その日『薩摩』は月面基地にて出撃準備を整えている途中だった。

 といっても、戦場に赴くための準備ではなかった。先日、ガミラス軍海王星基地駐屯艦隊から『地球防衛軍の一個戦艦戦隊と共同で演習を行いたい』との申し出があり、これを受けた防衛軍は、間もなく慣熟訓練を終える予定であった第28戦艦戦隊を差し向けることに決定したのである。
 だが、今回の訓練には『薩摩』のみが参加することとなっていた。先日の訓練中『丹後』と『周防』が接触事故を起こしてしまい、現在は両艦ともドックにて修理中だったからだ。

 「月面基地艦隊以外のガミラス軍との演習は、初めてですね」

 艦橋で言う三木の言葉に、艦長席に座った堀田もうなずく。

 「そうだな。聞くところでは、海王星艦隊は数こそ少ないが指揮官はなかなかに出来ると評判があるようだ。『薩摩』だけになってしまうのは残念だが、いい経験になるだろう」
 「艦長は、ガミラスの戦い方もかなり研究されたと聞きますが、どう思われます?」
 「やはり機動戦という点ではあちらに一日の長がある。波動機関を装備した艦に熟練していることもあるし、こちらは先の戦役で宙雷科の士官が壊滅しているからね……」

 その中に自分の先輩や同僚、後輩それに教え子が何人いたことか。今更ガミラスを恨もうとも思わないが、堀田もどうしても感傷的にはなってしまう。

 「だからこそ、学ばなければならない。同盟軍とはいえ、そうそう戦場で後れを取るわけにはいかないから」
 「そうですね」

 そう三木が言い終わった瞬間だった。

 「何だ?」

 突然、月基地全体に警報が鳴り響いた。明らかに異変を知らせるそれは、先日、地球の大気圏内まで突入してきた敵カラクルム級戦艦のことを思い出させた。

 「通信長、敵襲かどうか基地本部に問い合わせてくれ」

 堀田が河西にそう声をかけたが、河西はどうやらどこかと通信中のようだった。そしてそれが終わったと見るや、穏やかで比較的冷静な通信長の顔は明らかに青ざめていた。

 「か、艦長! 防衛軍本部より、き、緊急電です」
 「敵襲か? それとも事故か?」
 「いえ、違います。『これより『薩摩』は直ちに月基地を出撃。木星軌道上にて訓練中の『アンドロメダ』と合流せよ』とのことです」
 「何だって?」

 先に声を上げたのは三木だった。堀田はまだ表情を崩さない。静かに河西に問う。

 「通信長、本部は理由を言ってきたか?」
 「は、はい。それが……」
 「早く言いなさい」
 「はっ……『叛乱艦『ヤマト』を追撃せよ』とのことです」

 聞いて、堀田と三木は顔を見合わせていた。

 「か、艦長……どういうことでしょうか?」
 「……」

 三木もまた青ざめていたが、堀田はこのとき、先日自分が抱いた疑念がとうとう現実になってしまったことに強い悔恨の念を抱いていた。

 (また後手に回った。また、何もできなかったのか……)

 いつもそうだ。自分は実戦部隊にいるから、確かに広い視野に立って何かをするということは難しい。しかし、今度のことは全く予想できなかったことでもなかった。対応はできなかったのかという自責を禁じ得なかったが、今はそのような繰り言を口にしている余裕はない。

 「艦長、防衛軍本部が返信を求めていますが……」

 河西の言葉に、堀田は手のひらを前に出して「少し待ってくれ」という意思表示を示した。

 (さて、こうなった以上私はどうするべきなのだろうか……)

 仮にも地球を救った英雄たちが、今度は叛逆者の汚名を着ようとしている。それだけでも尋常なことではないが、堀田真司という人間にとって、今の防衛軍首脳とヤマト乗組員たち、どちらを信じるべきなのか? その一点だけを考えれば、およそ結論を出すにはそう時間はかからなかった。

 艦長室のコントロールパネルから、堀田は機関室への音声マイクのスイッチを入れた。

 「……出撃は不可能だ」
 「えっ?」
 「本艦『薩摩』は訓練航海への出撃準備中、機関部に破損を発見した。修理におよそ一日はかかる。突貫工事を行うが、即時の出撃は不可能である。防衛軍本部にはそう返事をしてくれ」
 「で、ですが……」

 それが嘘だと承知している河西は戸惑ったが、堀田の表情をしばらくまじまじと見つめるや、黙って口を開いた。

 「……了解しました。こちら『薩摩』。本艦は現在、機関部に発見された破損を修復中。出撃まで一日程度を要する。繰り返す……」

 河西の声を聞きながら、堀田は今度は三木を見やる。こちらも納得したような表情を見せていた。

 「やはり、守さんの弟さんは止められませんか」
 「だろうね。そして、今度の行動にはきっと何か重大な理由がある。私は進君たちヤマト乗組員らの判断を信じることにしたい」
 「個人的な思い入れからですか? それは」
 「全くないとは言わない。だが、多分そのほうが地球のためにもなると信じている」
 「わかりました。副長として、艦長がそのお覚悟なら何も申し上げることはありません」

 直後、機関室から来島の声が聞こえてきた。

 「艦長、機関破損って何のことです? それに……」
 「詳しい話は後だ、機関長。とにかく本艦の機関は『破損して』いるんだ。一日やるから、じっくりと修理にかかってくれ」
 「……へいへい、じゃ、取っかかるとしますか」
 「頼む」

 言い終わるや、堀田は三木に「しばらくここを頼むよ」と告げ、いったん自室へ引き取った。


 それから一時間ほど経っただろうか、何やら自室で物思いにふけっていた堀田は、艦長室に戦術長の林を呼んだ。

 「戦術長、今回の訓練航海に必要な物資が増えたのでね。ここに一覧を作っておいたから、主計長と相談して早速の積み込み頼む」
 「は、はい……」

 人の口に戸は立てられぬ、というが、林をはじめ『薩摩』乗員たちのすべてに、もう『ヤマト叛乱』という噂は流れていた。
 堀田から受け取った必要物資が網羅された紙を見て、林は明らかに愕然としていた。

 「こ、これは……これでは本艦は、ヤマトの叛乱に加担することになるのではないでしょうか?」
 「ヤマトが叛乱? 誰がそんなことを言ったんだい?」
 「艦長!」

 冗談では済まない。防衛軍からはもう『ヤマトを追撃せよ』という命令が下っているのだ。その命令を嘘をついてまで従わず、しかも自分が手にした紙に書いてある物資まで積み込むなど、林にはもはや正気の沙汰とは思えなかった。
 困惑している彼女に、堀田は静かに言った。

 「戦術長、私はこの艦の命名式のときに言っている。『最後に艦の責任を取るのは私だ』と。申し訳ないが、今回は命令違背を許すことはできない。もし私が罰せられたとしても、君たち『薩摩』乗員の他の誰一人として、累が及ばないようにする。今は私を信じてもらえないだろうか」
 「……」

 林は沈黙し、迷いの表情を見せる。しかし、それも長いものにはならなかった。今の防衛軍で、自分のこの上官以上に信じられる士官がいるのか? いないのである。

 「……わかりました。ご命令、直ちに実行いたします」
 「ありがとう」
 「しかし、もしこの基地の司令部から何か言ってきましたら……?」
 「私の命令だと言っておけばいい。ついでに『これからの任務に必要だから』と付け加えておけば、恐らく文句は出ないだろうよ。出たら、私がごり押しするから任せておきなさい」

 了解しました、と答えて下がる林の背中を見つつ、堀田は内心で考えていた。

 (安田さんなら、気づいても私の邪魔はしないだろうな)

 邪魔をする気なら『薩摩』が出撃命令を不可とした時点で、陸戦隊が乗り込んできて自分の艦の指揮権を奪うくらいの手が打たれているはずだ。堀田は決して、安田俊太郎という提督の人格と力量を見誤ってはいなかったのである。

 「アンドロメダが、ヤマトの追跡を開始したそうです」

 艦橋に戻ると、三木からそう報告を受ける。「そうか」とだけ答えると、堀田は艦長席に座ってまた考え始める。

 (進君、後は土方さんを納得させることができるかどうかだ……それ次第ではあるが)

 それが難問であることなど、もちろん百も承知であった。


 数時間ほどして、堀田はある二尉の訪問を受けた。想像通り、と言うべき来訪だった。

 「何かあったか、加藤君」

 やってきたのは、加藤三郎二尉だった。

 「はっ、非常に手前勝手なお願いではありますが……」
 「その前に、こちらから聞こう」

 加藤の言葉を遮り、続けた。

 「真琴さんは……君の細君は、何と言って君を送り出した?」
 「は?」
 「何と言って君を送り出したのか、と聞いている」

 このときの堀田の目には、まるで容赦がなかった。

 「『格好いい父ちゃんでいてよ。翼のために、そして……私のために』と」
 「……」

 一瞬、考え込む。それから、堀田は静かに口を開いた。

 「そうか、それならいい」
 「えっ?」
 「君が何を頼みに来たのかは、わかっている。『ヤマトに連れていけ』だろう?」
 「……」

 完璧に見透かされていて、加藤は返す言葉がなかった。

 「細君が止めるのを振り切ってきたのなら、私は君を無理やりにでもこの艦から降ろすつもりだったが、そういうことならそれでいい。君の頼み、引き受けることにするよ」
 「きょ、教官っ!」
 「ただし」

 堀田は、更に真剣さを増した表情を見せた。

 「生きて帰ってこい。そして、格好いい父ちゃんの姿を翼君に見せてやれ。それが細君だけではない、私との約束でもあると心得ておいてくれ」
 「はいっ!」
 「で、だ。君が乗る飛行機だが……どうする?」
 「あっ……」

 どうやら、そこまでは頭が回っていなかったらしい。今更、艦載機でヤマトを追いかけても途中で燃料が尽きてしまう。だから『薩摩』に連れて行ってほしいと要望に来た加藤だったが、身一つで行ったところで働きようがない。

 「それについては……」

 表情を変えず、堀田は言った。

 「これから、この艦の格納庫を見ておいてくれ。それで納得したら、ヤマトで存分に働いてくるといい」
 「……?」
 「ヤマトがなぜ発進したか、いろいろ聞きたいことはある。だが、それは本艦が出撃してからにするとしよう。さあ、格納庫を確認したら、君は密航者なんだ。主計長に言って仮の部屋を用意してもらいなさい」

 訝しさを残したまま、加藤は敬礼して艦長室を出る。だが格納庫に行ってみると、そこに自分が使っていたコスモタイガーⅡを見出して、驚愕と共に堀田に深く感謝するのであった。

 「艦長」

 一人の密航者を乗艦させてから数時間後、林が堀田の元へ報告にやってきた。

 「九八式48cm砲用の三式融合弾24発、本艦弾薬庫に収納いたしました」

 九八式48cm砲は、ヤマトに主砲として搭載された艦砲である。『薩摩』は41cm砲搭載艦であり、そしてこの月面基地には現在、九八式48cm砲を搭載した艦は配備されていなかった。

 「ありがとう、手間をとらせたね」
 「いえ……艦長」
 「何だい?」
 「この贈り物、生きるといいですね」
 「……そうだな」

 このヤマト主砲用と言うべき三式融合弾、そして加藤が月面基地で訓練に使っていたコスモタイガーⅡ、いずれも堀田が林に命じて『薩摩』に搭載させたものだった。出撃を一日引き延ばしてヤマトへの追撃に参加せず、これらの『贈り物』を準備した上でワープ航法によってヤマトを追いかける。
 それが、堀田の最初からの考えであった。自分が罰せられることを覚悟した上で、ヤマト乗組員たちの判断に彼は賭けたのである。ヤマトは決して間違っていない、と。

 (まあ、個人的な思い入れというだけのことではあるのだろうがな……)

 自分もやはり、現実の見えない夢見がちな船乗りなのだろう。そんな自嘲めいた心境になる堀田だったが、いよいよ『薩摩』出撃まで一時間となった翌日、再び防衛軍から全軍に緊急電が届いた。

 「司令部より、太陽系全域の地球艦隊に達する。ヤマトの追跡を中止せよ。ヤマトに対する叛乱の嫌疑は晴れた。繰り返す……」

 まずはよし。土方さんや藤堂長官を納得させられたらしい。もちろん何の力がそうさせたかなど堀田には見当もつかなかったが、彼としては自分の部下たちも叛乱の巻き添えにしなくて済んだことを安堵するしかないという心境であった。


 月面基地を出撃した『薩摩』は太陽系内では殆どの艦が行わないワープ航法を用い、半日後、土星空域を少し過ぎたところでヤマトに追いついた。

 「ヤマト、発見しました」

 船務長の沢野から報告されると、堀田は言った。

 「ヤマトの様子はどうだ? こちらを探知した気配は?」
 「その様子はありませんが……それが何か?」

 沢野の答えを聞くや、今度は林にいつも通りの静かな声をかけた。

 「戦術長。一番砲塔、射撃用意」
 「ええっ!」

 林はもちろん、艦橋にいる全員が驚いた。ヤマトへの嫌疑が晴れたというのに、ここで攻撃してどうするというのだ。だが、堀田は薄笑いすら浮かべているような表情を見せていた。

 「こちらに気づいてないということは、叛乱の嫌疑が晴れて彼らも安心し切っているのだろう。それで油断するようでは先が思いやられる。ここで一発、喝を入れてやるとしよう」
 「で、ですが……」
 「慌てるな戦術長、もちろんエネルギー量を最小まで絞った上での威嚇射撃だ。それでヤマトがどう反応するか、見物しようじゃないか」

 でなければ、今までのこちらの苦労が報われないのだ。多少のいたずら心はあるにせよ、教え子たちが多く乗艦するヤマトにはそれくらいの指導はしてやらねばなるまい。

 「わかりました。主砲一番、発射用意……準備完了!」
 「テーッ!」

 堀田の命令一下『薩摩』から発射されたエネルギー弾はヤマトの艦橋上を通り過ぎていく。その直後、スクリーンに映るヤマトはもう三番砲塔と二番副砲でこちらへの反撃の構えを見せていた。

 「さすがに歴戦の艦、油断はないようだ」

 内心嬉しい堀田だったが、まともに撃ち返されてはたまらないので、すぐ河西に通信を送るように命じるのだった。
 ヤマトから通信が入る。『薩摩』艦橋のスクリーンに映し出されたのは古代の顔だった。

 「……堀田艦長、悪戯が過ぎます」

 渋い顔をする古代である。

 「いや、油断していたら先が思いやられると思ってね……ところで、今のヤマトは君が指揮官か?」
 「はい、自分が艦長代理を務めています」
 「わかった。そちらの飛行隊長である加藤二尉と、月面基地に保管してあった三式融合弾を届けに来た。こちらも任務があってあまり時間がない。すぐに引き渡したいので接舷を許可されたい」
 「了解、感謝いたします」

 古代が敬礼するや、スクリーンからその顔が消える。そして『薩摩』は加藤機を発進させ、それからヤマトに接舷して弾薬庫に搭載した三式融合弾の移送を開始したのだった。



 その作業中、堀田はヤマト艦橋背面にある展望室で古代と話をすることにした。もちろん加藤からもある程度話を聞いているが、今回の計画の『首謀者』たる古代から、より詳しい話を聞く必要があった。

 「今回は思い切ったことをしたものだが、いったい何があったんだ? まさか理由もなしに君たちが叛乱覚悟で出撃するとも思えないが」
 「……申し訳ありません、教官にはご心配をおかけしました」
 「それはいいから、今は理由だけ教えてくれないか」
 「はい」

 古代の口から発せられた『理由』とは、ある程度わかっていたとはいえ驚くべきものだった。

 まず、第八浮遊大陸でのガトランティスとの戦いの直後、元ヤマト乗員たちだけが見た、死んでいった近しい人たちの『幻』。そして、それを彼ら彼女らに見せた女性『テレサ』の存在。
 そのテレサに導かれた者は、あるべき未来に従って成すべきを成さねばならない。これはガミラスの地球大使であるバレルから情報を得たのだというが、ガトランティスがこのテレサを狙っているということ。それが地球やガミラスのみならず、宇宙にとって脅威になるということ。

 (あるべき未来を成す、か……)

 それは、恐らく今の地球と違ったもののはずだ。堀田にもそんな想いが芽生えていたのは間違いなかった。

 「……それで、ヤマトはそのテレサという人を助けに行くと?」
 「はい、自分は沖田艦長から『ヤマトに乗れ』と言われました。それは助けを求めている人、それが例えどんな遠い宇宙にいようとも、ヤマトは行かなければならないということだと。自分を含めて、今この艦に乗っているクルーたち全てがその想いでいます」
 「……」

 やはり、古代も自分も、船乗りはみんな同じだ。夢見がちで、時に現実から足が離れる。しかし、そうした『希望にすがり、見出す心』がなければヤマトの航海は成功しなかった。地球の未来はなかったのである。だが、そのヤマトが持ち帰ったはずの『未来』は、間違いなく歪み始めている。堀田とてその自覚はある。ただ、自分には古代と違って行動を起こすための勇気と知識を欠いていた。それだけのことなのだろう。

 「不確かな話ではあるね、正直な感想としては」
 「……」
 「だが、止めはしない。今だから言えるが、もっと半端な覚悟と理由だったら、叛乱の嫌疑が晴れたというだけでは君たちを行かせるつもりはなかった。しかし」

 手すりに手をかけて、堀田は宇宙を眺めていた。

 「叛乱者の汚名を受けるところまで腹をくくったのなら、教官として、あるいは上官として。そして……」
 「……」

 振り返り、古代の左肩にそっと手を乗せる。

 「後輩の弟だ、快く送り出してやらないとな」
 「……堀田さん!」
 「私の手土産は、無駄にはならなかったらしい。後は、一つだけ約束してくれ」

 堀田の目は、これまでになく真剣だった。

 「君には艦長代理としての器がある。それは私が教官として保証する。後は、必ず生きて帰ってこい。そして君がそうと思っている、今のろくでもない未来を叩き壊せ。私もこれからの戦いを生き抜いて、君たちのために力を惜しむつもりはない」
 「はいっ、お約束します」
 「それを聞けて、今は満足だ。航海の無事を祈る」

 堀田がそう締めくくり、互いに敬礼を交わす二人であった。


 ヤマトへの物資移送が完了し、接舷状態を解く。『貴艦ノ航海ノ無事ヲ祈ル』と発光信号でヤマトに送信するや、堀田は命じた。

 「これより、ガミラス艦隊との共同訓練を行うべく、海王星に向かう。『薩摩』発進!」

 この命令が、これから始まる『薩摩』の戦いの引き金を引くことに繋がろうとは、もちろん堀田以下『薩摩』乗員たちにとっては想像だにしないことであった。