海王星沖での戦闘で損傷を受けた『薩摩』は、戦闘終了後に土星の衛星タイタンへと向かっていた。これは被害が思いの他大きかった『薩摩』には比較的大規模な修理が必要であり、それができる設備を有する一番近い基地がタイタン鎮守府の工廠だったからだが、堀田としては別の思惑もあった。
(これからガトランティスと本格的なの戦闘が始まるなら、その前に土方さんと話をしておきたい)
当時、地球のほぼ全艦隊の指揮権を委ねられていた土方は、土星のタイタン鎮守府で各外周、内周艦隊の指揮を執っていた。今回の海王星沖での戦闘の戦訓を報告すると共に、個人的な意見交換になってしまい公私混同と言われかねないのだが、今後の地球防衛艦隊の戦略について話をしたい。そう思っていたのである。
タイタン基地に到着し、早速『薩摩』は入渠し修理に入る。作業にある程度の目途が立ってから、堀田は残務を三木に任せて、自分は土方に面会を申し入れた。
相手は連合艦隊司令長官という要職にある人物だから、さすがにすぐに会えるわけではない。一日待たされたが、ともあれ許可が下りて土方と面会できることになった。
「何をしに来た、自分の艦を放り出して」
対面していきなり、土方はそう言った。だが、別にこれは叱責したわけではない。何せ堀田が士官学校の最上級生だったときから、生徒と校長してのみならず、教官と校長、そして戦場でも部下と上官として長く付き合ってきた間柄である。味方からも恐れられる人物とはいえ、堀田には多少なりとも気安さがあったのかもしれない。
申し訳ありません、と謝罪してから、堀田は海王星沖における戦闘の状況を事細かく説明した。
「……そうか、お前も撃つと覚悟したか」
自分と同じように、波動砲艦隊構想に強硬に反対してきた堀田である。ヤマト乗員たちほどではなかったかもしれないが、沖田とスターシャとの約束を守りたいという気持ちが強いことを土方は知っていたから、波動砲の使用に至るまでどれだけ悩み、そして最終的に、それこそ身を削るような覚悟を秘めて引き金を引いたか、なまじ付き合いが長いだけにわかってしまうのである。
「味方を見捨ててまで、自分の感情を納得させるようなことはしたくありません。それでは後々、より大きな後悔を生むだけだと思いました」
そっけないと言えるような口調で堀田はそう答えたが、こういうときの彼は普通に話すときより、内心でよほど強い葛藤を抱え込んでしまっている。これもまた、土方には容易に理解できることであった。
ここで、土方は話題を変えた。
「それで、お前は実際にガトランティスと戦ってどう思った?」
「……勝つために手段を選ばない相手であるようです。こういう相手に勝とうと思えば、戦力において相手が勝るであろうことを踏まえますと、容易ならざることと思いました」
「味方を犠牲にしても勝ちを得ようとする……どうやら、少なくともかつて戦ったガミラスとは違ったメンタルを持った相手のようだな」
「そう考えます。こちらはそうした戦いは許されませんが、並々ならぬ覚悟はしておくべきかと」
「そうだな」
ここで、堀田は気になっていたことを口にした。
「話は変わりますが……艦隊の整備は順調に進んでいるのでしょうか?」
「正直、捗々しいとは言えない。お前の指摘した通り、戦艦の数はともかくそれを護衛すべき巡洋艦、駆逐艦は相変わらず不足している。均整の取れた艦隊の整備はまだ道半ば、だな」
「……」
土方が艦隊司令長官に就任する前、防衛軍首脳部は波動砲搭載戦艦の建造に躍起になっていた。巡洋艦や駆逐艦の代替として波動機関を搭載した金剛改型や村雨改型が建造されてはいたが、やはりこれら旧式艦では性能に限界はある。ようやく新鋭の巡洋艦や駆逐艦の建造が開始されたのだが、土方の言う通りやはりこれらの量産は道半ば、というしかない。
「……こうなることがわかっていたはずなのに、なぜ首脳部は波動砲に偏重した軍備という愚かなことをしたのか」
「堀田」
思わず呟いた言葉を耳にされて、堀田は土方から厳しい視線を向けられた。
「相変わらず直らないようだが、お前は上に対する言葉に容赦がなさすぎる。俺に対しては構わないが、そういう言動は慎まなければいずれ不興を買うぞ。そうなれば地球のために働く場を失うことにもなりかねないのだから、そういうところは俺の真似をするな」
「……申し訳ありません」
謝るしかない堀田だったが、この『上に対する言葉に容赦がない』という点がなければ、実は彼が土方に見出されることはなかったということは、土方本人が語らなかったので知る由もなかったのである。
堀田が土方と出会ったのは、ちょうどガミラス大戦が始まった年のことだった。戦時にあたって優秀な士官を育成するため、土方は国連宇宙軍首脳部の要請を受け、航宙宇宙軍士官学校の校長を引き受けたのである。
当時、堀田はその士官学校で最上級生だったのだが、ある日、事件が発生する。土方の元へいきなり堀田が押しかけていって、ある教官が一部の生徒と結託して別の生徒を虐待しているという件を、正規のルートを経ずに告発したのだった。
当然のこと、これは軍規違反である。そのため校内で簡易軍法会議が行われたのだが、堀田はその場でこのように述べている。
「仮にも教官たる者が、生徒と結託して別の生徒を虐待するなど看過できません。私が校長に直接告発したのは、自分の告発が握りつぶされるのを恐れたからです。告発にあたって正規の手続きを踏まなかったことに関しての罰は甘んじてお受けしますが、私の行為が軍紀を乱したという批判は納得できません。私は既に存在している軍紀の乱れを明らかにしたのみです」
激烈な言葉に、これを聞いた多くが「堀田は退学させられるだろう」と思ったそうである。だが、実際に告発とこの言葉を聞いた土方はこう思った。
(こいつ、俺と軍組織を試しているのか)
確かに、堀田を異分子として排除するのは簡単である。しかし、不正を明らかにした人間を追い出してしまえば、国連宇宙軍は『不正を告発したものを追い出す、信用できない組織』と市民に思われるのは必定である。それ以上に、校長である土方がその断を下してしまったら、当然のこと彼の信頼も失われてしまうのだ。
土方自身としては、自分の名誉などどうでもいいことである。だが、仮にも内惑星戦争の英雄として沖田と並び称され、国連宇宙軍でも指折りの名将と評される彼が不正に加担するような行動を取ってしまったら、全軍に与える影響は計り知れないのである。
だが、そこは『鬼』と恐れられつつも、提督として部下から絶大な信頼を得ている土方だ。彼はいかにも『彼らしいやり方』でこの問題を処理することにした。
まず、堀田が告発した教官および生徒を配置転換、および退学処分ですべて士官学校から追放した。優秀な教官や生徒が混じっていたこともあって反対論もかなり根強かったが「部下から信頼を得られない教官や生徒は必要ない」と押し切ったのである。
そして堀田には『正規の手続きを踏まずに告発した』という一点だけを罪に問い、一カ月の停学処分を加えた。こちらにも厳罰を、という声も小さくはなかったが、土方はただ一言「必要ない」とだけ述べて取り合わなかったと伝えられている。
堀田自身はこのとき「これで自分を退学させるような組織なら、戦場に出された時点で生き残れそうもない。それなら今ここで追い出されても同じことだ」と割り切ってしまっていたのだが、停学処分に止まったことに違和感を感じていた。だが程なく、彼は自分が土方から、退学より遥かに重い『処分』を喰らったと知ることになる。
「軍の規律を乱し、そこまで上を批判したなら退学で済むと思うな。今は戦時であるから、戦場で責任を果たせ」
直接、本人から言われたわけではない。しかし、その後の自分が受けた土方の『指導と言う名のしごき』から考えると、そうした課題を突き付けられたと思うしかなかったのである。
こうして出会うことになった二人だったが、これは双方にとって『僥倖』と言うべきものであったろう。堀田は土方の『しごき』に不平ひとつ言わずよくついていき、その知識や経験を吸収していった。告発の一件以前はあまり教官たちから注目されるところがなかった堀田だったが、秘めた力量については申し分ないものがあった。それを見抜き、認めることのできる校長を得たことで、その才能は最上級生になって大きく開花したのである。
そして土方もまた、自分の厳しい指導についていく堀田にいささかの驚きを感じつつ、その士官としての才能に期待するようになった。ガミラスとの厳しい戦いで生き残れるかわかったものではなかったが、もし運よく命永らえれば、いずれ連邦宇宙軍を支える士官になるかもしれない。そう思うようになったのだ。もちろん『上に容赦なさすぎる』という点は直さなければ出世がおぼつかず、自分の期待も画餅に終わってしまうのだが。
堀田が諸々と留意したのか、とにかく無事に卒業した彼は順調に士官としての履歴を重ね『ヤマト完成以前、地球艦隊唯一の勝利』とされた第二次火星沖海戦にも参加して生還してきた。この直後、土方は士官学校校長としてある決断をする。
「堀田一尉(当時)を、士官学校宙雷科の教官として迎える」
一尉という階級はまだしも、当時の堀田はまだ23歳だった。若すぎる教官の登用にやはり反対論は多かったが、土方はまたしてもこの人事を強行した。そして、堀田はこの抜擢に対して『上に厳しく下に優しく、自分に対しては度を越して厳格ですらある』と評される公正な人格と、カ二号作戦から生きて帰ってきた戦場での経験、何よりも優れた宙雷戦術の専門家として土方の期待以上に見事な教官ぶりを発揮した。この教官時代に養われた人脈が後の堀田にとって大きな財産になったことも含めて、これもまた互いにとってよい人事であったと言うべきだったろう。
更に時代が下り、ガミラス大戦末期においては、ヤマトの帰路確保と太陽系宙域回復作戦である『レコンキスタ』において、土方は地球残存艦隊の総司令長官として、堀田はその麾下にあった駆逐艦『神風』の艦長として、やはり縦横の活躍を見せた。こうしたことが続き、いつしか堀田は土方の『愛弟子』という評価を、周囲からされるようになったのである。
こうした良好な関係にある二人だったが、そこは公私の別をよくわきまえたもの同士である。互いに立場に甘えることなく、あくまで『それぞれが己の責任を全うする』というスタンスで関係を継続していた。そうでなければ、どちらかあるいは双方がこの関係に見切りをつけてしまったであろうことは言うを待たない。彼らはそういう人間だった。
「上に対してはともかく……」
堀田が口を開く。
「今の状況で、ガトランティスの大艦隊が押し寄せてきたとして、勝てるのでしょうか?」
まさか大艦隊『以上』のものが襲来するなど、この時の堀田に想像するのは不可能だった。
「勝てなければ、地球と人類が滅びる。それだけだ」
「……」
「勝つための戦いをするのが、地球の全艦隊を預かった俺の役目だ。お前が心配することではない。余計なことを考えず『薩摩』艦長、そして一個戦艦戦隊の司令官代理としての責任を果たせ。『自分の責任から逃げるな』と、俺はお前に教え続けてきたつもりなのだがな」
「はい、出過ぎました。申し訳ありません」
わかればそれでいい、と土方が答えたところで、面会の時間が終わりを告げた。そのため退出しようとする堀田の背中に、土方が声をかけた。
「堀田、お前は今年で何歳になった」
「?……32になりましたが、それが何か?」
「そうか、今の防衛軍にとっては、もう熟練の士官と言うべき立場になったな」
そう言って、土方は何故か少しだけ、表情を緩めたように見えた。
「これからは、士官学校の教官としてだけでなく、若い者たちにより多くのことを教えなければならんな。そのために……お前が俺に艦隊司令の役目を押し付けたとき、俺は『俺より先に死ぬことは許さん』と言ったが、それは決して忘れるな」
「……わかりました、微力を尽くします」
「よし、それから」
「?」
「あのヤマトの無鉄砲……古代進は、お前も縁のある相手だ。今度のことを考えると、これからあいつはお前以上に苦労することになるだろう。だが同時に、あいつはお前と同じくらい、いやそれ以上に、多くの機会できっと地球と人類を救うような存在になり得るはずだ。俺はそう思っている」
「進君であれば、さもあろうと私も思います」
「そうか。ならばお前は古代の先輩として、今後色々と力になってやってほしい。あいつには真田くらいしか頼れる先輩がいない。子供のころから付き合いのあるお前が何かと力になってやれば、心強かろう」
「……あまりひいきをしたいとは思いませんが、正直、教え子ということもあって彼のことは気にかけています。ですので、できる限りのことはしていきます」
「それならいい、用件はそれだけだ」
そう言われて再び背を向けた堀田に、また土方が声をかけた。
「堀田」
「……何でしょうか?」
土方らしくないしつこさに、ここで堀田は違和感を感じていた。
「死ぬなよ、いいな」
「……」
何か答えようとしたが堀田だったが、どうしても言葉が出てこず、黙って敬礼して土方の部屋を退出するしかなかった。
恩師と生徒、その絆と縁を超えた関係で繋がっていたこの二人が、面と向かって直接会話をしたのは、このときが最後のことであった。