地球防衛軍艦艇史とヤマト外伝戦記(宇宙戦艦ヤマト二次創作)

アニメ「宇宙戦艦ヤマト」(旧作、リメイクは問いません)に登場する艦艇および艦隊戦に関する二次創作を行うために作成したブログです。色々と書き込んでおりますが、楽しんで頂ければ幸いに思います。

カテゴリ:ヤマト外伝小説 > とある士官と戦艦と地球防衛軍 2202

(本作にはお世話になっている八八艦隊さん、島(178cm)さんの作成したオリジナルキャラが登場します。今後も活躍していただく予定です。お二方、ありがとうございます。なお、これらオリジナルキャラの設定は八八艦隊さんの「高石範義 経歴書」、島さんの「明星、瞬いて」「明星の残光」というpixivに投稿されている作品をお読み頂くとより楽しめます)

 2201年初頭、地球連邦とガミラスによる安全保障条約の締結に伴い、月面に建設されたガミラス大使館。ここに駐在する武官たちの間で、地球防衛軍のある二佐について話題になることが多くなっていた。

 「地球にも、随分とできる士官がいるようだ」

 ガミラス軍は伝統的に、航空戦や宙雷戦といった、機動力を生かして敵を翻弄する戦闘を好む軍人が多かった。そのため地球に駐在する武官の幾人かにこの方面のエキスパートとも言える人材がいたのだが、その中で特に宙雷戦を得意とする者たちが、地球防衛軍士官学校で宙雷科の教頭を務める『とある士官』を高く評価していたのである。

 もちろん、士官学校で一科の教頭を務めている以上、この士官は現在ガトランティス帝国と行われている地球、ガミラス連合艦隊の戦闘に参加したことはない。それでもなお高く評価されていたのは、彼がガミラスの士官たちと行った戦術シミュレーションにおいて、如何なる不利な状況からでも必ず引き分けまでには持ち込み、文字通り不敗を誇ったこと。
 そして、そんな力量があってもなお、時間が許せばガミラス大使館を訪れて武官同士で戦術論に花を咲かせたり、過去のガミラス艦隊の戦闘記録、特にドメル司令のそれを熱心に学ぶ姿勢が、自分たちの専門分野に関しては誇り高いガミラス軍人たちから好意的に受け入れられていたからである。

 しかし、その地球の士官が一切口にしなかったので誰も知らなかったが、彼がガミラスとの戦いで婚約者と多くの同僚、教え子を失い、それでもガミラスを憎む気になれない自らの心理に疑問を抱きながら日々過ごしていることを、もしガミラスの武官たちが知ったらどんな事態になったろうか。
 だが、それは恐らく永遠の謎となるはずだった。話題の防衛軍の二佐、堀田真司はそんな自分の過去を話す気を一切持たず、ガミラス人とも分け隔てなく付き合っていたのだから。


 話は変わるが、堀田のみならず、地球防衛軍の艦隊士官たちにはある共通の危機感があった。

 「今のままでは、地球が再び焦土になる可能性も考えなくてはならない」

 これは特に、堀田の同期である高石範義、あるいはこの二人と互いに能力を高く評価している山南修という二人の宙将補を含め、堀田自身もまたその一人ではあったが、実際にガミラス大戦において艦隊戦を経験した士官たちが持っている傾向の強い感覚だった。
 確かにガミラスとの戦争は終わった。だが、そのガミラスと和平を結ぶ過程で、やむを得ない事情とはいえ今度はガトランティス帝国という敵を新たに作ることになってしまった。まだ敵の正確な情報が判明しない現状ではあったが、だからこそ彼らが太陽系、地球を標的に定めないという保証がなかったのである。

 堀田が自分の過去に触れずにいたのは、それ自体を思い出したくない、ガミラスという国家はいざ知らず、それに属する個々の人たちを恨んでも意味がないと考えていたこともあったが、自身が恨み言を口にして、それが原因で地球とガミラスとの関係を悪化させることを懸念した面もあった。そういう意味で堀田自身の言葉を借りれば「自分は生き残ったというだけで不相応に偉くなりすぎた」ということなのかもしれない。
 それに過去を悠長に振り返る余裕は、正直なところ今の堀田にはなかった。彼には自分が所属する組織である地球防衛軍に対して大きな懸念があり、それを解決するには自分の力ではどうすることもできない。だから、追放同然に閑職に回されることを甘んじて受け入れようとしている恩師を、無理やりにでも再び表舞台に押し出さなければならないという課題を抱えていたのである。


 ある日、堀田はその件について高石と二人きりで話をしていた。今でこそ階級は上の相手だが、同期ゆえの気楽さか、二人だけのときはいつも通り友人としての口調で会話をするのだった。

 「範さん、どうだろう。説得できそうだろうか?」
 「……難しいな、やはり沖田さんの約束を守りたいという気持ちが強すぎる」

 話題の人は、地球防衛軍の全艦隊を率いる提督であるべきと目されながらも、ヤマト艦長である沖田十三がイスカンダルの女王スターシャと結んだ『波動砲は二度と用いない』という約束を守るためにその人事を受け入れようとしない、堀田の士官学校時代からの恩師でもある土方竜だった。

 「土方さんの信念は、確かに誰であってもそう簡単に動かせるはずはない。それに、地球の恩人であるスターシャ女王との約束を尊重したいというのも、私はわかるつもりだが……」
 「真さん。俺もそう思わないでもないが、それで今の地球が守れると思うのか?」
 「……」

 堀田は返事ができなかった。

 ガミラス大戦において『波動機関』という強力な動力源を得た地球防衛軍は、大戦が終わるや否や、凄まじい勢いで軍備の拡張を行っていた。これには『二度とガミラス戦役の悲劇を繰り返してはならない』という官民共同の意識があったから誰も反対するものはなく、堀田個人としても、艦隊戦力を必要相応に準備することを否定する理由はない。問題はその内実だった。

 「防衛軍の首脳部は、波動砲という兵器に依存しすぎているのではないか?」

 堀田にはそんな疑問があった。地球防衛軍が波動砲搭載の主力戦艦である『D級(ドレッドノート級)戦艦』の量産に手を付けたのは最近のことだが、現在設計中の新型巡洋艦や、果ては駆逐艦にまで波動砲が搭載されることになっていたのである。

 士官学校の教官として艦隊戦術、特に宙雷科ゆえに機動戦の専門家たる堀田は、この状況に危惧を抱いていたのだ。これまでの戦訓の検討や戦術シミュレーションの結果、波動砲は威力こそ絶大だがエネルギー充填に時間を取られるなどして、決して柔軟な運用に向いた兵器とは判断できなかったからである。
 実際、堀田は駆逐艦への波動砲搭載には強く反対したし、その際に、または宙雷科の士官や学生にすら一部見られるようになった波動砲へと傾斜する人々に対して、

 「ガミラスは、波動砲がなくても強かったよ」

 などと、口癖のように言うことを余儀なくされていた。

 とはいえ、艦隊戦というシステムの中において、時に波動砲によって数的劣勢を覆すことが必要となる局面が存在することは、堀田も砲術の専門家である高石との交流で理解するところではあったから、必ずしも波動砲を全面的に否定するという考え方はしていなかった。スターシャとの『約束』も守りたいとは思うのだが、現状の地球防衛軍でそれが許されるのかと言えば、これまた甚だ心もとない現実があるのも承知していた。

 「もし防衛軍の首脳部がもっとバランスの良い艦隊を志向してくれるなら、土方さんの志を曲げさせる必要もないんだが……」
 「そうだな、だが難しいだろうな」

 高石が答える。もし土方が艦隊の総指揮官たることを辞退すれば、その座は恐らく山南に回ってくるだろうと予想されていた。だが山南、あるいは同じ宙将補である高石は能力は土方に劣るものではないが、やはり軍人として『格』という点で見劣ってしまう。これは当人らの責任ではないからどうしようもないのである。
 ゆえに、防衛軍の上層部と真っ向からやり合って、艦隊を率いる実戦担当の士官たちの意見を通すことは、誰が何をしても難しくなってしまう。そうなれば最悪、今後は波動砲を搭載した艦の数を増やせば十分、などという偏向した軍備がまかり通ることになりかねない。堀田や高石、そして立場上、公言こそしていなかったが山南もまた、そうした事態になることを懸念して土方に表舞台へと返り咲いてほしいと考えていたのである。

 しかし、当面はどうすることもできない。そんな結論にしかならず高石が去ったところで、それを待っていたかのように鳴り出した自分のデスクの電話を、堀田は手にした。
 だが、それは悲しい事実を知らせるものだった。会話を終えて受話器を置いた堀田は表情こそ変えなかったが、もしその場に誰かがいたら目に見えてわかるほど、明らかに肩を落としてしまっていた。


 それから数日後。堀田は士官学校教員の制服に喪章をつけた姿で、かつての教え子の葬儀へと足を運んでいた。

 (武田君……これからという時に、こんなことになってしまうとは)

 武田夕莉。堀田にとっては彼女の父に士官学校候補生時代に世話になり、自らが士官学校の教官になってからその娘を指導する立場になるという縁もあって、他の生徒と大きな差が出ない程度に『ほんの少しだけ目をかけてきた』生徒。そして、その堀田の指導に応えていつしかガミラス戦末期には艦列を並べて共に戦う『戦友』となった、有能で、どこか人を惹きつける魅力のあった若き女性士官。
 その彼女が『輸送船団護衛任務の際に、ガトランティスの攻撃により戦死した』との知らせてきたのが、ちょうど数日前の電話であった。

 武田が戦死した際の状況を伝手で耳にしたとき、堀田は激怒を禁じ得なかった。

 「旧式の戦艦だけで護衛部隊を編成するとは、司令部は何を考えているのか!」

 思わず大声でそう口にしていた。彼女たちの部隊は波動機関に換装されたとはいえ、もはや旧式で第一線の任務には不適当な金剛型宇宙戦艦が四隻だけ。しかも機動力を有する駆逐艦などの支援もないという、艦隊任務を担当する士官からすれば非常識に過ぎる状況だったのだ。これでも、護衛の二隻と輸送船団の全艦は帰還できたというのだが、それは堀田からすれば武田と、これまた自分にいささか縁のあった、このとき同時に戦死した品川幾二三佐の功績だったとしか言いようがなかった。
 本来なら品川の葬儀にも出席したかったが、子を授かったばかりで夫に死なれた彼の妻が「軍人なんてもう見たくない!」と取り乱してしまっていると聞いたので、遠慮したのである。

 儀式としての葬儀が一通り終わってから、人込みをかき分けて……これだけの人数が集まったのは明朗快活な武田の人柄が偲ばれると思う堀田だったが、葬儀のまとめ役を務めていた女性士官の元へと歩み寄った。
 やはり、というべきなのだが、その女性士官の顔には生気が全く見受けられなかった。

 「藤堂君……」
 「……」

 やっとの思いで堀田は声をかけたが、返事はなかった。

 「藤堂君、今度のことは……」
 「教官、何も仰らないでください」

 ようやく返ってきたのは、弱々しいがきっぱりとした拒絶の返事だった。

 藤堂早紀、防衛軍三佐。

 堀田にとっては、士官学校の教官時代に武田と同じようにその能力を評価し、また彼女が独自に研究していた『AIによって自動制御された艦隊』に関して、戦闘記録の提供や実戦士官として意見を述べるなどして協力した、かつての教え子の一人だった。

 だが、正直なところAIによる自動艦隊に関して堀田はさして興味はなく、彼女の研究に協力したのは、当時士官学校の校長だった土方から「彼女のような有能な士官を、むざむざ潰したくない」と告げられたこと。何より、彼女の母親が恐らくまともな死に方をしていないだろうと想像され、そのことが早紀にとって心の重荷になっていることが、ただ見ているだけでも明らかに感じ取れてしまっていたのである。だから自分だけでも、当時誰にも見向きされなかった彼女の研究にささやかながら手を貸そうと決めたのであった。

 もちろん、AI艦隊という未来の一つの可能性を広げるという面を考慮はしていたが、言ってしまえば『藤堂早紀という個人のために』その研究に付き合ったのである。これを堀田らしくない『ひいき』と言えばそうだったのかもしれないが、早紀とのこれまでの付き合いで、彼女が土方の言葉通り有能な士官であり、藤堂平九郎・現地球防衛軍統括司令長官の娘であるという事実を全く無視した上で、潰してしまうには惜しい人材だと承知してのことでもあった。
 そんな形で指導してきた彼女がここまで落ち込んでしまっているのは、堀田としても居たたまれなかった。武田は早紀の士官学校時代の後輩で数少ない友人であり、その関係は傍目からも姉妹のようなものだったのだから、こうなってしまうのはやむを得ないとわかっていてもである。

 「藤堂君、聞きたくないだろうが言わせてもらうよ」

 心を鬼にして、堀田は口を開いた。

 「どういう状況でこんなことになったかは、およそは知っている。あえて言う。君の指揮に問題があったからではない。指揮官に何のミスがなかったとしても、人が死んでいく。それが戦場だ」
 「……」
 「だから、君らを生かすために犠牲になった人たちに報いたいと思うなら、これからも自分の役割を全うすることだよ。今すぐには無理でも、君がいつか立ち直ってくれると信じる。私はそれを待っているよ」
 「……」

 これが、単に教官任務しか経験のない士官の言葉だったら戯言だろう。だが、堀田はガミラス大戦において『カ二号作戦』を初陣とし、その後も太陽系内でのガミラスとの戦闘を戦い抜いた歴戦の将校でもある。その言葉は、恐らく今の防衛軍の同年代の士官に比べればよほど重かったろう。
 だが、早紀は表情を曇らせたまま、黙って堀田の言葉を聞いているだけだった。

 (これ以上は、追い詰めるだけにしかならないか……)

 堀田はそう判断して、敬礼してその場を去った。早紀とはその後しばらく会う機会がなくなり、次に再会したときには驚くべき事態になっていたのだが、もちろんそんなことをこの時点で想像するなど不可能であった。


 「堀田さん、早紀が失礼しました」

 早紀の前を去り、式場を後にしようとしたその時、堀田は耳慣れた声に呼び止められた。

 「……永峰君か。不謹慎な言い様で申し訳ないが、君や藤堂君だけでも生きて戻ってきてくれたのは、正直よかった」
 「いえ、俺もあの時は何もできませんでした。悔しいです」

 永峰祐樹一尉。先の作戦で早紀が座乗していた戦艦『明星』の副長で、彼女とは士官学校時代の同期生である。戦術科の士官だから堀田の教え子の一人であるし、かつてガミラス大戦時の日本艦隊旗艦『キリシマ』において砲雷長と砲術士官という関係でもあった、縁のある相手である。

 「少し、お時間をいただけますか?」

 永峰の問いに、堀田は「構わないよ」と答え、式場から少し離れた人気のない場所へと足を運んだ。

 「早紀のことですが……教官は大丈夫と思われますか?」

 やはりそのことかと、堀田は思った。

 「初の実戦で妹同然の後輩を失った。いくら軍人だとはいえ、心理的に焼き切れたとしても批判することはできないよ。私が教えていた頃から……いや、恐らくそれよりずっと以前から、張り詰めた気持ちで生きてきたとしか思えないから」
 「教官もそう思われますか……」
 「藤堂君を見ていると、嫌でもわかってしまうことだよ。そして、よりにもよって統括長官の娘ということで、政治的に利用しようと群がる人間もいるだろう。その中でよく理性を保っていると、正直なところ褒めてあげたいくらいさ」
 「……」

 永峰が黙ってしまうあたり、状況が自分の想像以上に深刻だと堀田は理解するしかなかった。永峰ほど早紀と付き合いが長く、その性格をよく知る同僚を堀田は知らない。その彼が明らかに「自分にはお手上げだ」という顔をしているのである。

 「教官、お願いがあります」

 そう切り出した永峰の顔が、引きつっているように思えた。

 「あいつに……早紀にこれから何があっても、教官は早紀の味方でいてあげてもらえませんか? あいつが士官学校でやってこれたのも、教官が誰も見向きしてくれなかった早紀の研究に協力してくれたからです。だから」
 「永峰君」

 静かな、堀田の声だった。

 「別に藤堂君に限ったことではないと断っておくが、私は教え子に閉ざす扉を持ち合わせてはいないつもりだ。今は職場も違うし何もできることはないだろうが、何かあれば堀田真司という個人は決して悪いようにはしない。それだけは約束させてもらう」
 「……その言葉を聞けただけで、少なくとも俺には十分です。ありがとうございました」

 少しだけほっとしたような表情を見せた永峰に、こちらは表情を消したままだったが堀田もやや安心したのだった。
 時間を取らせて申し訳ありません、と告げて去った永峰の背中を見送りながら、堀田はしかし考え込んでいた。

 (所詮、防衛軍全体としては一士官の死など、小さい出来事だろう。だが、今度のことは避けられた事態ではなかったのか。それはよく考えるべきだが、そうしたことができる人間が、今の防衛軍の上層部に果たしてどれだけいるものか……)

 そこが心もとないだけに、堀田は自分の無力さもまた痛感していたのである。

 (やはり、あの人に戻ってきてもらうしかないのか)

 これまでは、正直なところ嫌がっている人間に強要するのも気が引けて、堀田は土方に本腰を入れて「防衛軍の全艦隊を率いてください」と言ってこなかったように思う。しかし、こうして自分の縁ある人々が死に、そして苦しんでいる姿を見て、自らの甘さというものを改めて思い知らされたような気がした。

 「本気でやってみよう。こうなれば、土方さんと刺し違えるくらいの覚悟をしてだ」

 古流剣術の心得がある堀田はこのとき、そう心に決めたのだった。

 改めて、土方に防衛軍全艦隊を率いることを説得すると決意した堀田だったが、これまで、彼は高石や山南といった面々に比べて、土方への説得を熱心に行っていたわけではない。いや、それどころかしばらく土方と直接会うことすら避けていたのである。だが、これには理由があった。

 「堀田、しばらくお前は俺に関わるな」

 他でもない、土方からそう言い渡されていたのである。

 あくまで土方の評価であるが、堀田真司という人物は一見温和で実際そうなのだが、内に秘めたものは間違いなく『地球と人類を守り抜く』という確たる信念だった。そして、そのためには上官に対して噛みつくなど物ともしない剛直さも持ち合わせていると、士官学校の候補生時代から見極められていた。
 堀田は政治的な派閥には興味を示さない人物だったが、その言動からいわゆる『藤堂派』と呼ばれる、防衛軍の中では穏健、かつ少数な派閥に属するものと見なされていた。この派閥は間違いなく『土方に防衛軍の全艦隊を率いてもらう』ことを願う集団だったから、土方があくまで『波動砲艦隊』に反対し続けつつ要職に留まれば、堀田もまたそれに死ぬ気で付き合うだろう。恐らく彼自身が左遷、あるいは軍を追われても何とも思うまい。

 だが、それでは現在の地球防衛軍においてはただでさえ不足している、実戦経験が豊富で部下の気持ちを理解できる貴重な人材を失うことになる。もうすぐ還暦になる自分と違い、堀田はまだ若いのだ。これからの防衛軍を背負ってもらうためにも、土方としては『自分と道連れにする』ことは何としても避ける必要があった。もちろん、これは堀田に対してだけではなく、沖田の遺志を尊重し波動砲艦隊に反対し続けるヤマト乗組員たちにも同じことが言えたのだった。
 だから、もうすぐ自分は辺境の部隊にでも左遷されるだろうと思っていた土方としては、堀田が何の連絡もなくいきなり面会を求めてきたときは少々驚いた。自分の言いつけを守らない堀田というものを見たことが殆どなかったのもあったが、やってきた彼の顔を見たとき、明らかにいつもの堀田真司とは別の心構えをした人間をそこに見出したからである。

 「何をしに来た? 連絡もなしに」
 「お願いがあって参りました。聞きたくないと仰られても帰るつもりはありませんので、そのお覚悟で聞いていただきます」

 いきなり大上段から斬り付けるような、堀田の口ぶりだった。

 「俺に防衛軍の全艦隊を率いろ、とでも言うつもりか?」
 「そうです」
 「……相変わらず遊びのない言い草だな。俺は沖田の遺志を尊重したいだけだ。その話は受けられないぞ」
 「いえ、沖田さんの遺志を尊重していただくためにも、提督には全艦隊を率いてもらわなければならないのです」
 「……?」

 これまで、このような形で自分を説得しに来た士官は存在しなかった。ほぼ全員が「沖田さんの遺志はわかりますが……」と言葉を濁しつつ説得をしてくるのが常だったから、この堀田の言い方には土方も疑問を禁じ得なかった。

 「どういう意味だ?」
 「その前に、率直にお聞きします。今の地球防衛軍の戦力で、波動砲なしで再びガミラスと同程度の敵と戦うことになった場合、地球を守り切ることができるでしょうか?」
 「守ってもらわなければ困る。またガミラス戦の悲劇を繰り返すつもりなのか?」
 「艦隊士官の一人としてお答えします。現有戦力とそれを指揮する人材では、全くおぼつかないことと私は見ております」

 また、土方に疑問が生じた。戦力が足りないというのはわかるが、それを指揮する人材に問題があるという指摘は、少々意表をついていた。

 「山南や高石、それにお前がいる。多いとは言えないが人材はいると思うが?」
 「私はともかく、山南さんや高石ら、艦隊を率いる指揮官級はまだいいでしょう。問題はその上です」
 「……何が言いたい?」
 「今の防衛軍の上層部、それも波動砲に傾斜している連中に、まともに地球を守る戦略など立てられるはずがない、ということです」

 非公式の場とはいえ、仮にも上官の前で堂々と防衛軍上層部を批判したのである。土方にその気があれば、これを理由に堀田を処罰できてしまうような言葉だ。もちろん土方にそんな気はないのだが、恩師と教え子という関係に甘えているのだろうか?という気になって、いささか口調を強めた。

 「お前は、自分が何を言っているか理解しているのか?」
 「もちろんです」
 「俺がその気になれば、今の言葉を取り上げてお前を処罰できるというのも承知しているな?」
 「無論です。そうしたければ、どうぞお好きになさってください」

 投げやりもいいところな返事であるが、ここで土方は気づいた。自分も正直、波動砲艦隊のことで上層部に不満もあるし、そのことで苛立ちを感じているのは確かだ。しかし、どうやらその苛立ちを上回る『怒り』を、目の前の堀田は爆発させようとしているように見受けられた。

 「……何があった? 説明しろ」

 そう土方が聞いたところで、堀田は少し口調を柔らかくした。

 「その防衛軍上層部の無能のせいで、私は恩人と教え子を一人ずつ、失いました」
 「……品川と武田のことか」
 「ご存じなら話が早い。上層部にまともな判断力があれば、あの二人は死なずに済んだかもしれません。ゆえに今の私は、藤堂長官を除いたおおよその防衛軍の上のほうに、敵に対して以上の憎しみを禁じ得ずにいます」
 「……」
 「同時に、こうも思うのです。もし提督が艦隊編成の全責任を担っていたら、このような事態は避けられていたと。あなたに全軍を率いてほしいと願う、それが理由です」
 「その話はわかった。だが、沖田の遺志を尊重するため、というのはどういう意味だ?」

 土方の問いに、堀田は一つ深呼吸してから答えた。

 「……現状、波動砲搭載艦なしで地球連邦の勢力圏を維持するのは困難である、と私は見ます。これは将兵の数と練度の不足ゆえですが、それが解決できない以上、スターシャ女王との『約束』は棚上げにするしかないと考えます」
 「それでは沖田がやったことが無駄になる」
 「そうでしょうね。女王との約束を『棚上げ』ではなく『反故にする』気でいる今の上層部なら、そうなるのは必然でしょう」
 「……それで?」
 「今すぐに、スターシャ女王との約束を履行することはできない。しかし、いつかその約束を果たすために我々は生きるための戦いを続けなければならない。そして、そのためには上層部と時にやりあってでも、実情に見合った防衛兵力の整備ができる人が必要だということです。そうでなければ、いつまで経っても女王との約束は守られず、波動砲に偏った艦隊が膨張していくだけです」
 「それはわかる。だが、だからこそお前や高石が協力して、山南を補佐しそれを阻止すべきではないか?」
 「私が言うべきことではありませんが、山南さんや高石にそれを成す能力は十分にあるでしょう。ですが、今の両者には残念ながら軍人としての『格』が足りません。能力に階級が伴わないので上から軽く見られるからですが、それは今はどうしようもありません。ですから……」

 ここで、堀田は言葉を切る。そして、じっと土方の目に向ける視線は明らかに「これ以上は言わせないでほしい」と語っていた。

 (それができるのは俺しかいない、と言いたいわけか)

 そう土方は悟ったが、それと承知であえて口を開いた。

 「……あくまで俺が嫌だと言ったら?」
 「申し訳ありませんが、この場で提督を刺して私も腹を切ります。私は、あなたが全てを投げ出して埋もれていき、ろくでもない人間がろくでもない世界を作っていく未来など見たくはありません。そんな世界で生きている意味もないでしょう」
 「お前、俺を脅迫する気か?」
 「そう取っていただいて結構です。無論、ここまで言って提督だけに泥を被せるつもりはありません。私も戦場で責任を取らせていただきます」

 堀田自身も戦場で責任を取る。土方が聞きたかったのは、その言葉だった。

 しばらく、沈黙が二人の間に流れる。それが途切れたのは、土方の重々しい声だった。

 「……わかった」
 「はい?」
 「お前は、俺ならお前が見たくない未来を作らないと買ったわけだな? それなら、俺はそれを受けてやるとしよう」
 「提督っ!」
 「ただし」

 土方が、いつにも増して厳しい視線を堀田に向けた。

 「お前は『戦場で責任を取る』と言ったな。ならば、死ぬ気でそれを果たせ。そして生き残れ。少なくとも、俺より先に死ぬことは絶対に許さん。それだけは覚えておけ」
 「……全力を尽くします」

 堀田の「戦場で責任を取る」という言葉は、必然、実戦の場で自分の命を懸けるということである。それは二人とも承知していたから、無論、堀田が先に戦場で命を落とす可能性もなくはない。それを「絶対に許さない」ということは、堀田は今よりなお増して、自分と自分の率いる将兵たちを生き残らせるための戦いに全力を尽くす義務が生じたことになる。土方に覚悟を強いた代償、それがこれだった。
 だが、同時に二人ともわかっていた。彼らには死ぬための戦いなど存在しない、泥水をすすっても生き残り、地球のために戦い続ける。国連宇宙軍士官学校で知り合って以来、土方はそのために堀田を教育し、堀田もまたそれに応え続けてきたからである。


 それから程なく『土方竜宙将、地球防衛艦隊司令長官への就任を了承』というニュースが、驚きと共に防衛軍内部を駆け巡った。特に波動砲艦隊を推進する派閥は焦ったはずである。土方には政治的な繋がりは乏しかったが、彼には藤堂長官と艦隊に所属する士官という『見えざる後ろ盾』があるのだ。その彼が多少は妥協するにせよ、波動砲に偏重した艦隊を受け入れるはずはない。あくまで全艦隊の指揮官の座を拒み続けるであろうと、正直ほくそ笑んでいたくらいだったから、この人事は受け入れられるものではなかったかもしれなかった。
 しかし、そこは土方との長い付き合いゆえか、防衛軍統括司令長官である藤堂平九郎は淡々とこの人事を実行し、副統括長官の芹沢虎鉄も何も言うことはしなかった。何よりこの人事は艦隊側から大いに歓迎されたから、前線でガトランティスと戦っている、あるいは後方で練成に励んでいる将兵たちの士気はこの報で大いに上がったと伝えられている。

 だが、これはあくまで新しい戦いの始まりであって、そして自分はますます『死』というものに逃げることが許されなくなった。つまり、文字通り退路が断たれたということを、堀田は改めて覚悟する必要に迫られることとなったのである。

 土方の説得を終えた直後、死ぬ覚悟で張りつめさせていた緊張の糸が切れてしまった堀田は、ある場所へと足を運んでいた。

 (奈波さん……どうやらまだ、そっちには行けそうもない。許してほしい)

 復興した地上に改葬したかつての婚約者の墓前で、そんなことを思うのだった。

 土方の説得に成功したことで、結果的に堀田はいずれ士官学校宙雷科の教頭から、前線の部隊へ配属されることがほぼ確実になった。しかし、まだ年度の途中で現在教えている生徒たちを放り出すこともできない以上、今すぐ前線に転属ということにはなるまい。

 (ひょっとすると、今度の卒業生たちは私が最後に見る卒業生になるかもしれないな)

 そんな覚悟も必要となった、堀田にとっての2201年の年度末だった。なお、年が明けてすぐ堀田は一佐に昇進したが、これは彼にとっては前線へ転属になる単なる下準備としか思えなかった。それに元々、彼は『食べていくために』軍人になったのであり、個人的な名誉や出世には興味がなかったのである。
 そのため彼を支持する、あるいは彼の教え子である士官たちが『戦功に比べて昇進が遅すぎる』という不満を抱えていることにまるで気づいておらず、後にこれが禍根となるなど見当もつかなかった。

 2202年3月末、無事に士官学校の卒業生たちを送り出す。その少し前、堀田は防衛軍司令部から辞令を受け取っていた。

 『堀田真司一佐。4月1日を以て貴官の士官学校宙雷科教頭の職を解き、仮称艦名『BBA3-07』艤装員長に任ず』

 この『BBA3-07』とは仮称艦名であると同時に艦籍番号であったが『BBA3』は現在量産が進んでいる『A型戦艦』(1番艦の艦名から『D級戦艦』とも呼ばれる)の初期型を改良した『A3型戦艦』のことで、残る『07』はその7番艦であることを示していた。

 「7番艦とは、数字としては縁起がいいと言えるかな」

 あまりそうしたことを気にしない堀田だったが、何となくそう思ったのだった。


 そして『BBA3-07』への着任の日となり、建造中のドックへと公用車で移動する。その車中で、堀田は無言のまま思案にふけっていた。

 (私は宙雷屋だが、なぜ戦艦の艦長に任じられたのだろう)

 言うまでもなく、堀田は宙雷の専門家として防衛軍はもちろん、地球に駐屯するガミラス軍内部ですら広く知られた人物であり、一度しかない艦長経験も駆逐艦のそれであった上に、その艦で戦功も挙げている。確かにかつて『キリシマ』の砲雷長を経験し砲術も全くの素人というわけではないが、この人事には少し疑問が残った。もちろん、自分への今度の辞令が土方の肝いりであろうことを想定してではあるが。

 (戦艦を指揮するということは、必然、波動砲艦隊の一翼を担うことになる。自分の意見とあえてかみ合わない波動砲艦隊の中にあって実力を証明しろ、ということかな?)

 士官学校で土方の知己を得てから今まで、そういう『試され方』を続けられてきた堀田である。それに応えてきたからこその栄達……と言うと多少大げさだが、現在の軍内部における独特な立ち位置を築いてきたのも事実であるから、彼としても土方の意図が自分の想像通りなら、理解するのは簡単であると言えた。

 ともあれ、どんな任務であれ全力を尽くすのみだと考えたところで、公用車は『BBA3-07』の建造ドックへ到着する。そこで出迎えてくれたのは、その艦の副長に内定しているという士官と、今まで会ったことのない兵士の二人だった。

 「艤装員長、お待ちしておりました。まずは私が本艦をご案内させていただきます」
 「わかった、よろしく頼むよ」

 建造中の『BBA3-07』を案内される。ほぼ八割方は完成しているという状態で、堀田が希望すれば案内してくれた士官は手際よくその箇所を見せてくれた。

 (多くが自動化された最新鋭戦艦、か)

 堀田はこれまで、A型戦艦の図面はともかく実物を見たことがなかった。

 (今の防衛軍に人手がないからやむを得ない処置ではあるが、さて、ここまで自動に頼っていざというときに何も問題が起きないかというと……)

 いささか疑問がないとは言えない。例えばこの艦、主砲塔の内部に砲術科員の座る席や照準機構が搭載されていない。聞けば艦橋で一括してコントロールするそうだが、もし戦闘で艦橋になど被弾したら戦闘続行は可能なのだろうか?
 いや、それでもこの艦は半自動とでも言うべき艦だから、まだ人間のできることは多い。現在、研究が進んでいるというAI制御の自動艦隊は、人間が内部に乗り込まず外部からのコントロールに全てを託すのだという。

 (そんな艦隊が、果たして実戦で使い物になるものなのだろうか)

 かつて、教え子の自動艦隊の研究に協力していたが故に、堀田はそこに未だ払拭できない不安があった。その教え子……藤堂早紀が自分にとって目をかけるに足りる熱心さがあったことも、余計にその心配を煽るものにしかならなかったのである。


 一通り艦内を案内されてから、最後に艦長室へと通される。副長はついてきた兵士に「ご苦労さん」と言って下がらせた。

 「「……ふ、ふふふ」」

 兵士が下がった後、堀田と副長は顔を見合わせて笑顔を見せる。そして、

 「「はっはっはっは」」

 こらえきれず、大声で二人して笑い出してしまった。

 「三木君、君が副長とはね。全く土方さんも人が悪いよ」
 「そうですか? 私はまた艦長とご一緒できるのを嬉しく思っているのですが」

 三木幹夫三佐。かつてガミラス大戦末期、堀田が艦長を務めた駆逐艦『神風』で先任士官を務めた、堀田の後輩である。

 「いや、私も心強いよ。君とならまた存分に戦うことができるからね」
 「私だけではありませんよ、ご案内します」

 第一艦橋に通される。すると、

 「「「艦長、お待ちしておりました」」」

 見れば、懐かしい顔が並んでいた。

 戦術長・林美津保二尉
 航海長・初島沙彩二尉
 船務長・沢野有香二尉
 技術長・菅井貴也二尉
 通信長・河西智文二尉
 機関長兼先任将校・来島研三一尉
 主計長・秦智哉二尉

 いずれも、元『神風』幹部乗組員たち。堀田からすれば文字通り『股肱の乗組員』とでも言うべき新戦艦の首脳部であった。

 「君たちもいるのか……これはますます心強い。よく来てくれた」
 「何を言ってるんですか。辞令ですよ辞令。もっとも、俺達も嬉しいっちゃ嬉しいですけどね」

 菅井がいつもの軽口を叩くと、それを受けて来島が言う。

 「まあ、我々は土方提督から『お前たちの艦長を頼む』と言われていますから。あ、これは内緒にしておけと提督に言われてますけどね。また『神風』の時のように、頑張っていきましょうや」

 土方の配慮に、内心で深く感謝する堀田だった。彼ら彼女らと一緒であれば、例え艦に少なからず不安があろうとも、必ず難局を乗り越えられる。そう自信が持てた。

 「そういえば、航海長は君か。初島君」
 「は、はい……至らぬところはあるかもしれませんが、よろしくお願いしますっ!」

 初島沙彩という航海長は、かつて『神風』で主席航海士を務めており、三木が航海長として彼女を鍛えていた。いわば三木の弟子と言うべき存在だが、その技量は『防衛軍屈指の操艦の名手』と言われる三木、そして堀田からしても十分に信頼できるものだった。今回の航海長への格上げももっともな人事と言えた。

 いや、彼女だけではない。ここに集まった旧『神風』乗組員は、ガミラス戦役においてはヤマトに次ぐ激戦を経験することとなった作戦『レコンキスタ』の生き残りでもある。そこで鍛えられた彼ら彼女らは、今の防衛軍にとっては貴重と言える有能な若手士官たちだ。それをこれだけ揃えてくれたのだから、堀田としても土方のその期待には応えなければならないだろう、と覚悟させるのに十分なものだった。

 「艤装員長……いや、艦長に敬礼!」

 三木の一声で、全員が堀田に敬礼する。それに静かに挙手の敬礼を返す堀田のそれは、

 『防衛軍において、最も見事な敬礼である』

 と評されるものだった。


 それから程なくして『BBA3-07』は完成へと一気に近づいたが、一刻も早く新鋭艦を投入したいという防衛軍の焦りのようなものを堀田も感じ取っていた。それはガミラスに対して政治的に優位に立ちたいからであろう思惑も想像はされたが、彼としてはそのようなことはさておき、多くが若者を占める乗員たちを実戦で使い物になるようにするべく、思案することは山ほどあった。
 そして着任から一か月後『BBA3-07』は艦の命名式を執り行うこととなった。

 「艤装員長……いや、艦長として一言申し上げたい」

 その場において、堀田は乗組員たちにこう訓示した。

 「ガトランティスとの戦いも先が見えず、地球がいつ完全な平和を手に入れるか、正直なところ見当もつかない。私は本艦の艦長として諸氏の生命を全うさせることも任務だと思っているが、残念ながら諸氏の命を保証することはできない。いつ、誰が命を落とすかわからない。戦いとはそういうものと改めて覚悟してもらいたい」

 先日、亡くなった武田のことが脳裏をかすめていた。

 「だが、最後に艦の責任を取るのは私である。諸氏はそうと承知して、思い切った戦いを見せて欲しい。本艦にどのような任務が待ち構えているかわからないが、必ずそれを全うし、生きて帰ろう。私が諸氏に願うのはそれだけである」

 これを受けたおよそ80名ほどの新乗組員たちは、改めて表情を引き締めたようだった。それを確認してから、堀田は防衛軍本部から送られてきた『BBA3-07』の艦名が書かれた紙の入った封筒を開いた。
 それを一瞥し、乗組員たちにその紙を向ける。

 「本艦『BBA3-07』は本日を以て『薩摩』と命名された。これは、かつて日本海軍において最初の国産戦艦に与えられた艦名であり、由来である薩摩国は多くの優れた武者を輩出した土地である。我々はこの艦名に恥じない戦いをしよう」

 この堀田の言葉を聞くや、オーッ、と乗員たちから歓声が上がった。

 『BBA3-07』こと『薩摩』。その初代艦長である堀田は、これより防衛軍の士官としてこの戦艦とは8年ほどの付き合いを持つことになるのだが、そんな未来はもちろん知る由もない。だが、後年「まさしく『薩摩』は自分の愛艦であった」と言って憚らなかった堀田と『薩摩』の、言わばこれが馴れ初めであったのである。


 そして一週間後、ついに『薩摩』は完成し、その翌々日には公試運転の日を迎えていた。

  (二年ぶりの宇宙、か)

 ガミラス大戦終結直後に『神風』を退艦してから、堀田は宇宙への航海を殆ど経験していなかった。

 (今度もまた戦いのため、というのは本意ではないが、避けて通れる道ではない。油断なく、全力を尽くそう)

 『神風』よりいくらか広い艦橋を見渡し、発進準備に忙殺されている乗員たちを見る。自分に落ち度があれば自分のみならず、ここにいる乗員たちを含めた『薩摩』の全員が死を迎える可能性も十分にある。第一線に立つ戦艦の艦長として、これまで以上の覚悟を以て職務に精励する必要があるだろう。

 「艦長、発進準備整いました」

 副長の三木がいつも通りの冷静な声で報告する。それに応えて、堀田もまた通る声で命じた。

 「よし……戦艦『薩摩』発進!」

 建造ドックから重々しく出航していく『薩摩』。後に『ガトランティス戦役』と呼ばれることになる地球とガトランティス帝国との全面戦争が開始されるまで、あと三か月後に迫っていた。

 竣工し、公試運転を終えた『薩摩』は、当面は月面基地の練成艦隊に配属されることになった。いずれ後続の艦が完成すれば、A3型戦艦3隻で戦艦戦隊を構成することも既に決まっていた。
 その戦艦戦隊の司令官であるが、これは本来宙将補のポストである。しかし現在の地球防衛軍はガミラス大戦でベテランの士官を多く失った影響で、上級士官、特に将官は極めて不足していた。その数少ない将官はたいていどこかしらの艦隊を指揮しているものであり、とても一個戦隊の指揮官に回す余裕などない。

 「自分が戦艦戦隊司令官の代理を兼務、ですか」

 『薩摩』が月面基地に配属されたその日、基地艦隊を率いる安田俊太郎宙将補の元へ挨拶に出向いた堀田は、まずそう告げられた。
 この安田宙将補は堀田が砲雷長を務めていた頃の『キリシマ』艦長で、現在は防衛軍士官学校で校長を務めている山南修と同期であり、地球防衛軍においては艦隊航空戦術の専門家として知られる人物だった。また、堀田の初陣でもある『カ二号作戦』では、第二次火星沖会戦にて支援隊を率いて獅子奮迅の活躍を見せた、熟練の艦隊指揮官でもある。

 「そうだ。『薩摩』と戦隊を組む艦の艦長は二佐が予定されているから、君が最先任の士官となる。『薩摩』のみならず、残る二艦の指揮も同時並行で行うことになると承知しておいてくれ」
 「了解しました」

 幸い、自分には三木という艦の指揮に関しては信頼できる副長がついている。実は駆逐隊司令代理の経験が一度しかなく戦隊指揮に熟練しているとは言い難い堀田ではあるが、そこは『薩摩』らの訓練と共に自分を鍛えていくよりないだろう。

 一連の報告と命令が済んでから、安田が少し砕けた口調で声をかけてきた。

 「そういえば、山南が言っていたのが君か。堀田君」
 「はい?」
 「『俺の艦(『キリシマ』のこと)に面白い砲雷長がいる』と聞いていた」
 「は、はあ……」

 いささか戸惑った返事を返した堀田だったが、それを見た安田はにやりと笑った。

 「とにかく勉強熱心で研究心が旺盛、必要とあれば味方はおろか敵の模倣すらいとわない。生き残れればいずれ防衛軍にとって有用な人材になるだろうとも聞いたな」
 「それは、買い被りではないかと……」
 「いや『レコンキスタ』での君の奮戦を見ていて、山南の言っていることは間違いないと思った。君も慣れない戦艦の艦長という職務で苦労は多かろうが、きっと実力を発揮してくれると俺は期待しているよ」
 「ありがとうございます、最善を尽くします」

 その返事を聞いて、安田は少し表情を真剣なものへと変えた。

 「ときに堀田君、君は航空戦術を研究したことはあるか?」
 「いえ、専門的なことはまだ殆ど。偵察機による弾着観測など、基本的なことはある程度学んだつもりでいますが、実戦で有効に航空隊を生かすところまではまだまだかと……」
 「素直だな、そうとわかっているならそれでいい」

 安田が続ける。

 「自分で言うのも何だが、俺はその方面では一家言あるつもりだ。幸い、今は基地航空隊や空母戦隊もこの月面基地で練成を行っている。今後、君が戦艦戦隊の指揮官、あるいは戦艦艦長として航空隊と共同して戦う気があるのなら、俺も多少は教えられることがあるかもしれんな」
 「それは何よりです、是非学ばせて頂ければ私も幸いに思います。どうぞよろしくお願いします」

 土方、水谷、沖田、山南と、これまで『師と仰ぐ』先輩士官たちを得てきた堀田であるが、どうやら安田もまたその列に加わることになったようである。


 『薩摩』が月面基地に配属されてから程なく、共に戦隊を組むことになるA3型戦艦の8、9番艦『周防』『丹後』が配備されてきた。当面、この戦艦戦隊には『第28戦艦戦隊』という戦隊名が付与され、約三か月と設定された慣熟訓練が開始された。

 「厳しくやるつもりだから、覚悟しておいてもらえるとありがたい」

 面会一番『周防』『丹後』の艦長らにそう告げていた堀田だったが、その訓練の厳しさは月面基地でも評判になるほど常軌を逸していた。

 とにかく波動砲を主兵装とするはずの……これはあくまで防衛軍中央の認識であるが、その戦艦で構成される戦隊であるにも関わらず、運動戦の演習がこれでもかと続いたのである。波動砲発射の演習ですら、一隻、あるいは二隻が波動砲発射の体勢に入ったら残りの艦はこれを援護するという、他の隊では重視されないことも重点的に行っていた。また、訓練の過程で巡洋艦戦隊や宙雷戦隊との共同演習が繰り返され、ひたすら『足を止めて撃ち合うことを考えるな』という堀田の戦術思想が色濃く反映された訓練が続いていたのである。
 当然、階級の上下を問わず、他の戦艦乗員に比べて第28戦艦戦隊の人員に対する負担は大きくなった。当初はこれに不満を漏らす者も少なからずいたが、最上級の指揮官である堀田が自ら睡眠時間を削って演習を指揮し、終わればすぐその成果と課題を整理して次の訓練に備えている……などという熱心さを見せつけられ、また堀田の『休ませるときはきちんと休ませる』という姿勢が徐々に浸透したこともあって、そうした不満の声は程なく聞こえなくなった。

 この間、堀田自身は自らの戦隊指揮官としての未熟を自覚しつつ『薩摩』単艦の指揮は時に三木に任せつつも、可能な限り『薩摩』乗員と信頼関係の構築に勤しんだ。幹部乗員はともかく、それ以外の若い乗員たちは堀田をよく知らないものも多かったから、今のうちにと思ったのである。後に「『薩摩』とはすなわち堀田一家である」などと評されるようになるが、それはこの時の彼の努力によるところが大きかったようだ。
 また、安田に師事して本格的な航空戦も学びだした堀田は、自分が研究してきた宙雷襲撃との共通点や相違点、あるいは相互補完が可能な部分などを興味深く見るようになっていた。

 (宙雷襲撃は常に大損害というリスクがあるが、航空隊との共同作戦でそれを緩和できる可能性はないものかな?)

 この思考もまた、後の堀田にとって大きな財産となるのだが、今はまだ先の話であった。


 厳しい訓練の日々にも、ときには休日というものがある。そんなある日、堀田は月面に建設された『遊星爆弾症候群』の治療を行うサナトリウムに、とある一家を訪ねていた。

 「教官、すみません。お忙しいときに」
 「加藤君。来たくて来ているのだから、気にしなくていいよ」

 出迎えたのは、防衛軍の航空隊でもトップエースとして知られる加藤三郎二尉だった。航空隊と宙雷科ということでそれほど深い関係があるわけでもなかったが、堀田が士官学校宙雷科の新米教官だったころからの顔見知りである。もっとも、より深い縁があるのはその夫人のほうであった。

 「真琴さんと翼君の様子はどうだい?」
 「真琴はいいですが、翼は……」
 「そうか……」

 加藤の顔には生気がない。それだけで『翼』と呼ばれた加藤の息子の容態がよくないことを示していた。

 「会えないようなら帰るが、どうかな?」
 「いえ、会っていってください。二人とも喜びますから」
 「それはありがたい」

 翼のベッドに案内されると、加藤の妻の真琴が椅子に座り、翼が寝息を立ててベッドに横たわっていた。

 「堀田一佐、来てくださったんですか」
 「ああ、今日は訓練が休みなので。翼君とお話できるとよかったんですが……」
 「申し訳ありません」
 「いや、いいですよ」

 加藤真琴。旧姓原田だが、彼女は元ヤマトのメディックで、同じくメディックだった堀田の元婚約者である高室奈波の後輩である。
 真琴と会うと、堀田はどうしても嫌なことを思い出してしまうのだった。

 (誰が悪いわけでもない、などということは先刻承知なのだがな……)

 実は、奈波が遊星爆弾によって犠牲となったその日、彼女の行った現場に行くはずだったのは真琴だったのである。たまたま真琴が風邪をひいて代わりに奈波が出かけた結果が今の現実だった。奈波の葬式の時、真琴は「私のせいでっ……!」と泣きじゃくっていた。
 無論、堀田に真琴を責める気持ちはいかほどもなかった。

 「あなたのせいではない。もし奈波さんのことが気にかかるなら、こんなご時世であるけれど、あなたが幸せになればいい。それが奈波さんへの何よりの供養になると思ってほしい」

 そう声をかけたのが、昨日のことのように思い出される。そして真琴が加藤と結ばれ子ができたことは嬉しかったし、だがその翼が病魔に侵されていると知った時の絶望感はひとしおだった。
 そんなこともあって、月面基地に配属されてからの堀田は、時折このサナトリウムに顔を出して、加藤一家を極力励ましてきたのである。今では翼からもすっかりなつかれていたのだった。

 この日はあいにく翼が寝ていたので、堀田は真琴と世間話を始めた。

 「どんな難病でも、人間はいつか克服してきた。翼君もきっと元気になると、私は信じていますよ」
 「……ありがとうございます」

 知り合った頃に比べると目に見えて痩せた真琴と、最後にこんな会話を交わす。彼女は堀田を見送りに来たのだが、加藤は翼のところについていてこの場にはいなかった。

 「……堀田一佐、私」
 「はい?」
 「最近、サブちゃん……いえ、夫がいつか遠いところに行くような気がしているんです」
 「えっ?」

 驚くべき言葉である。そしてこのとき、堀田はいつ頃からか……確か先日、第八浮遊大陸宙域で地球・ガミラス連合軍とガトランティス軍が戦闘を交えた直後と記憶しているが、その頃から流れてくる『噂』を思い出していた。

 それに曰く『元ヤマト乗組員たちに何か不穏な動きがある』。

 どうしてそのような事態になるのか、堀田には見当がつかなかった。政治に無関心であるがゆえに、彼には中央への情報網などといったパイプがない。高石にそれとなく訪ねたこともあったが、これといった返事は受けられなかった。

 「もし、夫に何かあったら……」

 真琴が静かに言う。それは、殆ど独り言に近いように堀田は思えた。

 「一佐は……いえ、堀田さんは夫のすることを理解してくれるでしょうか?」
 「……私は軍人だから、その立場から逸脱することは許されません。だけど」

 堀田もまた、静かに答える。

 「加藤君もあなたも、翼君も、みんな私の好きな加藤家の人たちだ。私という個人においては、決して悪いようにはしません。それはお約束します」
 「……ありがとうございます。つまらないことを言ってしまって、申し訳ありません」
 「いえ、気にせずに。では、これで」

 そう言って真琴と別れた堀田だったが、帰り道の途中で考え込んでいた。

 (ヤマトの元乗組員たちに不穏な動き……そうだな、進君なら今の状況に不満もあろうし、彼なら間違いなくヤマト乗員たちを引っ張っていく力がある。この場合は悪い意味になってしまうが……)

 古代進、ヤマト元戦術長。

 彼の兄である守は堀田にとって、士官学校における幹部候補生教育課程の後輩であった。同じ戦術科に配属されていたことから親しくしていたこともあって、その弟である進ともその少年時代から交流があり、進が士官学校に入校してからは教官として戦術の基礎を教えた間柄でもある。

 そして何より、もし『メ号作戦』で堀田が負傷していなかったら、進が座っている席には堀田が座っていたはずだったのである。

 (私が進君の立場だったら、あるいは……)

 暴発しない、とは言い切れない。堀田は自分の理性にそこまで自信がなかったし、何かきっかけがあれば、漠然とながら忌々しさを感じずにいられない現状に立ち向かう行動を起こすのも、確かに考えられることだ。
 もちろん、今はどういう形でヤマト元乗組員たちが動いているかなど知る由もないが、その彼ら彼女らを引っ張っていくだけの統率力を進は間違いなく持っている。元々、一見すると大人しい性格だが秘めた情熱と軍人としての才能を高く評価していただけに、そしてそれがイスカンダルへのヤマトの航海で証明されているだけに、堀田は急に不安を禁じ得なくなっていた。

 (進君、焦るなよ……)

 そう祈るしかないが、何が起こっているかすらわからない身としては、できることなどあるはずもないのだ。深刻な疑念を感じながらも、今は『薩摩』艦長として自分の責務を果たすことしか考えようのない堀田であった。

 その日『薩摩』は月面基地にて出撃準備を整えている途中だった。

 といっても、戦場に赴くための準備ではなかった。先日、ガミラス軍海王星基地駐屯艦隊から『地球防衛軍の一個戦艦戦隊と共同で演習を行いたい』との申し出があり、これを受けた防衛軍は、間もなく慣熟訓練を終える予定であった第28戦艦戦隊を差し向けることに決定したのである。
 だが、今回の訓練には『薩摩』のみが参加することとなっていた。先日の訓練中『丹後』と『周防』が接触事故を起こしてしまい、現在は両艦ともドックにて修理中だったからだ。

 「月面基地艦隊以外のガミラス軍との演習は、初めてですね」

 艦橋で言う三木の言葉に、艦長席に座った堀田もうなずく。

 「そうだな。聞くところでは、海王星艦隊は数こそ少ないが指揮官はなかなかに出来ると評判があるようだ。『薩摩』だけになってしまうのは残念だが、いい経験になるだろう」
 「艦長は、ガミラスの戦い方もかなり研究されたと聞きますが、どう思われます?」
 「やはり機動戦という点ではあちらに一日の長がある。波動機関を装備した艦に熟練していることもあるし、こちらは先の戦役で宙雷科の士官が壊滅しているからね……」

 その中に自分の先輩や同僚、後輩それに教え子が何人いたことか。今更ガミラスを恨もうとも思わないが、堀田もどうしても感傷的にはなってしまう。

 「だからこそ、学ばなければならない。同盟軍とはいえ、そうそう戦場で後れを取るわけにはいかないから」
 「そうですね」

 そう三木が言い終わった瞬間だった。

 「何だ?」

 突然、月基地全体に警報が鳴り響いた。明らかに異変を知らせるそれは、先日、地球の大気圏内まで突入してきた敵カラクルム級戦艦のことを思い出させた。

 「通信長、敵襲かどうか基地本部に問い合わせてくれ」

 堀田が河西にそう声をかけたが、河西はどうやらどこかと通信中のようだった。そしてそれが終わったと見るや、穏やかで比較的冷静な通信長の顔は明らかに青ざめていた。

 「か、艦長! 防衛軍本部より、き、緊急電です」
 「敵襲か? それとも事故か?」
 「いえ、違います。『これより『薩摩』は直ちに月基地を出撃。木星軌道上にて訓練中の『アンドロメダ』と合流せよ』とのことです」
 「何だって?」

 先に声を上げたのは三木だった。堀田はまだ表情を崩さない。静かに河西に問う。

 「通信長、本部は理由を言ってきたか?」
 「は、はい。それが……」
 「早く言いなさい」
 「はっ……『叛乱艦『ヤマト』を追撃せよ』とのことです」

 聞いて、堀田と三木は顔を見合わせていた。

 「か、艦長……どういうことでしょうか?」
 「……」

 三木もまた青ざめていたが、堀田はこのとき、先日自分が抱いた疑念がとうとう現実になってしまったことに強い悔恨の念を抱いていた。

 (また後手に回った。また、何もできなかったのか……)

 いつもそうだ。自分は実戦部隊にいるから、確かに広い視野に立って何かをするということは難しい。しかし、今度のことは全く予想できなかったことでもなかった。対応はできなかったのかという自責を禁じ得なかったが、今はそのような繰り言を口にしている余裕はない。

 「艦長、防衛軍本部が返信を求めていますが……」

 河西の言葉に、堀田は手のひらを前に出して「少し待ってくれ」という意思表示を示した。

 (さて、こうなった以上私はどうするべきなのだろうか……)

 仮にも地球を救った英雄たちが、今度は叛逆者の汚名を着ようとしている。それだけでも尋常なことではないが、堀田真司という人間にとって、今の防衛軍首脳とヤマト乗組員たち、どちらを信じるべきなのか? その一点だけを考えれば、およそ結論を出すにはそう時間はかからなかった。

 艦長室のコントロールパネルから、堀田は機関室への音声マイクのスイッチを入れた。

 「……出撃は不可能だ」
 「えっ?」
 「本艦『薩摩』は訓練航海への出撃準備中、機関部に破損を発見した。修理におよそ一日はかかる。突貫工事を行うが、即時の出撃は不可能である。防衛軍本部にはそう返事をしてくれ」
 「で、ですが……」

 それが嘘だと承知している河西は戸惑ったが、堀田の表情をしばらくまじまじと見つめるや、黙って口を開いた。

 「……了解しました。こちら『薩摩』。本艦は現在、機関部に発見された破損を修復中。出撃まで一日程度を要する。繰り返す……」

 河西の声を聞きながら、堀田は今度は三木を見やる。こちらも納得したような表情を見せていた。

 「やはり、守さんの弟さんは止められませんか」
 「だろうね。そして、今度の行動にはきっと何か重大な理由がある。私は進君たちヤマト乗組員らの判断を信じることにしたい」
 「個人的な思い入れからですか? それは」
 「全くないとは言わない。だが、多分そのほうが地球のためにもなると信じている」
 「わかりました。副長として、艦長がそのお覚悟なら何も申し上げることはありません」

 直後、機関室から来島の声が聞こえてきた。

 「艦長、機関破損って何のことです? それに……」
 「詳しい話は後だ、機関長。とにかく本艦の機関は『破損して』いるんだ。一日やるから、じっくりと修理にかかってくれ」
 「……へいへい、じゃ、取っかかるとしますか」
 「頼む」

 言い終わるや、堀田は三木に「しばらくここを頼むよ」と告げ、いったん自室へ引き取った。


 それから一時間ほど経っただろうか、何やら自室で物思いにふけっていた堀田は、艦長室に戦術長の林を呼んだ。

 「戦術長、今回の訓練航海に必要な物資が増えたのでね。ここに一覧を作っておいたから、主計長と相談して早速の積み込み頼む」
 「は、はい……」

 人の口に戸は立てられぬ、というが、林をはじめ『薩摩』乗員たちのすべてに、もう『ヤマト叛乱』という噂は流れていた。
 堀田から受け取った必要物資が網羅された紙を見て、林は明らかに愕然としていた。

 「こ、これは……これでは本艦は、ヤマトの叛乱に加担することになるのではないでしょうか?」
 「ヤマトが叛乱? 誰がそんなことを言ったんだい?」
 「艦長!」

 冗談では済まない。防衛軍からはもう『ヤマトを追撃せよ』という命令が下っているのだ。その命令を嘘をついてまで従わず、しかも自分が手にした紙に書いてある物資まで積み込むなど、林にはもはや正気の沙汰とは思えなかった。
 困惑している彼女に、堀田は静かに言った。

 「戦術長、私はこの艦の命名式のときに言っている。『最後に艦の責任を取るのは私だ』と。申し訳ないが、今回は命令違背を許すことはできない。もし私が罰せられたとしても、君たち『薩摩』乗員の他の誰一人として、累が及ばないようにする。今は私を信じてもらえないだろうか」
 「……」

 林は沈黙し、迷いの表情を見せる。しかし、それも長いものにはならなかった。今の防衛軍で、自分のこの上官以上に信じられる士官がいるのか? いないのである。

 「……わかりました。ご命令、直ちに実行いたします」
 「ありがとう」
 「しかし、もしこの基地の司令部から何か言ってきましたら……?」
 「私の命令だと言っておけばいい。ついでに『これからの任務に必要だから』と付け加えておけば、恐らく文句は出ないだろうよ。出たら、私がごり押しするから任せておきなさい」

 了解しました、と答えて下がる林の背中を見つつ、堀田は内心で考えていた。

 (安田さんなら、気づいても私の邪魔はしないだろうな)

 邪魔をする気なら『薩摩』が出撃命令を不可とした時点で、陸戦隊が乗り込んできて自分の艦の指揮権を奪うくらいの手が打たれているはずだ。堀田は決して、安田俊太郎という提督の人格と力量を見誤ってはいなかったのである。

 「アンドロメダが、ヤマトの追跡を開始したそうです」

 艦橋に戻ると、三木からそう報告を受ける。「そうか」とだけ答えると、堀田は艦長席に座ってまた考え始める。

 (進君、後は土方さんを納得させることができるかどうかだ……それ次第ではあるが)

 それが難問であることなど、もちろん百も承知であった。


 数時間ほどして、堀田はある二尉の訪問を受けた。想像通り、と言うべき来訪だった。

 「何かあったか、加藤君」

 やってきたのは、加藤三郎二尉だった。

 「はっ、非常に手前勝手なお願いではありますが……」
 「その前に、こちらから聞こう」

 加藤の言葉を遮り、続けた。

 「真琴さんは……君の細君は、何と言って君を送り出した?」
 「は?」
 「何と言って君を送り出したのか、と聞いている」

 このときの堀田の目には、まるで容赦がなかった。

 「『格好いい父ちゃんでいてよ。翼のために、そして……私のために』と」
 「……」

 一瞬、考え込む。それから、堀田は静かに口を開いた。

 「そうか、それならいい」
 「えっ?」
 「君が何を頼みに来たのかは、わかっている。『ヤマトに連れていけ』だろう?」
 「……」

 完璧に見透かされていて、加藤は返す言葉がなかった。

 「細君が止めるのを振り切ってきたのなら、私は君を無理やりにでもこの艦から降ろすつもりだったが、そういうことならそれでいい。君の頼み、引き受けることにするよ」
 「きょ、教官っ!」
 「ただし」

 堀田は、更に真剣さを増した表情を見せた。

 「生きて帰ってこい。そして、格好いい父ちゃんの姿を翼君に見せてやれ。それが細君だけではない、私との約束でもあると心得ておいてくれ」
 「はいっ!」
 「で、だ。君が乗る飛行機だが……どうする?」
 「あっ……」

 どうやら、そこまでは頭が回っていなかったらしい。今更、艦載機でヤマトを追いかけても途中で燃料が尽きてしまう。だから『薩摩』に連れて行ってほしいと要望に来た加藤だったが、身一つで行ったところで働きようがない。

 「それについては……」

 表情を変えず、堀田は言った。

 「これから、この艦の格納庫を見ておいてくれ。それで納得したら、ヤマトで存分に働いてくるといい」
 「……?」
 「ヤマトがなぜ発進したか、いろいろ聞きたいことはある。だが、それは本艦が出撃してからにするとしよう。さあ、格納庫を確認したら、君は密航者なんだ。主計長に言って仮の部屋を用意してもらいなさい」

 訝しさを残したまま、加藤は敬礼して艦長室を出る。だが格納庫に行ってみると、そこに自分が使っていたコスモタイガーⅡを見出して、驚愕と共に堀田に深く感謝するのであった。

 「艦長」

 一人の密航者を乗艦させてから数時間後、林が堀田の元へ報告にやってきた。

 「九八式48cm砲用の三式融合弾24発、本艦弾薬庫に収納いたしました」

 九八式48cm砲は、ヤマトに主砲として搭載された艦砲である。『薩摩』は41cm砲搭載艦であり、そしてこの月面基地には現在、九八式48cm砲を搭載した艦は配備されていなかった。

 「ありがとう、手間をとらせたね」
 「いえ……艦長」
 「何だい?」
 「この贈り物、生きるといいですね」
 「……そうだな」

 このヤマト主砲用と言うべき三式融合弾、そして加藤が月面基地で訓練に使っていたコスモタイガーⅡ、いずれも堀田が林に命じて『薩摩』に搭載させたものだった。出撃を一日引き延ばしてヤマトへの追撃に参加せず、これらの『贈り物』を準備した上でワープ航法によってヤマトを追いかける。
 それが、堀田の最初からの考えであった。自分が罰せられることを覚悟した上で、ヤマト乗組員たちの判断に彼は賭けたのである。ヤマトは決して間違っていない、と。

 (まあ、個人的な思い入れというだけのことではあるのだろうがな……)

 自分もやはり、現実の見えない夢見がちな船乗りなのだろう。そんな自嘲めいた心境になる堀田だったが、いよいよ『薩摩』出撃まで一時間となった翌日、再び防衛軍から全軍に緊急電が届いた。

 「司令部より、太陽系全域の地球艦隊に達する。ヤマトの追跡を中止せよ。ヤマトに対する叛乱の嫌疑は晴れた。繰り返す……」

 まずはよし。土方さんや藤堂長官を納得させられたらしい。もちろん何の力がそうさせたかなど堀田には見当もつかなかったが、彼としては自分の部下たちも叛乱の巻き添えにしなくて済んだことを安堵するしかないという心境であった。


 月面基地を出撃した『薩摩』は太陽系内では殆どの艦が行わないワープ航法を用い、半日後、土星空域を少し過ぎたところでヤマトに追いついた。

 「ヤマト、発見しました」

 船務長の沢野から報告されると、堀田は言った。

 「ヤマトの様子はどうだ? こちらを探知した気配は?」
 「その様子はありませんが……それが何か?」

 沢野の答えを聞くや、今度は林にいつも通りの静かな声をかけた。

 「戦術長。一番砲塔、射撃用意」
 「ええっ!」

 林はもちろん、艦橋にいる全員が驚いた。ヤマトへの嫌疑が晴れたというのに、ここで攻撃してどうするというのだ。だが、堀田は薄笑いすら浮かべているような表情を見せていた。

 「こちらに気づいてないということは、叛乱の嫌疑が晴れて彼らも安心し切っているのだろう。それで油断するようでは先が思いやられる。ここで一発、喝を入れてやるとしよう」
 「で、ですが……」
 「慌てるな戦術長、もちろんエネルギー量を最小まで絞った上での威嚇射撃だ。それでヤマトがどう反応するか、見物しようじゃないか」

 でなければ、今までのこちらの苦労が報われないのだ。多少のいたずら心はあるにせよ、教え子たちが多く乗艦するヤマトにはそれくらいの指導はしてやらねばなるまい。

 「わかりました。主砲一番、発射用意……準備完了!」
 「テーッ!」

 堀田の命令一下『薩摩』から発射されたエネルギー弾はヤマトの艦橋上を通り過ぎていく。その直後、スクリーンに映るヤマトはもう三番砲塔と二番副砲でこちらへの反撃の構えを見せていた。

 「さすがに歴戦の艦、油断はないようだ」

 内心嬉しい堀田だったが、まともに撃ち返されてはたまらないので、すぐ河西に通信を送るように命じるのだった。
 ヤマトから通信が入る。『薩摩』艦橋のスクリーンに映し出されたのは古代の顔だった。

 「……堀田艦長、悪戯が過ぎます」

 渋い顔をする古代である。

 「いや、油断していたら先が思いやられると思ってね……ところで、今のヤマトは君が指揮官か?」
 「はい、自分が艦長代理を務めています」
 「わかった。そちらの飛行隊長である加藤二尉と、月面基地に保管してあった三式融合弾を届けに来た。こちらも任務があってあまり時間がない。すぐに引き渡したいので接舷を許可されたい」
 「了解、感謝いたします」

 古代が敬礼するや、スクリーンからその顔が消える。そして『薩摩』は加藤機を発進させ、それからヤマトに接舷して弾薬庫に搭載した三式融合弾の移送を開始したのだった。



 その作業中、堀田はヤマト艦橋背面にある展望室で古代と話をすることにした。もちろん加藤からもある程度話を聞いているが、今回の計画の『首謀者』たる古代から、より詳しい話を聞く必要があった。

 「今回は思い切ったことをしたものだが、いったい何があったんだ? まさか理由もなしに君たちが叛乱覚悟で出撃するとも思えないが」
 「……申し訳ありません、教官にはご心配をおかけしました」
 「それはいいから、今は理由だけ教えてくれないか」
 「はい」

 古代の口から発せられた『理由』とは、ある程度わかっていたとはいえ驚くべきものだった。

 まず、第八浮遊大陸でのガトランティスとの戦いの直後、元ヤマト乗員たちだけが見た、死んでいった近しい人たちの『幻』。そして、それを彼ら彼女らに見せた女性『テレサ』の存在。
 そのテレサに導かれた者は、あるべき未来に従って成すべきを成さねばならない。これはガミラスの地球大使であるバレルから情報を得たのだというが、ガトランティスがこのテレサを狙っているということ。それが地球やガミラスのみならず、宇宙にとって脅威になるということ。

 (あるべき未来を成す、か……)

 それは、恐らく今の地球と違ったもののはずだ。堀田にもそんな想いが芽生えていたのは間違いなかった。

 「……それで、ヤマトはそのテレサという人を助けに行くと?」
 「はい、自分は沖田艦長から『ヤマトに乗れ』と言われました。それは助けを求めている人、それが例えどんな遠い宇宙にいようとも、ヤマトは行かなければならないということだと。自分を含めて、今この艦に乗っているクルーたち全てがその想いでいます」
 「……」

 やはり、古代も自分も、船乗りはみんな同じだ。夢見がちで、時に現実から足が離れる。しかし、そうした『希望にすがり、見出す心』がなければヤマトの航海は成功しなかった。地球の未来はなかったのである。だが、そのヤマトが持ち帰ったはずの『未来』は、間違いなく歪み始めている。堀田とてその自覚はある。ただ、自分には古代と違って行動を起こすための勇気と知識を欠いていた。それだけのことなのだろう。

 「不確かな話ではあるね、正直な感想としては」
 「……」
 「だが、止めはしない。今だから言えるが、もっと半端な覚悟と理由だったら、叛乱の嫌疑が晴れたというだけでは君たちを行かせるつもりはなかった。しかし」

 手すりに手をかけて、堀田は宇宙を眺めていた。

 「叛乱者の汚名を受けるところまで腹をくくったのなら、教官として、あるいは上官として。そして……」
 「……」

 振り返り、古代の左肩にそっと手を乗せる。

 「後輩の弟だ、快く送り出してやらないとな」
 「……堀田さん!」
 「私の手土産は、無駄にはならなかったらしい。後は、一つだけ約束してくれ」

 堀田の目は、これまでになく真剣だった。

 「君には艦長代理としての器がある。それは私が教官として保証する。後は、必ず生きて帰ってこい。そして君がそうと思っている、今のろくでもない未来を叩き壊せ。私もこれからの戦いを生き抜いて、君たちのために力を惜しむつもりはない」
 「はいっ、お約束します」
 「それを聞けて、今は満足だ。航海の無事を祈る」

 堀田がそう締めくくり、互いに敬礼を交わす二人であった。


 ヤマトへの物資移送が完了し、接舷状態を解く。『貴艦ノ航海ノ無事ヲ祈ル』と発光信号でヤマトに送信するや、堀田は命じた。

 「これより、ガミラス艦隊との共同訓練を行うべく、海王星に向かう。『薩摩』発進!」

 この命令が、これから始まる『薩摩』の戦いの引き金を引くことに繋がろうとは、もちろん堀田以下『薩摩』乗員たちにとっては想像だにしないことであった。

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