改めて、土方に防衛軍全艦隊を率いることを説得すると決意した堀田だったが、これまで、彼は高石や山南といった面々に比べて、土方への説得を熱心に行っていたわけではない。いや、それどころかしばらく土方と直接会うことすら避けていたのである。だが、これには理由があった。
「堀田、しばらくお前は俺に関わるな」
他でもない、土方からそう言い渡されていたのである。
あくまで土方の評価であるが、堀田真司という人物は一見温和で実際そうなのだが、内に秘めたものは間違いなく『地球と人類を守り抜く』という確たる信念だった。そして、そのためには上官に対して噛みつくなど物ともしない剛直さも持ち合わせていると、士官学校の候補生時代から見極められていた。
堀田は政治的な派閥には興味を示さない人物だったが、その言動からいわゆる『藤堂派』と呼ばれる、防衛軍の中では穏健、かつ少数な派閥に属するものと見なされていた。この派閥は間違いなく『土方に防衛軍の全艦隊を率いてもらう』ことを願う集団だったから、土方があくまで『波動砲艦隊』に反対し続けつつ要職に留まれば、堀田もまたそれに死ぬ気で付き合うだろう。恐らく彼自身が左遷、あるいは軍を追われても何とも思うまい。
だが、それでは現在の地球防衛軍においてはただでさえ不足している、実戦経験が豊富で部下の気持ちを理解できる貴重な人材を失うことになる。もうすぐ還暦になる自分と違い、堀田はまだ若いのだ。これからの防衛軍を背負ってもらうためにも、土方としては『自分と道連れにする』ことは何としても避ける必要があった。もちろん、これは堀田に対してだけではなく、沖田の遺志を尊重し波動砲艦隊に反対し続けるヤマト乗組員たちにも同じことが言えたのだった。
だから、もうすぐ自分は辺境の部隊にでも左遷されるだろうと思っていた土方としては、堀田が何の連絡もなくいきなり面会を求めてきたときは少々驚いた。自分の言いつけを守らない堀田というものを見たことが殆どなかったのもあったが、やってきた彼の顔を見たとき、明らかにいつもの堀田真司とは別の心構えをした人間をそこに見出したからである。
「何をしに来た? 連絡もなしに」
「お願いがあって参りました。聞きたくないと仰られても帰るつもりはありませんので、そのお覚悟で聞いていただきます」
いきなり大上段から斬り付けるような、堀田の口ぶりだった。
「俺に防衛軍の全艦隊を率いろ、とでも言うつもりか?」
「そうです」
「……相変わらず遊びのない言い草だな。俺は沖田の遺志を尊重したいだけだ。その話は受けられないぞ」
「いえ、沖田さんの遺志を尊重していただくためにも、提督には全艦隊を率いてもらわなければならないのです」
「……?」
これまで、このような形で自分を説得しに来た士官は存在しなかった。ほぼ全員が「沖田さんの遺志はわかりますが……」と言葉を濁しつつ説得をしてくるのが常だったから、この堀田の言い方には土方も疑問を禁じ得なかった。
「どういう意味だ?」
「その前に、率直にお聞きします。今の地球防衛軍の戦力で、波動砲なしで再びガミラスと同程度の敵と戦うことになった場合、地球を守り切ることができるでしょうか?」
「守ってもらわなければ困る。またガミラス戦の悲劇を繰り返すつもりなのか?」
「艦隊士官の一人としてお答えします。現有戦力とそれを指揮する人材では、全くおぼつかないことと私は見ております」
また、土方に疑問が生じた。戦力が足りないというのはわかるが、それを指揮する人材に問題があるという指摘は、少々意表をついていた。
「山南や高石、それにお前がいる。多いとは言えないが人材はいると思うが?」
「私はともかく、山南さんや高石ら、艦隊を率いる指揮官級はまだいいでしょう。問題はその上です」
「……何が言いたい?」
「今の防衛軍の上層部、それも波動砲に傾斜している連中に、まともに地球を守る戦略など立てられるはずがない、ということです」
非公式の場とはいえ、仮にも上官の前で堂々と防衛軍上層部を批判したのである。土方にその気があれば、これを理由に堀田を処罰できてしまうような言葉だ。もちろん土方にそんな気はないのだが、恩師と教え子という関係に甘えているのだろうか?という気になって、いささか口調を強めた。
「お前は、自分が何を言っているか理解しているのか?」
「もちろんです」
「俺がその気になれば、今の言葉を取り上げてお前を処罰できるというのも承知しているな?」
「無論です。そうしたければ、どうぞお好きになさってください」
投げやりもいいところな返事であるが、ここで土方は気づいた。自分も正直、波動砲艦隊のことで上層部に不満もあるし、そのことで苛立ちを感じているのは確かだ。しかし、どうやらその苛立ちを上回る『怒り』を、目の前の堀田は爆発させようとしているように見受けられた。
「……何があった? 説明しろ」
そう土方が聞いたところで、堀田は少し口調を柔らかくした。
「その防衛軍上層部の無能のせいで、私は恩人と教え子を一人ずつ、失いました」
「……品川と武田のことか」
「ご存じなら話が早い。上層部にまともな判断力があれば、あの二人は死なずに済んだかもしれません。ゆえに今の私は、藤堂長官を除いたおおよその防衛軍の上のほうに、敵に対して以上の憎しみを禁じ得ずにいます」
「……」
「同時に、こうも思うのです。もし提督が艦隊編成の全責任を担っていたら、このような事態は避けられていたと。あなたに全軍を率いてほしいと願う、それが理由です」
「その話はわかった。だが、沖田の遺志を尊重するため、というのはどういう意味だ?」
土方の問いに、堀田は一つ深呼吸してから答えた。
「……現状、波動砲搭載艦なしで地球連邦の勢力圏を維持するのは困難である、と私は見ます。これは将兵の数と練度の不足ゆえですが、それが解決できない以上、スターシャ女王との『約束』は棚上げにするしかないと考えます」
「それでは沖田がやったことが無駄になる」
「そうでしょうね。女王との約束を『棚上げ』ではなく『反故にする』気でいる今の上層部なら、そうなるのは必然でしょう」
「……それで?」
「今すぐに、スターシャ女王との約束を履行することはできない。しかし、いつかその約束を果たすために我々は生きるための戦いを続けなければならない。そして、そのためには上層部と時にやりあってでも、実情に見合った防衛兵力の整備ができる人が必要だということです。そうでなければ、いつまで経っても女王との約束は守られず、波動砲に偏った艦隊が膨張していくだけです」
「それはわかる。だが、だからこそお前や高石が協力して、山南を補佐しそれを阻止すべきではないか?」
「私が言うべきことではありませんが、山南さんや高石にそれを成す能力は十分にあるでしょう。ですが、今の両者には残念ながら軍人としての『格』が足りません。能力に階級が伴わないので上から軽く見られるからですが、それは今はどうしようもありません。ですから……」
ここで、堀田は言葉を切る。そして、じっと土方の目に向ける視線は明らかに「これ以上は言わせないでほしい」と語っていた。
(それができるのは俺しかいない、と言いたいわけか)
そう土方は悟ったが、それと承知であえて口を開いた。
「……あくまで俺が嫌だと言ったら?」
「申し訳ありませんが、この場で提督を刺して私も腹を切ります。私は、あなたが全てを投げ出して埋もれていき、ろくでもない人間がろくでもない世界を作っていく未来など見たくはありません。そんな世界で生きている意味もないでしょう」
「お前、俺を脅迫する気か?」
「そう取っていただいて結構です。無論、ここまで言って提督だけに泥を被せるつもりはありません。私も戦場で責任を取らせていただきます」
堀田自身も戦場で責任を取る。土方が聞きたかったのは、その言葉だった。
しばらく、沈黙が二人の間に流れる。それが途切れたのは、土方の重々しい声だった。
「……わかった」
「はい?」
「お前は、俺ならお前が見たくない未来を作らないと買ったわけだな? それなら、俺はそれを受けてやるとしよう」
「提督っ!」
「ただし」
土方が、いつにも増して厳しい視線を堀田に向けた。
「お前は『戦場で責任を取る』と言ったな。ならば、死ぬ気でそれを果たせ。そして生き残れ。少なくとも、俺より先に死ぬことは絶対に許さん。それだけは覚えておけ」
「……全力を尽くします」
堀田の「戦場で責任を取る」という言葉は、必然、実戦の場で自分の命を懸けるということである。それは二人とも承知していたから、無論、堀田が先に戦場で命を落とす可能性もなくはない。それを「絶対に許さない」ということは、堀田は今よりなお増して、自分と自分の率いる将兵たちを生き残らせるための戦いに全力を尽くす義務が生じたことになる。土方に覚悟を強いた代償、それがこれだった。
だが、同時に二人ともわかっていた。彼らには死ぬための戦いなど存在しない、泥水をすすっても生き残り、地球のために戦い続ける。国連宇宙軍士官学校で知り合って以来、土方はそのために堀田を教育し、堀田もまたそれに応え続けてきたからである。
それから程なく『土方竜宙将、地球防衛艦隊司令長官への就任を了承』というニュースが、驚きと共に防衛軍内部を駆け巡った。特に波動砲艦隊を推進する派閥は焦ったはずである。土方には政治的な繋がりは乏しかったが、彼には藤堂長官と艦隊に所属する士官という『見えざる後ろ盾』があるのだ。その彼が多少は妥協するにせよ、波動砲に偏重した艦隊を受け入れるはずはない。あくまで全艦隊の指揮官の座を拒み続けるであろうと、正直ほくそ笑んでいたくらいだったから、この人事は受け入れられるものではなかったかもしれなかった。
しかし、そこは土方との長い付き合いゆえか、防衛軍統括司令長官である藤堂平九郎は淡々とこの人事を実行し、副統括長官の芹沢虎鉄も何も言うことはしなかった。何よりこの人事は艦隊側から大いに歓迎されたから、前線でガトランティスと戦っている、あるいは後方で練成に励んでいる将兵たちの士気はこの報で大いに上がったと伝えられている。
だが、これはあくまで新しい戦いの始まりであって、そして自分はますます『死』というものに逃げることが許されなくなった。つまり、文字通り退路が断たれたということを、堀田は改めて覚悟する必要に迫られることとなったのである。
土方の説得を終えた直後、死ぬ覚悟で張りつめさせていた緊張の糸が切れてしまった堀田は、ある場所へと足を運んでいた。
(奈波さん……どうやらまだ、そっちには行けそうもない。許してほしい)
復興した地上に改葬したかつての婚約者の墓前で、そんなことを思うのだった。
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