土方からの「全艦隊、土星基地へと集結せよ」という命令が、第一外周艦隊……否、地球防衛軍の全艦隊に激震をもたらしたのは当然と言えたろう。本来、地球防衛軍の基本戦略は『敵艦隊の太陽系への襲来に際しては、太陽系各地に配備した艦隊の連続投入によって漸減作戦を行う』ことであり、当初から全艦隊を一カ所に集結させての迎撃は、基本的には考慮されていなかったからである。しかも、土星以遠の基地を放棄してまで、その基地に配備されている艦艇をも集結させるとなると、もはや防衛軍の戦略を完全に覆す、独断専行としか言えない命令だった。

 ただ、土方との付き合いが長いせいか、堀田個人としては少なくともこの命令に違和感を感じてはいなかった。

 (土方さんが考えなしにこんな命令を出すはずもない。ということは、襲来する敵艦隊の規模が防衛軍首脳部の想定を大幅に上回っている、そんなところだろうな)

 とはいえ、この命令に現在の上官である谷が従わなければどうしようもない。そこがいささか不安ではあったが、谷としても土方の命令に思うところがあったのか、すぐその指示に従い、第二外周艦隊との合流を麾下の全艦艇に命令したのだった。
 そして、第二外周艦隊との合流を終えた直後、太陽系へと向かっているガトランティス艦隊の規模が伝わってきた。それによると、現状確認できる艦艇だけでも500隻近くに達する大艦隊である、ということであった。

 (それほどの艦隊がやってくるとは……そうであれば、全軍を集結して立ち向かうより他にないな)

 何しろ、現在太陽系にいる外周、内周艦隊および各惑星基地配備の艦艇をかき集めても、やっと200隻に達する程度である。そこへ太陽系に駐屯するガミラス軍太陽系方面軍の艦隊を加えたとしても、敵に対してその兵力は半分にしかならない。そこに来て当初の漸減作戦にこだわっていては、地球防衛艦隊は各個撃破の対象となって壊滅するしかなかったろう。土方の決断は、下した時期も含めて最適だったと堀田は判断するに至った。

 (だが、苦しい戦いになるぞ)

 現状を鑑みれば、艦隊集結それ自体は何とか間に合うと判断できる。だが、それでも地球防衛軍の連合艦隊はこれから倍の数を誇る敵艦隊と交戦することになる。
 しかも、その敵艦隊はガトランティス軍の主力部隊ではない。いや、艦隊という機動戦力としては主力なのかもしれないが、白色彗星を有するガトランティス軍の本隊がそれに後続しているのだ。味方に倍する『前衛艦隊』の後に控える白色彗星……これから始まろうとしている戦いが『人類の存亡を賭けたものになる』と、堀田のみならず現状を知った将兵たちはおのずと覚悟を強いられたはずである。

 (だが、今は目の前の敵艦隊を叩くしか方法がない)

 堀田はそう割り切った。割り切るしかないのである。どのみち、前衛と言うべき敵の大艦隊に敗北すれば、その艦隊の攻撃によって地球は焦土と化し、人類は滅亡に追い込まれるしかないのだ。白色彗星が控えているということを理由に土方の戦略に異を唱えた防衛軍首脳もいたと聞くが、そのような先のことを考える余裕など、実際にはあろうはずもなかった。

 土星に到着する直前、堀田は『薩摩』以下の第三戦艦戦隊に所属する乗員に、指揮官として短い訓示を行った。

 「これから、我々地球防衛艦隊には苦しい戦いの連続になる。本戦隊もその一翼として奮闘しなければならないが、自分たちに求められるのは『勝ち続けること』となる。その覚悟を以て、諸氏の全力を尽くしてもらいたい」


 土星基地に到着してみると、既に土星以内から集まってきた外周、内周艦隊や基地に配備されていた艦艇の集結が始まっていて、タイタンの鎮守府には糸が張り詰めたような緊張感が漂っていた。確かに地球防衛艦隊の全戦力が集結すれば壮観な眺めになるだろうが、それに浸っている余裕など、少なくとも堀田にはあろうはずもなかっただろう。
 そして土星に到着したその日、堀田は個人的にも無視できない情報に接することになった。

 『十一番惑星に駐屯する第十一、第十六艦隊が敵ガトランティス艦隊と交戦、これを撃滅せり』

 第十一、第十六の両艦隊は、土方からの艦隊集結命令を受け取る直前に、主力とは別と思われるガトランティス艦隊を捕捉していたため、土星基地へは向かわずこの敵艦隊の迎撃にあたっていた。この艦隊は恐らく陽動部隊と思われたが、それでも100隻は軽く超すほどの規模を誇っていたというから、敵の戦力の底が知れたものではない。
 ただ、この会戦で総指揮を執ったのは、第十一艦隊を率いる堀田の同期である高石範義だったのは、堀田にとっては喜ばしいことだった。親友が生き残ってくれたこともさることながら、第十一、第十六の両艦隊は恐らく土星での決戦にこそ間に合わないだろうが、逆にこれを予備兵力と考えれば敵艦隊を挟撃できる可能性も生じる。まずはよしとすべき結果であった。


 そして5月6日、タイタン鎮守府で連合艦隊にとって最後となる作戦会議が行われた。ここでの会議で主な議論の的となったのは、敵艦隊がどのような進路で土星宙域に侵入してくるか、ということであった。
 土方の指示により、各地から集結した艦艇は連合艦隊として六個艦隊に再編されていた。そして土方からこの会議で示された連合艦隊の陣形は、明らかに『敵艦隊は正面突破を狙ってくる』ことを前提にして組まれたものだった。

 「この陣形では、側面を突かれた場合に対処できないのではないか?」

 幾人かの提督、艦長がその不安を指摘したが、土方は断言した。

 「敵は、必ず正面から来る」

 この断定的過ぎる発言は多くを驚かせたが、土方はいつもの口数の少なさからは想像しにくい勢いで自らの戦略を披露した。敵は数において、そして個艦の性能でこちらに優越しているという、ある種の『驕り』があるはずだ。その敵が数で劣る敵を前に小細工などするはずがない。必ず正面からこちらを叩き潰しに来る。それは、現状多いとは言えないが集めることができた偵察情報で判明した敵艦隊の兵力配備から見ても間違いない。
 一通り、土方が語り終えたとき、敵が側面から来たらどう対応するかと不安に思う者はいなくなっていた。それだけ土方の言葉には説得力と、そしてそれ以上に迫力があった。『鬼竜』とはよく言ったものだと、堀田は恩師の言葉を聞きながら内心で納得していたのだった。

 この会議が終わった直後、最終的な艦隊の配置が通達された。そのとき、堀田は自分に対する意外な命令に驚くことになる。

 『堀田真司一佐を代将待遇とし、第五艦隊の司令長官代理とする』

 第五艦隊は、土星本星のカッシーニの隙間に配置されることとなっていた、今回の会戦では『予備兵力』と位置付けられた艦隊である。本来は第一艦隊に所属するはずの、まだ竣工から日が浅く乗員の練成が不十分とされた艦で編成されたいくつかの戦隊に、ガミラス軍太陽系方面艦隊を加えた50隻の混成艦隊で、正直なところ、地球側の所属部隊は曲がりなりにも第一外周艦隊で猛訓練を積んでいた第三戦艦戦隊に比べると『大人と子供ほど』には練度の差があった。
 一方でガミラス艦隊は、太陽系という外地に派遣されてきた艦隊だからそれなりに練度は期待できたが、機動力にこそ優れるものの軽巡洋艦と駆逐艦が大半を占める編成であり、ガトランティス軍が保有する大型艦相手には正直なところ質量共に不安はある。こうなると、海王星沖で『薩摩』が経験した戦いでの損害が惜しまれてしまうところだった。

 そんな、戦力としては大きく期待できそうもない艦隊を預けるのに、防衛軍にとって数少ない将官を充てるのは難しいと言わざるを得なかった。そうなると、この第五艦隊で階級としては最上位にいる堀田が代将として艦隊を率いるのはやむを得ない。自分などには荷が重い、などという泣き言は、堀田自身も言っている場合ではないし土方も許してくれないだろう。黙ってお前の責任を果たせ、という土方の無形の言葉を、ただ受け入れるしかなかったのである。


 第五艦隊がタイタン鎮守府を出撃する直前、堀田は『薩摩』でガミラス太陽系方面艦隊の指揮官の訪問を受ける。だが、その相手はもう見知った相手だった。

 「堀田一佐、お久しぶりです」
 「ゲーア少佐! あなたがガミラス艦隊の指揮官だったか」

 先の海王星沖での戦闘で、結果的に堀田が『命を救う』形になったゲーアが、今はガミラス大使であるバレルの指示でガミラス太陽系駐屯艦隊の全軍を率いているという。

 「あなたがガミラス艦隊を率いているとは心強い。予備戦力扱いということで申し訳ないが、機会が訪れれば存分に戦っていただきたい」
 「お心遣い、感謝いたします。小官も先日の海王星でのご恩、お返ししたく思っております」

 お互い、その力量と人格には信頼を置いているのだから、ことに堀田としては心強い限りだった。もっとも、実は堀田がガミラス艦隊を含む第五艦隊の代将に任じられた理由の一つが、ゲーアが「我らは地球艦隊の指揮下で戦うことに異存はないが、それならば是非堀田一佐の麾下で戦いたい」と土方に強く希望したからでもあったのだ。もちろん、堀田自身はそのことを知る由もなかったが。

 「先日の海王星での戦いは、あなたに命を助けられた。私の麾下にはそのとき命を永らえたものもおりますから、皆、そのときのご恩をお返ししようと張り切っております」
 「……いや、あのときは我が軍の不備もありましたから。それに、味方を見捨てる戦いは地球防衛軍にはないものです。そのことはもう気になさらず」
 「いえ、ガミロン軍人として一度受けた恩を返さずにいるのは恥というもの。僅かな戦力ではありますが、我が艦隊の総力を挙げてこの戦いに望む覚悟でいます」
 「……」

 表情だけは穏やかさを装ったが、堀田は二の句が継げなかった。確かに決戦を前に高揚しているということもあろうが、ゲーアの『覚悟』が妙な気負いなように感じられたのだ。海王星のときも彼は独断で敵艦隊の迎撃に出たのだが、それは蛮勇というより『自分たちが何とかしなければ』という責任感の発露だろうと堀田は思っていたから、自分に示したこの強い覚悟が悪いほうに向かなければいいのだが……と考えるしかなかったのだ。

 (それをうまく抑えて、無駄死にに追い込まないことも私の仕事、ということになるだろうな……)

 ゲーアに「あなた方の奮戦に期待しております」と、社交辞令的に声をかけて見送ることになった堀田は、内心でそう思いつつも言い知れぬ不安感を拭いされずにいた。そして、悲しいかなこの不安は現実のものになってしまうのである。


 そして、ついに連合艦隊全艦に出撃命令が下る。実は半日ほど前、堀田の上官だったこともある安田俊太郎宙将補が率いる第三艦隊(空母機動部隊)がヤマトと共に出撃していたのだが、これは敵主力艦隊の後方に『いると思われる』敵空母部隊への奇襲を企図した艦隊であった。空母の数が違い過ぎるから、まともな航空戦になれば制空権は必ず敵に明け渡すことになる。敵の所在が不特定という意味で賭けではあるが、制空権喪失を防ぐために航空先制攻撃を仕掛けるというのも、至極まっとうな戦略だと堀田は考えたのだった。

 (自分も、土方さん始め諸先輩のようにまっとうに艦隊を率いられるのかどうか……)

 カッシーニの隙間への移動中、内心でそう考える。これまで堀田が率いてきた最大級の兵力は一個戦隊がいいところで、今の第五艦隊より規模が小さい分艦隊の指揮を執った経験すらない。それが予備兵力とはいえ、代将として決して規模の小さくない50隻の艦隊を率いろというのである。しかも同盟国であるガミラスの艦隊まで預けられたというのは、本音を言えば土方に「正気ですか?」と詰め寄りたいくらいだった。
 しかし、仮に詰め寄る機会があったとしても、土方が取り合ってくれる見込みもなかった。ある『薩摩』乗り組みの士官が小耳に挟んだという話をたまたま聞いたところによると、実際、堀田に代将として第五艦隊を率いさせることには反対意見も多かったようだ。その方がむしろ当然だから堀田としては腹を立てようもないのだが、土方はその意見に全く耳を貸そうとしなかったのだという。

 (『試され続ける』ということはどこまでも変わらない、か)

 思えば、士官学校最上級生のときに知己を得てから、土方は常に自分に重すぎる課題を与え、それに応えることを要求してくる。今まで何とかしてこれたからこそ今の自分の立場があると堀田も頭では理解しているが、楽はさせてもらえないな、と時折思う。もっとも、自分とて土方に連合艦隊司令長官という今の立場を押し付けたのだから、人のことを言えた義理もないのだが。
 しかし、いきなり一個艦隊を預けてくるという今回の課題は、失敗することが絶対に許されない。まず多くの将兵の命を預かっているということはもちろん、これから戦われる会戦は文字通り人類の命運がかかっている。そこで一個艦隊が戦力にならないという事態を招けば、味方の敗北に繋がることは必至だ。これまでの自分に与えられた責任とは重さが明らかに違うことを、堀田は自分なりにだが理解しているつもりだった。

 そして、理解しているからこそ、その責任から逃げるつもりもない。今後、ガトランティス帝国との戦いがどのように進み、いつまで続くか想像もつかない。しかし、誰が相手でも勝ち続けるしか道はない。そうでなければ、地球と人類には滅びの道が待っているだけだ。

 「第五艦隊、全艦配置につきました」

 報告を受けて、堀田は立ち上がって檄を飛ばす。

 「さて、苦しい戦いになるだろうが、勝って地球と人類を守り抜こう。各員、全力を尽くしてくれ!」

 土星会戦、その『本戦』と言うべき艦隊同士の激突が、間もなく始まろうとしていた。