堀田が、麾下の艦隊に第一艦隊の頭を抑えようとしている敵高速艦隊の前面に立ちはだかるよう命じたとき、彼の手元にある戦力は戦艦4、巡洋艦3、残りはガミラス軍の主に軽巡、駆逐艦で編成された28隻。総数35隻というのはそれなりの数ではあるが、これから交戦しようとする敵高速艦隊は探知の結果、60隻は下らないと判明した。いかにやむを得ない状況とはいえ、倍近い数の敵に練度に不安がある、しかも混成の艦隊をぶつけるのは無謀と言って差し支えなかったろう。
だが、この場面で苦しいのは敵も同じだった。会戦当初、高速艦で編成された前衛艦隊を拡散波動砲の一斉射撃で失ったガトランティス艦隊、特に中央部隊にとってこの高速艦隊は『第一艦隊の頭を抑えることができる最後の駒』でもあったのだ。
無論、それを堀田が知る由はなかったが、いずれにせよここで第一艦隊が敵に先んじられて敵本隊と挟撃されれば、一気に地球側の中央戦線が崩壊することに直結する。そうなれば右翼、左翼が各個撃破されるのは自然のことであり、地球艦隊に勝ち目はなくなることになる。
そこまで考えれば、敵になお大兵力が控えていようと、第五艦隊は第一艦隊を支援するために前に出るしかなかった。とにかく敵の高速部隊の足を止めて時間を稼げば、第一艦隊はその間に体勢を立て直して砲撃戦へと移行できる。そうすれば『新型火焔直撃砲を搭載した敵旗艦が土星の輪の中に居続ける』限り、その砲撃戦は地球側にとって優位に推移するはずなのである。
土星の輪は、その組成の大半が氷の破片によるものだった。敵旗艦がこの輪の中にいる限り、火焔直撃砲は使用することができないのだ。もしまかり間違って土星の輪の中で発砲などすれば、7万度と推定される超高温のブラスターを転送システムで送り込む火焔直撃砲の発射プロセスの関係上、火焔の転送を行う前に水蒸気爆発が発生することは必定だったからである。そうなれば火焔直撃砲自体が破損する可能性はもちろんのこと、それ以上の不測の事態を招く可能性すらある。敵とてそれは理解しているはずだが、第一艦隊が後退したからには追撃せねばならず、一気に土星の輪を抜けて再び火焔直撃砲による第一艦隊の殲滅を狙うのは当然の戦術だった。 土方はそこに付け込んだのである。敵旗艦を土星の輪の中に留めておき、その間に体勢を立て直してショックカノンによる砲撃戦に持ち込む。火焔直撃砲を除いた通常火力の撃ち合いなら地球側の現有戦力があれば十分に敵と渡り合える。だが、それも敵高速艦隊に先んじて頭を抑えられれば破綻する構想である。土方の狙いを理解していた堀田が、数に劣るのを承知で敵艦隊に仕掛けたのはそうした事情があったのだ。
と、言うだけなら簡単なことであるが、第五艦隊には苦戦が予想された。敵高速部隊に戦艦がいないのは幸いだが、倍以上の敵を相手にしなければならないことには変わりはない。しかも艦隊の主力たるガミラス艦隊は波動防壁を装備していないから、長期の足止めをするための防御力は持ち合わせていない。かといって、得意の機動戦に持ち込もうにも敵の数が多すぎる。
必然、地球艦7隻が艦隊の前面に立ち、ガミラス艦隊を防御しながらの戦闘を強いられることになる。そうなれば、当然のこと『足を止めての砲撃戦』という堀田の本分からかけ離れた戦闘を強いられるし、波動砲の発射も不可能である。敵旗艦の火焔直撃砲を間接的に封じている土星の輪を自ら吹き飛ばしては元も子もないからだ。
ともかく、戦闘は今にも始まろうとしている。敵の足を止めるため、堀田は地球艦7隻を半月型に並べ、これを前面に押し立てた。この7隻の波動防壁で、後方に分散配置したガミラス艦隊を守りつつ敵艦隊と交戦しようというのである。
砲撃戦が始まった。防御に長けたガトランティス艦とはいえ、巡洋艦や駆逐艦のそれは地球やガミラスのそれと比して秀でているわけではないし、波動防壁も有していない。ために巡洋艦クラスのショックカノンでもほぼ一撃で戦闘不能に追い込むことはできるのだが、何しろ数が違い過ぎる。後方のガミラス艦隊も奮戦していたが、彼らとて得意の機動戦を封じられて足止めされた状態で砲撃戦を行っているのだ。これでは、一気に敵に大打撃を与えるというわけにはいかない。
この時点で、第一艦隊が反転、砲撃戦に移行できるまで30分ほどかかると計算されていた。この時間を持ちこたえられなければ、ここで前に出て敵部隊の頭を抑えた意味がなくなる。いや、そうでなくても30分後という時間は、下手をすれば敵の旗艦……あの新型火焔直撃砲を搭載した新鋭艦が土星の輪を抜けてくるかもしれないタイミングでもあった。
「第一艦隊の状況はどうなっている?」
冷静な声で沢野に聞く堀田だったが、内心、もはや表面上の冷静さを保つのがやっとという状態だった。
「現在、カッシーニの隙間にて反転を開始しました。ですが、陣形を整えるまでにはやはり……」
「そうか」
状況に変化はない、ということである。いや、むしろ今は第五艦隊そのものの状況が悪化してきている。波動防壁による防御で被害は最小限に抑えられているとはいえ、このままでは敵高速部隊に半包囲される危険があったのだ。当然、ここで第五艦隊が崩れれば、第一艦隊に敵艦隊がなだれ込むのは言うを待たない。
(やむを得ない、か……)
ここで、堀田は苦渋の決断を下す。
「全艦、陣形を維持しつつ徐々に後退せよ。敵高速部隊を第一艦隊の射程内に引き込み、共同してこれを殲滅する」
このまま第五艦隊だけで交戦していては、敵高速部隊との戦闘に敗北するのは目に見えている。それなら、一時後退して敵部隊を第一艦隊の射程内に誘引、その一部……特に戦艦部隊を護衛している巡洋艦と宙雷戦隊を堀田は当てにしていたのだが、それらの火力支援を得て高速部隊を潰してしまうしかない。土方の判断に甘える、と言えばそれまでだが、今はそうする他に手段が見出せなかった。
だが『後退する』という決断すら生やさしいものではなかった。ここで一時的にでも艦隊を下げれば、敵高速部隊が一気に押し込んできて第五艦隊の戦列が崩される恐れがあるのだ。そうなれば、第一艦隊の隊列の再編が終わらないうちに敵旗艦が土星の輪を抜けてくる、という最悪の事態を招きかねない。それが堀田にもわかっているから苦しい判断だったのだが、今は恩師の戦況判断に託すしかない。土方には全幅の信頼を置いている堀田だが、これは間違いなく『賭け』だった。
後退を始めた第五艦隊に対して、案の定、敵高速部隊は攻勢を強めてきた。既に各艦の波動防壁も限界を迎えていたから、この攻撃で第六巡洋艦戦隊の『カルロ・アルベルト』が爆沈し、戦艦『コンテ・ディ・カヴール』も被害甚大で戦線を離脱、後に放棄、自沈という運命をたどることになる。ガミラス艦隊のほうも、やはり軽艦艇が多く防御力に難があったため、撃沈、損傷離脱艦がここにきて続出し始めた。
(判断を誤ったか……?)
一瞬、堀田の脳裏にそんな考えが浮かぶ。しかし、今さらそんなことを言っても意味がない。ここで一時後退を止めて再び敵高速部隊への攻勢を開始したが、既に半数近くに撃ち減らされていた第五艦隊に、これ以上の敵艦隊足止めは荷が重すぎた。
(かくなる上は、最後までここで踏みとどまって第一艦隊の再編を援護すべきだ。そのために我が艦隊がどうなろうとも……)
非情と言うべき決断を堀田が内心で固めたとき、ここで思わぬ救いの手が差し伸べられた。
第一艦隊に所属する第三水雷戦隊が、自らの陣形再編を完了するや、直ちに第五艦隊への援護へと回ったのである。堀田にとっては後に知ることなのだが、これは第三水雷戦隊司令官の独断による行動だったそうだ。
この第三水雷戦隊の来援は、敵高速部隊にとっても予想外だった。如何に第五艦隊より数で勝っていたとはいえ、ここまで彼らが出していた損害も許容範囲を超えようとしていたのである。それだけ第五艦隊の各艦が奮戦していたということだが、そこへ新手の高速部隊が突入してきたことにより、今度は敵高速部隊の戦線のほうが支えられなくなっていった。
「よし、全面攻勢に出る。全艦、突撃っ!」
そうなれば、宙雷の専門家である堀田にとって、ここが『突撃すべき機会』と理解するのに間は必要なかった。既に損傷艦も多かったが、第三水雷戦隊と共同して第五艦隊は敵艦隊に突撃を開始する。この絶妙なタイミングで行われた突撃によって敵高速部隊はたちまち陣形を崩され、散り散りになって遁走するに至った。
そして、この敵高速部隊の実質的な壊滅は、バルゼー提督率いるガトランティス艦隊本隊に重大な影響を与えた。地球艦隊主力の頭を抑えるための駒が完全に失われたことにより、数が少ないとはいえ正面に第五艦隊が控え、更に現状では火焔直撃砲の使用も不可能。この状況で突出しては地球艦隊主力と火焔直撃砲なしで激突することになる。
その危険性をバルゼーが悟ったとき、僅かにガトランティス主力部隊の足が鈍った。そして、彼らにとっての凶報が更に続く。地球側第二艦隊と交戦していたガトランティス左翼部隊が第二水雷戦隊の突破を許し、艦隊の最後方で待機していたミサイル戦艦群が第二水雷戦隊の接近雷撃戦を受け、自らのミサイルの誘爆によりたちまち全滅したのである。これにより左翼部隊の戦線が崩壊したことにより、バルゼー率いる本隊は第一、第二艦隊の挟撃を受ける可能性が生じた。これではなおのこと、迂闊に動くことは出来なくなってしまった。
もちろん、そうした状況の変化を見逃すような土方ではなかった。
「第一艦隊、戦列を整えて反転してきますっ!」
冷静な船務長である沢野が思わず大声を上げてしまう。隊列を整え、未だ土星の輪の中にある敵主力に対し、第一艦隊はその下方に回り込んで砲撃戦を開始しようとしていた。
(勝った……)
表情を変えず、堀田はそう思った。この状況で第一艦隊が敵主力艦隊に砲撃戦を挑み、更に第二艦隊もこれに加わるとなれば、数で劣っても性能、特に通常火力で勝る地球艦隊にとって優位な体勢を作ることができた。後は火焔直撃砲を封じたまま敵旗艦を沈めてしまえば、現在は苦戦している第四艦隊も形勢を十分に逆転できるはずだ。ここでようやく、地球側はこの土星沖での決戦に勝機を見出すことができたのだ。
しかし、そう思ってしまったことがあるいは油断だったのかもしれない。一息、堀田が深呼吸した直後、爆発が発生したかと思うと『薩摩』の船体が大きく振動した。
「被弾したか、被害報告を」
席から投げ出されそうになったのを何とかしのいだ堀田が問うが、もたらされた報告は信じられないほど悪いものだった。
「こちら中央コンピュータ室、菅井です。艦長、大変です!」
菅井らしからぬ真剣な声が、事態の深刻さを表しているように思われた。
「どうした?」
「今の被弾で、中央コンピュータの回線が多く破断したようです。主機関だけは何とか動きますが、武装その他の機能、殆ど全部やられてますぜ。至急の復旧はちょっと無理ですわ!」
「何だとっ!」
思わず聞き返してしまうが、そこへ副長の三木からの報告が入る。
「艦長、各部署より報告。主砲はじめ全武装、操舵システムすべてに重大な機能障害が発生しています。本艦は現在、戦闘能力を喪失しております」
冷静な声だったが、三木の顔は真っ青になっていた。無理もない。第五艦隊の旗艦である『薩摩』は敵高速部隊の残存戦力を追撃すべく先頭に立っていたのだ。しかも艦隊旗艦なのだ。それがいきなり戦闘力を完全に喪失したとなれば、今後の戦闘に悪影響を与えることは避けられない。
「そうか……通信システムは生きているか?」
「駄目です、受信だけは辛うじて可能ですが、発信は不可能です」
「わかった。ならば探照灯で『丹後』に連絡。『我、戦闘不能。これより艦隊の指揮権をそちらに移譲する』と発信してくれ」
「りょ、了解しました」
『丹後』艦長は第三戦艦戦隊の次席指揮官である。本来、艦隊を代将として率いているのは堀田だから、ここで彼だけでも『丹後』に移乗して艦隊の指揮を執るという考え方もあったろう。
だが、堀田の本来の職務はあくまで『薩摩』艦長であり、戦隊所属艦の最先任艦長だからこそいくつかの役職を兼務しているというだけである。その立場上『薩摩』を降りて他艦に移乗するわけにはいかないし、第一、混戦の最中で旗艦変更など行っている余裕はない。ここは『丹後』艦長に任せ、場合によっては土方の率いる第一艦隊と合流して今後の戦闘に参加すればよいはずだ。
(ここに来て、この戦艦の弱点が出るとはな……)
堀田は唇を噛んだ。艤装員長だった頃から、D級戦艦の中央コンピュータに依存したシステムに疑問がなかったわけではない。人員不足ゆえにやむを得ないと思っていたが、こうして戦闘中にこのような事態に遭遇してしまうと、たった一発の被弾で戦闘力を喪失してしまうという脆弱さに気づけなかったことを痛感せざるを得ないのである。
「航海長」
しかしそんな繰り言は口にせず、堀田は初島に声をかけた。
「スラスターの多くも動かないだろうが、操艦は可能か?」
「……困難ではありますが、戦場からの離脱は何とか。しかし全力発揮が出来ませんので、敵が追撃してきたらどうなるか」
「それは今は考えなくていい。ここにいては味方の邪魔になるだけだ。直ちに戦場から離脱してくれ。副長、本艦はいずれ修理が必要になるが、どこの基地に向かうのが良いと思う?」
「主戦場から離れているということから、木星ガニメデ基地が最適かと……しかし、今の本艦の状態でたどり着けるかは何とも」
「可能性があるならやってみるしかない。航海長、ガニメデ基地へ何とか向かってくれ」
「わ、わかりました」
こうして『薩摩』は会戦半ばにして戦場からの離脱を余儀なくされた。しかし、ことに堀田個人にとって辛く、悲しい出来事はこの後に控えていたのである。
旋回スラスターの大半が動かず、機関も全力発揮が不可能な『薩摩』の現状では、早急な戦場からの離脱はやはり難しかった。初島は苦しい状況下でよく操艦を続けていたが、やはり手負いの戦艦に目をつける敵はいたようで、7、8隻ほどの敵巡洋艦、駆逐艦が追撃を仕掛けてきた。彼らは先に第五艦隊に蹴散らされた高速部隊の所属艦だったから、その復讐という狙いもあったのだろう。
「戦術長、反撃は可能か?」
林に問うが、彼女からの返答は絶望的なものだった。
「……駄目です、主砲、ミサイル兵装その他、全ての火器が使用不可能です」
「わかった、ならば逃げるしかない。航海長、とにかく逃げられるだけ逃げるんだ。いざとなれば敵艦を引きつける囮となることも覚悟の上だ」
「は、はいっ!」
発揮可能な最大速力で逃げる『薩摩』だが、そもそも戦艦と巡洋艦、駆逐艦の機動力の差がある上に、全力で逃げることができない。たちまち射程内に追いつかれてしまった。
(くっ……)
もはやこれまでか、と堀田も覚悟するしかなかった。自分のことはいいとして、ここで『薩摩』の乗員たちを生かすためにどうすればいいかと思考だけは巡らしたが、何も思いつかなかった。
だが、ここで驚くべきことが起こった。『薩摩』にいよいよ砲撃を加えようとした敵巡洋艦が、突如として爆沈したのである。
「どうした、何が起こった?」
レーダーも使用不能になっていたから、堀田は最初、何が起こったかわからなかった。そこで双眼鏡で艦後方の状況を確認してみると、そこには4隻のガミラス艦の姿があった。
(ゲーア少佐!)
それが、僅かに残ったゲーア率いるガミラス艦隊の生き残りと悟るのに、さして時間はかからなかった。
「艦長、ゲーア少佐から通信です」
河西の報告を受け、上方のスクリーンに視線を移す。受信も不安定になっているのか、ゲーアの顔を認識するのも難しいものになっていた。
「堀田艦長、ここは我らが引き受ける。貴艦は直ちに戦場を離脱されたい」
「……」
堀田は黙ってしまった。『薩摩』は既に通信を発することができないから返信できないためだが、同時に、戦力規模が同じな巡洋艦と駆逐艦同士の戦闘になれば、数で劣るガミラス部隊に勝ち目がないことがすぐに理解できてしまったからである。
本当なら「自分たちに構わずすぐに逃げろ!」と叫びたかった。それすらできないこと、そしてスクリーン越しに虚ろにしか見えないゲーアの表情が、明らかに『死』を覚悟したそれにしか映らなかったことに忸怩たる思いがあったのだ。
「……貴方は、ここで死んではならぬお人だ」
堀田が何も伝える術を持たないことを知ってか知らずか、ゲーアは独白するように続けた。
「私が言うのは僭越だが、貴方はテロン、そして我がガミロンにとっても間違いなく、これからの戦いに必要な人だと私は思っている。貴方に助けられなかったら、私は海王星の戦いでとっくに命を失っていた。ここで貴方を生かすためにこの身を捨てるのも、惜しいことではない。それは私の部下たちも同じ気持ちでいる」
「……ゲーア少佐っ!」
絞り出すように声を出す堀田だったが、それが相手に伝わることはない。
「ガトランティスとの戦い、私はこれからが本番だと思っている。そのときのために、貴方は生きて戦い抜いてもらいたい。ここは我らが引き受けた。さあ、すぐにり……」
「受信機能に異常! 通信、間もなく切れますっ!」
河西が悲鳴のような声を出す。だが、その声はもう堀田には聞こえていなかった。
「……きみ……テロン……ガミロン……しゅくふ…あ、れ」
通信が切れた。『薩摩』を追撃していたガトランティス艦は、新手のガミラス艦に全てが向かっており、もはや『薩摩』は危機を脱していた。しかし、この後ゲーアたちガミラスの将兵たちがどうなったかなど、事実を目の当たりにしなくてもどうなるか想像できてしまう。
(……すまないっ!)
堀田はもちろん『薩摩』幹部乗組員の全員が一切声を発しなかった。それから10分ほどして三木が「本艦は戦場を離脱完了、安全圏に到達。これよりガニメデ基地に向かいます」と報告したが、その声すら堀田には聞こえていなかった。
ただ帽子を深く被り、握りこぶしを強く握って席に座る。そんな苦渋の表情を見せる堀田に誰も声をかけることは出来なかった。
だが、堀田にとって真の悲劇となる事態は、もう間もなくに迫っていたのだった。そしてゲーアが最後に言ったように、ガトランティスとの戦いはまさにこれからであり、それは未だ終わりを見せるものではなかった。
地球にとって『試練』と言うべき魔物が大口を開けて待っていることを、この時の堀田には知る由もないことであったのだった。