地球防衛軍艦艇史とヤマト外伝戦記(宇宙戦艦ヤマト二次創作)

アニメ「宇宙戦艦ヤマト」(旧作、リメイクは問いません)に登場する艦艇および艦隊戦に関する二次創作を行うために作成したブログです。色々と書き込んでおりますが、楽しんで頂ければ幸いに思います。

カテゴリ: ヤマト外伝小説

 安全圏に離脱した『薩摩』は、不安定な主機を騙し騙し動かしながら木星ガニメデ基地へと向かっていたが、その途中、思いもよらない事態に遭遇した。

 「早瀬機、帰還しました。着艦の許可を求めていますっ!」

 報告に、堀田は驚いた。戦場を離脱する際、敵旗艦を偵察するために出撃させた早瀬機には艦載機用の小型無線を用いて『本艦は戦闘不能、戦場を離脱するので着艦は他艦もしくは土星鎮守府へ行うように』と指示を出していたのだが、何故か許容範囲を超える飛行時間を費やしてまで『薩摩』を追いかけてきたのである。

 早瀬機を着艦させてから、堀田ら主だった乗員は格納庫でこれを出迎える。疲労の極に達していたのだろう、早瀬は立ち上がれない様子であったし、後方銃座の偵察員に至っては意識を失っているようだった。

 「早瀬君、無理をさせてすまなかった。しかし、何故本艦を追いかけてきたのか?」

 堀田が聞くと、早瀬は息も絶え絶えに答えた。

 「……どうしても、艦長に報告せねばならないことがありまして。私の口からよりも、これを」

 偵察機用の映像媒体のユニットを堀田に手渡すと、早瀬はそこで気絶してしまう。堀田は偵察員共々彼らを病室へと運ぶように命じた後、その媒体の内容を幹部乗組員全員で確認することにした。


 「何てことだ……」

 映し出された映像を見終えた『薩摩』幹部乗組員たちは、言葉を失った。

 確かに、地球防衛軍連合艦隊は敵艦隊を全滅させた。白色彗星のガス体を、拡散波動砲の一斉射撃で取り払うことにも成功した。
 しかし、そのガス体が消えたところから現れたのは、ガトランティス帝国の本拠と思われる都市要塞だった。そして、その猛攻によって連合艦隊は壊滅。タイタン鎮守府の地上施設も破壊され、果たして戦場から離脱できた味方艦艇がどれだけいるか、いや、そもそもそのような艦が存在するのかすらわからない状況だった。

 何より『薩摩』幹部乗員、そして堀田に衝撃を与えたのは、総旗艦『アンドロメダ』の最後だった。

 『アンドロメダ』は敵都市要塞に砲撃を繰り返していたが、艦橋への被弾により恐らく操舵不能になったのだろう、そのまま都市要塞の外縁に激突して爆発、沈没したのである。映像を見る限り、脱出した乗員は一人もいなかった。

 「かん……」

 三木が言いかけて、しかし黙ってしまった。堀田にとって『アンドロメダ』に座乗していた土方司令長官がどういう存在か、彼のみならず『薩摩』乗員で知らないものはいない。その土方の壮絶な最期に言葉を失ってしまった堀田に対して、誰かが何か声をかけることなど、できるはずもなかったのである。

 「……大丈夫だ」

 堀田が呟くように言ったが、何が大丈夫なのか、本人にすらわかっていなかった。

 「副長、本艦は予定通りガニメデ基地へ向かってくれ。本艦が沈んでいない限り、まだ戦いが終わったわけではない。今は連絡を取ることができないが、離脱した味方艦や第十一、第十六艦隊も残っているだろう。とにかく、今は本艦を戦える状態に戻すことだ」
 「りょ、了解しました」
 「頼む。……二十分だけ、時間を貰いたい。その間の指揮は任せる」

 そう命じて自室に引き取った堀田だったが、泣かなかった。泣けるわけがない。地球と人類の運命はこれからの自分たちの戦いにかかっているのだ。今、涙など見せたらあの世の土方に会わせる顔などない。
 だが、それでも忸怩たる思いを消すことは出来ないのである。土方を連合艦隊司令長官にしたのは、間違いなく自分なのだから。

 (私は、恩師を死に追いやってしまったのか……)

 軍人である以上、こういうことが起こらないと限らないのは事実である。しかし、後悔がないと言えば嘘になるのも確かなのだ。
 だが、ここで心を折るわけにはいかないのだ。堀田はこの時、映像に紛れていた土方の最後の通信を思い出していた。

 「生きているなら……最後まで、戦え。そして、未来を……掴め」

 それは、自分に向けられた言葉でもあるような気がする。少なくとも堀田はそう思っていたのである。


 ガニメデ基地へ何とか到着した『薩摩』だったが、艦の主要部である中枢コンピュータが大きく破損してしまっていたため、修理には相応の時間が必要とされた。
 堀田は修理の指示を出しつつ艦内を一通り見て回ったが、乗員たちの士気は一見すると高いように見受けられる。まだ諦めていない、それが本心からであることも事実だろうが、同時に別のことも感じ取っていた。

 (無理もないことだが……恐怖で腰が引けてしまっている)

 『薩摩』乗員が表に出さないその雰囲気を、堀田は敏感に感じ取っていた。既に連合艦隊が壊滅したことは乗員たち全員に知らせてあったから、ここで『薩摩』一隻が復旧できたところで何ができるのか? 恐らく、乗員たちはそれが疑問なのであろう。無理からぬことではあったが。

 ところが、修理を開始してから数時間後、再び思わぬ事態が生じることになる。

 「か、艦長っ!」

 艦橋にいた堀田のところへ、艦外で作業していた乗員が駆け込んできた。

 「どうした、何かあったか?」
 「は、はい。外を、すぐに外を見てくださいっ!」

 言われて堀田が外を見てみると、そこには見慣れた、そして今の状況においてはこれ以上なく心強い艦の姿があった。

 「ヤマト……無事だったのか!」

 後に聞くこととなる話だが、ヤマトは土星会戦の中途にワープアウトしてきた白色彗星の衝撃波で艦の各部に大損害を受け『薩摩』と同様に戦場を離脱していた。ガニメデ基地に比較的近い宙域に吹き飛ばされたのが幸いして、こうして修理のため基地にたどり着くことができたのだという。

 (ヤマトが無事なら、まだ戦って勝つ見込みはある)

 量産艦である『薩摩』ならともかく、ヤマトはイスカンダルへの航海でただ一隻でガミラスの妨害を振り払った武勲艦だ。それと共に戦えるのであれば、少なくとも『薩摩』一隻で戦うより遥かに勝算は高く見積もれるはずだ。そして、内心で腰が引けている乗員たちにとっても大きな勇気となるに違いない。
 ともかく、ヤマトは今後どうするつもりなのか、それを確かめなければならない。既に地球防衛艦隊の指揮系統は壊滅しており、むやみに地球へ通信を送るのが危険である以上、誰に指示を仰げる状況でもないからだ。

 まずはヤマト乗組員たちの意志を確かめようと、堀田は一人でヤマトを訪れた。

 「堀田艦長! ご無事でしたか」

 出迎えた古代がそう言ってくれた。しかし、古代にとっても土方は恩師である。その死が堪えていないはずはない。

 「……ああ、生き残ってしまったよ。だが、だからこそまだ諦めるわけにはいかない」
 「はい、自分も同じ想いです」
 「艦内を見せてもらったが、さすがにイスカンダル帰りの乗員たちだ。誰も諦めている様子はなかったし、うちの若い乗員たちのように腰が引けた様子もない。正直、心強いよ」
 「先程、乗員たちを集めて意見を纏めました。本艦、ヤマトは都市要塞に対して徹底抗戦を決めました。艦長『薩摩』はどうするおつもりですか?」
 「……頼ってしまって申し訳ないが、言ったようにうちの若い乗員たちは意気込みはあるが内心で腰が引けている者も多い。『ヤマトがいるから勝てる』と言わせてもらうしかないが、許してもらえるだろうか」
 「共に戦っていただけるのでしたら、ヤマトでお役に立てるのなら是非」
 「すまない、これからよろしく頼むよ」

 古代の敬礼を受けて『薩摩』に戻るや、堀田は全乗員を講堂に集めた。士気を阻喪しているとは言えないまでも、やはり青ざめている者が少なからず見受けられた。

 「艦長に敬礼っ!」

 三木の声と共に敬礼を交わし、堀田は全員を着席させてから口を開いた。

 「先に通達した通り、連合艦隊は壊滅し、ガトランティス都市要塞は地球に向かっている。諸氏もそれぞれ思うところがあるだろうが、本艦の艦長として、私は徹底抗戦を主張したい」
 「……」

 乗員たちは沈黙を保ち、堀田の次の言葉を待った。

 「無論、戦うのは我々だけではないという点で勝算があってのことだ。ここにヤマトがいる。連絡は取れていないが第十一、第十六艦隊や土星会戦を生き残った艦もいるからだ。もちろん高い勝算とは決して言えない。だが、今度の敵は降伏して許されるような相手ではない。戦うしかないと覚悟してもらいたい」

 これには根拠があった。この戦役の序盤、第十一番惑星に駐屯していた小規模の警備艦隊がガトランティス艦隊と交戦した際、あまりに一方的な戦いに艦隊司令は降伏を申し出た。だが、ガトランティス側からは信じられない回答があった。

 「降伏? 降伏とは何だ? 戦いを終わらせたければ戦って死ね」

 そして、警備艦隊は一艦残らず沈められたのである。偶然に近い形でヤマトが救援に向かっていなければ、地上部隊も恐らく最後の一兵まで殺され尽くしていただろう。今回の敵、ガトランティスには「降伏」という行動が通じないのである。だからこそ負けるわけにはいかないと、土方以下土星に集結した将兵たちは承知していたのだが……。

 ここで、堀田は軽く深呼吸した。

 「……ただ、もう戦いたくないと思っている者もこの中にいたとして、私はそれを責めはしない。勝算はあると言ったが、藁にも縋るようなものでしかないと私も承知しているからだ。ここで終わりにしたいという者は、この部屋から退室してもらいたい。ヤマトの修理が完了次第、本艦はヤマトと共に出撃する。往くも残るも、諸氏の自由だ」

 言い終えて、黙然と立ったまま目の前の乗員たちを見つめる。そのまま5分ほどが経過したが、退室したものは誰もいなかった。

 三木が立ち上がった。

 「……艦長。本艦の副長として申し上げます。艦長が私の命を預かって下さる以上、私も艦長にこの身を預けるのみと覚悟を決めています。これからの戦い、最後までお供させていただきます」

 この言葉につられたかのように『薩摩』の乗員たちは続々と立ち上がり『戦います!』『やりましょう、最後まで』『地球を、人類を救いましょう!』と大声を上げ始めた。

 その乗員たちの姿に、堀田はただ帽子を取って、静かに頭を下げる。そして、改めて命じた。

 「では、残る修理作業を至急、進めてくれ。先に述べたように、本艦はヤマトの修理が完了次第、共に地球に向けて出撃する。……相手は強大だが、諦めることは許されない。最後まで、共に戦い抜こう!」
 「オーッ!」

 握りこぶしを突き上げて、堀田の言葉に応える『薩摩』乗員たちであった。


 それから数時間後、ヤマトの修理が完了したのを受けて、同艦と『薩摩』はガニメデ基地を出撃した。

 (範さん……第十一、第十六艦隊は無事だろうか)

 当然のことながら、今は自主的に無線封止をしなければならない地球側である。奇襲効果を最大限に生かしてこそ、あの強大な都市要塞との戦いを僅かでも有利にできるからだ。そのため、両艦隊が現在どうなっているかなど知る由もなく、共同して戦いに臨めるかどうかすらわかったものではない。
 しかし、降伏を許さない相手にもはやそんなことは言っていられない。それに地球の一般市民に被害が及ぶことは何としても避けなければならない以上、もうこの両艦隊をあてにすることは出来ないと言ってもよいのである。

 (後は、ガニメデでまだ修理中の艦がどれだけ間に合うか……)

 都市要塞が地球に迫っているため置き去りにしてしまったが、ヤマトと『薩摩』の修理中に、土星会戦を生き残った艦が数隻、ガニメデ基地に不時着していた。彼らも修理完了と同時に出撃、合流する予定だったから、微々たるものだが戦力として期待できる面もあろう。

 そんな僅かな期待を堀田は持っていたのだが、しかしそれを覆してしまうような事態がここで生じた。

 「艦長、後方……ガニメデ基地の更に外縁に敵艦隊ですっ!」
 「何だとっ!」

 沢野の報告に、堀田は愕然とした。このガトランティス艦隊がガニメデ基地を攻撃してきたら、地球は唯一といっていい艦艇の修理ができる外惑星基地を失うことになる。そうなれば現在この基地で修理を行っている艦が失われるのはもちろん、第十一番惑星から急行しているはずの第十一、十六艦隊も補給基地を喪失することになる。
 そして何より、ガニメデには基地要員はもちろん、土星などから避難してきた民間人も残っているのである。このままこの敵艦隊を無視すれば、必然、彼らを見殺しにすることになってしまう。

 (どうする……しかし、これから先の戦いをヤマト一隻では)

 ガニメデに迫る敵艦隊に対処するとしたら、拡散波動砲を装備する『薩摩』のほうが適任であろう。しかし、そうなれば当然ここからガニメデに引き返すことになるし、悪くすれば都市要塞との戦いに間に合わない恐れがある。そうなれば地球はどうなってしまうのか。ここはガニメデを犠牲にしてでも、ヤマトと行動を共にし続けるべきではないか?

 (『味方を見捨てる戦いは、地球防衛軍にはない』)

 かつて、自分はそう口にした。だが、それを口にした時とはあまりに状況が違い過ぎる。このとき、堀田の心に大きな迷いが生じていた。

 「艦長、ヤマトから通信です」

 はっとしてスクリーンを見上げると、そこには古代の顔があった。

 「堀田艦長、ガニメデ基地に向かっている敵艦隊は?」
 「……探知している。しかし」
 「わかりました。……艦長、いえ教官」

 古代が、僅かに表情を緩めたように見受けられた。

 「都市要塞への攻撃は、まずヤマトが行います。『薩摩』は敵艦隊を排除した後、至急ヤマトに合流してください」
 「……しかし」
 「『味方を見捨てる戦いは、国連宇宙軍にはない』ですよね。教官」
 「……っ!」

 確かに教官時代、古代たち生徒にそう教えたのは間違いない。しかし今の苦境においても、古代はその通りにしろというのである。
 それは無謀だ、と言いかけて、しかし堀田はやめた。ここまで成長した教え子なら、甘えるようで申し訳ないが地球を救った武勲艦なら、遅れを最小限にすれば何とかしてくれると信じられるように思えたのだ。

 「……すまない、古代艦長代理。至急、敵艦隊を殲滅し、援軍を集めてこちらも地球に向かう。それまでの戦い、申し訳ないが任せる」
 「了解しました、教官もどうかご無事で」
 「そちらもな、頼んだぞ」

 古代の顔がスクリーンから消えると同時に、堀田は澄んだ声で命令を下した。

 「これより本艦は、ガニメデ基地に向かう敵艦隊を迎撃、これを撃滅する。反転180度、最大戦速!」
 「了解っ」

 航海長の初島が応じると同時に『薩摩』は反転してガニメデ基地を狙う敵艦隊へと向かう。地球と人類の危機、それが収束する目途は、未だ全く見えるところのない状況であった。

 堀田が、麾下の艦隊に第一艦隊の頭を抑えようとしている敵高速艦隊の前面に立ちはだかるよう命じたとき、彼の手元にある戦力は戦艦4、巡洋艦3、残りはガミラス軍の主に軽巡、駆逐艦で編成された28隻。総数35隻というのはそれなりの数ではあるが、これから交戦しようとする敵高速艦隊は探知の結果、60隻は下らないと判明した。いかにやむを得ない状況とはいえ、倍近い数の敵に練度に不安がある、しかも混成の艦隊をぶつけるのは無謀と言って差し支えなかったろう。

 だが、この場面で苦しいのは敵も同じだった。会戦当初、高速艦で編成された前衛艦隊を拡散波動砲の一斉射撃で失ったガトランティス艦隊、特に中央部隊にとってこの高速艦隊は『第一艦隊の頭を抑えることができる最後の駒』でもあったのだ。
 無論、それを堀田が知る由はなかったが、いずれにせよここで第一艦隊が敵に先んじられて敵本隊と挟撃されれば、一気に地球側の中央戦線が崩壊することに直結する。そうなれば右翼、左翼が各個撃破されるのは自然のことであり、地球艦隊に勝ち目はなくなることになる。

 そこまで考えれば、敵になお大兵力が控えていようと、第五艦隊は第一艦隊を支援するために前に出るしかなかった。とにかく敵の高速部隊の足を止めて時間を稼げば、第一艦隊はその間に体勢を立て直して砲撃戦へと移行できる。そうすれば『新型火焔直撃砲を搭載した敵旗艦が土星の輪の中に居続ける』限り、その砲撃戦は地球側にとって優位に推移するはずなのである。
 土星の輪は、その組成の大半が氷の破片によるものだった。敵旗艦がこの輪の中にいる限り、火焔直撃砲は使用することができないのだ。もしまかり間違って土星の輪の中で発砲などすれば、7万度と推定される超高温のブラスターを転送システムで送り込む火焔直撃砲の発射プロセスの関係上、火焔の転送を行う前に水蒸気爆発が発生することは必定だったからである。そうなれば火焔直撃砲自体が破損する可能性はもちろんのこと、それ以上の不測の事態を招く可能性すらある。敵とてそれは理解しているはずだが、第一艦隊が後退したからには追撃せねばならず、一気に土星の輪を抜けて再び火焔直撃砲による第一艦隊の殲滅を狙うのは当然の戦術だった。

 土方はそこに付け込んだのである。敵旗艦を土星の輪の中に留めておき、その間に体勢を立て直してショックカノンによる砲撃戦に持ち込む。火焔直撃砲を除いた通常火力の撃ち合いなら地球側の現有戦力があれば十分に敵と渡り合える。だが、それも敵高速艦隊に先んじて頭を抑えられれば破綻する構想である。土方の狙いを理解していた堀田が、数に劣るのを承知で敵艦隊に仕掛けたのはそうした事情があったのだ。

 と、言うだけなら簡単なことであるが、第五艦隊には苦戦が予想された。敵高速部隊に戦艦がいないのは幸いだが、倍以上の敵を相手にしなければならないことには変わりはない。しかも艦隊の主力たるガミラス艦隊は波動防壁を装備していないから、長期の足止めをするための防御力は持ち合わせていない。かといって、得意の機動戦に持ち込もうにも敵の数が多すぎる。
 必然、地球艦7隻が艦隊の前面に立ち、ガミラス艦隊を防御しながらの戦闘を強いられることになる。そうなれば、当然のこと『足を止めての砲撃戦』という堀田の本分からかけ離れた戦闘を強いられるし、波動砲の発射も不可能である。敵旗艦の火焔直撃砲を間接的に封じている土星の輪を自ら吹き飛ばしては元も子もないからだ。

 ともかく、戦闘は今にも始まろうとしている。敵の足を止めるため、堀田は地球艦7隻を半月型に並べ、これを前面に押し立てた。この7隻の波動防壁で、後方に分散配置したガミラス艦隊を守りつつ敵艦隊と交戦しようというのである。


 砲撃戦が始まった。防御に長けたガトランティス艦とはいえ、巡洋艦や駆逐艦のそれは地球やガミラスのそれと比して秀でているわけではないし、波動防壁も有していない。ために巡洋艦クラスのショックカノンでもほぼ一撃で戦闘不能に追い込むことはできるのだが、何しろ数が違い過ぎる。後方のガミラス艦隊も奮戦していたが、彼らとて得意の機動戦を封じられて足止めされた状態で砲撃戦を行っているのだ。これでは、一気に敵に大打撃を与えるというわけにはいかない。
 この時点で、第一艦隊が反転、砲撃戦に移行できるまで30分ほどかかると計算されていた。この時間を持ちこたえられなければ、ここで前に出て敵部隊の頭を抑えた意味がなくなる。いや、そうでなくても30分後という時間は、下手をすれば敵の旗艦……あの新型火焔直撃砲を搭載した新鋭艦が土星の輪を抜けてくるかもしれないタイミングでもあった。

 「第一艦隊の状況はどうなっている?」

 冷静な声で沢野に聞く堀田だったが、内心、もはや表面上の冷静さを保つのがやっとという状態だった。

 「現在、カッシーニの隙間にて反転を開始しました。ですが、陣形を整えるまでにはやはり……」
 「そうか」

 状況に変化はない、ということである。いや、むしろ今は第五艦隊そのものの状況が悪化してきている。波動防壁による防御で被害は最小限に抑えられているとはいえ、このままでは敵高速部隊に半包囲される危険があったのだ。当然、ここで第五艦隊が崩れれば、第一艦隊に敵艦隊がなだれ込むのは言うを待たない。

 (やむを得ない、か……)

 ここで、堀田は苦渋の決断を下す。

 「全艦、陣形を維持しつつ徐々に後退せよ。敵高速部隊を第一艦隊の射程内に引き込み、共同してこれを殲滅する」

 このまま第五艦隊だけで交戦していては、敵高速部隊との戦闘に敗北するのは目に見えている。それなら、一時後退して敵部隊を第一艦隊の射程内に誘引、その一部……特に戦艦部隊を護衛している巡洋艦と宙雷戦隊を堀田は当てにしていたのだが、それらの火力支援を得て高速部隊を潰してしまうしかない。土方の判断に甘える、と言えばそれまでだが、今はそうする他に手段が見出せなかった。

 だが『後退する』という決断すら生やさしいものではなかった。ここで一時的にでも艦隊を下げれば、敵高速部隊が一気に押し込んできて第五艦隊の戦列が崩される恐れがあるのだ。そうなれば、第一艦隊の隊列の再編が終わらないうちに敵旗艦が土星の輪を抜けてくる、という最悪の事態を招きかねない。それが堀田にもわかっているから苦しい判断だったのだが、今は恩師の戦況判断に託すしかない。土方には全幅の信頼を置いている堀田だが、これは間違いなく『賭け』だった。
 後退を始めた第五艦隊に対して、案の定、敵高速部隊は攻勢を強めてきた。既に各艦の波動防壁も限界を迎えていたから、この攻撃で第六巡洋艦戦隊の『カルロ・アルベルト』が爆沈し、戦艦『コンテ・ディ・カヴール』も被害甚大で戦線を離脱、後に放棄、自沈という運命をたどることになる。ガミラス艦隊のほうも、やはり軽艦艇が多く防御力に難があったため、撃沈、損傷離脱艦がここにきて続出し始めた。

 (判断を誤ったか……?)

 一瞬、堀田の脳裏にそんな考えが浮かぶ。しかし、今さらそんなことを言っても意味がない。ここで一時後退を止めて再び敵高速部隊への攻勢を開始したが、既に半数近くに撃ち減らされていた第五艦隊に、これ以上の敵艦隊足止めは荷が重すぎた。

 (かくなる上は、最後までここで踏みとどまって第一艦隊の再編を援護すべきだ。そのために我が艦隊がどうなろうとも……)

 非情と言うべき決断を堀田が内心で固めたとき、ここで思わぬ救いの手が差し伸べられた。

 第一艦隊に所属する第三水雷戦隊が、自らの陣形再編を完了するや、直ちに第五艦隊への援護へと回ったのである。堀田にとっては後に知ることなのだが、これは第三水雷戦隊司令官の独断による行動だったそうだ。
 この第三水雷戦隊の来援は、敵高速部隊にとっても予想外だった。如何に第五艦隊より数で勝っていたとはいえ、ここまで彼らが出していた損害も許容範囲を超えようとしていたのである。それだけ第五艦隊の各艦が奮戦していたということだが、そこへ新手の高速部隊が突入してきたことにより、今度は敵高速部隊の戦線のほうが支えられなくなっていった。

 「よし、全面攻勢に出る。全艦、突撃っ!」

 そうなれば、宙雷の専門家である堀田にとって、ここが『突撃すべき機会』と理解するのに間は必要なかった。既に損傷艦も多かったが、第三水雷戦隊と共同して第五艦隊は敵艦隊に突撃を開始する。この絶妙なタイミングで行われた突撃によって敵高速部隊はたちまち陣形を崩され、散り散りになって遁走するに至った。
 そして、この敵高速部隊の実質的な壊滅は、バルゼー提督率いるガトランティス艦隊本隊に重大な影響を与えた。地球艦隊主力の頭を抑えるための駒が完全に失われたことにより、数が少ないとはいえ正面に第五艦隊が控え、更に現状では火焔直撃砲の使用も不可能。この状況で突出しては地球艦隊主力と火焔直撃砲なしで激突することになる。

 その危険性をバルゼーが悟ったとき、僅かにガトランティス主力部隊の足が鈍った。そして、彼らにとっての凶報が更に続く。地球側第二艦隊と交戦していたガトランティス左翼部隊が第二水雷戦隊の突破を許し、艦隊の最後方で待機していたミサイル戦艦群が第二水雷戦隊の接近雷撃戦を受け、自らのミサイルの誘爆によりたちまち全滅したのである。これにより左翼部隊の戦線が崩壊したことにより、バルゼー率いる本隊は第一、第二艦隊の挟撃を受ける可能性が生じた。これではなおのこと、迂闊に動くことは出来なくなってしまった。

 もちろん、そうした状況の変化を見逃すような土方ではなかった。

 「第一艦隊、戦列を整えて反転してきますっ!」

 冷静な船務長である沢野が思わず大声を上げてしまう。隊列を整え、未だ土星の輪の中にある敵主力に対し、第一艦隊はその下方に回り込んで砲撃戦を開始しようとしていた。

 (勝った……)

 表情を変えず、堀田はそう思った。この状況で第一艦隊が敵主力艦隊に砲撃戦を挑み、更に第二艦隊もこれに加わるとなれば、数で劣っても性能、特に通常火力で勝る地球艦隊にとって優位な体勢を作ることができた。後は火焔直撃砲を封じたまま敵旗艦を沈めてしまえば、現在は苦戦している第四艦隊も形勢を十分に逆転できるはずだ。ここでようやく、地球側はこの土星沖での決戦に勝機を見出すことができたのだ。

 しかし、そう思ってしまったことがあるいは油断だったのかもしれない。一息、堀田が深呼吸した直後、爆発が発生したかと思うと『薩摩』の船体が大きく振動した。

 「被弾したか、被害報告を」

 席から投げ出されそうになったのを何とかしのいだ堀田が問うが、もたらされた報告は信じられないほど悪いものだった。

 「こちら中央コンピュータ室、菅井です。艦長、大変です!」

 菅井らしからぬ真剣な声が、事態の深刻さを表しているように思われた。

 「どうした?」
 「今の被弾で、中央コンピュータの回線が多く破断したようです。主機関だけは何とか動きますが、武装その他の機能、殆ど全部やられてますぜ。至急の復旧はちょっと無理ですわ!」
 「何だとっ!」

 思わず聞き返してしまうが、そこへ副長の三木からの報告が入る。

 「艦長、各部署より報告。主砲はじめ全武装、操舵システムすべてに重大な機能障害が発生しています。本艦は現在、戦闘能力を喪失しております」

 冷静な声だったが、三木の顔は真っ青になっていた。無理もない。第五艦隊の旗艦である『薩摩』は敵高速部隊の残存戦力を追撃すべく先頭に立っていたのだ。しかも艦隊旗艦なのだ。それがいきなり戦闘力を完全に喪失したとなれば、今後の戦闘に悪影響を与えることは避けられない。

 「そうか……通信システムは生きているか?」
 「駄目です、受信だけは辛うじて可能ですが、発信は不可能です」
 「わかった。ならば探照灯で『丹後』に連絡。『我、戦闘不能。これより艦隊の指揮権をそちらに移譲する』と発信してくれ」
 「りょ、了解しました」

 『丹後』艦長は第三戦艦戦隊の次席指揮官である。本来、艦隊を代将として率いているのは堀田だから、ここで彼だけでも『丹後』に移乗して艦隊の指揮を執るという考え方もあったろう。
 だが、堀田の本来の職務はあくまで『薩摩』艦長であり、戦隊所属艦の最先任艦長だからこそいくつかの役職を兼務しているというだけである。その立場上『薩摩』を降りて他艦に移乗するわけにはいかないし、第一、混戦の最中で旗艦変更など行っている余裕はない。ここは『丹後』艦長に任せ、場合によっては土方の率いる第一艦隊と合流して今後の戦闘に参加すればよいはずだ。

 (ここに来て、この戦艦の弱点が出るとはな……)

 堀田は唇を噛んだ。艤装員長だった頃から、D級戦艦の中央コンピュータに依存したシステムに疑問がなかったわけではない。人員不足ゆえにやむを得ないと思っていたが、こうして戦闘中にこのような事態に遭遇してしまうと、たった一発の被弾で戦闘力を喪失してしまうという脆弱さに気づけなかったことを痛感せざるを得ないのである。

 「航海長」

 しかしそんな繰り言は口にせず、堀田は初島に声をかけた。

 「スラスターの多くも動かないだろうが、操艦は可能か?」
 「……困難ではありますが、戦場からの離脱は何とか。しかし全力発揮が出来ませんので、敵が追撃してきたらどうなるか」
 「それは今は考えなくていい。ここにいては味方の邪魔になるだけだ。直ちに戦場から離脱してくれ。副長、本艦はいずれ修理が必要になるが、どこの基地に向かうのが良いと思う?」
 「主戦場から離れているということから、木星ガニメデ基地が最適かと……しかし、今の本艦の状態でたどり着けるかは何とも」
 「可能性があるならやってみるしかない。航海長、ガニメデ基地へ何とか向かってくれ」
 「わ、わかりました」

 こうして『薩摩』は会戦半ばにして戦場からの離脱を余儀なくされた。しかし、ことに堀田個人にとって辛く、悲しい出来事はこの後に控えていたのである。


 旋回スラスターの大半が動かず、機関も全力発揮が不可能な『薩摩』の現状では、早急な戦場からの離脱はやはり難しかった。初島は苦しい状況下でよく操艦を続けていたが、やはり手負いの戦艦に目をつける敵はいたようで、7、8隻ほどの敵巡洋艦、駆逐艦が追撃を仕掛けてきた。彼らは先に第五艦隊に蹴散らされた高速部隊の所属艦だったから、その復讐という狙いもあったのだろう。

 「戦術長、反撃は可能か?」

 林に問うが、彼女からの返答は絶望的なものだった。

 「……駄目です、主砲、ミサイル兵装その他、全ての火器が使用不可能です」
 「わかった、ならば逃げるしかない。航海長、とにかく逃げられるだけ逃げるんだ。いざとなれば敵艦を引きつける囮となることも覚悟の上だ」
 「は、はいっ!」

 発揮可能な最大速力で逃げる『薩摩』だが、そもそも戦艦と巡洋艦、駆逐艦の機動力の差がある上に、全力で逃げることができない。たちまち射程内に追いつかれてしまった。

 (くっ……)

 もはやこれまでか、と堀田も覚悟するしかなかった。自分のことはいいとして、ここで『薩摩』の乗員たちを生かすためにどうすればいいかと思考だけは巡らしたが、何も思いつかなかった。
 だが、ここで驚くべきことが起こった。『薩摩』にいよいよ砲撃を加えようとした敵巡洋艦が、突如として爆沈したのである。

 「どうした、何が起こった?」

 レーダーも使用不能になっていたから、堀田は最初、何が起こったかわからなかった。そこで双眼鏡で艦後方の状況を確認してみると、そこには4隻のガミラス艦の姿があった。

 (ゲーア少佐!)

 それが、僅かに残ったゲーア率いるガミラス艦隊の生き残りと悟るのに、さして時間はかからなかった。

 「艦長、ゲーア少佐から通信です」

 河西の報告を受け、上方のスクリーンに視線を移す。受信も不安定になっているのか、ゲーアの顔を認識するのも難しいものになっていた。

 「堀田艦長、ここは我らが引き受ける。貴艦は直ちに戦場を離脱されたい」
 「……」

 堀田は黙ってしまった。『薩摩』は既に通信を発することができないから返信できないためだが、同時に、戦力規模が同じな巡洋艦と駆逐艦同士の戦闘になれば、数で劣るガミラス部隊に勝ち目がないことがすぐに理解できてしまったからである。
 本当なら「自分たちに構わずすぐに逃げろ!」と叫びたかった。それすらできないこと、そしてスクリーン越しに虚ろにしか見えないゲーアの表情が、明らかに『死』を覚悟したそれにしか映らなかったことに忸怩たる思いがあったのだ。

 「……貴方は、ここで死んではならぬお人だ」

 堀田が何も伝える術を持たないことを知ってか知らずか、ゲーアは独白するように続けた。

 「私が言うのは僭越だが、貴方はテロン、そして我がガミロンにとっても間違いなく、これからの戦いに必要な人だと私は思っている。貴方に助けられなかったら、私は海王星の戦いでとっくに命を失っていた。ここで貴方を生かすためにこの身を捨てるのも、惜しいことではない。それは私の部下たちも同じ気持ちでいる」
 「……ゲーア少佐っ!」

 絞り出すように声を出す堀田だったが、それが相手に伝わることはない。

 「ガトランティスとの戦い、私はこれからが本番だと思っている。そのときのために、貴方は生きて戦い抜いてもらいたい。ここは我らが引き受けた。さあ、すぐにり……」
 「受信機能に異常! 通信、間もなく切れますっ!」

 河西が悲鳴のような声を出す。だが、その声はもう堀田には聞こえていなかった。

 「……きみ……テロン……ガミロン……しゅくふ…あ、れ」

 通信が切れた。『薩摩』を追撃していたガトランティス艦は、新手のガミラス艦に全てが向かっており、もはや『薩摩』は危機を脱していた。しかし、この後ゲーアたちガミラスの将兵たちがどうなったかなど、事実を目の当たりにしなくてもどうなるか想像できてしまう。

 (……すまないっ!)

 堀田はもちろん『薩摩』幹部乗組員の全員が一切声を発しなかった。それから10分ほどして三木が「本艦は戦場を離脱完了、安全圏に到達。これよりガニメデ基地に向かいます」と報告したが、その声すら堀田には聞こえていなかった。
 ただ帽子を深く被り、握りこぶしを強く握って席に座る。そんな苦渋の表情を見せる堀田に誰も声をかけることは出来なかった。

 だが、堀田にとって真の悲劇となる事態は、もう間もなくに迫っていたのだった。そしてゲーアが最後に言ったように、ガトランティスとの戦いはまさにこれからであり、それは未だ終わりを見せるものではなかった。

 地球にとって『試練』と言うべき魔物が大口を開けて待っていることを、この時の堀田には知る由もないことであったのだった。

 敵機動部隊への奇襲のため先に出撃していた第三艦隊を除いた、地球防衛軍連合艦隊の各艦隊が配置について程なくの宇宙時間1305時、その第三艦隊から朗報がもたらされた。

 『我が艦隊は敵機動部隊への奇襲攻撃に成功せり。敵空母の全滅を確認』

 土方はもちろんだったろうが、堀田もこの報に接して安堵を禁じ得なかった。数において劣勢であることが確実であるこれからの艦隊決戦において、制空権を確保した上で砲撃戦に持ち込めるのは、波動砲という決戦兵器とショックカノンという強力な汎用兵器を有する地球防衛艦隊にとって望ましい状況だったからである。
 もっとも、これで楽観できる状況なはずもなかった。言うまでもなく艦隊の規模は未だ敵の半分程度でしかないことは事実だし、更に第三艦隊からの報告がもたらされる5分前、白色彗星が太陽系に突入したという情報も届いていた。

 『可能な限り速戦で敵艦隊を叩き、しかる後、白色彗星と雌雄を決する』

 土方はそのつもりであったし、堀田もそれは理解していた。双方の艦隊前衛が接触するのは2100時頃と推測されていたが、数の劣勢を縮めるために、連合艦隊は最初にやっておくべきことがあった。

 (土方さんには志に沿わないことを押し付けてしまったが、事ここに至っては……)

 言い訳じみたことを、堀田は内心で思った。あくまで戦略予備とされている第五艦隊だから、しばらくは戦闘に参加する機会は訪れないはずである。ために当面は味方の戦いぶりを見届けるしかないわけだが、堀田は『数の劣勢を埋めるべく、連合艦隊が最初にするべきこと』が何か正確に理解しており、そして、それが土方の本来の志とは全く相容れないということを、自身が艦隊総司令官への就任を説得しただけあって誰よりも承知していたのだった。


 そして2100時過ぎ、連合艦隊の一部突出した部隊が敵艦隊の前衛部隊を探知した。このとき、ガトランティス軍前衛艦隊の司令長官が恐らく面食らっているであろうことが、堀田には容易に想像できた。
 連合艦隊の中で突出していた部隊、それは主力であるはずの第一艦隊だったからである。明確に主力であると示すものがあったかといえば微妙ではあるが、敵とて地球側の戦力はおよそ把握しているはずであり、そうなれば艦数からして、目の前に整列している敵艦隊が主力部隊であることは想定できたはずだ。まして、その部隊にはガトランティス軍にとって限りなく未知に近い新鋭の大型戦艦、すなわち『アンドロメダ』が含まれていたのだからなおさらである。

 (第六艦隊がうまくやってくれればいいが……)

 連合艦隊が『最初にするべきこと』とは、敵主力艦隊の前衛に、拡散波動砲による編隊一斉射撃を加えてこれを殲滅することであった。敵の前衛には高速艦が多く含まれていることが判明していたし、何より偵察艦隊の役割も果たすはずであろう前衛艦隊を開戦早々に潰してしまうのは、制空権奪取も含めて『敵の目を奪う』ことに繋がるから、確実にやっておきたいところだ。
 とはいえ、最大射程での波動砲編隊射撃になるから、当然のこと弾着観測を第一艦隊が行えば、いくら拡散波動砲の効果範囲が広いとはいえ、正確な射撃と敵の殲滅は見込めない。そのため、パトロール艦など基地配備の警備部隊の艦艇で編成された第六艦隊がヒペリオン軌道から出撃、敵の探知範囲外を維持しつつ、第一艦隊に向けて弾着観測を行うことになっていた。

 今は戦局を見つめるしかない堀田としては、いささかもどかしいところではあった。だがしばらくして、正面の第一艦隊から白銀の閃光が煌めいたのを確認したとき、彼は作戦の第一段階が成功したことを悟った。
 谷が考案した『マルチ隊形』による拡散波動砲編隊一斉射撃。実戦において連合艦隊という大規模艦隊で行われたのはこれが最初だったが、第六艦隊の弾着観測も正確だったのだろう。敵の前衛艦隊は拡散波動砲の広範囲攻撃に飲み込まれ、瞬時にして宇宙の藻屑と消えたのである。


 ガトランティス艦隊の総司令官、それが『バルゼー』という名であることを当然、地球側は知る由もなかったのだが、この前衛艦隊の壊滅を見て焦りを禁じ得なかったように見えた。麾下の艦隊の速度を上げて一気に地球艦隊の中央突破を狙ってきたのである。もちろん、敵も右翼、左翼にそれぞれ部隊を配しているから、地球側も両翼の第二、第四艦隊がこれに対応する。第一艦隊は再び波動砲へのエネルギー充填を開始し、敵本隊への射撃を試みているようだった。
 だが、ここで地球側にとって齟齬が生じる。波動砲の弾着観測に当たるべき第六艦隊が敵艦隊に探知されてしまい、予想外なことに敵主力はこれに相当な兵力を割いて向けてきたのである。第六艦隊も奮戦したが、基地艦隊から抽出した警備艦隊によって編成された艦隊だっただけに、敵主力の一部にでも狙われれば支えられるはずもない。一時間と経たずに第六艦隊は壊滅、司令部も全滅し残った僅かな艦も散り散りになって逃走するしかなかった。

 (これで弾着観測は出来なくなったが、土方さんはそれでも波動砲を撃つのか……?)

 未だ、第五艦隊には何も指示が来ていないから、できることは何もない。動くとしても、命令を待つか戦局の変化を見極めて判断するかのどちらかである。

 そう思った瞬間、しかし異変が起こった。

 『アンドロメダ』の右翼を固めていた第一艦隊の戦艦『バーラム』が、いきなり爆沈したのである。最初は波動砲のチャージ中の事故か?と思ってしまうほど急激な爆沈だったため、これには堀田も驚いた。

 「船務長、敵の攻撃か!?」

 沢野に問うてみると、直前に敵旗艦に何かしらのエネルギー発射反応があったという。そのため堀田は火焔直撃砲を疑ったが、それなら発射直前に転送システムのエコーを探知できたはずである。波動砲チャージ中で最初の一撃は回避できなかったろうが、ここでチャージを中断すれば回避運動は可能になる。そこまで脅威に感じることはないはずだった。
 だが、そこから堀田のみならず、地球防衛軍の全軍にとって驚くべき光景が目の前で展開される。第一艦隊の戦艦、巡洋艦の何隻かが、やはり火焔直撃砲と思われる一撃を受けて轟沈していったのである。この期に及んで土方が波動砲編隊射撃に固執するはずがないから、明らかにこの状況が不可解なことを悟るしかなかった。

 改めて沢野に状況を確認しようとすると、彼女は何やら熱心にデータを収集しているように見えた。

 「船務長、敵の攻撃に何か不自然な点はないか?」
 「……それについて、現状わかっていることのみ報告させていただきます」

 振り向いた沢野だったが、その表情は青ざめていた。

 「敵の攻撃は、確かに火焔直撃砲と同じエネルギー組成でした。ですが、発射前に確認できるはずの転送システムのエコーが全く探知できません。それに、速射性能も向上していることが判明しました」

 つまり、こちらにとっては未知となる新型の火焔直撃砲ということである。以前のそれより速射が可能で、しかも発射前のエコーが探知できなくなっていて、どこから火焔が現れるかわからなくなっている。これでは以前のような回避運動も不可能だから、手をこまねいていては第一艦隊の損害は膨れ上がるばかりだ。

 そこへ、土方から通信が入った。

 「堀田、どうやら新型の火焔直撃砲を搭載した艦が敵の旗艦らしい。しかも、その射程はこちらの拡散波動砲の倍はある。これでは波動砲戦は不可能だが、かといって接近戦に持ち込むまでに損害が蓄積すれば持ちこたえられまい」
 「わかりました、第五艦隊はこれより前進して援護します」
 「いや、お前はそこから動くな」
 「えっ?」
 「第一艦隊は、これより土星の輪を抜けてカッシーニの隙間に転進する。第五艦隊は第一艦隊の転進が終了次第、これと合流して戦線に参加してくれ」
 「しかし、それでは……」
 「大丈夫だ、策はある」

 土方は、自信もなく「策がある」などと発言する人物でないことなど、堀田は当然のこと知り尽くしている。

 「了解しました、第五艦隊はこのままカッシーニの隙間にて待機します。しかし、各戦線の状況に応じて対応しつつ、第一艦隊の転進の援護は行います」
 「そのための代将だ、今後の艦隊運用はお前の判断に任せる」
 「ありがとうございます。それと、こちらでやっておきたいことがあるのですが」

 そして、堀田は土方にあることを進言する。それが了承されて通信が切れたところで、堀田は『薩摩』の艦載機格納庫への通信スイッチを繋いだ。

 「早瀬飛行長、航空機の出撃準備はできているか?」
 「できています、出撃ですか?」

 『薩摩』を始めとするD級戦艦は、通常10機のコスモタイガーⅡの搭載が可能であったが、防衛軍全体で戦闘機および搭乗員が不足していたこともあり、今回の決戦にあたっても戦闘機は搭載されていない。ただ『薩摩』は第三戦艦戦隊旗艦になった際に複座型のコスモタイガーⅡが偵察機として1機だけ配備されており、飛行長、というより唯一のパイロットだったのだが、早瀬雄太一等空曹が偵察員の空士曹と共に送り込まれていた。

 「ああ、すまないが増槽を含めて燃料満載で出撃してくれ。ただし、空戦は絶対に避けてくれ。敵旗艦を発見し、これに高エネルギーの発射反応があったら、これを直ちに全軍に通報するのが任務だ」
 「たった1機でですか!? それはあまりに無茶では……」
 「敵の空母は全滅しているから、艦載機に襲われる心配はない。だが仮に、敵艦載機を探知したらすぐ逃げてくれて構わない。君ら自身の生存を最優先にしつつ、何とか今言った任務を達成してもらえるとありがたいが」
 「……わかりました、とにかくやってみます」
 「頼む」

 命令された早瀬としては、上官の命令であるから逆らいようもなかったのだが、それ以上に『薩摩』に配備されて以来の猛訓練ぶりから、堀田という艦長兼司令官代理が割とあっさりと無茶振りしてくること。そしてその無茶に対してちゃんと報いる道を知っていることを理解していたから、危険ではあるがやってみよう、という気にもなれたのだった。

 偵察機を発進させてからおよそ1時間と少し、まだ第五艦隊は動いていない。第一艦隊の撤退を援護するという前提はあったが、転進した第一艦隊の前衛がようやく土星の輪の中に入ったばかりであるからここで動き出すのはまだ早い。ただ、敵旗艦を遠距離から捕捉、触接を開始した早瀬機の報告により、エコー探知ほどの正確さはなくとも敵旗艦の火焔直撃砲発射のタイミングはある程度全軍に通報できるようになったため、その命中率は当初よりいくらかだが下がったようには見受けられた。
 しかし、それも現状では焼け石に水としか言えない。それに、両翼で敵艦隊と戦闘を継続している第二、第四艦隊、特に後者の戦況もまた思わしいと言い難い。どちらかが突破されて敵に迂回進撃を許せば、第一艦隊がカッシーニの隙間に到着する前に挟撃される危険があった。

 そうこうしているうちに時間が経過していったが、そのうち、第四艦隊の戦列に明らかな乱れが生じたのを堀田は見て取った。後でわかったことだが、旗艦『ペトロパブロフスク』が大破して司令部要員に損害が生じたため、一時的に指揮系統が麻痺したのが原因だった。

 ここで初めて、堀田は『代将として』独自の判断を下した。

 「第六戦艦戦隊、第五巡洋艦戦隊、第十水雷戦隊は直ちに第四艦隊の援護に向かえ。指揮権は第六戦艦戦隊司令官に委ねる。残りの艦はこのまま待機せよ」

 つまり第五艦隊の戦力のうち、1/3ほどを第四艦隊の援護に向けるということである。これは第一艦隊の支援に支障を来す可能性のある危険な決断だったが、堀田はあくまで『第四艦隊が突破されて敵に半包囲される』危険のほうが大きいと判断したのである。それを避けようとすれば、背に腹は代えられなかった。

 また幾ばくかの時間が経過して、今度は第三艦隊から発進したと思われる航空隊が敵中央部隊への攻撃を開始する。しかし敵機動部隊を相手取って大きな損害を出していた第三艦隊の航空隊では、やはり戦局は動かせないように見受けられた。敵艦隊は相変わらず追撃の手を緩める様子を見せなかったが、何とか第一艦隊の各艦が土星の輪の中央部分まで入り込むだけの時間を稼ぐこと、そして敵艦隊にそのまま土星の輪の中へ追い込むような艦隊運動を誘発させることはできたようだった。

 (恐らく、土方さんは待っているはずだ。敵が土星の輪の中に入り込むことを)

 自分が気づいているくらいだから、土方が気づかないはずはないという信頼からの思いだった。とにかく、今は調子づいて追撃してくる敵艦隊、それも新型火焔直撃砲を搭載した旗艦を土星の輪の中に入れてしまう。それを実現した上で、第一艦隊と第五艦隊が合流、反転して逆撃を加えれば、両翼の第二、第四艦隊が未だ持ち堪えている現状なら戦況をひっくり返せる可能性があるのだ。土方が「策がある」と言ったのは、その『敵旗艦が土星の輪の中に侵入してすぐに出られない状況を作り出す』ことにあると堀田は確信しており、それこそが戦況を動かす一手になるであろうことも承知しているつもりであった。

 しかし、その堀田の、そして恐らく土方の計算を狂わせかねない事態が生じる。敵の火焔直撃砲による攻撃は続いていたが、それとは別に、巡洋艦および駆逐艦で編成された敵艦隊の一部が、恐らく第一艦隊の頭を抑えるつもりなのだろう、旗艦より先に、第一艦隊の上方の宙域を狙って土星の輪へと突入してきたのである。

 (いかん)

 その高速艦隊の存在そのものが、土方の計画を狂わせる危険を堀田は察知した。そして、即座に命令を下す。

 「第五艦隊、全艦に達する」

 もちろん、第四艦隊に振り向けた部隊はこれに含まれない。

 「これより、我が艦隊は前進して敵高速艦隊の頭を抑える。全艦、前へ!」

 危険な賭けである。ただでさえ戦力の一部を第四艦隊援護に差し向けた数少ない戦力で、大型艦こそいない一部とはいえ敵主力艦隊に挑もうというのだから、あるいは無謀とも取れる行動だろう。しかし、ここで動かなければ僅かな勝機を失う恐れがある。堀田にとってそちらのほうが恐怖であり、ここで動くべきと判断するには十分すぎるほどの『危機』だった。

 第三戦艦戦隊以外は練度に不安のある第五艦隊の地球所属の部隊と、盟友ではあるが他国であるガミラス艦隊の混成部隊ながら、このときは堀田の期待以上の動きを見せた。各艦、内心はともかく恐れを表に出さず堀田の指示に従い、土星の輪が途切れるぎりぎりまで前進して隊列を整えた。そしてその艦隊行動は、間一髪ながら敵高速部隊が土星の輪を抜けてくるのに先んじていた。

 「全艦、砲撃準備!」

 堀田の命令一下、敵高速部隊に対して第五艦隊各艦が一斉射撃の準備を整える。第一艦隊はまだ全てがカッシーニの隙間に到着していない。ここから反転して体勢を整えるにはまだ多少の時間がかかるはずだ。

 地球人類の存亡を賭けた土星会戦、それは未だ勝敗を決する様相を見せるものではなかった。

 土方からの「全艦隊、土星基地へと集結せよ」という命令が、第一外周艦隊……否、地球防衛軍の全艦隊に激震をもたらしたのは当然と言えたろう。本来、地球防衛軍の基本戦略は『敵艦隊の太陽系への襲来に際しては、太陽系各地に配備した艦隊の連続投入によって漸減作戦を行う』ことであり、当初から全艦隊を一カ所に集結させての迎撃は、基本的には考慮されていなかったからである。しかも、土星以遠の基地を放棄してまで、その基地に配備されている艦艇をも集結させるとなると、もはや防衛軍の戦略を完全に覆す、独断専行としか言えない命令だった。

 ただ、土方との付き合いが長いせいか、堀田個人としては少なくともこの命令に違和感を感じてはいなかった。

 (土方さんが考えなしにこんな命令を出すはずもない。ということは、襲来する敵艦隊の規模が防衛軍首脳部の想定を大幅に上回っている、そんなところだろうな)

 とはいえ、この命令に現在の上官である谷が従わなければどうしようもない。そこがいささか不安ではあったが、谷としても土方の命令に思うところがあったのか、すぐその指示に従い、第二外周艦隊との合流を麾下の全艦艇に命令したのだった。
 そして、第二外周艦隊との合流を終えた直後、太陽系へと向かっているガトランティス艦隊の規模が伝わってきた。それによると、現状確認できる艦艇だけでも500隻近くに達する大艦隊である、ということであった。

 (それほどの艦隊がやってくるとは……そうであれば、全軍を集結して立ち向かうより他にないな)

 何しろ、現在太陽系にいる外周、内周艦隊および各惑星基地配備の艦艇をかき集めても、やっと200隻に達する程度である。そこへ太陽系に駐屯するガミラス軍太陽系方面軍の艦隊を加えたとしても、敵に対してその兵力は半分にしかならない。そこに来て当初の漸減作戦にこだわっていては、地球防衛艦隊は各個撃破の対象となって壊滅するしかなかったろう。土方の決断は、下した時期も含めて最適だったと堀田は判断するに至った。

 (だが、苦しい戦いになるぞ)

 現状を鑑みれば、艦隊集結それ自体は何とか間に合うと判断できる。だが、それでも地球防衛軍の連合艦隊はこれから倍の数を誇る敵艦隊と交戦することになる。
 しかも、その敵艦隊はガトランティス軍の主力部隊ではない。いや、艦隊という機動戦力としては主力なのかもしれないが、白色彗星を有するガトランティス軍の本隊がそれに後続しているのだ。味方に倍する『前衛艦隊』の後に控える白色彗星……これから始まろうとしている戦いが『人類の存亡を賭けたものになる』と、堀田のみならず現状を知った将兵たちはおのずと覚悟を強いられたはずである。

 (だが、今は目の前の敵艦隊を叩くしか方法がない)

 堀田はそう割り切った。割り切るしかないのである。どのみち、前衛と言うべき敵の大艦隊に敗北すれば、その艦隊の攻撃によって地球は焦土と化し、人類は滅亡に追い込まれるしかないのだ。白色彗星が控えているということを理由に土方の戦略に異を唱えた防衛軍首脳もいたと聞くが、そのような先のことを考える余裕など、実際にはあろうはずもなかった。

 土星に到着する直前、堀田は『薩摩』以下の第三戦艦戦隊に所属する乗員に、指揮官として短い訓示を行った。

 「これから、我々地球防衛艦隊には苦しい戦いの連続になる。本戦隊もその一翼として奮闘しなければならないが、自分たちに求められるのは『勝ち続けること』となる。その覚悟を以て、諸氏の全力を尽くしてもらいたい」


 土星基地に到着してみると、既に土星以内から集まってきた外周、内周艦隊や基地に配備されていた艦艇の集結が始まっていて、タイタンの鎮守府には糸が張り詰めたような緊張感が漂っていた。確かに地球防衛艦隊の全戦力が集結すれば壮観な眺めになるだろうが、それに浸っている余裕など、少なくとも堀田にはあろうはずもなかっただろう。
 そして土星に到着したその日、堀田は個人的にも無視できない情報に接することになった。

 『十一番惑星に駐屯する第十一、第十六艦隊が敵ガトランティス艦隊と交戦、これを撃滅せり』

 第十一、第十六の両艦隊は、土方からの艦隊集結命令を受け取る直前に、主力とは別と思われるガトランティス艦隊を捕捉していたため、土星基地へは向かわずこの敵艦隊の迎撃にあたっていた。この艦隊は恐らく陽動部隊と思われたが、それでも100隻は軽く超すほどの規模を誇っていたというから、敵の戦力の底が知れたものではない。
 ただ、この会戦で総指揮を執ったのは、第十一艦隊を率いる堀田の同期である高石範義だったのは、堀田にとっては喜ばしいことだった。親友が生き残ってくれたこともさることながら、第十一、第十六の両艦隊は恐らく土星での決戦にこそ間に合わないだろうが、逆にこれを予備兵力と考えれば敵艦隊を挟撃できる可能性も生じる。まずはよしとすべき結果であった。


 そして5月6日、タイタン鎮守府で連合艦隊にとって最後となる作戦会議が行われた。ここでの会議で主な議論の的となったのは、敵艦隊がどのような進路で土星宙域に侵入してくるか、ということであった。
 土方の指示により、各地から集結した艦艇は連合艦隊として六個艦隊に再編されていた。そして土方からこの会議で示された連合艦隊の陣形は、明らかに『敵艦隊は正面突破を狙ってくる』ことを前提にして組まれたものだった。

 「この陣形では、側面を突かれた場合に対処できないのではないか?」

 幾人かの提督、艦長がその不安を指摘したが、土方は断言した。

 「敵は、必ず正面から来る」

 この断定的過ぎる発言は多くを驚かせたが、土方はいつもの口数の少なさからは想像しにくい勢いで自らの戦略を披露した。敵は数において、そして個艦の性能でこちらに優越しているという、ある種の『驕り』があるはずだ。その敵が数で劣る敵を前に小細工などするはずがない。必ず正面からこちらを叩き潰しに来る。それは、現状多いとは言えないが集めることができた偵察情報で判明した敵艦隊の兵力配備から見ても間違いない。
 一通り、土方が語り終えたとき、敵が側面から来たらどう対応するかと不安に思う者はいなくなっていた。それだけ土方の言葉には説得力と、そしてそれ以上に迫力があった。『鬼竜』とはよく言ったものだと、堀田は恩師の言葉を聞きながら内心で納得していたのだった。

 この会議が終わった直後、最終的な艦隊の配置が通達された。そのとき、堀田は自分に対する意外な命令に驚くことになる。

 『堀田真司一佐を代将待遇とし、第五艦隊の司令長官代理とする』

 第五艦隊は、土星本星のカッシーニの隙間に配置されることとなっていた、今回の会戦では『予備兵力』と位置付けられた艦隊である。本来は第一艦隊に所属するはずの、まだ竣工から日が浅く乗員の練成が不十分とされた艦で編成されたいくつかの戦隊に、ガミラス軍太陽系方面艦隊を加えた50隻の混成艦隊で、正直なところ、地球側の所属部隊は曲がりなりにも第一外周艦隊で猛訓練を積んでいた第三戦艦戦隊に比べると『大人と子供ほど』には練度の差があった。
 一方でガミラス艦隊は、太陽系という外地に派遣されてきた艦隊だからそれなりに練度は期待できたが、機動力にこそ優れるものの軽巡洋艦と駆逐艦が大半を占める編成であり、ガトランティス軍が保有する大型艦相手には正直なところ質量共に不安はある。こうなると、海王星沖で『薩摩』が経験した戦いでの損害が惜しまれてしまうところだった。

 そんな、戦力としては大きく期待できそうもない艦隊を預けるのに、防衛軍にとって数少ない将官を充てるのは難しいと言わざるを得なかった。そうなると、この第五艦隊で階級としては最上位にいる堀田が代将として艦隊を率いるのはやむを得ない。自分などには荷が重い、などという泣き言は、堀田自身も言っている場合ではないし土方も許してくれないだろう。黙ってお前の責任を果たせ、という土方の無形の言葉を、ただ受け入れるしかなかったのである。


 第五艦隊がタイタン鎮守府を出撃する直前、堀田は『薩摩』でガミラス太陽系方面艦隊の指揮官の訪問を受ける。だが、その相手はもう見知った相手だった。

 「堀田一佐、お久しぶりです」
 「ゲーア少佐! あなたがガミラス艦隊の指揮官だったか」

 先の海王星沖での戦闘で、結果的に堀田が『命を救う』形になったゲーアが、今はガミラス大使であるバレルの指示でガミラス太陽系駐屯艦隊の全軍を率いているという。

 「あなたがガミラス艦隊を率いているとは心強い。予備戦力扱いということで申し訳ないが、機会が訪れれば存分に戦っていただきたい」
 「お心遣い、感謝いたします。小官も先日の海王星でのご恩、お返ししたく思っております」

 お互い、その力量と人格には信頼を置いているのだから、ことに堀田としては心強い限りだった。もっとも、実は堀田がガミラス艦隊を含む第五艦隊の代将に任じられた理由の一つが、ゲーアが「我らは地球艦隊の指揮下で戦うことに異存はないが、それならば是非堀田一佐の麾下で戦いたい」と土方に強く希望したからでもあったのだ。もちろん、堀田自身はそのことを知る由もなかったが。

 「先日の海王星での戦いは、あなたに命を助けられた。私の麾下にはそのとき命を永らえたものもおりますから、皆、そのときのご恩をお返ししようと張り切っております」
 「……いや、あのときは我が軍の不備もありましたから。それに、味方を見捨てる戦いは地球防衛軍にはないものです。そのことはもう気になさらず」
 「いえ、ガミロン軍人として一度受けた恩を返さずにいるのは恥というもの。僅かな戦力ではありますが、我が艦隊の総力を挙げてこの戦いに望む覚悟でいます」
 「……」

 表情だけは穏やかさを装ったが、堀田は二の句が継げなかった。確かに決戦を前に高揚しているということもあろうが、ゲーアの『覚悟』が妙な気負いなように感じられたのだ。海王星のときも彼は独断で敵艦隊の迎撃に出たのだが、それは蛮勇というより『自分たちが何とかしなければ』という責任感の発露だろうと堀田は思っていたから、自分に示したこの強い覚悟が悪いほうに向かなければいいのだが……と考えるしかなかったのだ。

 (それをうまく抑えて、無駄死にに追い込まないことも私の仕事、ということになるだろうな……)

 ゲーアに「あなた方の奮戦に期待しております」と、社交辞令的に声をかけて見送ることになった堀田は、内心でそう思いつつも言い知れぬ不安感を拭いされずにいた。そして、悲しいかなこの不安は現実のものになってしまうのである。


 そして、ついに連合艦隊全艦に出撃命令が下る。実は半日ほど前、堀田の上官だったこともある安田俊太郎宙将補が率いる第三艦隊(空母機動部隊)がヤマトと共に出撃していたのだが、これは敵主力艦隊の後方に『いると思われる』敵空母部隊への奇襲を企図した艦隊であった。空母の数が違い過ぎるから、まともな航空戦になれば制空権は必ず敵に明け渡すことになる。敵の所在が不特定という意味で賭けではあるが、制空権喪失を防ぐために航空先制攻撃を仕掛けるというのも、至極まっとうな戦略だと堀田は考えたのだった。

 (自分も、土方さん始め諸先輩のようにまっとうに艦隊を率いられるのかどうか……)

 カッシーニの隙間への移動中、内心でそう考える。これまで堀田が率いてきた最大級の兵力は一個戦隊がいいところで、今の第五艦隊より規模が小さい分艦隊の指揮を執った経験すらない。それが予備兵力とはいえ、代将として決して規模の小さくない50隻の艦隊を率いろというのである。しかも同盟国であるガミラスの艦隊まで預けられたというのは、本音を言えば土方に「正気ですか?」と詰め寄りたいくらいだった。
 しかし、仮に詰め寄る機会があったとしても、土方が取り合ってくれる見込みもなかった。ある『薩摩』乗り組みの士官が小耳に挟んだという話をたまたま聞いたところによると、実際、堀田に代将として第五艦隊を率いさせることには反対意見も多かったようだ。その方がむしろ当然だから堀田としては腹を立てようもないのだが、土方はその意見に全く耳を貸そうとしなかったのだという。

 (『試され続ける』ということはどこまでも変わらない、か)

 思えば、士官学校最上級生のときに知己を得てから、土方は常に自分に重すぎる課題を与え、それに応えることを要求してくる。今まで何とかしてこれたからこそ今の自分の立場があると堀田も頭では理解しているが、楽はさせてもらえないな、と時折思う。もっとも、自分とて土方に連合艦隊司令長官という今の立場を押し付けたのだから、人のことを言えた義理もないのだが。
 しかし、いきなり一個艦隊を預けてくるという今回の課題は、失敗することが絶対に許されない。まず多くの将兵の命を預かっているということはもちろん、これから戦われる会戦は文字通り人類の命運がかかっている。そこで一個艦隊が戦力にならないという事態を招けば、味方の敗北に繋がることは必至だ。これまでの自分に与えられた責任とは重さが明らかに違うことを、堀田は自分なりにだが理解しているつもりだった。

 そして、理解しているからこそ、その責任から逃げるつもりもない。今後、ガトランティス帝国との戦いがどのように進み、いつまで続くか想像もつかない。しかし、誰が相手でも勝ち続けるしか道はない。そうでなければ、地球と人類には滅びの道が待っているだけだ。

 「第五艦隊、全艦配置につきました」

 報告を受けて、堀田は立ち上がって檄を飛ばす。

 「さて、苦しい戦いになるだろうが、勝って地球と人類を守り抜こう。各員、全力を尽くしてくれ!」

 土星会戦、その『本戦』と言うべき艦隊同士の激突が、間もなく始まろうとしていた。

 タイタンでの修理を終えて、月面基地に帰還した『薩摩』は、これまた接触事故による損傷の修理を終えた『周防』『丹後』と共に再び戦隊を編成した。なお、ヤマト発進時に堀田が行った独断行動に関しては、そもそも発端であるヤマトの発進が『当初から命令されたものだった』という形で処理されたためか咎められることもなく、上官たる安田からも何も言われずに終わった。

 (まあ正直なところ、こういう個人的な綱渡りに部下を付き合わせるのは感心できないな。今後は戒めることにしよう)

 内心でそう思い、再び訓練に次ぐ訓練の日々に戻った堀田だったが、それからさして間を置かないある日のこと、安田に呼び出されてその執務室を訪れていた。

 「我が戦隊を第一外周艦隊に、ですか」
 「そうだ。いよいよガトランティスとの本格的な戦闘が開始されると土方長官も見ているようだ。そこで、現在の月面基地艦隊の戦艦戦隊で最も練成が進んでいる第28戦艦戦隊を前線に送りたい、と命令が下った」

 第一外周艦隊は天王星基地を根拠地とした、太陽系防衛における最前線を担う艦隊である。ただ『薩摩』が海王星宙域にてガトランティス軍の小規模艦隊と交戦した際は演習中で、その援護に間に合っていなかった。
 この『前線にあってなお、援護が間に合わなかった』というのは大問題であったが、同時に現在の地球防衛艦隊の苦しい現状を示している事態でもあった。第一線に配備されている艦隊が、その根拠地周辺で訓練を繰り返さなければならないほど、乗員の練成が進んでいなかったのである。それ以前に乗員の数が揃わず苦しいやりくりが続いている地球防衛軍であるが、質的な問題まで抱えているとなれば、当然のこと今後のガトランティスとの戦いは苦戦を免れまい。

 「何より、君の戦隊は『薩摩』のみとはいえ実戦も経験した。それに俺の目から見ても、君の部隊の練成が一番進んでいるのは指揮官たる君の手腕によるところが大きいと思っている。それを前線部隊である第一外周艦隊で生かしてもらいたいのだが」
 「はい……」

 褒められているのはわかるが、それはあくまで自分の手の内に入れた一個戦艦戦隊での話である。これから新しい任地に配属されれば、当然のこと周囲には面識の浅い、あるいはない相手のほうが多いのだ。そこであまり腕を振るってしまうと、嫉妬を買ったりして全軍の和を乱しかねない。堀田は他人の評価をそう気にする性格でもなかったのだが、そういう内輪のもめ事に関しては軍にとって致命傷になりかねないという意味において、決して鈍感ではなかった。
 それに堀田にとって、配属先が第一外周艦隊というのも、一つの問題となるのだった。

 「……そういえば、君は谷さんとは仕事をしたことがあったか?」
 「いいえ」

 谷鋼三宙将補。現在の第一外周艦隊の司令長官であり、決して多くない現在の地球防衛軍の宙将補の中でも最年長の提督である。『思索生知』を座右の銘とする合理主義者として知られた人物で、その意味で言うなら、同じく合理的思考の強い堀田と相性が悪いとは考えにくい。だが、実は別の問題があった。
 谷は、堀田が反対した波動砲艦隊の推進派であり、かつその実行者として知られる人物でもあった。例えば波動砲を艦隊単位で発射するための陣形を『マルチ隊形』を呼ぶのだが、これを考案、命名したのも谷であるように、徹底した波動砲戦の研究家というのが衆目の一致するところである。そんなところに、波動砲艦隊に強く反発した自分が行って大丈夫なのか? 堀田としては谷のことを詳しくは知らないという事情もあり、全く不安がないと言えば嘘になってしまうのだ。
 しかし、安田としてはそのあたりの堀田の心理について、どうやらお見通しのようであるらしかった。

 「堀田君、君は上官を少し安く見過ぎているように見えるが?」
 「……」
 「谷さんは、君が波動砲艦隊に反対したからと言って、それで君を冷遇するような人ではない。俺はあの人と一緒に仕事をしたことが何度もあるが、有能で、公正な指揮官だと保証できる」
 「はい」
 「だから、安心して君の腕を振るって来い。何なら『波動砲を使わない』君の戦いを存分に見せてくればいい。そして、君は君の知らない波動砲を有効利用した戦い方を学べばいい。多くを学ぼうとする者に対して、谷さんは無碍な扱いをする人ではないからな」
 「わかりました、肝に銘じます」

 そう言って敬礼し、退出した。もちろん不安すべてを払拭できたわけではないが、ともあれ今度の任地は最前線なのだ。余計なことを考えている余裕などあるはずもないから、まずは自分の役割に集中しよう。そう思い直す堀田であった。


 そして、第28戦艦戦隊は数日のうちに月基地を出港、天王星基地へと向かった。なお、前線部隊への異動に伴って『薩摩』を旗艦とするこの戦艦戦隊は名称がが変更され、以後は『第3戦艦戦隊』として活動することとなった。
 天王星基地に到着してすぐ、堀田は谷に面会した。

 「君が堀田真司一佐か。海王星での君の奮戦は聞いている。我々の援軍が間に合わなかったこと、申し訳なく思う」
 「恐縮です」

 まずは丁寧と言うべき、谷の対応だった。

 「ところで、君は波動砲艦隊に反対だと聞いているが、今でもそう考えているかな?」
 「……実際に波動砲を用いて思いましたが、過去のことはさておき、現状ガトランティスから地球を守るために、あの力は必要だと痛感しました。ですが」
 「うん?」
 「あの力がいつか使われずに済む世界が来ることを、私は望まずにはいられません」

 あえて思うところを隠さず述べたが、谷は表情を変えず、むしろ考え込むような様子を見せてから口を開いた。

 「……私が言うと信じてもらえないかもしれんが」
 「?」
 「私としても、あの波動砲というものの恐ろしさは、私なりにだが理解しているつもりだ。あれは、確かに使わずに済めばそれに越したことはないと私も考えている。だが、今の地球の状況はそれを許さないとも思う」
 「……」

 堀田は表情を消して黙っていたが、波動砲艦隊推進派の谷からこのような言葉を聞くとは、正直なところ考えてもみなかった。何より、波動砲の恐ろしさを知った上でなお使わざるを得ないと判断したのは、結局のところ自分も同じなのである。その『恐怖』を理解しているだけ、この指揮官もまた信頼に足る人物と見てよいように思えたのだった。

 「安田君から聞いたが……」

 谷が話題を変えた。

 「君は、戦艦戦隊の司令官代理にしては珍しく、運動戦による戦艦の運用を研究していたようだな」
 「はい。確かに波動砲や大口径ショックカノンの威力は絶大ですが、常にそれが使用できるとは限りません。私が宙雷を専攻していたということもありますが、使える手は幅広く持っておくのがよいと考えましたので」
 「なるほど、理にかなっているな」

 谷が、わずかに感心したような表情を見せた。

 「正直、私がそう仕向けておきながら言うのはおかしいが……今の防衛艦隊の若い士官は波動砲に傾斜した者が少なくない。そのために、波動砲が使えなくなった時点で思考が停止するものさえ出る始末なのだよ」
 「それは……」

 大問題ではないですか、と言いたくなったが、ここで谷に批判めいたことを言っても意味はない。

 「あえて言ってしまうが、君をここに呼んだのは安田君の推薦があったからだ」
 「安田提督の?」
 「私が『波動砲に頼らないで戦える士官はいないか?』と問うたら、君を紹介された。申し訳ないが、いささか履歴も調べさせてもらった。もちろん、私は波動砲戦の専門家としてその威力は大いに生かしたいと考えているが、同時に『それ以外のことができる士官』もまた欲しているつもりだ」
 「……」
 「これもまた『思索生知』と思うのだよ。君はこの艦隊で波動砲戦や通常の戦艦による戦いを学び、私やこの艦隊の士官は君からそれ以外の戦いを学ぶ。そうして皆が強くなれば、地球と人類を守り抜くこともできると私は信じている。君がここで存分に力量を振るうこと、期待させてもらおう」
 「承知しました、全力を尽くします」

 政治的な立場は、確かに異とした相手である。だが、谷もまた信頼に値する艦隊指揮官だと、今のやり取りで理解した堀田であった。


 「第3戦艦戦隊には『鬼』がいる」

 そんな評判が第一外周艦隊の内部で広がるのに、そう時間はかからなかった。

 谷から暗黙の了解を得たこともあり、堀田は月面基地以来の自分のやり方を一切変えずに、第一外周艦隊での任務に就いていた。それは当然のこと、波動砲戦や遠距離砲戦に終始したこれまでの第一外周艦隊の演習とは全く異なる、艦隊あるいは個艦の連続機動による運動戦に重点を置くものだった。
 当初、この第3戦艦戦隊の運動戦についていける戦艦戦隊はほぼ皆無であり、新たに配備された新型巡洋艦を有する戦隊ですら、追従できた部隊のほうが少ないという有様だった。これは練度の低さも問題だったが、波動砲艦隊に賛意を示さなかった士官の多くを後方勤務に追いやったこと、ガミラス大戦で機動戦を得意とするはずの宙雷士官の多くが命を落としていたことも原因ではあった。

 しかし、この現状は堀田を嘆かせるというより、焦燥感を与えるには十分すぎるものだった。

 (同じような戦いを同じようにするだけで、最終的に敵に勝てると思うのか?)

 このようになった原因の多くを防衛軍首脳部に求めることができるから、実際に現場の士官たちを叱りつけても意味はない。だが、放置しておけば本当に波動砲とショックカノンによる遠距離戦しか対応できない艦隊が出来上がってしまう。その前に自分がここに来れたのは幸いだったと思うしかないのだ。
 そうなれば、堀田は一佐として実はこの第一外周艦隊の中で最先任だったこともあり、積極的に艦隊訓練の方法に関して意見具申を行った。全てが取り上げられたわけではなかったが、谷が一定の理解を示したこともあり、堀田はこの時期の第一外周艦隊の訓練課程の殆どを管理していたと伝わっている。それゆえに、またその訓練の厳しさ激しさあればこそ、堀田は「第3戦艦戦隊の『鬼』」などと呼ばれるようになったのである。

 しかし、当然のことその厳しさは、堀田自身と彼の率いる第3戦艦戦隊にも向けられたものだった。彼は他の艦に運動戦中心の訓練を強いつつ、自らとその部隊には、これまで自分の不慣れから不十分だった波動砲戦の訓練を積極的に行っていた。そこで堀田が新たに発見したことも数多く、また練成不十分とはいえこの時期の地球防衛軍にあって『主力艦隊』と言うべき第一外周艦隊に身を置いていたことも幸いして、この頃の堀田が組み上げた訓練プログラムは自身のみならず、これ以降の地球防衛軍の将兵育成に大いに貢献する材料となるのである。もっとも、この時点ではそれはまだ未来のことではあったのだが。


 そうして訓練に明け暮れる日々を送っていた時期の堀田に、というより地球防衛軍に対してある知らせが届いた。

 『ヤマト、テレザート星の解放に成功せり』

 また、これに付随してもたらされたヤマトからの情報により、ガトランティス軍による大規模な地球侵攻作戦が開始されることが判明した。これに伴い、地球防衛軍の各艦隊は第一級戦闘配備に入り、来るべき決戦に備えることとなった。

 「いよいよですね、艦長」

 三木に言われて、しかし堀田は即答できなかった。先日、土方との会話であったように、地球防衛軍が『バランスの取れた艦隊』を手にしているとは言い切れない現状、襲来が予想されるガトランティス軍の大艦隊に対応するだけの力が自分たちにあるのか。自信があるとはとても言い切れなかったのである。
 黙ってしまった堀田に、その内心を理解したのか三木が言った。

 「艦長、今は土方さんはじめ、諸先輩と将兵たちを信じましょう。それに、この第一外周艦隊……地球の主力艦隊は貴方が鍛えたようなものではありませんか。それを疑ってどうするのです」
 「……そうだな、すまなかった」

 詫びて、思考を切り替える。確かに戦力的には不安が大きい。だが、太陽系内で戦うなら地の利と補給線の短さ、何より『地球と人類を守り抜くための防衛戦争』ということで将兵たちの士気も高い。今はそれらの要素を信じて戦うしかない。否応なくそういう時期に来たのだと、堀田は理解したのだった。

 それから、数日が経過する。その日、土方から第一外周艦隊……否、地球防衛艦隊の全てを激震させる命令がもたらされた。

 「太陽系第一、第二外周艦隊は1宇宙時間以内に合流、直ちに土星基地へと集結せよ」

 後に『人類の運命を賭した一大艦隊決戦』として歴史にその名を残す『土星会戦』は、もう間もなくへと迫っていた。

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