(本作にはお世話になっている八八艦隊さん、島(178cm)さんの作成したオリジナルキャラが登場します。今後も活躍していただく予定です。お二方、ありがとうございます。なお、これらオリジナルキャラの設定は八八艦隊さんの「高石範義 経歴書」、島さんの「明星、瞬いて」「明星の残光」というpixivに投稿されている作品をお読み頂くとより楽しめます)
2201年初頭、地球連邦とガミラスによる安全保障条約の締結に伴い、月面に建設されたガミラス大使館。ここに駐在する武官たちの間で、地球防衛軍のある二佐について話題になることが多くなっていた。
「地球にも、随分とできる士官がいるようだ」
ガミラス軍は伝統的に、航空戦や宙雷戦といった、機動力を生かして敵を翻弄する戦闘を好む軍人が多かった。そのため地球に駐在する武官の幾人かにこの方面のエキスパートとも言える人材がいたのだが、その中で特に宙雷戦を得意とする者たちが、地球防衛軍士官学校で宙雷科の教頭を務める『とある士官』を高く評価していたのである。
もちろん、士官学校で一科の教頭を務めている以上、この士官は現在ガトランティス帝国と行われている地球、ガミラス連合艦隊の戦闘に参加したことはない。それでもなお高く評価されていたのは、彼がガミラスの士官たちと行った戦術シミュレーションにおいて、如何なる不利な状況からでも必ず引き分けまでには持ち込み、文字通り不敗を誇ったこと。
そして、そんな力量があってもなお、時間が許せばガミラス大使館を訪れて武官同士で戦術論に花を咲かせたり、過去のガミラス艦隊の戦闘記録、特にドメル司令のそれを熱心に学ぶ姿勢が、自分たちの専門分野に関しては誇り高いガミラス軍人たちから好意的に受け入れられていたからである。
しかし、その地球の士官が一切口にしなかったので誰も知らなかったが、彼がガミラスとの戦いで婚約者と多くの同僚、教え子を失い、それでもガミラスを憎む気になれない自らの心理に疑問を抱きながら日々過ごしていることを、もしガミラスの武官たちが知ったらどんな事態になったろうか。
だが、それは恐らく永遠の謎となるはずだった。話題の防衛軍の二佐、堀田真司はそんな自分の過去を話す気を一切持たず、ガミラス人とも分け隔てなく付き合っていたのだから。
話は変わるが、堀田のみならず、地球防衛軍の艦隊士官たちにはある共通の危機感があった。
「今のままでは、地球が再び焦土になる可能性も考えなくてはならない」
これは特に、堀田の同期である高石範義、あるいはこの二人と互いに能力を高く評価している山南修という二人の宙将補を含め、堀田自身もまたその一人ではあったが、実際にガミラス大戦において艦隊戦を経験した士官たちが持っている傾向の強い感覚だった。
確かにガミラスとの戦争は終わった。だが、そのガミラスと和平を結ぶ過程で、やむを得ない事情とはいえ今度はガトランティス帝国という敵を新たに作ることになってしまった。まだ敵の正確な情報が判明しない現状ではあったが、だからこそ彼らが太陽系、地球を標的に定めないという保証がなかったのである。
堀田が自分の過去に触れずにいたのは、それ自体を思い出したくない、ガミラスという国家はいざ知らず、それに属する個々の人たちを恨んでも意味がないと考えていたこともあったが、自身が恨み言を口にして、それが原因で地球とガミラスとの関係を悪化させることを懸念した面もあった。そういう意味で堀田自身の言葉を借りれば「自分は生き残ったというだけで不相応に偉くなりすぎた」ということなのかもしれない。
それに過去を悠長に振り返る余裕は、正直なところ今の堀田にはなかった。彼には自分が所属する組織である地球防衛軍に対して大きな懸念があり、それを解決するには自分の力ではどうすることもできない。だから、追放同然に閑職に回されることを甘んじて受け入れようとしている恩師を、無理やりにでも再び表舞台に押し出さなければならないという課題を抱えていたのである。
ある日、堀田はその件について高石と二人きりで話をしていた。今でこそ階級は上の相手だが、同期ゆえの気楽さか、二人だけのときはいつも通り友人としての口調で会話をするのだった。
「範さん、どうだろう。説得できそうだろうか?」
「……難しいな、やはり沖田さんの約束を守りたいという気持ちが強すぎる」
話題の人は、地球防衛軍の全艦隊を率いる提督であるべきと目されながらも、ヤマト艦長である沖田十三がイスカンダルの女王スターシャと結んだ『波動砲は二度と用いない』という約束を守るためにその人事を受け入れようとしない、堀田の士官学校時代からの恩師でもある土方竜だった。
「土方さんの信念は、確かに誰であってもそう簡単に動かせるはずはない。それに、地球の恩人であるスターシャ女王との約束を尊重したいというのも、私はわかるつもりだが……」
「真さん。俺もそう思わないでもないが、それで今の地球が守れると思うのか?」
「……」
堀田は返事ができなかった。
ガミラス大戦において『波動機関』という強力な動力源を得た地球防衛軍は、大戦が終わるや否や、凄まじい勢いで軍備の拡張を行っていた。これには『二度とガミラス戦役の悲劇を繰り返してはならない』という官民共同の意識があったから誰も反対するものはなく、堀田個人としても、艦隊戦力を必要相応に準備することを否定する理由はない。問題はその内実だった。
「防衛軍の首脳部は、波動砲という兵器に依存しすぎているのではないか?」
堀田にはそんな疑問があった。地球防衛軍が波動砲搭載の主力戦艦である『D級(ドレッドノート級)戦艦』の量産に手を付けたのは最近のことだが、現在設計中の新型巡洋艦や、果ては駆逐艦にまで波動砲が搭載されることになっていたのである。
士官学校の教官として艦隊戦術、特に宙雷科ゆえに機動戦の専門家たる堀田は、この状況に危惧を抱いていたのだ。これまでの戦訓の検討や戦術シミュレーションの結果、波動砲は威力こそ絶大だがエネルギー充填に時間を取られるなどして、決して柔軟な運用に向いた兵器とは判断できなかったからである。
実際、堀田は駆逐艦への波動砲搭載には強く反対したし、その際に、または宙雷科の士官や学生にすら一部見られるようになった波動砲へと傾斜する人々に対して、
「ガミラスは、波動砲がなくても強かったよ」
などと、口癖のように言うことを余儀なくされていた。
とはいえ、艦隊戦というシステムの中において、時に波動砲によって数的劣勢を覆すことが必要となる局面が存在することは、堀田も砲術の専門家である高石との交流で理解するところではあったから、必ずしも波動砲を全面的に否定するという考え方はしていなかった。スターシャとの『約束』も守りたいとは思うのだが、現状の地球防衛軍でそれが許されるのかと言えば、これまた甚だ心もとない現実があるのも承知していた。
「もし防衛軍の首脳部がもっとバランスの良い艦隊を志向してくれるなら、土方さんの志を曲げさせる必要もないんだが……」
「そうだな、だが難しいだろうな」
高石が答える。もし土方が艦隊の総指揮官たることを辞退すれば、その座は恐らく山南に回ってくるだろうと予想されていた。だが山南、あるいは同じ宙将補である高石は能力は土方に劣るものではないが、やはり軍人として『格』という点で見劣ってしまう。これは当人らの責任ではないからどうしようもないのである。
ゆえに、防衛軍の上層部と真っ向からやり合って、艦隊を率いる実戦担当の士官たちの意見を通すことは、誰が何をしても難しくなってしまう。そうなれば最悪、今後は波動砲を搭載した艦の数を増やせば十分、などという偏向した軍備がまかり通ることになりかねない。堀田や高石、そして立場上、公言こそしていなかったが山南もまた、そうした事態になることを懸念して土方に表舞台へと返り咲いてほしいと考えていたのである。
しかし、当面はどうすることもできない。そんな結論にしかならず高石が去ったところで、それを待っていたかのように鳴り出した自分のデスクの電話を、堀田は手にした。
だが、それは悲しい事実を知らせるものだった。会話を終えて受話器を置いた堀田は表情こそ変えなかったが、もしその場に誰かがいたら目に見えてわかるほど、明らかに肩を落としてしまっていた。
それから数日後。堀田は士官学校教員の制服に喪章をつけた姿で、かつての教え子の葬儀へと足を運んでいた。
(武田君……これからという時に、こんなことになってしまうとは)
武田夕莉。堀田にとっては彼女の父に士官学校候補生時代に世話になり、自らが士官学校の教官になってからその娘を指導する立場になるという縁もあって、他の生徒と大きな差が出ない程度に『ほんの少しだけ目をかけてきた』生徒。そして、その堀田の指導に応えていつしかガミラス戦末期には艦列を並べて共に戦う『戦友』となった、有能で、どこか人を惹きつける魅力のあった若き女性士官。
その彼女が『輸送船団護衛任務の際に、ガトランティスの攻撃により戦死した』との知らせてきたのが、ちょうど数日前の電話であった。
武田が戦死した際の状況を伝手で耳にしたとき、堀田は激怒を禁じ得なかった。
「旧式の戦艦だけで護衛部隊を編成するとは、司令部は何を考えているのか!」
思わず大声でそう口にしていた。彼女たちの部隊は波動機関に換装されたとはいえ、もはや旧式で第一線の任務には不適当な金剛型宇宙戦艦が四隻だけ。しかも機動力を有する駆逐艦などの支援もないという、艦隊任務を担当する士官からすれば非常識に過ぎる状況だったのだ。これでも、護衛の二隻と輸送船団の全艦は帰還できたというのだが、それは堀田からすれば武田と、これまた自分にいささか縁のあった、このとき同時に戦死した品川幾二三佐の功績だったとしか言いようがなかった。
本来なら品川の葬儀にも出席したかったが、子を授かったばかりで夫に死なれた彼の妻が「軍人なんてもう見たくない!」と取り乱してしまっていると聞いたので、遠慮したのである。
儀式としての葬儀が一通り終わってから、人込みをかき分けて……これだけの人数が集まったのは明朗快活な武田の人柄が偲ばれると思う堀田だったが、葬儀のまとめ役を務めていた女性士官の元へと歩み寄った。
やはり、というべきなのだが、その女性士官の顔には生気が全く見受けられなかった。
「藤堂君……」
「……」
やっとの思いで堀田は声をかけたが、返事はなかった。
「藤堂君、今度のことは……」
「教官、何も仰らないでください」
ようやく返ってきたのは、弱々しいがきっぱりとした拒絶の返事だった。
藤堂早紀、防衛軍三佐。
堀田にとっては、士官学校の教官時代に武田と同じようにその能力を評価し、また彼女が独自に研究していた『AIによって自動制御された艦隊』に関して、戦闘記録の提供や実戦士官として意見を述べるなどして協力した、かつての教え子の一人だった。
だが、正直なところAIによる自動艦隊に関して堀田はさして興味はなく、彼女の研究に協力したのは、当時士官学校の校長だった土方から「彼女のような有能な士官を、むざむざ潰したくない」と告げられたこと。何より、彼女の母親が恐らくまともな死に方をしていないだろうと想像され、そのことが早紀にとって心の重荷になっていることが、ただ見ているだけでも明らかに感じ取れてしまっていたのである。だから自分だけでも、当時誰にも見向きされなかった彼女の研究にささやかながら手を貸そうと決めたのであった。
もちろん、AI艦隊という未来の一つの可能性を広げるという面を考慮はしていたが、言ってしまえば『藤堂早紀という個人のために』その研究に付き合ったのである。これを堀田らしくない『ひいき』と言えばそうだったのかもしれないが、早紀とのこれまでの付き合いで、彼女が土方の言葉通り有能な士官であり、藤堂平九郎・現地球防衛軍統括司令長官の娘であるという事実を全く無視した上で、潰してしまうには惜しい人材だと承知してのことでもあった。
そんな形で指導してきた彼女がここまで落ち込んでしまっているのは、堀田としても居たたまれなかった。武田は早紀の士官学校時代の後輩で数少ない友人であり、その関係は傍目からも姉妹のようなものだったのだから、こうなってしまうのはやむを得ないとわかっていてもである。
「藤堂君、聞きたくないだろうが言わせてもらうよ」
心を鬼にして、堀田は口を開いた。
「どういう状況でこんなことになったかは、およそは知っている。あえて言う。君の指揮に問題があったからではない。指揮官に何のミスがなかったとしても、人が死んでいく。それが戦場だ」
「……」
「だから、君らを生かすために犠牲になった人たちに報いたいと思うなら、これからも自分の役割を全うすることだよ。今すぐには無理でも、君がいつか立ち直ってくれると信じる。私はそれを待っているよ」
「……」
これが、単に教官任務しか経験のない士官の言葉だったら戯言だろう。だが、堀田はガミラス大戦において『カ二号作戦』を初陣とし、その後も太陽系内でのガミラスとの戦闘を戦い抜いた歴戦の将校でもある。その言葉は、恐らく今の防衛軍の同年代の士官に比べればよほど重かったろう。
だが、早紀は表情を曇らせたまま、黙って堀田の言葉を聞いているだけだった。
(これ以上は、追い詰めるだけにしかならないか……)
堀田はそう判断して、敬礼してその場を去った。早紀とはその後しばらく会う機会がなくなり、次に再会したときには驚くべき事態になっていたのだが、もちろんそんなことをこの時点で想像するなど不可能であった。
「堀田さん、早紀が失礼しました」
早紀の前を去り、式場を後にしようとしたその時、堀田は耳慣れた声に呼び止められた。
「……永峰君か。不謹慎な言い様で申し訳ないが、君や藤堂君だけでも生きて戻ってきてくれたのは、正直よかった」
「いえ、俺もあの時は何もできませんでした。悔しいです」
永峰祐樹一尉。先の作戦で早紀が座乗していた戦艦『明星』の副長で、彼女とは士官学校時代の同期生である。戦術科の士官だから堀田の教え子の一人であるし、かつてガミラス大戦時の日本艦隊旗艦『キリシマ』において砲雷長と砲術士官という関係でもあった、縁のある相手である。
「少し、お時間をいただけますか?」
永峰の問いに、堀田は「構わないよ」と答え、式場から少し離れた人気のない場所へと足を運んだ。
「早紀のことですが……教官は大丈夫と思われますか?」
やはりそのことかと、堀田は思った。
「初の実戦で妹同然の後輩を失った。いくら軍人だとはいえ、心理的に焼き切れたとしても批判することはできないよ。私が教えていた頃から……いや、恐らくそれよりずっと以前から、張り詰めた気持ちで生きてきたとしか思えないから」
「教官もそう思われますか……」
「藤堂君を見ていると、嫌でもわかってしまうことだよ。そして、よりにもよって統括長官の娘ということで、政治的に利用しようと群がる人間もいるだろう。その中でよく理性を保っていると、正直なところ褒めてあげたいくらいさ」
「……」
永峰が黙ってしまうあたり、状況が自分の想像以上に深刻だと堀田は理解するしかなかった。永峰ほど早紀と付き合いが長く、その性格をよく知る同僚を堀田は知らない。その彼が明らかに「自分にはお手上げだ」という顔をしているのである。
「教官、お願いがあります」
そう切り出した永峰の顔が、引きつっているように思えた。
「あいつに……早紀にこれから何があっても、教官は早紀の味方でいてあげてもらえませんか? あいつが士官学校でやってこれたのも、教官が誰も見向きしてくれなかった早紀の研究に協力してくれたからです。だから」
「永峰君」
静かな、堀田の声だった。
「別に藤堂君に限ったことではないと断っておくが、私は教え子に閉ざす扉を持ち合わせてはいないつもりだ。今は職場も違うし何もできることはないだろうが、何かあれば堀田真司という個人は決して悪いようにはしない。それだけは約束させてもらう」
「……その言葉を聞けただけで、少なくとも俺には十分です。ありがとうございました」
少しだけほっとしたような表情を見せた永峰に、こちらは表情を消したままだったが堀田もやや安心したのだった。
時間を取らせて申し訳ありません、と告げて去った永峰の背中を見送りながら、堀田はしかし考え込んでいた。
(所詮、防衛軍全体としては一士官の死など、小さい出来事だろう。だが、今度のことは避けられた事態ではなかったのか。それはよく考えるべきだが、そうしたことができる人間が、今の防衛軍の上層部に果たしてどれだけいるものか……)
そこが心もとないだけに、堀田は自分の無力さもまた痛感していたのである。
(やはり、あの人に戻ってきてもらうしかないのか)
これまでは、正直なところ嫌がっている人間に強要するのも気が引けて、堀田は土方に本腰を入れて「防衛軍の全艦隊を率いてください」と言ってこなかったように思う。しかし、こうして自分の縁ある人々が死に、そして苦しんでいる姿を見て、自らの甘さというものを改めて思い知らされたような気がした。
「本気でやってみよう。こうなれば、土方さんと刺し違えるくらいの覚悟をしてだ」
古流剣術の心得がある堀田はこのとき、そう心に決めたのだった。