敵機動部隊への奇襲のため先に出撃していた第三艦隊を除いた、地球防衛軍連合艦隊の各艦隊が配置について程なくの宇宙時間1305時、その第三艦隊から朗報がもたらされた。
『我が艦隊は敵機動部隊への奇襲攻撃に成功せり。敵空母の全滅を確認』
土方はもちろんだったろうが、堀田もこの報に接して安堵を禁じ得なかった。数において劣勢であることが確実であるこれからの艦隊決戦において、制空権を確保した上で砲撃戦に持ち込めるのは、波動砲という決戦兵器とショックカノンという強力な汎用兵器を有する地球防衛艦隊にとって望ましい状況だったからである。
もっとも、これで楽観できる状況なはずもなかった。言うまでもなく艦隊の規模は未だ敵の半分程度でしかないことは事実だし、更に第三艦隊からの報告がもたらされる5分前、白色彗星が太陽系に突入したという情報も届いていた。
『可能な限り速戦で敵艦隊を叩き、しかる後、白色彗星と雌雄を決する』
土方はそのつもりであったし、堀田もそれは理解していた。双方の艦隊前衛が接触するのは2100時頃と推測されていたが、数の劣勢を縮めるために、連合艦隊は最初にやっておくべきことがあった。
(土方さんには志に沿わないことを押し付けてしまったが、事ここに至っては……)
言い訳じみたことを、堀田は内心で思った。あくまで戦略予備とされている第五艦隊だから、しばらくは戦闘に参加する機会は訪れないはずである。ために当面は味方の戦いぶりを見届けるしかないわけだが、堀田は『数の劣勢を埋めるべく、連合艦隊が最初にするべきこと』が何か正確に理解しており、そして、それが土方の本来の志とは全く相容れないということを、自身が艦隊総司令官への就任を説得しただけあって誰よりも承知していたのだった。
そして2100時過ぎ、連合艦隊の一部突出した部隊が敵艦隊の前衛部隊を探知した。このとき、ガトランティス軍前衛艦隊の司令長官が恐らく面食らっているであろうことが、堀田には容易に想像できた。
連合艦隊の中で突出していた部隊、それは主力であるはずの第一艦隊だったからである。明確に主力であると示すものがあったかといえば微妙ではあるが、敵とて地球側の戦力はおよそ把握しているはずであり、そうなれば艦数からして、目の前に整列している敵艦隊が主力部隊であることは想定できたはずだ。まして、その部隊にはガトランティス軍にとって限りなく未知に近い新鋭の大型戦艦、すなわち『アンドロメダ』が含まれていたのだからなおさらである。
(第六艦隊がうまくやってくれればいいが……)
連合艦隊が『最初にするべきこと』とは、敵主力艦隊の前衛に、拡散波動砲による編隊一斉射撃を加えてこれを殲滅することであった。敵の前衛には高速艦が多く含まれていることが判明していたし、何より偵察艦隊の役割も果たすはずであろう前衛艦隊を開戦早々に潰してしまうのは、制空権奪取も含めて『敵の目を奪う』ことに繋がるから、確実にやっておきたいところだ。
とはいえ、最大射程での波動砲編隊射撃になるから、当然のこと弾着観測を第一艦隊が行えば、いくら拡散波動砲の効果範囲が広いとはいえ、正確な射撃と敵の殲滅は見込めない。そのため、パトロール艦など基地配備の警備部隊の艦艇で編成された第六艦隊がヒペリオン軌道から出撃、敵の探知範囲外を維持しつつ、第一艦隊に向けて弾着観測を行うことになっていた。
今は戦局を見つめるしかない堀田としては、いささかもどかしいところではあった。だがしばらくして、正面の第一艦隊から白銀の閃光が煌めいたのを確認したとき、彼は作戦の第一段階が成功したことを悟った。
谷が考案した『マルチ隊形』による拡散波動砲編隊一斉射撃。実戦において連合艦隊という大規模艦隊で行われたのはこれが最初だったが、第六艦隊の弾着観測も正確だったのだろう。敵の前衛艦隊は拡散波動砲の広範囲攻撃に飲み込まれ、瞬時にして宇宙の藻屑と消えたのである。
ガトランティス艦隊の総司令官、それが『バルゼー』という名であることを当然、地球側は知る由もなかったのだが、この前衛艦隊の壊滅を見て焦りを禁じ得なかったように見えた。麾下の艦隊の速度を上げて一気に地球艦隊の中央突破を狙ってきたのである。もちろん、敵も右翼、左翼にそれぞれ部隊を配しているから、地球側も両翼の第二、第四艦隊がこれに対応する。第一艦隊は再び波動砲へのエネルギー充填を開始し、敵本隊への射撃を試みているようだった。
だが、ここで地球側にとって齟齬が生じる。波動砲の弾着観測に当たるべき第六艦隊が敵艦隊に探知されてしまい、予想外なことに敵主力はこれに相当な兵力を割いて向けてきたのである。第六艦隊も奮戦したが、基地艦隊から抽出した警備艦隊によって編成された艦隊だっただけに、敵主力の一部にでも狙われれば支えられるはずもない。一時間と経たずに第六艦隊は壊滅、司令部も全滅し残った僅かな艦も散り散りになって逃走するしかなかった。
(これで弾着観測は出来なくなったが、土方さんはそれでも波動砲を撃つのか……?)
未だ、第五艦隊には何も指示が来ていないから、できることは何もない。動くとしても、命令を待つか戦局の変化を見極めて判断するかのどちらかである。
そう思った瞬間、しかし異変が起こった。
『アンドロメダ』の右翼を固めていた第一艦隊の戦艦『バーラム』が、いきなり爆沈したのである。最初は波動砲のチャージ中の事故か?と思ってしまうほど急激な爆沈だったため、これには堀田も驚いた。
「船務長、敵の攻撃か!?」
沢野に問うてみると、直前に敵旗艦に何かしらのエネルギー発射反応があったという。そのため堀田は火焔直撃砲を疑ったが、それなら発射直前に転送システムのエコーを探知できたはずである。波動砲チャージ中で最初の一撃は回避できなかったろうが、ここでチャージを中断すれば回避運動は可能になる。そこまで脅威に感じることはないはずだった。
だが、そこから堀田のみならず、地球防衛軍の全軍にとって驚くべき光景が目の前で展開される。第一艦隊の戦艦、巡洋艦の何隻かが、やはり火焔直撃砲と思われる一撃を受けて轟沈していったのである。この期に及んで土方が波動砲編隊射撃に固執するはずがないから、明らかにこの状況が不可解なことを悟るしかなかった。
改めて沢野に状況を確認しようとすると、彼女は何やら熱心にデータを収集しているように見えた。
「船務長、敵の攻撃に何か不自然な点はないか?」
「……それについて、現状わかっていることのみ報告させていただきます」
振り向いた沢野だったが、その表情は青ざめていた。
「敵の攻撃は、確かに火焔直撃砲と同じエネルギー組成でした。ですが、発射前に確認できるはずの転送システムのエコーが全く探知できません。それに、速射性能も向上していることが判明しました」
つまり、こちらにとっては未知となる新型の火焔直撃砲ということである。以前のそれより速射が可能で、しかも発射前のエコーが探知できなくなっていて、どこから火焔が現れるかわからなくなっている。これでは以前のような回避運動も不可能だから、手をこまねいていては第一艦隊の損害は膨れ上がるばかりだ。
そこへ、土方から通信が入った。
「堀田、どうやら新型の火焔直撃砲を搭載した艦が敵の旗艦らしい。しかも、その射程はこちらの拡散波動砲の倍はある。これでは波動砲戦は不可能だが、かといって接近戦に持ち込むまでに損害が蓄積すれば持ちこたえられまい」
「わかりました、第五艦隊はこれより前進して援護します」
「いや、お前はそこから動くな」
「えっ?」
「第一艦隊は、これより土星の輪を抜けてカッシーニの隙間に転進する。第五艦隊は第一艦隊の転進が終了次第、これと合流して戦線に参加してくれ」
「しかし、それでは……」
「大丈夫だ、策はある」
土方は、自信もなく「策がある」などと発言する人物でないことなど、堀田は当然のこと知り尽くしている。
「了解しました、第五艦隊はこのままカッシーニの隙間にて待機します。しかし、各戦線の状況に応じて対応しつつ、第一艦隊の転進の援護は行います」
「そのための代将だ、今後の艦隊運用はお前の判断に任せる」
「ありがとうございます。それと、こちらでやっておきたいことがあるのですが」
そして、堀田は土方にあることを進言する。それが了承されて通信が切れたところで、堀田は『薩摩』の艦載機格納庫への通信スイッチを繋いだ。
「早瀬飛行長、航空機の出撃準備はできているか?」
「できています、出撃ですか?」
『薩摩』を始めとするD級戦艦は、通常10機のコスモタイガーⅡの搭載が可能であったが、防衛軍全体で戦闘機および搭乗員が不足していたこともあり、今回の決戦にあたっても戦闘機は搭載されていない。ただ『薩摩』は第三戦艦戦隊旗艦になった際に複座型のコスモタイガーⅡが偵察機として1機だけ配備されており、飛行長、というより唯一のパイロットだったのだが、早瀬雄太一等空曹が偵察員の空士曹と共に送り込まれていた。
「ああ、すまないが増槽を含めて燃料満載で出撃してくれ。ただし、空戦は絶対に避けてくれ。敵旗艦を発見し、これに高エネルギーの発射反応があったら、これを直ちに全軍に通報するのが任務だ」
「たった1機でですか!? それはあまりに無茶では……」
「敵の空母は全滅しているから、艦載機に襲われる心配はない。だが仮に、敵艦載機を探知したらすぐ逃げてくれて構わない。君ら自身の生存を最優先にしつつ、何とか今言った任務を達成してもらえるとありがたいが」
「……わかりました、とにかくやってみます」
「頼む」
命令された早瀬としては、上官の命令であるから逆らいようもなかったのだが、それ以上に『薩摩』に配備されて以来の猛訓練ぶりから、堀田という艦長兼司令官代理が割とあっさりと無茶振りしてくること。そしてその無茶に対してちゃんと報いる道を知っていることを理解していたから、危険ではあるがやってみよう、という気にもなれたのだった。
偵察機を発進させてからおよそ1時間と少し、まだ第五艦隊は動いていない。第一艦隊の撤退を援護するという前提はあったが、転進した第一艦隊の前衛がようやく土星の輪の中に入ったばかりであるからここで動き出すのはまだ早い。ただ、敵旗艦を遠距離から捕捉、触接を開始した早瀬機の報告により、エコー探知ほどの正確さはなくとも敵旗艦の火焔直撃砲発射のタイミングはある程度全軍に通報できるようになったため、その命中率は当初よりいくらかだが下がったようには見受けられた。
しかし、それも現状では焼け石に水としか言えない。それに、両翼で敵艦隊と戦闘を継続している第二、第四艦隊、特に後者の戦況もまた思わしいと言い難い。どちらかが突破されて敵に迂回進撃を許せば、第一艦隊がカッシーニの隙間に到着する前に挟撃される危険があった。
そうこうしているうちに時間が経過していったが、そのうち、第四艦隊の戦列に明らかな乱れが生じたのを堀田は見て取った。後でわかったことだが、旗艦『ペトロパブロフスク』が大破して司令部要員に損害が生じたため、一時的に指揮系統が麻痺したのが原因だった。
ここで初めて、堀田は『代将として』独自の判断を下した。
「第六戦艦戦隊、第五巡洋艦戦隊、第十水雷戦隊は直ちに第四艦隊の援護に向かえ。指揮権は第六戦艦戦隊司令官に委ねる。残りの艦はこのまま待機せよ」
つまり第五艦隊の戦力のうち、1/3ほどを第四艦隊の援護に向けるということである。これは第一艦隊の支援に支障を来す可能性のある危険な決断だったが、堀田はあくまで『第四艦隊が突破されて敵に半包囲される』危険のほうが大きいと判断したのである。それを避けようとすれば、背に腹は代えられなかった。
また幾ばくかの時間が経過して、今度は第三艦隊から発進したと思われる航空隊が敵中央部隊への攻撃を開始する。しかし敵機動部隊を相手取って大きな損害を出していた第三艦隊の航空隊では、やはり戦局は動かせないように見受けられた。敵艦隊は相変わらず追撃の手を緩める様子を見せなかったが、何とか第一艦隊の各艦が土星の輪の中央部分まで入り込むだけの時間を稼ぐこと、そして敵艦隊にそのまま土星の輪の中へ追い込むような艦隊運動を誘発させることはできたようだった。
(恐らく、土方さんは待っているはずだ。敵が土星の輪の中に入り込むことを)
自分が気づいているくらいだから、土方が気づかないはずはないという信頼からの思いだった。とにかく、今は調子づいて追撃してくる敵艦隊、それも新型火焔直撃砲を搭載した旗艦を土星の輪の中に入れてしまう。それを実現した上で、第一艦隊と第五艦隊が合流、反転して逆撃を加えれば、両翼の第二、第四艦隊が未だ持ち堪えている現状なら戦況をひっくり返せる可能性があるのだ。土方が「策がある」と言ったのは、その『敵旗艦が土星の輪の中に侵入してすぐに出られない状況を作り出す』ことにあると堀田は確信しており、それこそが戦況を動かす一手になるであろうことも承知しているつもりであった。
しかし、その堀田の、そして恐らく土方の計算を狂わせかねない事態が生じる。敵の火焔直撃砲による攻撃は続いていたが、それとは別に、巡洋艦および駆逐艦で編成された敵艦隊の一部が、恐らく第一艦隊の頭を抑えるつもりなのだろう、旗艦より先に、第一艦隊の上方の宙域を狙って土星の輪へと突入してきたのである。
(いかん)
その高速艦隊の存在そのものが、土方の計画を狂わせる危険を堀田は察知した。そして、即座に命令を下す。
「第五艦隊、全艦に達する」
もちろん、第四艦隊に振り向けた部隊はこれに含まれない。
「これより、我が艦隊は前進して敵高速艦隊の頭を抑える。全艦、前へ!」
危険な賭けである。ただでさえ戦力の一部を第四艦隊援護に差し向けた数少ない戦力で、大型艦こそいない一部とはいえ敵主力艦隊に挑もうというのだから、あるいは無謀とも取れる行動だろう。しかし、ここで動かなければ僅かな勝機を失う恐れがある。堀田にとってそちらのほうが恐怖であり、ここで動くべきと判断するには十分すぎるほどの『危機』だった。
第三戦艦戦隊以外は練度に不安のある第五艦隊の地球所属の部隊と、盟友ではあるが他国であるガミラス艦隊の混成部隊ながら、このときは堀田の期待以上の動きを見せた。各艦、内心はともかく恐れを表に出さず堀田の指示に従い、土星の輪が途切れるぎりぎりまで前進して隊列を整えた。そしてその艦隊行動は、間一髪ながら敵高速部隊が土星の輪を抜けてくるのに先んじていた。
「全艦、砲撃準備!」
堀田の命令一下、敵高速部隊に対して第五艦隊各艦が一斉射撃の準備を整える。第一艦隊はまだ全てがカッシーニの隙間に到着していない。ここから反転して体勢を整えるにはまだ多少の時間がかかるはずだ。
地球人類の存亡を賭けた土星会戦、それは未だ勝敗を決する様相を見せるものではなかった。