竣工し、公試運転を終えた『薩摩』は、当面は月面基地の練成艦隊に配属されることになった。いずれ後続の艦が完成すれば、A3型戦艦3隻で戦艦戦隊を構成することも既に決まっていた。
その戦艦戦隊の司令官であるが、これは本来宙将補のポストである。しかし現在の地球防衛軍はガミラス大戦でベテランの士官を多く失った影響で、上級士官、特に将官は極めて不足していた。その数少ない将官はたいていどこかしらの艦隊を指揮しているものであり、とても一個戦隊の指揮官に回す余裕などない。
「自分が戦艦戦隊司令官の代理を兼務、ですか」
『薩摩』が月面基地に配属されたその日、基地艦隊を率いる安田俊太郎宙将補の元へ挨拶に出向いた堀田は、まずそう告げられた。
この安田宙将補は堀田が砲雷長を務めていた頃の『キリシマ』艦長で、現在は防衛軍士官学校で校長を務めている山南修と同期であり、地球防衛軍においては艦隊航空戦術の専門家として知られる人物だった。また、堀田の初陣でもある『カ二号作戦』では、第二次火星沖会戦にて支援隊を率いて獅子奮迅の活躍を見せた、熟練の艦隊指揮官でもある。
「そうだ。『薩摩』と戦隊を組む艦の艦長は二佐が予定されているから、君が最先任の士官となる。『薩摩』のみならず、残る二艦の指揮も同時並行で行うことになると承知しておいてくれ」
「了解しました」
幸い、自分には三木という艦の指揮に関しては信頼できる副長がついている。実は駆逐隊司令代理の経験が一度しかなく戦隊指揮に熟練しているとは言い難い堀田ではあるが、そこは『薩摩』らの訓練と共に自分を鍛えていくよりないだろう。
一連の報告と命令が済んでから、安田が少し砕けた口調で声をかけてきた。
「そういえば、山南が言っていたのが君か。堀田君」
「はい?」
「『俺の艦(『キリシマ』のこと)に面白い砲雷長がいる』と聞いていた」
「は、はあ……」
いささか戸惑った返事を返した堀田だったが、それを見た安田はにやりと笑った。
「とにかく勉強熱心で研究心が旺盛、必要とあれば味方はおろか敵の模倣すらいとわない。生き残れればいずれ防衛軍にとって有用な人材になるだろうとも聞いたな」
「それは、買い被りではないかと……」
「いや『レコンキスタ』での君の奮戦を見ていて、山南の言っていることは間違いないと思った。君も慣れない戦艦の艦長という職務で苦労は多かろうが、きっと実力を発揮してくれると俺は期待しているよ」
「ありがとうございます、最善を尽くします」
その返事を聞いて、安田は少し表情を真剣なものへと変えた。
「ときに堀田君、君は航空戦術を研究したことはあるか?」
「いえ、専門的なことはまだ殆ど。偵察機による弾着観測など、基本的なことはある程度学んだつもりでいますが、実戦で有効に航空隊を生かすところまではまだまだかと……」
「素直だな、そうとわかっているならそれでいい」
安田が続ける。
「自分で言うのも何だが、俺はその方面では一家言あるつもりだ。幸い、今は基地航空隊や空母戦隊もこの月面基地で練成を行っている。今後、君が戦艦戦隊の指揮官、あるいは戦艦艦長として航空隊と共同して戦う気があるのなら、俺も多少は教えられることがあるかもしれんな」
「それは何よりです、是非学ばせて頂ければ私も幸いに思います。どうぞよろしくお願いします」
土方、水谷、沖田、山南と、これまで『師と仰ぐ』先輩士官たちを得てきた堀田であるが、どうやら安田もまたその列に加わることになったようである。
『薩摩』が月面基地に配属されてから程なく、共に戦隊を組むことになるA3型戦艦の8、9番艦『周防』『丹後』が配備されてきた。当面、この戦艦戦隊には『第28戦艦戦隊』という戦隊名が付与され、約三か月と設定された慣熟訓練が開始された。
「厳しくやるつもりだから、覚悟しておいてもらえるとありがたい」
面会一番『周防』『丹後』の艦長らにそう告げていた堀田だったが、その訓練の厳しさは月面基地でも評判になるほど常軌を逸していた。
とにかく波動砲を主兵装とするはずの……これはあくまで防衛軍中央の認識であるが、その戦艦で構成される戦隊であるにも関わらず、運動戦の演習がこれでもかと続いたのである。波動砲発射の演習ですら、一隻、あるいは二隻が波動砲発射の体勢に入ったら残りの艦はこれを援護するという、他の隊では重視されないことも重点的に行っていた。また、訓練の過程で巡洋艦戦隊や宙雷戦隊との共同演習が繰り返され、ひたすら『足を止めて撃ち合うことを考えるな』という堀田の戦術思想が色濃く反映された訓練が続いていたのである。
当然、階級の上下を問わず、他の戦艦乗員に比べて第28戦艦戦隊の人員に対する負担は大きくなった。当初はこれに不満を漏らす者も少なからずいたが、最上級の指揮官である堀田が自ら睡眠時間を削って演習を指揮し、終わればすぐその成果と課題を整理して次の訓練に備えている……などという熱心さを見せつけられ、また堀田の『休ませるときはきちんと休ませる』という姿勢が徐々に浸透したこともあって、そうした不満の声は程なく聞こえなくなった。
この間、堀田自身は自らの戦隊指揮官としての未熟を自覚しつつ『薩摩』単艦の指揮は時に三木に任せつつも、可能な限り『薩摩』乗員と信頼関係の構築に勤しんだ。幹部乗員はともかく、それ以外の若い乗員たちは堀田をよく知らないものも多かったから、今のうちにと思ったのである。後に「『薩摩』とはすなわち堀田一家である」などと評されるようになるが、それはこの時の彼の努力によるところが大きかったようだ。
また、安田に師事して本格的な航空戦も学びだした堀田は、自分が研究してきた宙雷襲撃との共通点や相違点、あるいは相互補完が可能な部分などを興味深く見るようになっていた。
(宙雷襲撃は常に大損害というリスクがあるが、航空隊との共同作戦でそれを緩和できる可能性はないものかな?)
この思考もまた、後の堀田にとって大きな財産となるのだが、今はまだ先の話であった。
厳しい訓練の日々にも、ときには休日というものがある。そんなある日、堀田は月面に建設された『遊星爆弾症候群』の治療を行うサナトリウムに、とある一家を訪ねていた。
「教官、すみません。お忙しいときに」
「加藤君。来たくて来ているのだから、気にしなくていいよ」
出迎えたのは、防衛軍の航空隊でもトップエースとして知られる加藤三郎二尉だった。航空隊と宙雷科ということでそれほど深い関係があるわけでもなかったが、堀田が士官学校宙雷科の新米教官だったころからの顔見知りである。もっとも、より深い縁があるのはその夫人のほうであった。
「真琴さんと翼君の様子はどうだい?」
「真琴はいいですが、翼は……」
「そうか……」
加藤の顔には生気がない。それだけで『翼』と呼ばれた加藤の息子の容態がよくないことを示していた。
「会えないようなら帰るが、どうかな?」
「いえ、会っていってください。二人とも喜びますから」
「それはありがたい」
翼のベッドに案内されると、加藤の妻の真琴が椅子に座り、翼が寝息を立ててベッドに横たわっていた。
「堀田一佐、来てくださったんですか」
「ああ、今日は訓練が休みなので。翼君とお話できるとよかったんですが……」
「申し訳ありません」
「いや、いいですよ」
加藤真琴。旧姓原田だが、彼女は元ヤマトのメディックで、同じくメディックだった堀田の元婚約者である高室奈波の後輩である。
真琴と会うと、堀田はどうしても嫌なことを思い出してしまうのだった。
(誰が悪いわけでもない、などということは先刻承知なのだがな……)
実は、奈波が遊星爆弾によって犠牲となったその日、彼女の行った現場に行くはずだったのは真琴だったのである。たまたま真琴が風邪をひいて代わりに奈波が出かけた結果が今の現実だった。奈波の葬式の時、真琴は「私のせいでっ……!」と泣きじゃくっていた。
無論、堀田に真琴を責める気持ちはいかほどもなかった。
「あなたのせいではない。もし奈波さんのことが気にかかるなら、こんなご時世であるけれど、あなたが幸せになればいい。それが奈波さんへの何よりの供養になると思ってほしい」
そう声をかけたのが、昨日のことのように思い出される。そして真琴が加藤と結ばれ子ができたことは嬉しかったし、だがその翼が病魔に侵されていると知った時の絶望感はひとしおだった。
そんなこともあって、月面基地に配属されてからの堀田は、時折このサナトリウムに顔を出して、加藤一家を極力励ましてきたのである。今では翼からもすっかりなつかれていたのだった。
この日はあいにく翼が寝ていたので、堀田は真琴と世間話を始めた。
「どんな難病でも、人間はいつか克服してきた。翼君もきっと元気になると、私は信じていますよ」
「……ありがとうございます」
知り合った頃に比べると目に見えて痩せた真琴と、最後にこんな会話を交わす。彼女は堀田を見送りに来たのだが、加藤は翼のところについていてこの場にはいなかった。
「……堀田一佐、私」
「はい?」
「最近、サブちゃん……いえ、夫がいつか遠いところに行くような気がしているんです」
「えっ?」
驚くべき言葉である。そしてこのとき、堀田はいつ頃からか……確か先日、第八浮遊大陸宙域で地球・ガミラス連合軍とガトランティス軍が戦闘を交えた直後と記憶しているが、その頃から流れてくる『噂』を思い出していた。
それに曰く『元ヤマト乗組員たちに何か不穏な動きがある』。
どうしてそのような事態になるのか、堀田には見当がつかなかった。政治に無関心であるがゆえに、彼には中央への情報網などといったパイプがない。高石にそれとなく訪ねたこともあったが、これといった返事は受けられなかった。
「もし、夫に何かあったら……」
真琴が静かに言う。それは、殆ど独り言に近いように堀田は思えた。
「一佐は……いえ、堀田さんは夫のすることを理解してくれるでしょうか?」
「……私は軍人だから、その立場から逸脱することは許されません。だけど」
堀田もまた、静かに答える。
「加藤君もあなたも、翼君も、みんな私の好きな加藤家の人たちだ。私という個人においては、決して悪いようにはしません。それはお約束します」
「……ありがとうございます。つまらないことを言ってしまって、申し訳ありません」
「いえ、気にせずに。では、これで」
そう言って真琴と別れた堀田だったが、帰り道の途中で考え込んでいた。
(ヤマトの元乗組員たちに不穏な動き……そうだな、進君なら今の状況に不満もあろうし、彼なら間違いなくヤマト乗員たちを引っ張っていく力がある。この場合は悪い意味になってしまうが……)
古代進、ヤマト元戦術長。
彼の兄である守は堀田にとって、士官学校における幹部候補生教育課程の後輩であった。同じ戦術科に配属されていたことから親しくしていたこともあって、その弟である進ともその少年時代から交流があり、進が士官学校に入校してからは教官として戦術の基礎を教えた間柄でもある。
そして何より、もし『メ号作戦』で堀田が負傷していなかったら、進が座っている席には堀田が座っていたはずだったのである。
(私が進君の立場だったら、あるいは……)
暴発しない、とは言い切れない。堀田は自分の理性にそこまで自信がなかったし、何かきっかけがあれば、漠然とながら忌々しさを感じずにいられない現状に立ち向かう行動を起こすのも、確かに考えられることだ。
もちろん、今はどういう形でヤマト元乗組員たちが動いているかなど知る由もないが、その彼ら彼女らを引っ張っていくだけの統率力を進は間違いなく持っている。元々、一見すると大人しい性格だが秘めた情熱と軍人としての才能を高く評価していただけに、そしてそれがイスカンダルへのヤマトの航海で証明されているだけに、堀田は急に不安を禁じ得なくなっていた。
(進君、焦るなよ……)
そう祈るしかないが、何が起こっているかすらわからない身としては、できることなどあるはずもないのだ。深刻な疑念を感じながらも、今は『薩摩』艦長として自分の責務を果たすことしか考えようのない堀田であった。
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