「堀田真司二佐。療養を終え、軍務に復帰いたします」
意識を回復した翌日、退院を許可された堀田は国連宇宙軍の司令部に赴いて軍務への復帰を申請した。
彼は軍人であるから、最初に挨拶するのは国連宇宙軍の極東管区軍務局長である芹沢虎鉄ということになるが、手続きを済ませた芹沢は堀田に「これまで以上の活躍を期待する」という型にはまった発言しかせず、堀田もまた「努力いたします」と返事をしただけだった。
実は、芹沢のほうは堀田について何とも思っていなかったようなのだが、堀田のほうが芹沢のことをひどく嫌っていたのだ。それは、他人を悪く言うことなどおよそないといってよい堀田をして、相当親しい友人には「あんな偉そうなだけの無能者に何ができるものか」と漏らすほどであった。
これは、芹沢が最終的にガミラスとのファースト・コンタクトの際に攻撃を命じたことが現在の戦争を引き起こした事実を、軍機密として口止めされていたが堀田も知っていたこと。それに敬愛する沖田十三を一度は解任して閑職に追いやった件が加わっていたのが原因だった。私怨といえばそうなるかもしれないのだが、とにかく堀田は芹沢に対しては不信感と嫌悪感を拭うことができなかったのである。
それはさておき、とりあえず形式的な挨拶を終えてから、堀田は当面、直属の上司となるはずである土方の待つ執務室へと足を向けた。
「堀田二佐、参りました」
「入りたまえ」
ドアが開くと、土方が書類の山と格闘している最中だった。
「もう怪我は大丈夫か?」
「はい、ご迷惑をおかけしました。軍務局長の許可は頂いたので、本日より軍務に復帰いたします。ところで、現在「キリシマ」は?」
「ああ、そのことだが」
土方が、ここで驚くべきことを口にした。
「堀田二佐。本日ただ今を以て、貴官の「キリシマ」砲雷長の任を解く」
「えっ? しかし、それは……」
これからの国連宇宙軍は、ヤマトが帰還するまで地球周辺の制宙権を維持し、同時にヤマトの帰路を確保することが求められる。また、現有戦力では不可能だが「メ2号作戦」というガミラス冥王星基地攻撃計画も「可能であればヤマトが行うが、航海の安全を優先せよ」ということになっており、戦力を回復させた後に地球に残存した国連宇宙軍が行う可能性がある。
そうした任務において、金剛型宇宙戦艦の中で現状唯一の生き残りである「キリシマ」は主力艦としての任務が待っているはずだ。既に熟練した乗組員はほぼ払底しており、そんな状況で主力たる「キリシマ」から幹部乗組員を転属させる理由は堀田には見当がつかない。自分は軍艦乗りであって今更後方勤務で役立つとも思えず、それに当面は転属すべき他の艦も思いつかない。
当惑する堀田に、土方は続けた。
「変わって命ずる。坊の岬沖の造船所にて建造中の『駆逐艦A』艤装員長として、明後日までに同地へ赴くこと。以上だ」
艤装員長とは、建造中の艦において作業員や後に乗員となる士官や兵たちを統率する役職で、殆どの場合、その艦が完成すれば艤装員長は初代の「艦長」となるのが通例だった。つまり土方のこの命令は、堀田に対し「新造駆逐艦の艦長になれ」と言っていることになる。
しかし「駆逐艦A」という艦名はどうにも腑に落ちない。まだ進宙していない故の仮称かもしれないが、それでも量産艦なら番号なりを割り振って管理するのが普通である。それを「A」というアルファベット一文字で片づけてしまうとは、堀田の知る限りそんな先例はない。
「質問をしても、よろしいでしょうか?」
「構わん、言ってみろ」
「その『駆逐艦A』とはどのような艦なのでしょう。それに坊の岬沖の造船所となると、あそこには確か……」
「堀田」
土方が堀田の言葉を遮った。
「すまんが、そこから先は機密事項だ。君は命令通り動いてくれればいい。そして断っておくが、これは俺が軍務局長にお前を推薦した人事でもある」
「提督が、ですか?」
自分ほど毛嫌いしているわけでもないだろうが、実際のところ土方と芹沢の関係も良好と言えるかと問われれば相当に怪しい。それがわかっている堀田だから、わざわざ土方自らがねじ込んだ自分の人事がどんなものか、気になるのは仕方ないことだったろう。
しかし「機密事項である」と言われてしまえばこれ以上は何も聞けない。「承知しました」と答えて退出しようとすると、その背中に土方が声をかけた。
「待て、堀田」
「はい?」
「多少だが時間はある。だから彼女の……墓参りに行っておいたほうがいい。これから先、何が起こるかわからんからな」
「……」
そのことに触れられるのは堀田としては正直辛いのだが、これが不器用な恩師なりの配慮であるということも理解できる。だから、こう答えるしかなかった。
「お気遣い、ありがとうございます。明日、出発前に行くことにします」
敬礼し直して、堀田は退室した。
そして出発の翌日、堀田は土方に言われたとおり、遊星爆弾の攻撃などで犠牲となった民間人を葬った墓地へと来ていた。
どこへ行くべきかはわかっていたから、すぐに目的地となる墓の前へと着く。そこには「高室奈波 ここに眠る」と刻まれていた。
「奈波さん、来たよ」
実に静かで、穏やかな声だった。
高室奈波。堀田の婚約者だった女性だが、二年前に遊星爆弾の攻撃により命を落としていた。ガミラスとの戦争前から天涯孤独同士だった幼馴染の二人で、その仲は周囲が羨むほどだったが、奈波の訃報を聞いた堀田は、しかし何も言葉を発することができなかった。
(あのとき、自分の心は死んでしまって、もう二度と生き返らないのかな。そうなると、今の自分はただやるべきことをやるだけの人形のようなものだが……)
そう思ってもみたが、実際に士官として部下を持つと、彼ら彼女らに責任を持つ必要もあるし、自分のことだけで何もかも放り出すことは許されない。そして、軍人という道を選んだ自分である以上、こうした事態がいつか来るかもしれない。非情とも言えるが、無意識に堀田はそんな覚悟をしていたのかもしれなかった。
だが、それでも奈波のことを忘れることも、大事に思えなくなることもない。といってガミラスを憎もうとしても何故か憎み切れない。そんな自分ですら苛立つような煮え切らなさが、今の堀田の内心にはあった。
「ずっと来れなくて、ごめんね。でも、今日帰ったらまたしばらく来れない。そして、二度と来れなくなるかもしれない」
どのみち、宇宙で死ねば同じ地球で眠ることはできない。でも、死んでしまえば地球も宇宙も差があるものでもないか、と内心で思う堀田だった。
「それに……何となくだけど、私はまだそちらには行かせてもらえないような気がするんだ。本当に『そんな気がする』だけだけど、また死に損なったからね。今回は正直、もう寿命が来るまで死に損ない続けるのかな、とか思ったよ」
そう言ってから、持ってきた花束を供える。
「それじゃ、ね。運がよかったら、またここに来るから」
そう言って墓前を離れて歩いていると、自分と同じように家族や大切な人たちを失った墓参りの人々の姿が目に映る。
(そうだ……もうこれ以上、誰も死なせてはいけないんだ。そのために自分は戦う。戦って、戦って、最後の一人になっても絶望しない)
沖田がよく言っていた言葉を、ここで思い出した。
(今度の任務も、そのためにやり遂げないといけないよね。奈波さん)
そう締めくくって、堀田は坊の岬沖の造船所へ向かう便が待つステーションへと足を向けた。
翌日、堀田の姿は坊の岬沖に「ヤマト」建造のため設けられた造船所にあった。ここが軍事機密だったのはもちろんヤマトを建造しているからだったのだが、他にも理由があることを彼は知っていた。
(波動機関の研究……あるいは進展があったのかもな)
国連宇宙軍とガミラス軍の圧倒的な差、それは地球人類にとってオーバーテクノロジーだった「波動機関」というものが使えるかどうかという一点に尽きると言うしかなかった。この機関が使えない国連宇宙軍はガミラス軍に比して艦艇の性能で一方的な差をつけられ、魚雷などの実体弾、あるいは決戦兵器である「陽電子衝撃砲」を用いて敵にできる限りの出血を強いて、何とか地球本土への直接攻撃を防いでいるという状況だった。
一年前にイスカンダル王国から波動機関の設計図がもたらされたことにより、それまでは僅かなガミラス軍からの鹵獲艦や地球技術陣の独自の努力で研究が続けられていた波動機関の開発にも目鼻がついたという噂もある。自分が艤装員長を拝命した「駆逐艦A」はあるいはその波動機関に関係があるのか。この坊の岬沖の造船所は波動機関の研究所も兼ねていたから、その可能性は大いにあると見るべきだった。
「堀田さ……いえ、堀田二佐。お久しぶりです」
ヤマトがいなくなって、がらんどうになっていた造船所でそんなことを考えていたら、後ろから声をかけられる。堀田が振り返ってみると、そこにはよく知った顔があった。
「……三木君? 三木君じゃないか! 無事だったのか!?」
三木幹夫一尉。堀田にとっては航宙軍士官候補生学校の最上級生だった時に一年生だった後輩である。二人とも冷静沈着さで相通じるものがあったが、やや強情なところがある堀田と、飄々とした面を持つ三木は不思議と気があって、これまで堀田が三木に戦術面の指導をしたり、共に艦列を並べて戦ったりと、先輩後輩の間柄を超えた「戦友」でもあった。
先に戦われた「メ号作戦」では、三木が航海長を務めていた駆逐艦「追風」も参加予定だったが、冥王星宙域に到着する前に機関不調を来して地球へと引き返していた。そのとき不時着を試みるも最後の段階で機関が停止、墜落して乗員の多くが殉職したと聞き「三木君も駄目か……」と思っていた堀田だったから、こうして無傷の彼に会えたのは喜ばしいことだった。
「それにしても、どうしてここに?」
「貴方と同じですよ。私も土方提督からの命令でここに来ました。『貴方をよろしく補佐してくれ』とのことでした」
「補佐……ということは?」
「はい、私が『駆逐艦A』の航海長を拝命し、先任将校となります。艤装員長……いえ『艦長』。よろしくお願いします」
駆逐艦は乗員数が少ないため、巡洋艦以上の艦と異なり「副長」という役職が存在しない。ゆえに各部門の兵科将校の中で最先任の者が副長に替わって艦長を補佐するのだが、互いをよく知る堀田と三木の組み合わせというのは、人材の有効活用もあろうが、あるいは土方の粋な計らいだったかもしれない。
「しかし」
堀田が言う。
「君の方が先にここへ来たようだから聞くが、例の『駆逐艦A』とはどんな艦なんだい? 私には波動機関に関係があるようにしか思えないが」
「百聞は一見に如かず。ご案内しますよ、どうぞこちらに」
三木の案内で造船所の別区画に行ってみると、確かに新造艦が一隻、建造されている。その姿は堀田にとって今まで見たことのないものだった。
(これは……)
作業現場などで使われるパイロンを横にしたような船体……紡錘形という意味では金剛型戦艦が近いだろうが、何よりその大きさが目を引いた。駆逐艦だと説明されていたから磯風型突撃駆逐艦のような小型艦を想像していたが、目の前の艦は少なくとも村雨型巡洋艦と同等クラスの大きさがあるようにしか見えない。
「三木君、これで駆逐艦というのは?」
「大きいのには理由があるんですよ、それがこの艦の秘密でもありますから。まずそこからお見せしましょう」
すれ違う幾人かと敬礼を交わしながら、堀田は三木の案内でこの駆逐艦の船体後部、機関室と思われる場所に通された。
そして、そこにあったものは堀田を驚愕させるには十分すぎるものだった。
「これは、波動機関! まさか地球型の機関が完成したというのか!」
ヤマト計画の一員という予定があっただけに、恐らく経歴と年齢から戦術長なり砲雷長になっていたはずの堀田だが、講習の段階で波動機関がどういう形状のものかは理解していたから、目の前のそれがそうであることはすぐわかった。
しかし、一時の衝撃が治まってみると、この波動機関の出所に堀田はある仮説を立てることができていた。
「三木君」
「はい」
「これはイスカンダル型でも地球型ではなく、ガミラスからの鹵獲品だね。それも駆逐艦の。私も他の実物を一度だけ見たことがあるが、それは確かにこんな機関だった」
「……その通りです」
現在の地球の技術力、そして保有している希少金属の絶望的な不足を考えれば、ヤマトにそれらのリソースを投入した以上、それ以外の波動機関を製造する術などない。ならば、研究に用いていたガミラスからの鹵獲機関を使ってせめて1隻でも波動機関搭載艦を建造したいという意図は理解できる。
そして、そんな無茶振りが通ってしまうような状況で建造された艦が、恐らく簡単な任務に投入されるはずはないだろう。堀田はそこまでは読むことができた。
「艤装員長」
後ろから、乗り組み予定と思われる兵が声をかけてきた。
「司令部から極秘の暗号電文が届きましたので、お届けにあがりました」
「ご苦労さま、下がっていいよ」
そう言って兵を下がらせてから、堀田はその場で内容が記された文書に目を通す。この場には他に三木しかいないし、先任将校である彼にはいずれその内容を話す必要があるから、ここで隠したところで意味はない。
「……そういうことか」
読み終わって呟くと、堀田は届けられた文書を三木に手渡した。
「艦長、これは」
冷静な三木も、さすがに驚いた様子を見せる。それを見てから、堀田が口を開いた。
「『貴艦は完成次第、木星圏および土星圏に進出。放棄されたガミラス基地群の調査。同時に各衛星における希少金属並びに浮遊物質の収集を行う調査船団を護衛せよ』か。なるほど、ヤマト計画に比べれば小さなことかもしれないが、これも重大な任務ではある」
「……」
先に述べたとおり、ヤマトがメ2号作戦を実行に移すかが不透明である以上、太陽系の地球および内惑星宙域を除けば、ガミラスの大小の部隊が多数存在していると見るしかない。その危険な空間でいくら波動機関搭載艦とはいえ、非武装の調査船団を護衛しながら戦いを挑みに行くことになるのだ。
確かにヤマト計画ほどの壮大さはない。しかし、この作戦が失敗すればヤマトが戻る前に地球そのものがガミラスの攻撃によって壊滅、遊星爆弾による汚染を待たずに人類が滅亡する可能性さえある。それ故にこそ、ガミラス製波動機関のコピーでも何でも波動機関を入手するための物資を集める調査船団を送ろうというのだろうが、たった1隻の護衛艦で果たしてどこまでできるものかわかったものではない。
「でも、我々がやるしかないだろうね。我々しかできないと言ったほうがいいか」
「はい」
堀田も三木も、この作戦の重要性はすぐに理解できていたから、今更司令部へ反対意見など述べる必要を感じない。それに波動機関搭載艦で挑む以上、他艦の掩護を求めても逆に足手まといにしかならないから、結局、自分たちの力でこの困難を克服するしかないということも承知済みだったのである。
そして、堀田が「駆逐艦A」の艤装員長として着任した翌日、当面の国連宇宙軍にとって最大級の朗報が、ヘリオポーズ通過前に地球への最後の通信を行ったヤマトから入った。
「去る六日前、ヤマトは『メ2号作戦』を敢行、ガミラス冥王星前線基地を壊滅せり」
この知らせが坊の岬沖の造船所にもたらされたとき、その場にいた各員が狂喜乱舞の大騒ぎとなった。その中で堀田は静かに一人艦長室に入り、懐中から婚約者の生前の写真を取り出した。
(私がやったわけじゃないけど、これで奈波さん、仇が取れたかな?)
そう思ってから写真をしまうと、間もなく完成する自分の艦の作戦が、冥王星基地の壊滅により実現性が極めて高くなったことを改めて承知していた。
(必ず、この作戦は成し遂げてみせる。地球のために)
改めて、そう心を決める堀田であった。
あとがき
主人公以外の新キャラ…ではなく、ゲーム版「さらば」に巡洋艦「すくね」艦長として登場する三木幹夫さんが参入です。この方はゲーム版では出番はやや少なかったですが、渋いキャラとその壮烈な最後で筆者に強い印象を残しました。ただ、やはりゲーム的には僚艦を動かすシステムのチュートリアルキャラという感じもあり、また簡単に死なせるには惜しいキャラだった…という思いもありまして、本作では「主人公の片腕兼フォロー役」として活躍していただくことにしました(結果的に巡洋艦「すくね」は艦名の命名基準の説明がつかないこともあり、筆者二次創作では「なかったこと」にしてしまいました。ファンの皆様、お詫び申し上げます)。
今後は、少なくとも艦橋にいる幹部乗組員の設定をする必要があり、人物設定が終わっていないため少し時間がかかるかもしれません。いささかお時間を頂ければ幸いに思います。
意識を回復した翌日、退院を許可された堀田は国連宇宙軍の司令部に赴いて軍務への復帰を申請した。
彼は軍人であるから、最初に挨拶するのは国連宇宙軍の極東管区軍務局長である芹沢虎鉄ということになるが、手続きを済ませた芹沢は堀田に「これまで以上の活躍を期待する」という型にはまった発言しかせず、堀田もまた「努力いたします」と返事をしただけだった。
実は、芹沢のほうは堀田について何とも思っていなかったようなのだが、堀田のほうが芹沢のことをひどく嫌っていたのだ。それは、他人を悪く言うことなどおよそないといってよい堀田をして、相当親しい友人には「あんな偉そうなだけの無能者に何ができるものか」と漏らすほどであった。
これは、芹沢が最終的にガミラスとのファースト・コンタクトの際に攻撃を命じたことが現在の戦争を引き起こした事実を、軍機密として口止めされていたが堀田も知っていたこと。それに敬愛する沖田十三を一度は解任して閑職に追いやった件が加わっていたのが原因だった。私怨といえばそうなるかもしれないのだが、とにかく堀田は芹沢に対しては不信感と嫌悪感を拭うことができなかったのである。
それはさておき、とりあえず形式的な挨拶を終えてから、堀田は当面、直属の上司となるはずである土方の待つ執務室へと足を向けた。
「堀田二佐、参りました」
「入りたまえ」
ドアが開くと、土方が書類の山と格闘している最中だった。
「もう怪我は大丈夫か?」
「はい、ご迷惑をおかけしました。軍務局長の許可は頂いたので、本日より軍務に復帰いたします。ところで、現在「キリシマ」は?」
「ああ、そのことだが」
土方が、ここで驚くべきことを口にした。
「堀田二佐。本日ただ今を以て、貴官の「キリシマ」砲雷長の任を解く」
「えっ? しかし、それは……」
これからの国連宇宙軍は、ヤマトが帰還するまで地球周辺の制宙権を維持し、同時にヤマトの帰路を確保することが求められる。また、現有戦力では不可能だが「メ2号作戦」というガミラス冥王星基地攻撃計画も「可能であればヤマトが行うが、航海の安全を優先せよ」ということになっており、戦力を回復させた後に地球に残存した国連宇宙軍が行う可能性がある。
そうした任務において、金剛型宇宙戦艦の中で現状唯一の生き残りである「キリシマ」は主力艦としての任務が待っているはずだ。既に熟練した乗組員はほぼ払底しており、そんな状況で主力たる「キリシマ」から幹部乗組員を転属させる理由は堀田には見当がつかない。自分は軍艦乗りであって今更後方勤務で役立つとも思えず、それに当面は転属すべき他の艦も思いつかない。
当惑する堀田に、土方は続けた。
「変わって命ずる。坊の岬沖の造船所にて建造中の『駆逐艦A』艤装員長として、明後日までに同地へ赴くこと。以上だ」
艤装員長とは、建造中の艦において作業員や後に乗員となる士官や兵たちを統率する役職で、殆どの場合、その艦が完成すれば艤装員長は初代の「艦長」となるのが通例だった。つまり土方のこの命令は、堀田に対し「新造駆逐艦の艦長になれ」と言っていることになる。
しかし「駆逐艦A」という艦名はどうにも腑に落ちない。まだ進宙していない故の仮称かもしれないが、それでも量産艦なら番号なりを割り振って管理するのが普通である。それを「A」というアルファベット一文字で片づけてしまうとは、堀田の知る限りそんな先例はない。
「質問をしても、よろしいでしょうか?」
「構わん、言ってみろ」
「その『駆逐艦A』とはどのような艦なのでしょう。それに坊の岬沖の造船所となると、あそこには確か……」
「堀田」
土方が堀田の言葉を遮った。
「すまんが、そこから先は機密事項だ。君は命令通り動いてくれればいい。そして断っておくが、これは俺が軍務局長にお前を推薦した人事でもある」
「提督が、ですか?」
自分ほど毛嫌いしているわけでもないだろうが、実際のところ土方と芹沢の関係も良好と言えるかと問われれば相当に怪しい。それがわかっている堀田だから、わざわざ土方自らがねじ込んだ自分の人事がどんなものか、気になるのは仕方ないことだったろう。
しかし「機密事項である」と言われてしまえばこれ以上は何も聞けない。「承知しました」と答えて退出しようとすると、その背中に土方が声をかけた。
「待て、堀田」
「はい?」
「多少だが時間はある。だから彼女の……墓参りに行っておいたほうがいい。これから先、何が起こるかわからんからな」
「……」
そのことに触れられるのは堀田としては正直辛いのだが、これが不器用な恩師なりの配慮であるということも理解できる。だから、こう答えるしかなかった。
「お気遣い、ありがとうございます。明日、出発前に行くことにします」
敬礼し直して、堀田は退室した。
そして出発の翌日、堀田は土方に言われたとおり、遊星爆弾の攻撃などで犠牲となった民間人を葬った墓地へと来ていた。
どこへ行くべきかはわかっていたから、すぐに目的地となる墓の前へと着く。そこには「高室奈波 ここに眠る」と刻まれていた。
「奈波さん、来たよ」
実に静かで、穏やかな声だった。
高室奈波。堀田の婚約者だった女性だが、二年前に遊星爆弾の攻撃により命を落としていた。ガミラスとの戦争前から天涯孤独同士だった幼馴染の二人で、その仲は周囲が羨むほどだったが、奈波の訃報を聞いた堀田は、しかし何も言葉を発することができなかった。
(あのとき、自分の心は死んでしまって、もう二度と生き返らないのかな。そうなると、今の自分はただやるべきことをやるだけの人形のようなものだが……)
そう思ってもみたが、実際に士官として部下を持つと、彼ら彼女らに責任を持つ必要もあるし、自分のことだけで何もかも放り出すことは許されない。そして、軍人という道を選んだ自分である以上、こうした事態がいつか来るかもしれない。非情とも言えるが、無意識に堀田はそんな覚悟をしていたのかもしれなかった。
だが、それでも奈波のことを忘れることも、大事に思えなくなることもない。といってガミラスを憎もうとしても何故か憎み切れない。そんな自分ですら苛立つような煮え切らなさが、今の堀田の内心にはあった。
「ずっと来れなくて、ごめんね。でも、今日帰ったらまたしばらく来れない。そして、二度と来れなくなるかもしれない」
どのみち、宇宙で死ねば同じ地球で眠ることはできない。でも、死んでしまえば地球も宇宙も差があるものでもないか、と内心で思う堀田だった。
「それに……何となくだけど、私はまだそちらには行かせてもらえないような気がするんだ。本当に『そんな気がする』だけだけど、また死に損なったからね。今回は正直、もう寿命が来るまで死に損ない続けるのかな、とか思ったよ」
そう言ってから、持ってきた花束を供える。
「それじゃ、ね。運がよかったら、またここに来るから」
そう言って墓前を離れて歩いていると、自分と同じように家族や大切な人たちを失った墓参りの人々の姿が目に映る。
(そうだ……もうこれ以上、誰も死なせてはいけないんだ。そのために自分は戦う。戦って、戦って、最後の一人になっても絶望しない)
沖田がよく言っていた言葉を、ここで思い出した。
(今度の任務も、そのためにやり遂げないといけないよね。奈波さん)
そう締めくくって、堀田は坊の岬沖の造船所へ向かう便が待つステーションへと足を向けた。
翌日、堀田の姿は坊の岬沖に「ヤマト」建造のため設けられた造船所にあった。ここが軍事機密だったのはもちろんヤマトを建造しているからだったのだが、他にも理由があることを彼は知っていた。
(波動機関の研究……あるいは進展があったのかもな)
国連宇宙軍とガミラス軍の圧倒的な差、それは地球人類にとってオーバーテクノロジーだった「波動機関」というものが使えるかどうかという一点に尽きると言うしかなかった。この機関が使えない国連宇宙軍はガミラス軍に比して艦艇の性能で一方的な差をつけられ、魚雷などの実体弾、あるいは決戦兵器である「陽電子衝撃砲」を用いて敵にできる限りの出血を強いて、何とか地球本土への直接攻撃を防いでいるという状況だった。
一年前にイスカンダル王国から波動機関の設計図がもたらされたことにより、それまでは僅かなガミラス軍からの鹵獲艦や地球技術陣の独自の努力で研究が続けられていた波動機関の開発にも目鼻がついたという噂もある。自分が艤装員長を拝命した「駆逐艦A」はあるいはその波動機関に関係があるのか。この坊の岬沖の造船所は波動機関の研究所も兼ねていたから、その可能性は大いにあると見るべきだった。
「堀田さ……いえ、堀田二佐。お久しぶりです」
ヤマトがいなくなって、がらんどうになっていた造船所でそんなことを考えていたら、後ろから声をかけられる。堀田が振り返ってみると、そこにはよく知った顔があった。
「……三木君? 三木君じゃないか! 無事だったのか!?」
三木幹夫一尉。堀田にとっては航宙軍士官候補生学校の最上級生だった時に一年生だった後輩である。二人とも冷静沈着さで相通じるものがあったが、やや強情なところがある堀田と、飄々とした面を持つ三木は不思議と気があって、これまで堀田が三木に戦術面の指導をしたり、共に艦列を並べて戦ったりと、先輩後輩の間柄を超えた「戦友」でもあった。
先に戦われた「メ号作戦」では、三木が航海長を務めていた駆逐艦「追風」も参加予定だったが、冥王星宙域に到着する前に機関不調を来して地球へと引き返していた。そのとき不時着を試みるも最後の段階で機関が停止、墜落して乗員の多くが殉職したと聞き「三木君も駄目か……」と思っていた堀田だったから、こうして無傷の彼に会えたのは喜ばしいことだった。
「それにしても、どうしてここに?」
「貴方と同じですよ。私も土方提督からの命令でここに来ました。『貴方をよろしく補佐してくれ』とのことでした」
「補佐……ということは?」
「はい、私が『駆逐艦A』の航海長を拝命し、先任将校となります。艤装員長……いえ『艦長』。よろしくお願いします」
駆逐艦は乗員数が少ないため、巡洋艦以上の艦と異なり「副長」という役職が存在しない。ゆえに各部門の兵科将校の中で最先任の者が副長に替わって艦長を補佐するのだが、互いをよく知る堀田と三木の組み合わせというのは、人材の有効活用もあろうが、あるいは土方の粋な計らいだったかもしれない。
「しかし」
堀田が言う。
「君の方が先にここへ来たようだから聞くが、例の『駆逐艦A』とはどんな艦なんだい? 私には波動機関に関係があるようにしか思えないが」
「百聞は一見に如かず。ご案内しますよ、どうぞこちらに」
三木の案内で造船所の別区画に行ってみると、確かに新造艦が一隻、建造されている。その姿は堀田にとって今まで見たことのないものだった。
(これは……)
作業現場などで使われるパイロンを横にしたような船体……紡錘形という意味では金剛型戦艦が近いだろうが、何よりその大きさが目を引いた。駆逐艦だと説明されていたから磯風型突撃駆逐艦のような小型艦を想像していたが、目の前の艦は少なくとも村雨型巡洋艦と同等クラスの大きさがあるようにしか見えない。
「三木君、これで駆逐艦というのは?」
「大きいのには理由があるんですよ、それがこの艦の秘密でもありますから。まずそこからお見せしましょう」
すれ違う幾人かと敬礼を交わしながら、堀田は三木の案内でこの駆逐艦の船体後部、機関室と思われる場所に通された。
そして、そこにあったものは堀田を驚愕させるには十分すぎるものだった。
「これは、波動機関! まさか地球型の機関が完成したというのか!」
ヤマト計画の一員という予定があっただけに、恐らく経歴と年齢から戦術長なり砲雷長になっていたはずの堀田だが、講習の段階で波動機関がどういう形状のものかは理解していたから、目の前のそれがそうであることはすぐわかった。
しかし、一時の衝撃が治まってみると、この波動機関の出所に堀田はある仮説を立てることができていた。
「三木君」
「はい」
「これはイスカンダル型でも地球型ではなく、ガミラスからの鹵獲品だね。それも駆逐艦の。私も他の実物を一度だけ見たことがあるが、それは確かにこんな機関だった」
「……その通りです」
現在の地球の技術力、そして保有している希少金属の絶望的な不足を考えれば、ヤマトにそれらのリソースを投入した以上、それ以外の波動機関を製造する術などない。ならば、研究に用いていたガミラスからの鹵獲機関を使ってせめて1隻でも波動機関搭載艦を建造したいという意図は理解できる。
そして、そんな無茶振りが通ってしまうような状況で建造された艦が、恐らく簡単な任務に投入されるはずはないだろう。堀田はそこまでは読むことができた。
「艤装員長」
後ろから、乗り組み予定と思われる兵が声をかけてきた。
「司令部から極秘の暗号電文が届きましたので、お届けにあがりました」
「ご苦労さま、下がっていいよ」
そう言って兵を下がらせてから、堀田はその場で内容が記された文書に目を通す。この場には他に三木しかいないし、先任将校である彼にはいずれその内容を話す必要があるから、ここで隠したところで意味はない。
「……そういうことか」
読み終わって呟くと、堀田は届けられた文書を三木に手渡した。
「艦長、これは」
冷静な三木も、さすがに驚いた様子を見せる。それを見てから、堀田が口を開いた。
「『貴艦は完成次第、木星圏および土星圏に進出。放棄されたガミラス基地群の調査。同時に各衛星における希少金属並びに浮遊物質の収集を行う調査船団を護衛せよ』か。なるほど、ヤマト計画に比べれば小さなことかもしれないが、これも重大な任務ではある」
「……」
先に述べたとおり、ヤマトがメ2号作戦を実行に移すかが不透明である以上、太陽系の地球および内惑星宙域を除けば、ガミラスの大小の部隊が多数存在していると見るしかない。その危険な空間でいくら波動機関搭載艦とはいえ、非武装の調査船団を護衛しながら戦いを挑みに行くことになるのだ。
確かにヤマト計画ほどの壮大さはない。しかし、この作戦が失敗すればヤマトが戻る前に地球そのものがガミラスの攻撃によって壊滅、遊星爆弾による汚染を待たずに人類が滅亡する可能性さえある。それ故にこそ、ガミラス製波動機関のコピーでも何でも波動機関を入手するための物資を集める調査船団を送ろうというのだろうが、たった1隻の護衛艦で果たしてどこまでできるものかわかったものではない。
「でも、我々がやるしかないだろうね。我々しかできないと言ったほうがいいか」
「はい」
堀田も三木も、この作戦の重要性はすぐに理解できていたから、今更司令部へ反対意見など述べる必要を感じない。それに波動機関搭載艦で挑む以上、他艦の掩護を求めても逆に足手まといにしかならないから、結局、自分たちの力でこの困難を克服するしかないということも承知済みだったのである。
そして、堀田が「駆逐艦A」の艤装員長として着任した翌日、当面の国連宇宙軍にとって最大級の朗報が、ヘリオポーズ通過前に地球への最後の通信を行ったヤマトから入った。
「去る六日前、ヤマトは『メ2号作戦』を敢行、ガミラス冥王星前線基地を壊滅せり」
この知らせが坊の岬沖の造船所にもたらされたとき、その場にいた各員が狂喜乱舞の大騒ぎとなった。その中で堀田は静かに一人艦長室に入り、懐中から婚約者の生前の写真を取り出した。
(私がやったわけじゃないけど、これで奈波さん、仇が取れたかな?)
そう思ってから写真をしまうと、間もなく完成する自分の艦の作戦が、冥王星基地の壊滅により実現性が極めて高くなったことを改めて承知していた。
(必ず、この作戦は成し遂げてみせる。地球のために)
改めて、そう心を決める堀田であった。
あとがき
主人公以外の新キャラ…ではなく、ゲーム版「さらば」に巡洋艦「すくね」艦長として登場する三木幹夫さんが参入です。この方はゲーム版では出番はやや少なかったですが、渋いキャラとその壮烈な最後で筆者に強い印象を残しました。ただ、やはりゲーム的には僚艦を動かすシステムのチュートリアルキャラという感じもあり、また簡単に死なせるには惜しいキャラだった…という思いもありまして、本作では「主人公の片腕兼フォロー役」として活躍していただくことにしました(結果的に巡洋艦「すくね」は艦名の命名基準の説明がつかないこともあり、筆者二次創作では「なかったこと」にしてしまいました。ファンの皆様、お詫び申し上げます)。
今後は、少なくとも艦橋にいる幹部乗組員の設定をする必要があり、人物設定が終わっていないため少し時間がかかるかもしれません。いささかお時間を頂ければ幸いに思います。