タイタンでの修理を終えて、月面基地に帰還した『薩摩』は、これまた接触事故による損傷の修理を終えた『周防』『丹後』と共に再び戦隊を編成した。なお、ヤマト発進時に堀田が行った独断行動に関しては、そもそも発端であるヤマトの発進が『当初から命令されたものだった』という形で処理されたためか咎められることもなく、上官たる安田からも何も言われずに終わった。
(まあ正直なところ、こういう個人的な綱渡りに部下を付き合わせるのは感心できないな。今後は戒めることにしよう)
内心でそう思い、再び訓練に次ぐ訓練の日々に戻った堀田だったが、それからさして間を置かないある日のこと、安田に呼び出されてその執務室を訪れていた。
「我が戦隊を第一外周艦隊に、ですか」
「そうだ。いよいよガトランティスとの本格的な戦闘が開始されると土方長官も見ているようだ。そこで、現在の月面基地艦隊の戦艦戦隊で最も練成が進んでいる第28戦艦戦隊を前線に送りたい、と命令が下った」
第一外周艦隊は天王星基地を根拠地とした、太陽系防衛における最前線を担う艦隊である。ただ『薩摩』が海王星宙域にてガトランティス軍の小規模艦隊と交戦した際は演習中で、その援護に間に合っていなかった。
この『前線にあってなお、援護が間に合わなかった』というのは大問題であったが、同時に現在の地球防衛艦隊の苦しい現状を示している事態でもあった。第一線に配備されている艦隊が、その根拠地周辺で訓練を繰り返さなければならないほど、乗員の練成が進んでいなかったのである。それ以前に乗員の数が揃わず苦しいやりくりが続いている地球防衛軍であるが、質的な問題まで抱えているとなれば、当然のこと今後のガトランティスとの戦いは苦戦を免れまい。
「何より、君の戦隊は『薩摩』のみとはいえ実戦も経験した。それに俺の目から見ても、君の部隊の練成が一番進んでいるのは指揮官たる君の手腕によるところが大きいと思っている。それを前線部隊である第一外周艦隊で生かしてもらいたいのだが」
「はい……」
褒められているのはわかるが、それはあくまで自分の手の内に入れた一個戦艦戦隊での話である。これから新しい任地に配属されれば、当然のこと周囲には面識の浅い、あるいはない相手のほうが多いのだ。そこであまり腕を振るってしまうと、嫉妬を買ったりして全軍の和を乱しかねない。堀田は他人の評価をそう気にする性格でもなかったのだが、そういう内輪のもめ事に関しては軍にとって致命傷になりかねないという意味において、決して鈍感ではなかった。
それに堀田にとって、配属先が第一外周艦隊というのも、一つの問題となるのだった。
「……そういえば、君は谷さんとは仕事をしたことがあったか?」
「いいえ」
谷鋼三宙将補。現在の第一外周艦隊の司令長官であり、決して多くない現在の地球防衛軍の宙将補の中でも最年長の提督である。『思索生知』を座右の銘とする合理主義者として知られた人物で、その意味で言うなら、同じく合理的思考の強い堀田と相性が悪いとは考えにくい。だが、実は別の問題があった。
谷は、堀田が反対した波動砲艦隊の推進派であり、かつその実行者として知られる人物でもあった。例えば波動砲を艦隊単位で発射するための陣形を『マルチ隊形』を呼ぶのだが、これを考案、命名したのも谷であるように、徹底した波動砲戦の研究家というのが衆目の一致するところである。そんなところに、波動砲艦隊に強く反発した自分が行って大丈夫なのか? 堀田としては谷のことを詳しくは知らないという事情もあり、全く不安がないと言えば嘘になってしまうのだ。
しかし、安田としてはそのあたりの堀田の心理について、どうやらお見通しのようであるらしかった。
「堀田君、君は上官を少し安く見過ぎているように見えるが?」
「……」
「谷さんは、君が波動砲艦隊に反対したからと言って、それで君を冷遇するような人ではない。俺はあの人と一緒に仕事をしたことが何度もあるが、有能で、公正な指揮官だと保証できる」
「はい」
「だから、安心して君の腕を振るって来い。何なら『波動砲を使わない』君の戦いを存分に見せてくればいい。そして、君は君の知らない波動砲を有効利用した戦い方を学べばいい。多くを学ぼうとする者に対して、谷さんは無碍な扱いをする人ではないからな」
「わかりました、肝に銘じます」
そう言って敬礼し、退出した。もちろん不安すべてを払拭できたわけではないが、ともあれ今度の任地は最前線なのだ。余計なことを考えている余裕などあるはずもないから、まずは自分の役割に集中しよう。そう思い直す堀田であった。
そして、第28戦艦戦隊は数日のうちに月基地を出港、天王星基地へと向かった。なお、前線部隊への異動に伴って『薩摩』を旗艦とするこの戦艦戦隊は名称がが変更され、以後は『第3戦艦戦隊』として活動することとなった。
天王星基地に到着してすぐ、堀田は谷に面会した。
「君が堀田真司一佐か。海王星での君の奮戦は聞いている。我々の援軍が間に合わなかったこと、申し訳なく思う」
「恐縮です」
まずは丁寧と言うべき、谷の対応だった。
「ところで、君は波動砲艦隊に反対だと聞いているが、今でもそう考えているかな?」
「……実際に波動砲を用いて思いましたが、過去のことはさておき、現状ガトランティスから地球を守るために、あの力は必要だと痛感しました。ですが」
「うん?」
「あの力がいつか使われずに済む世界が来ることを、私は望まずにはいられません」
あえて思うところを隠さず述べたが、谷は表情を変えず、むしろ考え込むような様子を見せてから口を開いた。
「……私が言うと信じてもらえないかもしれんが」
「?」
「私としても、あの波動砲というものの恐ろしさは、私なりにだが理解しているつもりだ。あれは、確かに使わずに済めばそれに越したことはないと私も考えている。だが、今の地球の状況はそれを許さないとも思う」
「……」
堀田は表情を消して黙っていたが、波動砲艦隊推進派の谷からこのような言葉を聞くとは、正直なところ考えてもみなかった。何より、波動砲の恐ろしさを知った上でなお使わざるを得ないと判断したのは、結局のところ自分も同じなのである。その『恐怖』を理解しているだけ、この指揮官もまた信頼に足る人物と見てよいように思えたのだった。
「安田君から聞いたが……」
谷が話題を変えた。
「君は、戦艦戦隊の司令官代理にしては珍しく、運動戦による戦艦の運用を研究していたようだな」
「はい。確かに波動砲や大口径ショックカノンの威力は絶大ですが、常にそれが使用できるとは限りません。私が宙雷を専攻していたということもありますが、使える手は幅広く持っておくのがよいと考えましたので」
「なるほど、理にかなっているな」
谷が、わずかに感心したような表情を見せた。
「正直、私がそう仕向けておきながら言うのはおかしいが……今の防衛艦隊の若い士官は波動砲に傾斜した者が少なくない。そのために、波動砲が使えなくなった時点で思考が停止するものさえ出る始末なのだよ」
「それは……」
大問題ではないですか、と言いたくなったが、ここで谷に批判めいたことを言っても意味はない。
「あえて言ってしまうが、君をここに呼んだのは安田君の推薦があったからだ」
「安田提督の?」
「私が『波動砲に頼らないで戦える士官はいないか?』と問うたら、君を紹介された。申し訳ないが、いささか履歴も調べさせてもらった。もちろん、私は波動砲戦の専門家としてその威力は大いに生かしたいと考えているが、同時に『それ以外のことができる士官』もまた欲しているつもりだ」
「……」
「これもまた『思索生知』と思うのだよ。君はこの艦隊で波動砲戦や通常の戦艦による戦いを学び、私やこの艦隊の士官は君からそれ以外の戦いを学ぶ。そうして皆が強くなれば、地球と人類を守り抜くこともできると私は信じている。君がここで存分に力量を振るうこと、期待させてもらおう」
「承知しました、全力を尽くします」
政治的な立場は、確かに異とした相手である。だが、谷もまた信頼に値する艦隊指揮官だと、今のやり取りで理解した堀田であった。
「第3戦艦戦隊には『鬼』がいる」
そんな評判が第一外周艦隊の内部で広がるのに、そう時間はかからなかった。
谷から暗黙の了解を得たこともあり、堀田は月面基地以来の自分のやり方を一切変えずに、第一外周艦隊での任務に就いていた。それは当然のこと、波動砲戦や遠距離砲戦に終始したこれまでの第一外周艦隊の演習とは全く異なる、艦隊あるいは個艦の連続機動による運動戦に重点を置くものだった。
当初、この第3戦艦戦隊の運動戦についていける戦艦戦隊はほぼ皆無であり、新たに配備された新型巡洋艦を有する戦隊ですら、追従できた部隊のほうが少ないという有様だった。これは練度の低さも問題だったが、波動砲艦隊に賛意を示さなかった士官の多くを後方勤務に追いやったこと、ガミラス大戦で機動戦を得意とするはずの宙雷士官の多くが命を落としていたことも原因ではあった。
しかし、この現状は堀田を嘆かせるというより、焦燥感を与えるには十分すぎるものだった。
(同じような戦いを同じようにするだけで、最終的に敵に勝てると思うのか?)
このようになった原因の多くを防衛軍首脳部に求めることができるから、実際に現場の士官たちを叱りつけても意味はない。だが、放置しておけば本当に波動砲とショックカノンによる遠距離戦しか対応できない艦隊が出来上がってしまう。その前に自分がここに来れたのは幸いだったと思うしかないのだ。
そうなれば、堀田は一佐として実はこの第一外周艦隊の中で最先任だったこともあり、積極的に艦隊訓練の方法に関して意見具申を行った。全てが取り上げられたわけではなかったが、谷が一定の理解を示したこともあり、堀田はこの時期の第一外周艦隊の訓練課程の殆どを管理していたと伝わっている。それゆえに、またその訓練の厳しさ激しさあればこそ、堀田は「第3戦艦戦隊の『鬼』」などと呼ばれるようになったのである。
しかし、当然のことその厳しさは、堀田自身と彼の率いる第3戦艦戦隊にも向けられたものだった。彼は他の艦に運動戦中心の訓練を強いつつ、自らとその部隊には、これまで自分の不慣れから不十分だった波動砲戦の訓練を積極的に行っていた。そこで堀田が新たに発見したことも数多く、また練成不十分とはいえこの時期の地球防衛軍にあって『主力艦隊』と言うべき第一外周艦隊に身を置いていたことも幸いして、この頃の堀田が組み上げた訓練プログラムは自身のみならず、これ以降の地球防衛軍の将兵育成に大いに貢献する材料となるのである。もっとも、この時点ではそれはまだ未来のことではあったのだが。
そうして訓練に明け暮れる日々を送っていた時期の堀田に、というより地球防衛軍に対してある知らせが届いた。
『ヤマト、テレザート星の解放に成功せり』
また、これに付随してもたらされたヤマトからの情報により、ガトランティス軍による大規模な地球侵攻作戦が開始されることが判明した。これに伴い、地球防衛軍の各艦隊は第一級戦闘配備に入り、来るべき決戦に備えることとなった。
「いよいよですね、艦長」
三木に言われて、しかし堀田は即答できなかった。先日、土方との会話であったように、地球防衛軍が『バランスの取れた艦隊』を手にしているとは言い切れない現状、襲来が予想されるガトランティス軍の大艦隊に対応するだけの力が自分たちにあるのか。自信があるとはとても言い切れなかったのである。
黙ってしまった堀田に、その内心を理解したのか三木が言った。
「艦長、今は土方さんはじめ、諸先輩と将兵たちを信じましょう。それに、この第一外周艦隊……地球の主力艦隊は貴方が鍛えたようなものではありませんか。それを疑ってどうするのです」
「……そうだな、すまなかった」
詫びて、思考を切り替える。確かに戦力的には不安が大きい。だが、太陽系内で戦うなら地の利と補給線の短さ、何より『地球と人類を守り抜くための防衛戦争』ということで将兵たちの士気も高い。今はそれらの要素を信じて戦うしかない。否応なくそういう時期に来たのだと、堀田は理解したのだった。
それから、数日が経過する。その日、土方から第一外周艦隊……否、地球防衛艦隊の全てを激震させる命令がもたらされた。
「太陽系第一、第二外周艦隊は1宇宙時間以内に合流、直ちに土星基地へと集結せよ」
後に『人類の運命を賭した一大艦隊決戦』として歴史にその名を残す『土星会戦』は、もう間もなくへと迫っていた。
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