ガルノー・ゲーア少佐。ガミラス太陽系方面軍、海王星基地駐屯艦隊の指揮官である。
彼は先のガミラス戦役時、当初はシリウス方面にて作戦していたが、冥王星基地の壊滅から始まる地球側の太陽系宙域奪還作戦『レコンキスタ』に対応し、太陽系内で地球艦隊と戦闘を行った経験があった。
だが、その戦いは彼にとって無念さを禁じ得ないものだった。特に初戦となったアステロイドベルト宙域の会戦では、地球防衛軍の新型駆逐艦部隊に味方駆逐艦部隊は翻弄され、実に参加した11隻の駆逐艦のうち7隻を失うという惨敗を喫した。この駆逐艦の大量損失による偵察能力、敵軽快部隊に対する対応力の低下が、ガミラスが地球側の言う『レコンキスタ』で最終的な敗北を喫した理由の一つとなってしまったため、同僚や部下を多く失った彼の悔恨は更に深いものとなったのである。
(あの『蒼い駆逐艦』……)
地球側の新鋭駆逐艦部隊の、恐らく司令駆逐艦。この艦の見事な戦術機動と麾下の艦艇への指揮が、彼の見る自軍駆逐艦部隊の最大の敗因であった。そしておよそ三年が経過し、太陽系に赴いた機会にその駆逐艦を率いていた艦長の存在を求めていたのだが、彼はようやく見つけたのである。
彼の言う『蒼い駆逐艦』が『レコンキスタ』戦当時、現在の防衛軍でパトロール巡洋艦などが採用している偵察艦用の青色迷彩を試験的に施していた『神風』であり、その艦長かつ駆逐隊司令代行だったのが『薩摩』艦長である堀田真司であることを、今のゲーアは承知していた。そして、今度は友軍となった堀田の実力をもう一度見極めると共に、訓練の場とはいえ内心密かに雪辱を期していたのだった。
「海王星軌道も間もなくだ、艦の状況を報告してくれ」
堀田が言うと、各部門の責任者がまず副長の三木に報告する。それを取りまとめた三木が言った。
「各部、異常ありません。いたって順調とのことです」
「そうか。これからの訓練は相当に実戦に近いものとなるだろうから、準備は怠らないようにな」
「了解、伝えます」
その訓練の相手が、かつて自分が敗北を味あわせた士官だということを、今の堀田は知らなかった。
(海王星のガミラス艦隊は宙雷戦隊だと聞くが、その力量はなかなかのようだ。戦艦で宙雷襲撃にどう対応するか……私にとっては『逆の戦い』とも言えるが、色々試してみることにしようか)
そんなことを考えていると、船務長の沢野から報告が入った。
「海王星軌道に到達、海王星を確認しました」
「そうか、パネルに……」
「待ってください、これは……?」
沢野が戸惑ったような反応を見せた。
「どうした、船務長」
「はい、少し海王星付近の様子が……パネルに出します」
「頼む」
艦橋のスクリーンが海王星とその周辺宙域を映し出す。沢野がなぜ戸惑った反応を見せたか、堀田以下他の乗員たちもすぐ理解した。
「これは、何があったんだ?」
海王星の周辺にガミラス艦隊の姿はなく、そこには自軍……つまり地球防衛軍のパトロール艦と護衛艦が合わせて10数隻ほど待機していた。これらは最近、軍備の変更で金剛型戦艦や村雨型巡洋艦と入れ替わりに配備されていた艦隊で、主に太陽系外周の哨戒を任務としていたため今回の訓練に参加する予定はなかった。
「いずれにせよ、ガミラス艦隊がいないのは妙だな。通信長、海王星基地に通信を送ってくれ」
「了解……海王星基地、出ます」
スクリーンが今度は海王星基地の内部を映す。しかし、そこに現れたのは海王星基地司令の姿ではなく、堀田にとって会ったことのない士官の姿だった。階級章を見ると三佐のようだ。
「海王星基地補給参謀、真壁誠三佐です。現在、基地司令は手が離せませんので、僭越ながら私が代わりに応対させていただきます」
「『薩摩』艦長の堀田真司だ。真壁三佐、よろしく頼む。まずは現状、何が起こっているか説明してもらいたい」
「はい。先ほど我が基地の偵察艦が、哨戒中にガトランティス艦隊を発見。ガミラス艦隊はこれを迎撃に向かいました」
「敵艦隊だって! その規模は!?」
「確認しただけでも40隻程度、若干の未確認艦も存在する可能性があります」
「我々からすれば大艦隊だぞっ! なぜガミラス艦隊と共に迎撃に出なかった!?」
堀田は大声で怒った。海王星基地艦隊は哨戒部隊とはいえ、パトロール艦も護衛艦もショックカノンは当然のこと、波動砲さえ装備しているのだ。それだけ一定の戦力として期待できる艦隊をなぜこんなところで遊ばせているのか? まさかガミラス艦隊を見捨てたのかという疑問を禁じ得なかったのだが、真壁はあくまで冷静な表情と口調で答えた。
「敵戦力が強大であるため、当方はいったん軍民共に海王星から避難することを進言しましたが、ガミラス艦隊のゲーア司令が受け入れなかったのです。『我々が敵を食い止めている間に脱出せよ』と言われましたので、現在、我々は民間人を乗せた輸送船団の準備を行っています」
「あちらが先走ってしまったのか……怒鳴ってすまなかった」
そうは言ったものの、このままガミラス艦隊を放置しておいてよいのだろうか。堀田の脳裏にはこのとき、様々なことが去来していた。
(かつての怨敵、か……)
自分とて、婚約者をガミラスとの戦いで奪われた過去がある。この『薩摩』に乗り込んでいる乗員たちも、ガミラス戦役で家族や友人など大切な人々を奪われた者は少なくない。そうした事実を知るが故か、今の『薩摩』艦橋の全員が半ば呆然として堀田の様子を見ている。しかし、彼はこういう状況で動かないような腰の重い人間ではない。
(いや、そんなことを考えている場合ではないな)
気を取り直し、再びスクリーンの真壁に視線を向ける。
「真壁三佐。海王星基地艦隊だけで、民間人を乗せた船団を後送することに問題はないか?」
「敵の大部隊に奇襲されなければ、問題ありません。しかし……」
「そうか、ならば君から聞くべきことはここまでだ」
何か言いたげな真壁の言葉を、強引に遮った。
「『薩摩』はこれより、ガミラス艦隊の援護に向かう。基地司令にはそう伝えてくれ」
「……了解しました、ご武運を」
「そちらも無事を祈る」
最後まで表情を変えないまま敬礼する真壁がスクリーンから消えると、堀田は直ちに命令を下す。もちろん真壁が言ったように、目の前のガトランティス艦隊の他に敵艦隊がいないとも限らず、その別動隊に避難船団が攻撃される危険はある。だが、ガミラス艦隊が突破されてガトランティス艦隊がこの宙域になだれ込んでくれば、足の遅い避難船団は追い付かれて蹂躙されるだけだ。
危険な賭けだが、堀田の手元にあるのは戦艦とはいえ1隻のみ。ここはまず、ガミラス艦隊が突破されることを防ぐしか方法はないと判断したのだ。
「これより、ガミラス艦隊と共同してガトランティス艦隊の迎撃に向かう。全艦、第一種戦闘配置!」
「「了解!」」
幹部乗組員たちの声が気持ちよく響く。『薩摩』にとって初めての実戦は、あまりに唐突な状況で行われることになった。
「くそっ、敵の数が多すぎる!」
「あいつら、こっちの陽動に乗ってこない。どうする!?」
味方艦から飛び交う通信を、ゲーアは苦々しく聞いていた。
(何故だ、何故奴らは陣形を崩さない?)
内心でそう思う。敵はラスコー級巡洋艦やククルカン級駆逐艦を中心とした軽快部隊であり、ゲーアとしてはガトランティス艦より自軍のケルカピア級高速巡洋艦やクリピテラ級駆逐艦の機動力が勝ることを生かし、機動戦で敵戦力を漸減するつもりでいたのだ。そうすれば勝算も十分にあった。
だが、何故か敵はこちらの機動戦に乗ってこない。どれだけ撃沈、撃破艦を出しても、あくまで球形陣を崩さぬままにこちらの攻撃へ応戦してくるだけなのだ。
そうなると、数の上で不利なガミラス艦隊のほうが厳しくなる。敵が機動戦に乗ってこない以上、こちらも足を止めて撃つしかないのだが、こうした消耗戦ではいずれ全滅するのは味方のほうなのだ。
(このまま海王星方面へ転進し、地球艦隊と合同で仕切り直すか……)
冷静にゲーアはそうも考えたが、すぐそれを打ち消した。それでは海王星の地球、ガミラス双方の民間人に被害が及ぶ可能性があり、何より自分が「敵を足止めする」と強硬に主張して出てきてしまったのだ。ここで退くのはガミラス軍人の誇りが許さなかった。
「司令、我が軍の損失8艦! どうしますか!?」
海王星に駐屯するガミラス艦隊の総数は24隻。すでに1/3の艦艇を失ったことを告げる通信士の悲鳴に近い言葉にも、ゲーアはすぐに命令を下すことができなくなっていた。
「艦長、前方に交戦中のガミラス、ガトランティス艦隊発見!」
「メインスクリーンに出してくれ」
『薩摩』はレーダーの探知可能範囲限界から、交戦中の両艦隊を捕捉する。その状況を見て、堀田はすぐガミラス艦隊の不利な状況を理解した。
(敵が機動戦に乗ってこない……あれではガミラス軍の長所が殺されて不利だが、敵も損害が大きくなる。いったいどういうことか)
敵の意図が読めない。しかし、この状況をひっくり返す方法を『薩摩』は持っていた。
(あれを、使うのか……)
拡散波動砲。既に第八浮遊大陸戦で用いられていたため、それ以前にかけられていた使用制限が解除されていたからここで発射は可能だ。そして敵の密集した陣形は、この場から最大射程で拡散波動砲を発射すれば、間違いなく壊滅に追い込める状況なのだ。
普通の士官なら、何のためらいもなく撃つ局面だったろう。だが……
(それで、本当にいいのか?)
沖田はじめヤマト乗組員たちの志を汲んで、自分も波動砲艦隊に猛反対してきた。その膨張を防ぐため、恩師である土方を無理やり全艦隊の指揮官に引っ張り込んだ。そこまでやった自分が、沖田とスターシャの約束を踏みにじることになるのだ。ためらいを覚えるなというほうが無理な話ではあったろう。
「艦長……」
林がつぶやくように声をかけてきた。彼女は戦術長として、今の状況で拡散波動砲を撃つ意味を理解していたはずである。だが、自分たちの艦長がこれまで何をしてきて、何を考えてきたか。それも承知しているから、押し切ることができないのだ。
ほんの短い時間。しかし、当事者たちにとっては永遠とも思えるような時間が『薩摩』艦橋に流れていた。
「ガミラス艦隊、戦力半減! 限界ですっ!」
沈黙を破る沢野の声を聞き、堀田は顔を上げた。
「やろう」
「艦長!」
「確かに、私は波動砲艦隊に反対してきた。沖田さんの遺志を無駄にしたいとも思わない。だが、ここは撃つべきだ。どんなことがあっても、味方を見捨てる戦いは地球防衛軍にはない。沖田さんや土方さん、ヤマトの彼らとてきっとここなら撃つ。私もその覚悟で臨もう」
一つ、堀田は深呼吸する。そして、いつも以上に通る声で命令した。
「拡散波動砲、発射用意!」
「了解……拡散波動砲、発射シークエンスに入ります」
三木が冷静に、しかしここぞを得たりと返事をする。
「戦術長、すまないが引き金は私がもらうよ」
「艦長、それはっ!」
「これは、私が乗り越えなければならない壁だ。君らこの『薩摩』乗員や今、目の前にいるガミラス艦隊だけではない。これから先、多くの人を生かすための戦いに必要なことなんだ。だから、頼む」
「……わかりました、お任せします」
「ありがとう……通信長、船務長が示す座標から退避するよう、ガミラス艦隊に伝えてくれ」
「了解、すぐ伝えます」
その返事を聞き、艦長席の椅子で姿勢を正す。目の前には既に波動砲発射用のトリガーが準備されていた。
(沖田さん、申し訳ありません。撃ちます!)
引き金に指をかけ、内心でそう詫びる。それが済んだ次の瞬間、もう堀田の心から迷いはなくなっていた。
「拡散波動砲、発射10秒前! 対ショック、対閃光防御!」
全員が準備を整え、堀田がカウントダウンを始める。そして、ガミラス艦隊の退避が完了した直後……
「3、2、1……拡散波動砲、発射!」
目一杯の力で引き金を引く。そして次の瞬間『薩摩』の艦首から青白い、眩いばかりの閃光が打ち出された。
(……行けるかっ!)
閃光は、周囲のデブリを消滅させながらガトランティス艦隊に向けて直進していく。そしてその閃光は、着弾点の少し手前で『傘のように』拡散した。
『薩摩』艦橋で見守る全員の前で大爆発が起こる。密集し『薩摩』の存在を探知するのが遅れていたであろうガトランティス艦隊は拡散波動砲になす術がなく、たちまちほぼ全艦がエネルギー流に飲み込まれて爆発、炎上して燃え尽きていた。
「……敵艦隊、ほぼ消滅。ガミラス艦隊が残存艦の掃討に入った模様です」
「了解した」
短く答えた堀田だったが、映像でしか見たことのない波動砲の威力。そのあまりの破壊力に、彼らしくもなく呆然としていた。
(『私たちのような愚行を繰り返さないでください』か……)
スターシャが沖田に語ったという言葉が頭をよぎる。このような兵器に魅せられてしまっては、いずれ地球人もかつてのイスカンダル人のような愚行を繰り返すのかもしれない。いや、そんなことはさせない。それが自分の役目だと、改めて堀田は自覚するのだった。
だが、その思考も長くは続かなかった。
「航海長っ!」
沢野が大声を上げた。
「は、はいっ!」
「今すぐ転舵……いや、この座標から離れて! 早く!」
「わ、わかりましたっ! 右舷スラスター全開!」
初島が『薩摩』を強引に左方向へと移動させる。これには堀田も驚いたが、更なる衝撃は次の瞬間だった。
突如、炎の塊が『薩摩』の右舷を通過していった。それが何であるか、ヤマトの戦闘詳報も念入りに研究していた堀田は瞬時に理解した。
(火焔直撃砲! まさかっ!)
敵艦隊にメダルーサ級戦艦がいたのか、と思ったと同時に、沢野と初島に感謝しきれなかった。自分が一瞬、呆然となった瞬間を狙ったかのように、敵は火焔直撃砲を撃ってきたのだ。もし沢野が声を上げず初島も対応しなければ『薩摩』は撃沈されていたのである。何たる油断かと自分を責めつつも、優秀な自分の艦の乗員をありがたく思うのだった。
「船務長、敵にメダルーサ級戦艦がいたのか?」
「いえ、探知していません。探知したのは転送システムのエコーだけでした。それでもしやと思い……」
「いや、見事な判断だった。船務長、そして航海長、ありがとう」
二人に礼を言うや、前方で敵艦隊を掃討中だったガミラス艦隊から通信が入った。
「艦長、先ほど撃破した敵艦隊の後方に主力と思われる艦隊を発見したとのことです。構成はメダルーサ級1、カラクルム級4、ククルカン級2」
「わかった、ガミラス艦隊にはこちらへの合流を要請してくれ。本艦もただちに前進する」
河西に指示を与えておいてから、堀田は下命した。
「これより、敵主力艦隊を攻撃する。『薩摩』第一戦速にて前進!」
海王星宙域での戦いは、未だ終わる気配を見せていなかった。