたレーダー手が報告する。

 「敵艦……およそ100隻以上が消滅、残存艦20数隻は後方へ撤退を開始しました」
 「そうか、まだ終わりではないな」

 気を引き締めるように言う。敵には旗艦を中心とする30隻程度の本隊が残っているから、残存艦を合わせれば50隻程度の艦隊にはなる。大半の敵艦を沈めたとはいえ、まだ数では圧倒的に敵が有利なのだ。
 しかも、ここで凶報が入った。

 「『マサチューセッツ』より入電。『我、機関に不調をきたし、当面、戦列への参加は不可能!』」

 通信士の声は悲鳴に近かった。波動砲を考慮しなくとも、新鋭のB型戦艦である「マサチューセッツ」はその火力と防御力でこれからの戦闘の主力となるはずだった。それが戦列に加われないとなると、果たしてどうなるか。
 第3警備艦隊も、退避した艦と沈没艦生存者の救助に残した駆逐艦を除けば、今ここにいる艦は「薩摩」隊に合流を果たした「クアルト」を加えて僅か9隻だ。しかも「クアルト」以外の殆どは大なり小なり損傷していて、元から警備艇である「クアルト」に多くは期待できない。

 (この状況では、敵もそう簡単には退くまい。こちらの状況を見れば、また押し出してくるのは明白だな)

 堀田の読み通り、爆雷波動砲の影響を免れた艦と合流した敵艦隊は撤退する様子を見せず、集結した「目の前にいる」第3警備艦隊との交戦を準備しているようだった。
 未だ絶対絶命の状況。しかし、堀田にはまだ「最後の一手」が残されていた。

 「『和泉』より暗号電文」

 通信士が、その「最後の一手の使いどころ」を知らせてきた。

 「我、敵旗艦の座標を特定せり、至急『狼』を放つ許可を求む」

 許可する、と堀田は答え、それから周囲にいる麾下の残存艦へボラー艦隊への攻撃を命令した。

 この時点で、あるいはボラー艦隊の指揮官はまだ勝利を信じていたかもしれない。いきなり100隻以上の味方を失ったのは驚愕に値するが、それでも手元にはまだ敵を優越する数の艦艇が残っている。
 そして、味方の大半を吹き飛ばした未知の大型艦は何故か動く様子を見せず、目の前には10隻にも満たない敵艦隊。この状況なら恐らく自分でも退かないだろうな、と堀田は思っていた。

 しかし次の瞬間、ボラー艦隊にとって第二の異変が起こった。

 他艦とは異なる赤色の旗艦の後方に、いきなり地球防衛軍の駆逐艦が4隻出現したのである。これは堀田が「最後の一手」として「和泉」に指揮権を委譲し共に敵艦隊の後方に回り込ませていた第52駆逐隊で、この旗艦への急接近は「和泉」の正確な座標特定を利用したワープが可能にしたものだった。
 そして、4隻の改A2型駆逐艦はワープアウトするや、一斉に旗艦目がけて大型魚雷16本を発射する。旗艦だけを標的に絞って投射された魚雷は敵旗艦に回頭の暇さえ与えず、見事全弾命中。旗艦の大型戦艦は周囲の護衛艦数隻を道連れに火球と化して爆沈した。

 旗艦を失って大混乱に陥ったボラー艦隊だったが、それでも何隻かは第52駆逐隊への反撃を試みようと回頭を終える。しかし、彼らは再び驚くべきものを目にした。

 第52駆逐隊の4隻が、その場から「消えていた」のである。

 この第52駆逐隊に配備されていた改A2型駆逐艦は、このグループでも希少な連続ワープ機関を搭載した艦であった。彼らは「和泉」の座標特定に従って一回目のワープにより敵旗艦に近接、魚雷投射と同時に戦果確認すらせず急速回頭、あらかじめ「和泉」から指定されていた障害物のない安全な宙域に二回目のワープを敢行したのだ。

 この「座標を特定した連続ワープによる近接雷撃と急速離脱」という戦法は、今回の成功で防衛軍の水雷戦隊に新たな可能性を与えることになった。そして、後に新型駆逐艦群による水雷襲撃の戦法としても採用され、非公式ながら「堀田戦法」と呼ばれるようになるのだが、それが実現するのはこれよりまだ少し先、ディンギル戦役終結後のこととなる。

 「敵旗艦の撃沈を確認、残る敵艦は潰走状態に入った模様。我、これより艦隊に復帰する」

 「和泉」からの通信を受けた堀田は、静かに軽くうなずくような仕草を見せた。

 (終わった、か)

 もう一度表情を引き締めてから、堀田は各艦に命じた。

 「戦闘配備を解き、警戒配備に移行。各艦は周辺を警戒しつつ、敵味方を問わず沈没、損傷艦の生存者の収容にあたれ」

 後に「カイパーベルトD宙域会戦」と呼ばれるこの戦闘で、これが堀田真司提督の出した最後の命令となった。