紫風作戦
西暦2208年中盤、二年前より継続されているガルマンガミラス帝国とボラー連邦による星間戦争――銀河大戦――は、大きな変革を迎えようとしていた。
変革のきっかけとなったのは、ボラー連邦が対ガルマンガミラス帝国用に配備した超空間飛行型惑星間弾道弾(ワープミサイル)であった。当初ボラー連邦はガルマンガミラス帝国に先んじてこの兵器を量産・配備することにより、絶対的な戦略的優位を手に入れようと目論んだ。実際、このワープミサイルはある程度の効果を上げており、特に昨年末の一斉攻撃にて、少数のワープミサイルがガルマンガミラス帝国本星の厳重な防空網を突破し、敵中枢に打撃を与えられたのは大きかった。
しかしこれは、ボラー連邦首脳部が望んでいた戦果からは程遠かった。彼らが望んでいた戦果というのは、降り注ぐ多数のワープミサイルにより敵本星が劫火に包まれ砕け散るようなものだったからである。そしてこのワープミサイルも完璧ではないとはいえ既存の技術でも対抗可能なことが証明されてしまい、ボラー連邦が得た戦略的な優位は限定的かつ一時的なものとなった。
そしてボラー連邦首脳部を驚愕させる報告が諜報部よりもたらされた。ガルマンガミラス帝国も、ボラー連邦のワープミサイルと同種の、しかも技術的には更に進んだ兵器を開発しているというのである。
ガルマンガミラス帝国が開発していた兵器というのは、俗に言う戦略型次元潜航艦であった。それは亜空間に潜航し敵の領域内に侵入、搭載された数十発の惑星間弾道弾、あるいは数十基の転送型デスラー砲を用いて、敵の重要拠点複数を一挙に破壊するというものであった。実際、この艦はガルマンガミラス帝国内でも計画はされていたものの未だに設計段階でとどまっており、実際に艦が完成するのはかなり先の話であるのだが、ボラー連邦に対抗する為あえて情報を流出させていた。
だが、故意に流出されたこの情報はガルマンガミラス帝国側の想像以上に相手を動揺させる結果となった。昨年末、ボラー連邦軍はガルマンガミラス帝国の本星を直接攻撃しており、ガルマンガミラス帝国が戦略型次元潜航艦を配備した暁には、その砲口がボラー連邦の本星、つまり自分達に向くと考えたのだ。
ただ当時のガルマンガミラス帝国首脳部(特にデスラー総統)にボラー連邦本星を戦略型次元潜航艦で攻撃する考えはなかったとされる。いくら全銀河系制覇の野望を達成するためとはいえ、主要敵国の本星をいきなり攻撃し敵国の首脳部諸共消滅させてしまうと、交渉チャンネルが失われ戦争を終結させることが事実上不可能となってしまうからである。そうなってしまった場合彼らを待っているのは銀河各地に点在するボラー連邦残党との終わりなき戦いであり、ガルマンガミラス帝国の保有する兵力からいってもそれら全てを鎮圧するのは現実的ではない。
だからこそお互いに相手の本拠地を直接攻撃可能な兵器を保有したことでお互いの行動を封じ、相互確証破壊となる状態を作り出した段階で何とか休戦協定を締結しようと企んでいたのであった(建国当初より急激な拡大政策と星間戦争を続けてきたガルマンガミラス帝国の経済状況は既に限界に達しており、このままでは年内に破綻するとさえ言われていた。)
しかしボラー連邦首脳部に自制を促し休戦協定へと持ち込むことを画策してあえて流出された情報は、結果として正反対の結果をもたらすこととなってしまった。すなわちボラー連邦首脳部はこう考えたのだ。「ガルマンガミラス帝国に対して一時的に戦略的優位を保持している今こそ攻勢をかけるときだ。ここで一気に攻勢を仕掛けガルマンガミラス帝国を滅亡させてしまうのだ。」と。
ボラー連邦軍は北部戦線における大規模攻勢を実施するにあたり、総兵力の約六割に相当する十二個艦隊三千二百隻を動員した。これは、今まで本星にて決戦兵力として待機していた第一主力艦隊から歴戦の第八親衛打撃艦隊、更には辺境防衛用の駐屯艦隊までも動員した、文字通りの決戦部隊であった。
そしてこれだけ大規模な兵力移動を行うのであるから、当然ガルマンガミラス帝国側にも察知されていた。しかしガルマンガミラス帝国側はボラー連邦軍の攻勢開始地点を東部方面だと予想していた。これは当時東部方面に長さ五十光年ほどの戦線突出部が存在しており、ボラー連邦軍は軍事的常識から考えてこの戦線突出部から攻勢を開始する可能性が非常に高いと判断されていたからであった。空間機甲師団四つを含む八個師団を所有する北部方面軍に、ボラー連邦軍が真正面から挑んでくるという可能性は低く見積もられていた。
更にボラー連邦軍の艦隊が東部方面へと移動するのが確認されたこと(この情報はボラー連邦側が故意に一部艦隊の移動を見せつけた欺瞞であった)が、ガルマンガミラス帝国側の判断を確信へと変えた。機動防御作戦の中核戦力である主力空間機甲師団こそ、北部方面軍総司令官のヴァンス・グーデル大将の強固な反対があったおかげで北部戦線から動かせなかったものの、代わりに定点防御用の二個空間師団を東部戦線に移動させた。
更に北部方面軍にとっては運が悪いことに、彼らの管轄区域内でファンタム事案が発生。ファンタム事案に対しては早急に対処するようデスラー総統直々に勅命が下っていた為、グスタフ・ヘルマイヤー中将の第十二空間機動旅団を惑星ファンタムに派遣していた。これにより北部戦線は一時的に前線を面で支える通常師団がエルク・ヴァーレンシュタイン中将の第十一空間師団しか存在していなかった。
北部方面軍の主戦略となっていた機動防御作戦とは、簡潔に説明するならば通常の空間師団で敵の攻勢を受け止めている間に、主力の空間機甲師団が機動打撃部隊として敵軍の側背面を攻撃する作戦である。空間機甲師団が側背面に回り込むまでに敵軍を食い止める通常師団の戦力が激減している以上、北部方面軍の主戦略である機動防御作戦の実施が事実上不可能となっていた。しかし長年にわたり研究と訓練が重ねられた作戦を今更大規模に変更するわけにもいかなかった。結局、機動打撃用の空間機甲師団の一部を戦線正面に振り分けることで、当初の予定通り機動防御作戦を遂行しようとした。しかし当初の作戦計画よりも戦力は大きく減少していた。
だが、ボラー連邦軍からみれば、これだけ戦力が減少しても練度が非常に高いガルマンガミラス帝国の北部方面軍は大きな脅威であり、この部隊をどのようにして突破するかが大きな課題となっていた。
そこでボラー連邦軍第一軍団総司令官のグワン・バルコム大将以下、ボラー連邦軍参謀本部は次のような作戦を立案した。
まず前線において囮部隊が局地的な限定攻勢を実施しガルマンガミラス帝国軍の反応を誘う。次にあらかじめガルマンガミラス帝国領域内に潜伏していた諜報部隊や偵察部隊によって、敵北部方面軍司令官が座乗する機動要塞の位置を特定する。機動要塞の位置が特定出来次第、第八親衛打撃艦隊が連続ワープにより機動要塞を直接攻撃、敵司令官を司令部ごと抹殺し指揮系統を麻痺させる。指揮系統が混乱している隙を突き本隊が一斉に攻勢を開始、敵部隊を一気に突破する。というものである。
理論上では完璧な作戦であったが、本隊が敵部隊を突破するまでの間第八親衛打撃艦隊は敵中に孤立することとなり、包囲殲滅されてしまう可能性は十分にあり得た。更にこの作戦は敵司令部がある機動要塞の位置が囮部隊による限定攻勢が終了するまでの間に判明することが前提となっており、仮に敵司令部が機動要塞から移転していたり時間内に敵機動要塞の位置が判明しなかった場合、作戦そのものが瓦解する危険性もあった。
だがこれまでのように正面突撃を繰り返すだけでは精強なガルマンガミラス帝国軍を突破することは不可能であると言わざるを得ず、結局この作戦案は採用された。
ガルマンガミラス帝国側でもボラー連邦軍が戦力の大規模な配置転換を実施しているのは察知しており、ガルマンガミラス帝国北部方面軍司令部は、ボラー連邦軍のこの行動が大規模作戦の前兆であると推定。北部方面軍総司令官のヴァンス・グーデル大将は北部方面軍各部隊に対して警戒を厳とするよう通告した。
作戦名“紫風(パープルストーム)”
結果としてボラー連邦軍史上最大、そして最後となった攻勢作戦は、こうして始まった。
西暦2208年10月12日、地球標準時7時30分に『紫風作戦』は開始された。
先に攻撃を開始したのは当然ながらボラー連邦軍であった。第一四打撃艦隊、第一〇二打撃艦隊、中央銀河諸国連合艦隊の計三個艦隊からなる第一梯団第三十二軍が、ガルマンガミラス帝国北部方面軍の前線拠点二つに対して同時攻撃を仕掛けた。
これと同時にボラー連邦軍前線基地から、ワープミサイルがガルマンガミラス帝国軍の後方支援拠点計十二ヶ所に向け一斉に放たれた(ワープミサイルはガルマンガミラス帝国本星への攻撃以降一度も使用されておらず、弾数には十分余裕があった)更には大規模作戦に備え温存されていた潜宙艦隊が各所で通商破壊作戦を開始し、駄目押しとばかりにワープミサイルによる攻撃が及ばなかった拠点では、ボラー連邦軍特殊作戦部隊(ズベルナズ)による破壊工作も実施されていた。
<最前線から後方の敵まで、同時かつ連続的に攻撃する>
紫風作戦の第一段階は、長年にわたりボラー連邦軍が研究と訓練を重ねてきた縦深戦術そのものであった。
通常の軍隊であれば混乱の極みに達する程の熾烈な攻撃であったが、この強烈な一撃を受けてもなお北部方面軍司令部は冷静に戦況を観察していた。敵の第一梯団と正面衝突したベルドリヒ・バルウス中将指揮下の第六空間機甲師団は、当初の作戦計画通りに敵の攻撃を受け流しつつ戦略的撤退を開始していた。更に突出したボラー連邦軍を包囲すべく、ゲバルト・ヴァム・ルーンシュライト中将の第三空間機甲師団とグレムド・キルヒラー中将の第十六空間機甲師団が、敵第一梯団の両翼に展開を始めていた。
後方にて待機していたエルク・ヴァーレンシュタイン中将指揮下の第十一空間師団(実質的な予備兵力)が、ワープミサイルによる攻撃と軍港への破壊工作によって戦力が半減したのは計算外であったが、致命的な損害ではない。敵第一梯団の両翼に展開した二つの空間機甲師団は、今のところは予定通りに戦力展開を進めている。
ボラー連邦軍の攻勢は作戦目標を達成することなく、北部方面軍によって阻止されるはずであった。少なくとも、北部方面軍司令部はそう事態を楽観視していた。しかし戦局は彼らが予想もしなかった方向へと動くこととなった。ボラー連邦軍第八親衛打撃艦隊が、北部方面軍司令部が設置されている機動要塞に直接攻撃を仕掛けてきたのである。
ボラー連邦軍が抱えていた悩みの種として「どうやって敵の機動要塞を撃破するか」という問題があった。
機動要塞を発見すること自体はそこまで難しいことではない。戦闘が始まればいやでも司令部と前線の間で頻繁に交信が実施されることになる。大量に飛び交っている通信電波の発信源をたどれば、敵の司令部に到達するという算段だ。
だが、司令部の位置を突き止めて敵が強襲して来ることなど、ガルマンガミラス帝国側も想定済みだろうと思われていた。だからこそ、司令部を圧倒的な防御力を誇る機動要塞内に設置し、その護衛に司令部直属の第一空間機甲師団を置いているのであろうと予想された(ただ、グーデル大将から言わせてみればこの護衛戦力は過大であり、機動要塞の護衛部隊である第一空間機甲師団も、戦局によっては司令部の判断で即座に前線へと投入するつもりであったとされている)
更に今回の作戦では迅速に敵司令部を壊滅させることが要求されているので、周囲の制宙権を確保した上で強襲揚陸部隊によって要塞を占拠するという、従来の攻撃方法は使えなかった。
この難題に対して、第八親衛打撃艦隊司令官のパロム・ハーキンス中将は単純明快な作戦を提示した。それはある意味では非常にボラー連邦軍らしい作戦であった。バーティル級戦闘艦に搭載された惑星破壊用プロトンミサイルによる飽和攻撃である。
バーティル級戦闘艦(地球側呼称:ブラボー級戦艦)は、アルパ級戦闘艦(地球側呼称:アルファ級戦艦)と同様にボラー連邦軍の主力戦闘艦である。しかしバーティル級はアルパ級と異なりボラー連邦の抑止戦略の一環を担っている艦でもあり、艦底部に惑星破壊用プロトンミサイル一発が搭載可能であることはあまり知られていない。
ボラー連邦軍のプロトンミサイルは通常サイズの戦闘艦に搭載できるようサイズを調整した為、専用艦で運用することを前提にサイズを無視して製造されたガルマンガミラス帝国軍のプロトンミサイルと比べると、威力はどうしても劣る。
しかし専用艦を用意しなくてもよく、敵にプロトンミサイル搭載艦と識別され集中攻撃を受ける可能性を下げられるメリットがあった。
ただ、通常編制の艦隊に組み込まれる際はプロトンミサイルを降ろして運用されていることが多かった。艦隊戦においてプロトンミサイルは危険な積み荷でしかなく、多くのバーティル級艦長がプロトンミサイルを搭載したまま砲撃戦をすることを嫌ったからである。
ただ今回の作戦では、敵機動要塞にプロトンミサイルによる飽和攻撃を実施するという任務の特殊性上、第八親衛打撃艦隊に所属するバーティル級全艦にプロトンミサイルが規定数分搭載されていた。
第八親衛打撃艦隊がワープアウトした直後、計五十二隻のバーティル級がガルマンガミラス帝国軍の機動要塞に向けてプロトンミサイルを一斉に放った。放たれた五十二発のプロトンミサイルの内、総数の約一割に相当する五発が動作不良を起こしたものの、残りの四十七発は予定通り順調に機動要塞に向かって飛翔を続けていた。これに呼応して二十四隻のカーシャ級火力投射艦(地球側呼称:デルタ級ミサイル駆逐艦)が敵迎撃システムの麻痺を狙い、約三五〇発の対宙誘導弾(スペースロック)を放った。
正に絵に描いたように理想的な飽和攻撃であり、ガルマンガミラス帝国軍随一の戦闘部隊である第一空間機甲師団でも、この攻撃を防ぐことは非常に困難であると言わざるを得なかった。
約四〇〇発もの誘導弾による飽和攻撃に対抗する為、第一空間機甲師団に所属する各艦は直ちに迎撃態勢へと移行した。ガミラス帝国時代から続く経験と技術の蓄積で構成された迎撃システムはその真価を発揮し、飛来するスペースロックを次々と叩き落した。しかし肝心のプロトンミサイルは弾頭そのものに分厚い装甲が施されており、通常兵装ではほとんど撃墜出来なかった。
通常の迎撃手段ではプロトンミサイルを阻止不可能だと判断した第一空間機甲師団各艦は、高圧直撃砲によってプロトンミサイルに対して近接攻撃を加えた。高圧直撃砲は大型艦を一撃で沈めることが可能な威力を誇る兵器であるものの、その射程は非常に短く近接防空火器と同程度である。一歩間違えれば自艦がプロトンミサイルの誘爆に巻き込まれて沈む危険性すらあるが、第一空間機甲師団の各艦はひるむことなく高圧直撃砲での迎撃を継続した。
それでも破壊されずに飛翔を続けたプロトンミサイルに対しては、艦艇による体当たりでプロトンミサイルの軌道を逸らそうと試みた艦もいた。
そうした第一空間機甲師団の懸命な努力もあって、機動要塞に命中したプロトンミサイルはたったの二発にとどまった。命中率で言えば4%に満たない。しかし惑星を引き裂くほどの威力を誇る兵器にとっては、それだけの命中弾で十分であった。
二発のプロトンミサイルは、ガルマンガミラス帝国軍の機動要塞を完膚なきまでに破壊し尽くした。要塞から脱出できた人員は一人もいなかった。無論、グーデル大将以下北部方面軍司令部要員も、全員が要塞と運命を共にした。
この瞬間から、戦闘は一挙にボラー連邦軍側有利へと転換していく。北部方面軍司令部の壊滅と指揮系統崩壊は、それほどの影響力を持っていたのであった。戦場に点在している師団も、統一された指揮系統が存在しなければ烏合の衆でしかなく、北部方面軍は軍集団としては既に全滅したも同然であった。
ラグラチオ
復讐心をたぎらせた第一空間機甲師団の残存部隊による苛烈な追撃を振り切った第八親衛打撃艦隊は、敵機動要塞への攻撃成功をボラー連邦軍司令部に伝えた。敵の機動要塞が北部方面軍司令部と共に消滅したとの報告を受けたバルコム大将は、この勝利を更に大きな勝利へと繋げるべく次の命令を全軍に発した。
コード――ラグラチオ――
それは紫風作戦の第二段階でもあり、指揮系統が消滅し混乱の真っ只中にある敵北部方面軍を完全に殲滅する為の計画であった。
ラグラチオ発動に伴い、後方で待機していた第二梯団所属の二個軍団計六個艦隊が、ガルマンガミラス帝国軍の空間機甲師団全てを包囲殲滅すべく移動を開始した。彼らの最初の矛先は、ガルマンガミラス帝国軍の主力である二つの空間機甲師団に向けられた。
標的となったガルマンガミラス帝国軍第三空間機甲師団と第十六空間機甲師団は、当初の命令通りボラー連邦軍第一梯団を包囲すべく進撃を続行していた。この時点でどちらの師団にも北部方面軍司令部が全滅したことは伝達されておらず(ボラー連邦軍による通信妨害とズベルナズによる破壊工作により、北部方面軍の通信網は麻痺していた)与えられた命令を忠実に遂行することが随一の忠誠であると考えるガルマンガミラス帝国軍人達は、彼らの司令部が発した最後の命令を律義に守り続けていた。
どちらの師団も敵艦隊を包囲する為に、艦列が前後に長く伸び切っていた。この状態で側面から攻撃を受けたら部隊が分断され各個撃破される恐れがあり、何人かの参謀達がそう二人の司令官に進言した。しかし師団を指揮する二人の司令官は自らの部隊に絶対の信頼を置いており「そんなことはあり得ないし、万が一あり得たとしても逆にこちらが返り討ちにする」と、進言して来た参謀達の意見を一蹴した。
確かに、彼らが今まで対峙して来たボラー連邦軍であれば心配は要らなかった。ガルマンガミラス帝国軍お得意の電撃戦に、数頼みで突撃だけを繰り返すボラー連邦軍は全く対応できていなかったからである。だが彼らは油断からか重要なことを一つ忘れていた。自分達だけではなく、敵もまた相手から学習し、進歩するのだということを。
進撃を続ける二つの空間機甲師団に第二梯団が襲い掛かったのはほぼ同時刻であった。第二梯団はどちらの空間機甲師団にも三個艦隊ずつで襲撃を実施しており、二つの空間機甲師団は、自らの約三倍の兵力を相手に戦うこととなった。
更に今回のボラー連邦軍は、単に全軍を敵の正面に向けて突撃させるような愚策を採用しなかった。一個艦隊で敵師団の頭を押さえた上で、回り込ませた二個艦隊で敵の側面を攻撃・分断し各個撃破する戦法を取ったのである。無論、ルーンシュライト中将やキルヒラー中将も敵が守りの薄い側面を狙って、攻撃を仕掛けて来ることを事前に想定していた。彼らは伸び切った艦列を逆に利用して、艦列中央部を後退させた上で前部と後部を前進させ、側面を攻撃して来た敵艦隊を逆に包囲殲滅する腹積もりであった。
しかし、この戦術はボラー連邦軍によって完全に打ち砕かれた。艦列前部を攻撃されていた為に包囲網の形成に失敗した上に、ボラー連邦艦隊の機動がこれまでよりも素早く、後退を開始した直後の無防備な瞬間を攻撃されたからであった。
艦列中央部を食い破ったボラー連邦艦隊は二個艦隊をそれぞれ、孤立した艦列後部への攻撃と友軍艦隊と交戦中の艦列前部背面への攻撃へと向かわせた。
ここまでガルマンガミラス帝国軍側は、ボラー連邦艦隊に一方的にやられているだけであった。二つの空間機甲師団を取り巻く戦局は、まるで映し鏡のようにほぼ同等に推移していた。だが、二人の司令官が別々の決断をしたことによって、二つの空間機甲師団の運命は大きく異なっていった。
第三空間機甲師団は、司令官のルーンシュライト中将の元でボラー連邦艦隊に対し徹底抗戦した。これはルーンシュライト中将が旗艦の艦上で戦死し、艦隊が組織的抵抗力を失ってからも続いた。第三空間機甲師団の各艦は再三にわたり通告された降伏勧告を全て無視し、文字通り最後の一兵となるまで戦ったのであった。戦端が開かれてから第三空間機甲師団に所属している最後の艦艇が沈没するまで、実に九十三時間かかったとされている。第三空間機甲師団の生存者は僅か百三十七名(それも全員が重傷者)であった。
一方、第十六空間機甲師団は、艦列中央部が突破された段階で司令官のキルヒラー中将が「戦局は決した。もはやこれ以上の抗戦は兵をいたずらに失うだけで無意味である」と発言、直後ボラー連邦艦隊に対して降伏する旨を伝達した。早期に降伏したこともあって、第十六空間機甲師団は降伏した時点で七割程度の艦艇が健在であった。更に救助活動を実施する時間も十分に確保できたことから、人員の損害は戦闘規模の割には少なかったとされている。第十六空間機甲師団の将兵達はキルヒラー中将以下全員が捕虜となったが、彼らは第一次銀河大戦終結後に実施された捕虜交換において、大半が無事に本国へと帰還している(一部が収容中又は移送中に死亡)
二人の司令官がそれぞれとった行動に関しては、戦後においても戦史家たちの間で意見が分かれている。
ある戦史家は
「ルーンシュライト中将の第三空間機甲師団が敵を押しとどめてくれていたおかげで、ボラー連邦軍の進撃速度は大幅に遅延した。その間に多数の友軍部隊が撤退に成功しており、彼の功績は偉大なものである。一方、キルヒラー中将が早期に降伏したおかげで、彼の第十六空間機甲師団と対峙していたボラー連邦艦隊は難なく戦線を突破した。みすみす敵の進撃を許した彼の罪は大きい」
と、評した。
一方別の戦史家は
「キルヒラー中将が早期に降伏してくれたおかげで、結果として第十六空間機甲師団の人員や装備はほとんど失われることがなかった。これらの人員や装備は、後に銀河交錯事件やマゼラン・エクソダスにて大いに役立っている。それに対して、そのような貴重な人員や装備をルーンシュライト中将は、自らのプライドや僅かに稼いだ時間と引き換えにしてしまった。後世の観点から見ればどちらの功績が大きいかは明らかである」
二人の司令官に対する評価はこの他にも様々なものがあり、それは評価を実施した人間の考え方によって大きく異なっている。
ただ一つの事実のみを述べるならば、ラグラチオにてガルマンガミラス帝国軍が誇る二つの空間機甲師団は戦闘能力を喪失した。そしてそれは、以降のガルマンガミラス帝国軍がボラー連邦軍との戦闘において苦境に立たされることを意味していた。実際、ラグラチオ以降のガルマンガミラス帝国軍は、残った数少ない戦力を駆使して絶望的なまでの防衛戦を実施することとなる。銀河大戦において、ガルマンガミラス帝国軍にとって最も熾烈な戦闘の幕が上がった。
なお、ルーンシュライト中将は死後上級大将へと昇進した。一方、キルヒラー中将に関しては特に褒賞は与えられなかったが、逆に降伏したことに関して処罰されることもなかった。帰国後、キルヒラー中将は報道陣に対して何も語ることなくひっそりと軍を去った。
西暦2208年中盤、二年前より継続されているガルマンガミラス帝国とボラー連邦による星間戦争――銀河大戦――は、大きな変革を迎えようとしていた。
変革のきっかけとなったのは、ボラー連邦が対ガルマンガミラス帝国用に配備した超空間飛行型惑星間弾道弾(ワープミサイル)であった。当初ボラー連邦はガルマンガミラス帝国に先んじてこの兵器を量産・配備することにより、絶対的な戦略的優位を手に入れようと目論んだ。実際、このワープミサイルはある程度の効果を上げており、特に昨年末の一斉攻撃にて、少数のワープミサイルがガルマンガミラス帝国本星の厳重な防空網を突破し、敵中枢に打撃を与えられたのは大きかった。
しかしこれは、ボラー連邦首脳部が望んでいた戦果からは程遠かった。彼らが望んでいた戦果というのは、降り注ぐ多数のワープミサイルにより敵本星が劫火に包まれ砕け散るようなものだったからである。そしてこのワープミサイルも完璧ではないとはいえ既存の技術でも対抗可能なことが証明されてしまい、ボラー連邦が得た戦略的な優位は限定的かつ一時的なものとなった。
そしてボラー連邦首脳部を驚愕させる報告が諜報部よりもたらされた。ガルマンガミラス帝国も、ボラー連邦のワープミサイルと同種の、しかも技術的には更に進んだ兵器を開発しているというのである。
ガルマンガミラス帝国が開発していた兵器というのは、俗に言う戦略型次元潜航艦であった。それは亜空間に潜航し敵の領域内に侵入、搭載された数十発の惑星間弾道弾、あるいは数十基の転送型デスラー砲を用いて、敵の重要拠点複数を一挙に破壊するというものであった。実際、この艦はガルマンガミラス帝国内でも計画はされていたものの未だに設計段階でとどまっており、実際に艦が完成するのはかなり先の話であるのだが、ボラー連邦に対抗する為あえて情報を流出させていた。
だが、故意に流出されたこの情報はガルマンガミラス帝国側の想像以上に相手を動揺させる結果となった。昨年末、ボラー連邦軍はガルマンガミラス帝国の本星を直接攻撃しており、ガルマンガミラス帝国が戦略型次元潜航艦を配備した暁には、その砲口がボラー連邦の本星、つまり自分達に向くと考えたのだ。
ただ当時のガルマンガミラス帝国首脳部(特にデスラー総統)にボラー連邦本星を戦略型次元潜航艦で攻撃する考えはなかったとされる。いくら全銀河系制覇の野望を達成するためとはいえ、主要敵国の本星をいきなり攻撃し敵国の首脳部諸共消滅させてしまうと、交渉チャンネルが失われ戦争を終結させることが事実上不可能となってしまうからである。そうなってしまった場合彼らを待っているのは銀河各地に点在するボラー連邦残党との終わりなき戦いであり、ガルマンガミラス帝国の保有する兵力からいってもそれら全てを鎮圧するのは現実的ではない。
だからこそお互いに相手の本拠地を直接攻撃可能な兵器を保有したことでお互いの行動を封じ、相互確証破壊となる状態を作り出した段階で何とか休戦協定を締結しようと企んでいたのであった(建国当初より急激な拡大政策と星間戦争を続けてきたガルマンガミラス帝国の経済状況は既に限界に達しており、このままでは年内に破綻するとさえ言われていた。)
しかしボラー連邦首脳部に自制を促し休戦協定へと持ち込むことを画策してあえて流出された情報は、結果として正反対の結果をもたらすこととなってしまった。すなわちボラー連邦首脳部はこう考えたのだ。「ガルマンガミラス帝国に対して一時的に戦略的優位を保持している今こそ攻勢をかけるときだ。ここで一気に攻勢を仕掛けガルマンガミラス帝国を滅亡させてしまうのだ。」と。
ボラー連邦軍は北部戦線における大規模攻勢を実施するにあたり、総兵力の約六割に相当する十二個艦隊三千二百隻を動員した。これは、今まで本星にて決戦兵力として待機していた第一主力艦隊から歴戦の第八親衛打撃艦隊、更には辺境防衛用の駐屯艦隊までも動員した、文字通りの決戦部隊であった。
そしてこれだけ大規模な兵力移動を行うのであるから、当然ガルマンガミラス帝国側にも察知されていた。しかしガルマンガミラス帝国側はボラー連邦軍の攻勢開始地点を東部方面だと予想していた。これは当時東部方面に長さ五十光年ほどの戦線突出部が存在しており、ボラー連邦軍は軍事的常識から考えてこの戦線突出部から攻勢を開始する可能性が非常に高いと判断されていたからであった。空間機甲師団四つを含む八個師団を所有する北部方面軍に、ボラー連邦軍が真正面から挑んでくるという可能性は低く見積もられていた。
更にボラー連邦軍の艦隊が東部方面へと移動するのが確認されたこと(この情報はボラー連邦側が故意に一部艦隊の移動を見せつけた欺瞞であった)が、ガルマンガミラス帝国側の判断を確信へと変えた。機動防御作戦の中核戦力である主力空間機甲師団こそ、北部方面軍総司令官のヴァンス・グーデル大将の強固な反対があったおかげで北部戦線から動かせなかったものの、代わりに定点防御用の二個空間師団を東部戦線に移動させた。
更に北部方面軍にとっては運が悪いことに、彼らの管轄区域内でファンタム事案が発生。ファンタム事案に対しては早急に対処するようデスラー総統直々に勅命が下っていた為、グスタフ・ヘルマイヤー中将の第十二空間機動旅団を惑星ファンタムに派遣していた。これにより北部戦線は一時的に前線を面で支える通常師団がエルク・ヴァーレンシュタイン中将の第十一空間師団しか存在していなかった。
北部方面軍の主戦略となっていた機動防御作戦とは、簡潔に説明するならば通常の空間師団で敵の攻勢を受け止めている間に、主力の空間機甲師団が機動打撃部隊として敵軍の側背面を攻撃する作戦である。空間機甲師団が側背面に回り込むまでに敵軍を食い止める通常師団の戦力が激減している以上、北部方面軍の主戦略である機動防御作戦の実施が事実上不可能となっていた。しかし長年にわたり研究と訓練が重ねられた作戦を今更大規模に変更するわけにもいかなかった。結局、機動打撃用の空間機甲師団の一部を戦線正面に振り分けることで、当初の予定通り機動防御作戦を遂行しようとした。しかし当初の作戦計画よりも戦力は大きく減少していた。
だが、ボラー連邦軍からみれば、これだけ戦力が減少しても練度が非常に高いガルマンガミラス帝国の北部方面軍は大きな脅威であり、この部隊をどのようにして突破するかが大きな課題となっていた。
そこでボラー連邦軍第一軍団総司令官のグワン・バルコム大将以下、ボラー連邦軍参謀本部は次のような作戦を立案した。
まず前線において囮部隊が局地的な限定攻勢を実施しガルマンガミラス帝国軍の反応を誘う。次にあらかじめガルマンガミラス帝国領域内に潜伏していた諜報部隊や偵察部隊によって、敵北部方面軍司令官が座乗する機動要塞の位置を特定する。機動要塞の位置が特定出来次第、第八親衛打撃艦隊が連続ワープにより機動要塞を直接攻撃、敵司令官を司令部ごと抹殺し指揮系統を麻痺させる。指揮系統が混乱している隙を突き本隊が一斉に攻勢を開始、敵部隊を一気に突破する。というものである。
理論上では完璧な作戦であったが、本隊が敵部隊を突破するまでの間第八親衛打撃艦隊は敵中に孤立することとなり、包囲殲滅されてしまう可能性は十分にあり得た。更にこの作戦は敵司令部がある機動要塞の位置が囮部隊による限定攻勢が終了するまでの間に判明することが前提となっており、仮に敵司令部が機動要塞から移転していたり時間内に敵機動要塞の位置が判明しなかった場合、作戦そのものが瓦解する危険性もあった。
だがこれまでのように正面突撃を繰り返すだけでは精強なガルマンガミラス帝国軍を突破することは不可能であると言わざるを得ず、結局この作戦案は採用された。
ガルマンガミラス帝国側でもボラー連邦軍が戦力の大規模な配置転換を実施しているのは察知しており、ガルマンガミラス帝国北部方面軍司令部は、ボラー連邦軍のこの行動が大規模作戦の前兆であると推定。北部方面軍総司令官のヴァンス・グーデル大将は北部方面軍各部隊に対して警戒を厳とするよう通告した。
作戦名“紫風(パープルストーム)”
結果としてボラー連邦軍史上最大、そして最後となった攻勢作戦は、こうして始まった。
西暦2208年10月12日、地球標準時7時30分に『紫風作戦』は開始された。
先に攻撃を開始したのは当然ながらボラー連邦軍であった。第一四打撃艦隊、第一〇二打撃艦隊、中央銀河諸国連合艦隊の計三個艦隊からなる第一梯団第三十二軍が、ガルマンガミラス帝国北部方面軍の前線拠点二つに対して同時攻撃を仕掛けた。
これと同時にボラー連邦軍前線基地から、ワープミサイルがガルマンガミラス帝国軍の後方支援拠点計十二ヶ所に向け一斉に放たれた(ワープミサイルはガルマンガミラス帝国本星への攻撃以降一度も使用されておらず、弾数には十分余裕があった)更には大規模作戦に備え温存されていた潜宙艦隊が各所で通商破壊作戦を開始し、駄目押しとばかりにワープミサイルによる攻撃が及ばなかった拠点では、ボラー連邦軍特殊作戦部隊(ズベルナズ)による破壊工作も実施されていた。
<最前線から後方の敵まで、同時かつ連続的に攻撃する>
紫風作戦の第一段階は、長年にわたりボラー連邦軍が研究と訓練を重ねてきた縦深戦術そのものであった。
通常の軍隊であれば混乱の極みに達する程の熾烈な攻撃であったが、この強烈な一撃を受けてもなお北部方面軍司令部は冷静に戦況を観察していた。敵の第一梯団と正面衝突したベルドリヒ・バルウス中将指揮下の第六空間機甲師団は、当初の作戦計画通りに敵の攻撃を受け流しつつ戦略的撤退を開始していた。更に突出したボラー連邦軍を包囲すべく、ゲバルト・ヴァム・ルーンシュライト中将の第三空間機甲師団とグレムド・キルヒラー中将の第十六空間機甲師団が、敵第一梯団の両翼に展開を始めていた。
後方にて待機していたエルク・ヴァーレンシュタイン中将指揮下の第十一空間師団(実質的な予備兵力)が、ワープミサイルによる攻撃と軍港への破壊工作によって戦力が半減したのは計算外であったが、致命的な損害ではない。敵第一梯団の両翼に展開した二つの空間機甲師団は、今のところは予定通りに戦力展開を進めている。
ボラー連邦軍の攻勢は作戦目標を達成することなく、北部方面軍によって阻止されるはずであった。少なくとも、北部方面軍司令部はそう事態を楽観視していた。しかし戦局は彼らが予想もしなかった方向へと動くこととなった。ボラー連邦軍第八親衛打撃艦隊が、北部方面軍司令部が設置されている機動要塞に直接攻撃を仕掛けてきたのである。
ボラー連邦軍が抱えていた悩みの種として「どうやって敵の機動要塞を撃破するか」という問題があった。
機動要塞を発見すること自体はそこまで難しいことではない。戦闘が始まればいやでも司令部と前線の間で頻繁に交信が実施されることになる。大量に飛び交っている通信電波の発信源をたどれば、敵の司令部に到達するという算段だ。
だが、司令部の位置を突き止めて敵が強襲して来ることなど、ガルマンガミラス帝国側も想定済みだろうと思われていた。だからこそ、司令部を圧倒的な防御力を誇る機動要塞内に設置し、その護衛に司令部直属の第一空間機甲師団を置いているのであろうと予想された(ただ、グーデル大将から言わせてみればこの護衛戦力は過大であり、機動要塞の護衛部隊である第一空間機甲師団も、戦局によっては司令部の判断で即座に前線へと投入するつもりであったとされている)
更に今回の作戦では迅速に敵司令部を壊滅させることが要求されているので、周囲の制宙権を確保した上で強襲揚陸部隊によって要塞を占拠するという、従来の攻撃方法は使えなかった。
この難題に対して、第八親衛打撃艦隊司令官のパロム・ハーキンス中将は単純明快な作戦を提示した。それはある意味では非常にボラー連邦軍らしい作戦であった。バーティル級戦闘艦に搭載された惑星破壊用プロトンミサイルによる飽和攻撃である。
バーティル級戦闘艦(地球側呼称:ブラボー級戦艦)は、アルパ級戦闘艦(地球側呼称:アルファ級戦艦)と同様にボラー連邦軍の主力戦闘艦である。しかしバーティル級はアルパ級と異なりボラー連邦の抑止戦略の一環を担っている艦でもあり、艦底部に惑星破壊用プロトンミサイル一発が搭載可能であることはあまり知られていない。
ボラー連邦軍のプロトンミサイルは通常サイズの戦闘艦に搭載できるようサイズを調整した為、専用艦で運用することを前提にサイズを無視して製造されたガルマンガミラス帝国軍のプロトンミサイルと比べると、威力はどうしても劣る。
しかし専用艦を用意しなくてもよく、敵にプロトンミサイル搭載艦と識別され集中攻撃を受ける可能性を下げられるメリットがあった。
ただ、通常編制の艦隊に組み込まれる際はプロトンミサイルを降ろして運用されていることが多かった。艦隊戦においてプロトンミサイルは危険な積み荷でしかなく、多くのバーティル級艦長がプロトンミサイルを搭載したまま砲撃戦をすることを嫌ったからである。
ただ今回の作戦では、敵機動要塞にプロトンミサイルによる飽和攻撃を実施するという任務の特殊性上、第八親衛打撃艦隊に所属するバーティル級全艦にプロトンミサイルが規定数分搭載されていた。
第八親衛打撃艦隊がワープアウトした直後、計五十二隻のバーティル級がガルマンガミラス帝国軍の機動要塞に向けてプロトンミサイルを一斉に放った。放たれた五十二発のプロトンミサイルの内、総数の約一割に相当する五発が動作不良を起こしたものの、残りの四十七発は予定通り順調に機動要塞に向かって飛翔を続けていた。これに呼応して二十四隻のカーシャ級火力投射艦(地球側呼称:デルタ級ミサイル駆逐艦)が敵迎撃システムの麻痺を狙い、約三五〇発の対宙誘導弾(スペースロック)を放った。
正に絵に描いたように理想的な飽和攻撃であり、ガルマンガミラス帝国軍随一の戦闘部隊である第一空間機甲師団でも、この攻撃を防ぐことは非常に困難であると言わざるを得なかった。
約四〇〇発もの誘導弾による飽和攻撃に対抗する為、第一空間機甲師団に所属する各艦は直ちに迎撃態勢へと移行した。ガミラス帝国時代から続く経験と技術の蓄積で構成された迎撃システムはその真価を発揮し、飛来するスペースロックを次々と叩き落した。しかし肝心のプロトンミサイルは弾頭そのものに分厚い装甲が施されており、通常兵装ではほとんど撃墜出来なかった。
通常の迎撃手段ではプロトンミサイルを阻止不可能だと判断した第一空間機甲師団各艦は、高圧直撃砲によってプロトンミサイルに対して近接攻撃を加えた。高圧直撃砲は大型艦を一撃で沈めることが可能な威力を誇る兵器であるものの、その射程は非常に短く近接防空火器と同程度である。一歩間違えれば自艦がプロトンミサイルの誘爆に巻き込まれて沈む危険性すらあるが、第一空間機甲師団の各艦はひるむことなく高圧直撃砲での迎撃を継続した。
それでも破壊されずに飛翔を続けたプロトンミサイルに対しては、艦艇による体当たりでプロトンミサイルの軌道を逸らそうと試みた艦もいた。
そうした第一空間機甲師団の懸命な努力もあって、機動要塞に命中したプロトンミサイルはたったの二発にとどまった。命中率で言えば4%に満たない。しかし惑星を引き裂くほどの威力を誇る兵器にとっては、それだけの命中弾で十分であった。
二発のプロトンミサイルは、ガルマンガミラス帝国軍の機動要塞を完膚なきまでに破壊し尽くした。要塞から脱出できた人員は一人もいなかった。無論、グーデル大将以下北部方面軍司令部要員も、全員が要塞と運命を共にした。
この瞬間から、戦闘は一挙にボラー連邦軍側有利へと転換していく。北部方面軍司令部の壊滅と指揮系統崩壊は、それほどの影響力を持っていたのであった。戦場に点在している師団も、統一された指揮系統が存在しなければ烏合の衆でしかなく、北部方面軍は軍集団としては既に全滅したも同然であった。
ラグラチオ
復讐心をたぎらせた第一空間機甲師団の残存部隊による苛烈な追撃を振り切った第八親衛打撃艦隊は、敵機動要塞への攻撃成功をボラー連邦軍司令部に伝えた。敵の機動要塞が北部方面軍司令部と共に消滅したとの報告を受けたバルコム大将は、この勝利を更に大きな勝利へと繋げるべく次の命令を全軍に発した。
コード――ラグラチオ――
それは紫風作戦の第二段階でもあり、指揮系統が消滅し混乱の真っ只中にある敵北部方面軍を完全に殲滅する為の計画であった。
ラグラチオ発動に伴い、後方で待機していた第二梯団所属の二個軍団計六個艦隊が、ガルマンガミラス帝国軍の空間機甲師団全てを包囲殲滅すべく移動を開始した。彼らの最初の矛先は、ガルマンガミラス帝国軍の主力である二つの空間機甲師団に向けられた。
標的となったガルマンガミラス帝国軍第三空間機甲師団と第十六空間機甲師団は、当初の命令通りボラー連邦軍第一梯団を包囲すべく進撃を続行していた。この時点でどちらの師団にも北部方面軍司令部が全滅したことは伝達されておらず(ボラー連邦軍による通信妨害とズベルナズによる破壊工作により、北部方面軍の通信網は麻痺していた)与えられた命令を忠実に遂行することが随一の忠誠であると考えるガルマンガミラス帝国軍人達は、彼らの司令部が発した最後の命令を律義に守り続けていた。
どちらの師団も敵艦隊を包囲する為に、艦列が前後に長く伸び切っていた。この状態で側面から攻撃を受けたら部隊が分断され各個撃破される恐れがあり、何人かの参謀達がそう二人の司令官に進言した。しかし師団を指揮する二人の司令官は自らの部隊に絶対の信頼を置いており「そんなことはあり得ないし、万が一あり得たとしても逆にこちらが返り討ちにする」と、進言して来た参謀達の意見を一蹴した。
確かに、彼らが今まで対峙して来たボラー連邦軍であれば心配は要らなかった。ガルマンガミラス帝国軍お得意の電撃戦に、数頼みで突撃だけを繰り返すボラー連邦軍は全く対応できていなかったからである。だが彼らは油断からか重要なことを一つ忘れていた。自分達だけではなく、敵もまた相手から学習し、進歩するのだということを。
進撃を続ける二つの空間機甲師団に第二梯団が襲い掛かったのはほぼ同時刻であった。第二梯団はどちらの空間機甲師団にも三個艦隊ずつで襲撃を実施しており、二つの空間機甲師団は、自らの約三倍の兵力を相手に戦うこととなった。
更に今回のボラー連邦軍は、単に全軍を敵の正面に向けて突撃させるような愚策を採用しなかった。一個艦隊で敵師団の頭を押さえた上で、回り込ませた二個艦隊で敵の側面を攻撃・分断し各個撃破する戦法を取ったのである。無論、ルーンシュライト中将やキルヒラー中将も敵が守りの薄い側面を狙って、攻撃を仕掛けて来ることを事前に想定していた。彼らは伸び切った艦列を逆に利用して、艦列中央部を後退させた上で前部と後部を前進させ、側面を攻撃して来た敵艦隊を逆に包囲殲滅する腹積もりであった。
しかし、この戦術はボラー連邦軍によって完全に打ち砕かれた。艦列前部を攻撃されていた為に包囲網の形成に失敗した上に、ボラー連邦艦隊の機動がこれまでよりも素早く、後退を開始した直後の無防備な瞬間を攻撃されたからであった。
艦列中央部を食い破ったボラー連邦艦隊は二個艦隊をそれぞれ、孤立した艦列後部への攻撃と友軍艦隊と交戦中の艦列前部背面への攻撃へと向かわせた。
ここまでガルマンガミラス帝国軍側は、ボラー連邦艦隊に一方的にやられているだけであった。二つの空間機甲師団を取り巻く戦局は、まるで映し鏡のようにほぼ同等に推移していた。だが、二人の司令官が別々の決断をしたことによって、二つの空間機甲師団の運命は大きく異なっていった。
第三空間機甲師団は、司令官のルーンシュライト中将の元でボラー連邦艦隊に対し徹底抗戦した。これはルーンシュライト中将が旗艦の艦上で戦死し、艦隊が組織的抵抗力を失ってからも続いた。第三空間機甲師団の各艦は再三にわたり通告された降伏勧告を全て無視し、文字通り最後の一兵となるまで戦ったのであった。戦端が開かれてから第三空間機甲師団に所属している最後の艦艇が沈没するまで、実に九十三時間かかったとされている。第三空間機甲師団の生存者は僅か百三十七名(それも全員が重傷者)であった。
一方、第十六空間機甲師団は、艦列中央部が突破された段階で司令官のキルヒラー中将が「戦局は決した。もはやこれ以上の抗戦は兵をいたずらに失うだけで無意味である」と発言、直後ボラー連邦艦隊に対して降伏する旨を伝達した。早期に降伏したこともあって、第十六空間機甲師団は降伏した時点で七割程度の艦艇が健在であった。更に救助活動を実施する時間も十分に確保できたことから、人員の損害は戦闘規模の割には少なかったとされている。第十六空間機甲師団の将兵達はキルヒラー中将以下全員が捕虜となったが、彼らは第一次銀河大戦終結後に実施された捕虜交換において、大半が無事に本国へと帰還している(一部が収容中又は移送中に死亡)
二人の司令官がそれぞれとった行動に関しては、戦後においても戦史家たちの間で意見が分かれている。
ある戦史家は
「ルーンシュライト中将の第三空間機甲師団が敵を押しとどめてくれていたおかげで、ボラー連邦軍の進撃速度は大幅に遅延した。その間に多数の友軍部隊が撤退に成功しており、彼の功績は偉大なものである。一方、キルヒラー中将が早期に降伏したおかげで、彼の第十六空間機甲師団と対峙していたボラー連邦艦隊は難なく戦線を突破した。みすみす敵の進撃を許した彼の罪は大きい」
と、評した。
一方別の戦史家は
「キルヒラー中将が早期に降伏してくれたおかげで、結果として第十六空間機甲師団の人員や装備はほとんど失われることがなかった。これらの人員や装備は、後に銀河交錯事件やマゼラン・エクソダスにて大いに役立っている。それに対して、そのような貴重な人員や装備をルーンシュライト中将は、自らのプライドや僅かに稼いだ時間と引き換えにしてしまった。後世の観点から見ればどちらの功績が大きいかは明らかである」
と、評した。
二人の司令官に対する評価はこの他にも様々なものがあり、それは評価を実施した人間の考え方によって大きく異なっている。
ただ一つの事実のみを述べるならば、ラグラチオにてガルマンガミラス帝国軍が誇る二つの空間機甲師団は戦闘能力を喪失した。そしてそれは、以降のガルマンガミラス帝国軍がボラー連邦軍との戦闘において苦境に立たされることを意味していた。実際、ラグラチオ以降のガルマンガミラス帝国軍は、残った数少ない戦力を駆使して絶望的なまでの防衛戦を実施することとなる。銀河大戦において、ガルマンガミラス帝国軍にとって最も熾烈な戦闘の幕が上がった。
なお、ルーンシュライト中将は死後上級大将へと昇進した。一方、キルヒラー中将に関しては特に褒賞は与えられなかったが、逆に降伏したことに関して処罰されることもなかった。帰国後、キルヒラー中将は報道陣に対して何も語ることなくひっそりと軍を去った。