土方の説得に成功したことで、結果的に堀田はいずれ士官学校宙雷科の教頭から、前線の部隊へ配属されることがほぼ確実になった。しかし、まだ年度の途中で現在教えている生徒たちを放り出すこともできない以上、今すぐ前線に転属ということにはなるまい。
(ひょっとすると、今度の卒業生たちは私が最後に見る卒業生になるかもしれないな)
そんな覚悟も必要となった、堀田にとっての2201年の年度末だった。なお、年が明けてすぐ堀田は一佐に昇進したが、これは彼にとっては前線へ転属になる単なる下準備としか思えなかった。それに元々、彼は『食べていくために』軍人になったのであり、個人的な名誉や出世には興味がなかったのである。
そのため彼を支持する、あるいは彼の教え子である士官たちが『戦功に比べて昇進が遅すぎる』という不満を抱えていることにまるで気づいておらず、後にこれが禍根となるなど見当もつかなかった。
2202年3月末、無事に士官学校の卒業生たちを送り出す。その少し前、堀田は防衛軍司令部から辞令を受け取っていた。
『堀田真司一佐。4月1日を以て貴官の士官学校宙雷科教頭の職を解き、仮称艦名『BBA3-07』艤装員長に任ず』
この『BBA3-07』とは仮称艦名であると同時に艦籍番号であったが『BBA3』は現在量産が進んでいる『A型戦艦』(1番艦の艦名から『D級戦艦』とも呼ばれる)の初期型を改良した『A3型戦艦』のことで、残る『07』はその7番艦であることを示していた。
「7番艦とは、数字としては縁起がいいと言えるかな」
あまりそうしたことを気にしない堀田だったが、何となくそう思ったのだった。
そして『BBA3-07』への着任の日となり、建造中のドックへと公用車で移動する。その車中で、堀田は無言のまま思案にふけっていた。
(私は宙雷屋だが、なぜ戦艦の艦長に任じられたのだろう)
言うまでもなく、堀田は宙雷の専門家として防衛軍はもちろん、地球に駐屯するガミラス軍内部ですら広く知られた人物であり、一度しかない艦長経験も駆逐艦のそれであった上に、その艦で戦功も挙げている。確かにかつて『キリシマ』の砲雷長を経験し砲術も全くの素人というわけではないが、この人事には少し疑問が残った。もちろん、自分への今度の辞令が土方の肝いりであろうことを想定してではあるが。
(戦艦を指揮するということは、必然、波動砲艦隊の一翼を担うことになる。自分の意見とあえてかみ合わない波動砲艦隊の中にあって実力を証明しろ、ということかな?)
士官学校で土方の知己を得てから今まで、そういう『試され方』を続けられてきた堀田である。それに応えてきたからこその栄達……と言うと多少大げさだが、現在の軍内部における独特な立ち位置を築いてきたのも事実であるから、彼としても土方の意図が自分の想像通りなら、理解するのは簡単であると言えた。
ともあれ、どんな任務であれ全力を尽くすのみだと考えたところで、公用車は『BBA3-07』の建造ドックへ到着する。そこで出迎えてくれたのは、その艦の副長に内定しているという士官と、今まで会ったことのない兵士の二人だった。
「艤装員長、お待ちしておりました。まずは私が本艦をご案内させていただきます」
「わかった、よろしく頼むよ」
建造中の『BBA3-07』を案内される。ほぼ八割方は完成しているという状態で、堀田が希望すれば案内してくれた士官は手際よくその箇所を見せてくれた。
(多くが自動化された最新鋭戦艦、か)
堀田はこれまで、A型戦艦の図面はともかく実物を見たことがなかった。
(今の防衛軍に人手がないからやむを得ない処置ではあるが、さて、ここまで自動に頼っていざというときに何も問題が起きないかというと……)
いささか疑問がないとは言えない。例えばこの艦、主砲塔の内部に砲術科員の座る席や照準機構が搭載されていない。聞けば艦橋で一括してコントロールするそうだが、もし戦闘で艦橋になど被弾したら戦闘続行は可能なのだろうか?
いや、それでもこの艦は半自動とでも言うべき艦だから、まだ人間のできることは多い。現在、研究が進んでいるというAI制御の自動艦隊は、人間が内部に乗り込まず外部からのコントロールに全てを託すのだという。
(そんな艦隊が、果たして実戦で使い物になるものなのだろうか)
かつて、教え子の自動艦隊の研究に協力していたが故に、堀田はそこに未だ払拭できない不安があった。その教え子……藤堂早紀が自分にとって目をかけるに足りる熱心さがあったことも、余計にその心配を煽るものにしかならなかったのである。
一通り艦内を案内されてから、最後に艦長室へと通される。副長はついてきた兵士に「ご苦労さん」と言って下がらせた。
「「……ふ、ふふふ」」
兵士が下がった後、堀田と副長は顔を見合わせて笑顔を見せる。そして、
「「はっはっはっは」」
こらえきれず、大声で二人して笑い出してしまった。
「三木君、君が副長とはね。全く土方さんも人が悪いよ」
「そうですか? 私はまた艦長とご一緒できるのを嬉しく思っているのですが」
三木幹夫三佐。かつてガミラス大戦末期、堀田が艦長を務めた駆逐艦『神風』で先任士官を務めた、堀田の後輩である。
「いや、私も心強いよ。君とならまた存分に戦うことができるからね」
「私だけではありませんよ、ご案内します」
第一艦橋に通される。すると、
「「「艦長、お待ちしておりました」」」
見れば、懐かしい顔が並んでいた。
戦術長・林美津保二尉
航海長・初島沙彩二尉
船務長・沢野有香二尉
技術長・菅井貴也二尉
通信長・河西智文二尉
機関長兼先任将校・来島研三一尉
主計長・秦智哉二尉
いずれも、元『神風』幹部乗組員たち。堀田からすれば文字通り『股肱の乗組員』とでも言うべき新戦艦の首脳部であった。
「君たちもいるのか……これはますます心強い。よく来てくれた」
「何を言ってるんですか。辞令ですよ辞令。もっとも、俺達も嬉しいっちゃ嬉しいですけどね」
菅井がいつもの軽口を叩くと、それを受けて来島が言う。
「まあ、我々は土方提督から『お前たちの艦長を頼む』と言われていますから。あ、これは内緒にしておけと提督に言われてますけどね。また『神風』の時のように、頑張っていきましょうや」
土方の配慮に、内心で深く感謝する堀田だった。彼ら彼女らと一緒であれば、例え艦に少なからず不安があろうとも、必ず難局を乗り越えられる。そう自信が持てた。
「そういえば、航海長は君か。初島君」
「は、はい……至らぬところはあるかもしれませんが、よろしくお願いしますっ!」
初島沙彩という航海長は、かつて『神風』で主席航海士を務めており、三木が航海長として彼女を鍛えていた。いわば三木の弟子と言うべき存在だが、その技量は『防衛軍屈指の操艦の名手』と言われる三木、そして堀田からしても十分に信頼できるものだった。今回の航海長への格上げももっともな人事と言えた。
いや、彼女だけではない。ここに集まった旧『神風』乗組員は、ガミラス戦役においてはヤマトに次ぐ激戦を経験することとなった作戦『レコンキスタ』の生き残りでもある。そこで鍛えられた彼ら彼女らは、今の防衛軍にとっては貴重と言える有能な若手士官たちだ。それをこれだけ揃えてくれたのだから、堀田としても土方のその期待には応えなければならないだろう、と覚悟させるのに十分なものだった。
「艤装員長……いや、艦長に敬礼!」
三木の一声で、全員が堀田に敬礼する。それに静かに挙手の敬礼を返す堀田のそれは、
『防衛軍において、最も見事な敬礼である』
と評されるものだった。
それから程なくして『BBA3-07』は完成へと一気に近づいたが、一刻も早く新鋭艦を投入したいという防衛軍の焦りのようなものを堀田も感じ取っていた。それはガミラスに対して政治的に優位に立ちたいからであろう思惑も想像はされたが、彼としてはそのようなことはさておき、多くが若者を占める乗員たちを実戦で使い物になるようにするべく、思案することは山ほどあった。
そして着任から一か月後『BBA3-07』は艦の命名式を執り行うこととなった。
「艤装員長……いや、艦長として一言申し上げたい」
その場において、堀田は乗組員たちにこう訓示した。
「ガトランティスとの戦いも先が見えず、地球がいつ完全な平和を手に入れるか、正直なところ見当もつかない。私は本艦の艦長として諸氏の生命を全うさせることも任務だと思っているが、残念ながら諸氏の命を保証することはできない。いつ、誰が命を落とすかわからない。戦いとはそういうものと改めて覚悟してもらいたい」
先日、亡くなった武田のことが脳裏をかすめていた。
「だが、最後に艦の責任を取るのは私である。諸氏はそうと承知して、思い切った戦いを見せて欲しい。本艦にどのような任務が待ち構えているかわからないが、必ずそれを全うし、生きて帰ろう。私が諸氏に願うのはそれだけである」
これを受けたおよそ80名ほどの新乗組員たちは、改めて表情を引き締めたようだった。それを確認してから、堀田は防衛軍本部から送られてきた『BBA3-07』の艦名が書かれた紙の入った封筒を開いた。
それを一瞥し、乗組員たちにその紙を向ける。
「本艦『BBA3-07』は本日を以て『薩摩』と命名された。これは、かつて日本海軍において最初の国産戦艦に与えられた艦名であり、由来である薩摩国は多くの優れた武者を輩出した土地である。我々はこの艦名に恥じない戦いをしよう」
この堀田の言葉を聞くや、オーッ、と乗員たちから歓声が上がった。
『BBA3-07』こと『薩摩』。その初代艦長である堀田は、これより防衛軍の士官としてこの戦艦とは8年ほどの付き合いを持つことになるのだが、そんな未来はもちろん知る由もない。だが、後年「まさしく『薩摩』は自分の愛艦であった」と言って憚らなかった堀田と『薩摩』の、言わばこれが馴れ初めであったのである。
そして一週間後、ついに『薩摩』は完成し、その翌々日には公試運転の日を迎えていた。
(二年ぶりの宇宙、か)
ガミラス大戦終結直後に『神風』を退艦してから、堀田は宇宙への航海を殆ど経験していなかった。
(今度もまた戦いのため、というのは本意ではないが、避けて通れる道ではない。油断なく、全力を尽くそう)
『神風』よりいくらか広い艦橋を見渡し、発進準備に忙殺されている乗員たちを見る。自分に落ち度があれば自分のみならず、ここにいる乗員たちを含めた『薩摩』の全員が死を迎える可能性も十分にある。第一線に立つ戦艦の艦長として、これまで以上の覚悟を以て職務に精励する必要があるだろう。
「艦長、発進準備整いました」
副長の三木がいつも通りの冷静な声で報告する。それに応えて、堀田もまた通る声で命じた。
「よし……戦艦『薩摩』発進!」
建造ドックから重々しく出航していく『薩摩』。後に『ガトランティス戦役』と呼ばれることになる地球とガトランティス帝国との全面戦争が開始されるまで、あと三か月後に迫っていた。
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